第八十六話 エピローグ
暗闇に包まれた『下位層』のとある場所。そこに五人の魔人が集結していた。
「この交流戦で、二人の『巫女』をあぶりだすことが出来た」
紫の魔人リラが言うと、暗闇の中に淡い輝きと共に映像のようなものが映し出された。その映像には二人の少女の顔が現れている。
「『空の巫女』ユーフィア姫と『太陽の巫女』エリカ・ソレイユ」
「二人も見つけられたんだから、割と良い結果なんじゃないか? リラ」
「…………二人、か」
ロートの言葉に、リラは何かを考え込むようにしている。彼女の中では微かな引っ掛かりがあるのだ。
そもそもエリカ・ソレイユは本当に『巫女』なのか?
「どうしたのよ。リラ?」
「……いや、なんでもない」
リラはその思考を打ち切る。仮にエリカが巫女であろうとなかろうと、まずは残りの巫女を見つける事が先決だ。
「残りは『自然』、『大地』、そして『月』。この三人の巫女を必ず探しだし、魔王様復活への鍵とする」
「それで、次はいったいどのような手をうつのだリラ」
「……残りの『巫女』の候補に目星はついているのか。我の体も回復した。いつでも出られるぞ」
ゲルプとブラウからの質問にリラは首を横に振る。
「目星がついているというわけではない。だが、次は『邪結晶』のデータ収集も兼ねてレーネシア魔法学園を調べる」
「ふむ。リラよ、貴様がそういうからには何か考えがあるのだろう」
「これまでの『巫女』の共通点は年齢が十代の者ばかり。過去の例を考えても現在の『巫女』はその辺りの年齢の者である可能性が高い」
「わざわざレーネシア魔法学園を調べる理由は? あの学園は交流戦の時に引っ掻き回しただろう」
「王都で十代の少年少女が最も集まっている場所だからだ。そして、もしも『巫女』を守ろうとする者がいた場合、その者は王都に『巫女』を送り込んでいる可能性が高いからな」
リラの言葉がよく理解できなかったのか、他の魔人たちは眉をひそめた。
「王都には『黒騎士』と『白騎士』がいる。我ら魔人に対抗出来うる存在がいる場所に『巫女』を送り込むということは間違った判断ではない。それに……あの街には『十二家』や『七色星団』のメンバーが存在する。あれほど厄介な場所はあまり無いだろう」
「けどよぉ、残りの巫女は獣人族、ドワーフ族、魔族だけなんだろ? あの学園には他の種族はいないぜ?」
「その件だが、どうやらそうでもないらしい」
「あ? どういうことだ」
「『交流戦』は中止になったが、種族間交流とやらの為に他の大陸の学園の者達が秋からレーネシア魔法学園に留学してくるらしい。仮に『巫女』を守ろうとする者がいるとすれば、それに紛れて『巫女』を送りこんでくる可能性が高い」
「なるほど。ただでは中止には出来ないということか」
「だがそれが好機となる。次の『巫女』を探すためのな」
リラの瞳に怪しい色が宿り、それはすぐさま殺気に満ちていく。未だ癒えきっていない傷の痛みと共に二人の邪魔者の存在を憎々しげに思い出しつつ。
「仮にあの忌まわしい騎士共が邪魔をしようとも、叩き潰せ」
その命を、下した。
☆
その少女は、黒く長い髪を揺らしながら旅の準備を行っていた。彼女はこれから生活の拠点を別の街へと移そうとしており、いわばその引越しの準備を行っているのだ。とはいっても、大半の荷物は既に新たなる生活の拠点に送っている。あとはその場所まで移動するだけ。
少女が今暮らしている寮には、まだ一年にも満たない期間しかいなかったものの、離れるのは少し寂しい。だが今から向かう場所には大切な友達も一緒だし、それになにより心の底から会いたかった人に会えるのだ。
寂しさよりも嬉しさの方が勝っていた。
「よいしょっと……これで全部、ですね」
なんとか荷物をトランクに詰め込むことに成功し、満足げな表情をする少女。そんな表情一つですら、彼女のいる学園の誰もが見惚れるだろう。少女はそれほどの美貌を持っていたし、実際に学園では一、二を争うほどの人気を誇っていた。とはいえ、当の本人はまったく興味はないのだが。
なんとか準備が終わり、満足げな表情を浮かべていた少女の部屋に、ふいに外からドアをノックする音が聞こえてきた。
「クリス、入ってもいいか?」
「はい。大丈夫です」
そう言うと、友達の少女が部屋に入ってきた。
「準備の方はどうだ?」
「ちょうどいま終わったところです」
「そうか。なら、行くぞ。馬車を待たせてある」
「わかりました」
友達は先に部屋を出ていき、少女はトランクを持つ。部屋の窓を閉めようとしたら、心地の良い風が頬を撫でた。こうして穏やかな風を感じるとふと目を閉じてあの頃のことを考えてしまう。
あの頃、自分の兄がまだあの家にいた頃。
こんな風を一緒に感じていたかった。
あんな最悪な環境を二人で抜け出して。
でも、子供だった自分には出来なかった。
外の世界で生きていく力も勇気もなかった。
だからこそ、少女は自分を呪った。
大好きだった兄を見殺しにしたようなものだ。
ずっと後悔していた。
だけど、兄は生きていた。
生きて、いたのだ。
「……………………」
ポケットの中から、ずっと大切に持っていた新聞の切り抜きを取り出す。何度も何度も確認したその写真に写っていたのは、忘れるはずもない兄の姿。
写真の中の兄はあの頃に比べて大きくなって、格好よくなっていた。
「兄さん、すぐ会いに行きます」
かつてバウスフィールドの名を有していた少女、クリス・ノーティラスは、兄であるソウジの写真を眺めながら、それをぎゅっと大切そうに握りしめた。