第八話 星眷の理由
オーガストとの模擬戦があった次の日の朝、寮の廊下を歩いているといつもよりひそひそ声が怯えているような気がした。ソウジが視線を向けるとそっと目を逸らされる。そして誰もが口々に呟いた。
「あいつが……?」「そう。黒い魔力を持っているって」「マジかよ……」「オーガストさんが言ってたんだ」「そういえばあいつ、図書室で呪術を調べようとしていたらしい」「やっぱりあいつ、何か企んでるんだよ」「呪われてる」「近づくなよ、下手したら殺されるかもしれない」「……化け物」
やはり、昨日の模擬戦で黒魔力を持っているということが学園の生徒中にバレたらしい。呪術を調べようとしていたことも漏れている辺り、オーガストが言いふらしたのだろう。
魔力の色が知られるのは遅かれ早かれこうなることは分かっていたので別に構わないが、ヒソヒソコソコソとされるのは鬱陶しい。だが、胸の中でチクリとレイドはどう思うだろうかという気持ちはあった。だが、それは結局杞憂に終わった。
「うっす! 聞いたぜ、昨日の話。すごかったんだってな!」
レイドは変わらずにソウジに接してくれた。ソウジは九年前のバウスフィールド家のことを思い出して正直、不安になりかけていたがレイドのその態度が嬉しかった。だけど、自分と一緒にいることでレイドに迷惑がかからないか……そんなことを考えた。
「お、どうしたそんなカオをして」
どうやら考えていたことが表情に出たらしい。
「言っとくが、お前が黒魔力を持っていることなんか気にしてねェぞ。むしろお前が気にし過ぎだ。前にオレがこの街に来た時に親切な人に色々と教えてもらった話をしたよな? その人も黒魔力持ちだったんだ。だからオレは、魔力の色なんかでお前のことを嫌いになったりなんかしねぇよ。魔力がどんな色であれ、良いやつは良いやつだしな!」
それに黒色じゃなくてもオーガストみたいなやつもいるし、とレイドは付け加えた。
レイドの言葉にソウジは思わず笑ってしまう。レイドはソウジを見るとニカッと微笑んだ。
「つーかさ、星眷魔法が使えるなんてすげぇよ! 一年生でもまだ、使える奴らは少ないだろ? 十二家のやつらは普通に使えるみたいだけどさ」
自分がまさかその十二家出身だとは言い出せず(そもそも言うつもりもないし、もう自分はあの家とは関係ないと思っている)、ソウジは苦笑いをする。レイドは肩を落とし、思い溜息を吐いた。
「オレはといえば、一週間後に強化魔法の補修だぜ……憂鬱だ」
「それなら俺が練習に付き合うよ」
「マジ!? サンキュー、ソウジ。助かるぜ!」
「その練習、わたしにも手伝わせてくれませんか?」
喜びに満ち溢れたレイドが、次の瞬間にはぎょっと驚いたように立ち上がった。
「フ、フェリスさん!?」
「あの、二人がよかったら、ですけど……」
「俺は別にいいけど……レイドは?」
「お、おう! もちろん大歓迎だぜ!」
と、胸を張って言うレイド。とはいえ内心、「これで補修試験に落ちたらどうしよう……」とややプレッシャーがかかっているわけだが。
授業では周りの生徒たちがヒソヒソとソウジのことを噂するのでその視線にうんざりしながら、過ごしていた。そんな中ソウジは昼休みに入るや否やプルフェリック先生に放課後の補修に使う卵を食堂からとってきてほしいとの要請を受けた。
「げっ! ま、まさか強化魔法の補修が早まったんじゃ!」
「そんなわけありません。そういうときはちゃんと前もってお知らせいたします。今日の補修は別の組の子のためです。君はもっと魔法を使うときも、普段の時も冷静になりなさい」
プルフェリック先生は呆れたようにため息をついてソウジによろしくと言って去って行った。安堵するレイドと、苦笑するフェリス。三人はついでに昼食をとりに食堂に向かった。
ソウジは二人とは別れて卵をもらいに行く。プルフェリック先生の話では裏口から行けばいいらしい。食堂の裏口は事前にフェリスに教えてもらったのでその場所に行く。扉をノックして、中から開けてくれるのを待つ。少しの間待っていると、内側からかかっていた鍵が解除された。
「誰ですか?」
中から出てきたのは、十三、四歳程度の身長の女の子だった。金色の髪のツインテールにメイド服姿の彼女は小柄でとても可愛らしい女の子だった。
「プルフェリック先生にお願いされて卵をもらいに来た者ですが」
「その件ですか。聞いています。念のため、クラスと名前を確認してもいいですか」
「Eクラスのソウジ・ボーウェンです」
「Eクラスのソウジ・ボーウェンさんですね。確認しました。ちょっと待っててください」
あくまでも淡々としている彼女だが、ソウジの名前を聞いてピクッと微かな反応を見せた。しばらくしてから、女の子はケースに入った卵を一ケース持ってきた。
「お待たせしました。注文の教材用の卵になります」
「ありがとうございます」
女の子に頭を下げてから、ソウジはその場をあとにした。しばらく歩いていたが、このままだと昼食が食べられなくなりそうだったので転移魔法を使った。魔道具以外では転移魔法は黒魔力でしか使えない。プルフェリック先生は職員室にいつらしいので、その近くにある人けのない空き教室に転移してから職員室に持って行った。
「お待たせしました。プルフェリック先生」
「え? は、はやいねぇ」
どうやらもう少しかかると思っていたらしいプルフェリック先生は時計を見て驚いたような声をあげた。だがしばらくして合点がいったようにぽん、と手をついた。
「ああ、なるほど。転移魔法か」
「まあ、そうです」
「懐かしいねぇ。ソフィアくんがあの魔法を開発した当初は、よく校内の至る所で彼女の姿を見かけたもんだ」
「師匠を知っているんですか?」
「知っているもなにも、彼女はわたしの教え子だよ。もう百年以上も前の事になるか……いやぁ、懐かしい」
アンタいったい何歳なんだ……という言葉は飲み込んでおく。この世界において見た目と年齢が一致していないのはよくあることだ。ソフィアだって、もう百年以上の時を生きているというのに見た目はかなり若い。
プルフェリック先生は、さもついでのように、何気なく最後に言葉を付け足した。
「彼女も色々あった。だけど、彼女はその中で頑張った。君も頑張れ」
何が、とは聞かない。ソウジは黙ってプルフェリック先生に頭を下げて、職員室を後にした。
☆
食堂に戻ってくると、フェリスとレイドが待ってくれていた。二人が確保してくれた席に座る。どうやら二人はまだ昼食を買っていないらしい。
「お、はやいな」
「ああ。転移魔法を使ってささっと済ませてきた」
「おー、そういえば黒魔力ってそういう魔法が使えるんだな。すげぇや」
レイドは驚きと感心の入り混じった様子だった。
「転移魔法はかなり難易度の高い、SSS級魔法ですよね」
「そうらしいな。師匠に教えてもらっただけなんだけど」
「ですが習得するなんて流石ですね、ソウジくん」
と、微笑みかけてくるフェリス。未だに彼女が親しくしてくれる理由は分からないが、ソウジは黒魔力を持ちでも変わらず接してくれる彼女に心の中で礼を言った。
「よっし! そんじゃあ、とっとと昼食を買ってくるか!」
レイドが立ち上がり、ソウジとフェリスもそれに続こうとしたその時だった。
ソウジたちのテーブルに近づいてきたエプロン姿の少女が、コトッと食堂の人気メニューの一つであるチルザウルスの肉入りのクリームスープを三人分、置いてくれた。
「わたしからのサービスです」
それは、さきほどソウジが食堂の裏で卵を受け取った少女だった。
「俺たちに?」
「はい。なんだか、大変そうなので。わたしからはこんなことしかできませんが、がんばってください」
相変わらず淡々と喋る少女。だが、その声や瞳には優しさが込められていることが分かる。
「さっきの……そういえば君、名前は?」
「ルナ・アリーデです。この食堂で働かせていただいています。今年で十五歳になります」
ぺこりと頭を下げるルナ。
「今年で十五ってことは十四か。十四歳っていうと……普通は魔学舎に行ってるような歳だけど……」
レイドの言う『魔学舎』とは、十歳から十五歳の子供たちが通う学校だ。この学校では基礎的な学力などの一般常識を学び、手に余りがちな魔力の使い方を学ぶ。その時に魔法もいくらか学ぶものの、普通の生活に使えるものが大半で、戦闘向き、自己防衛用の実践的魔法はレーネシア魔法『学園』で学ぶ。
「わたしは体が弱くて……魔法が使えないんです。魔力もありませんし。だから学校をやめてここで働かせてもらっています」
どうやらルナにはルナの事情があるらしい。それ以上、踏み込もうとは思わなかったソウジはルナにお礼を言った。そして、予期せぬ形で手に入った昼食を三人で食べる。ソフィアと暮らしていた時は家事はソウジの役割だったので料理は心得ている。その上で、ソウジはこのチルザウルスの肉入りクリームスープの味にむぅと唸る。
「美味しいな。ちょっと悔しい気もするけど……」
ここでソウジはソフィアの言葉を思い出した。
「師匠の言ってた通り、ここの食堂の料理は美味しいし、かわいい女の子も居……」
ソウジは言葉をピタリと止める。見てみると、不満げな顔をしたフェリスがそこにいた。ぷくっとかわいらしく頬を膨らませているが、どうしてそこまで不機嫌なのかソウジには解らなかった。
「どうしたんだよ、フェリス」
「いいえ。なんでもありません」
「?」
首を傾げながらも食事を続け、しばらくして全員が完食した。
このタイミングを見計らってか、フェリスは意を決したようにソウジの目を見る。
「ソウジくん、一つ質問があるんですけど」
「ん?」
「昨日の模擬戦……どうして、星眷を使ったんですか?」
フェリスは、そこが昨日からずっと引っかかっていた。
「転移魔法が使えるなら、わざわざ星眷を使わなくても勝てましたよね?」
実際、あの時オーガストの不意を突いた形となった転移魔法。あれを最初から使ってオーガストの隙を突けば一気に勝負を決めることが出来た。でも、それをあえてしなかったことには理由がある。
「そりゃ、出来ればはやく終わらせたかったさ。あの時も言ったけど、俺は茶番が嫌いだったし。でもあの時はアピールする必要があったんだよ」
「茶番……アピール?」
どうやらソウジの言う茶番とは、あのときオーガストが作り出していた状況ではないらしい。
「ランキング戦については、知ってるよな?」
「ええ。年四回、四つの季節ごとに行われるものですね」
「俺はどうしても、ランキング戦に出てポイントを稼いて上位五十位以内に入らなくちゃならないんだ」
ソウジはある目的のためにこの学園に来た。だが、その目的を果たすにはこの学園の地下にある書物庫に入る必要がある。だが地下室に入るためにはランキング五十位以内に入ってそのための閲覧権限を手に入れなければならない。
「だけど、今のままランキング戦に出てもポイントの高い生徒には相手にしてもらえないかもしれない。俺みたいな一年生の相手をしてくれる人は少ないかもしれない。だからこそ、俺は名を売る必要があったんだ」
あの時、オーガストに模擬戦に誘われて正直なところはラッキーだと思った。ここで星眷魔法を披露し、オーガストという十二家を倒してしまえば名が売れる。星眷という確かな力を持ったソフィア・ボーウェンの弟子に興味がわくはずだ。
「でも……でも、黒魔力の事を大っぴらにすることは……」
「いいんだよ、あれで。だってその方が、ランキング戦という舞台を利用してオーガストみたいに『黒魔力を持つ化け物を退治する』とかいうやつらが来てくれるだろう?」
そうすれば一気にポイントを稼ぐチャンスだ、とソウジは言う。
フェリスはそれを悲しそうな目で見つめる。
「今の春のランキング戦を逃せば次のチャンスは夏。俺はそこまで待つつもりは無い。ただでさえ目的の本がどこにあるかもわからないんだ。さっさとあそこに入れるなら入りたい」
目に真剣な光を宿すソウジ。
どうやら彼にとってそこまで重要なことに関する本が地下室にあるかもしれない。
それはいったいどんなことなのか。聞いてみたかったが、ソウジがそれを教えてくれるとは思わなかったので、話題を変える。
「それにしても……『アトフスキー・ブレイヴ』、でしたか。聞いたことのない星名です」
星眷の名前は星名と固有名で構成されている。星名とはその星眷の司る星座の名前のことだ。
たとえばうお座の星眷である『ピスケス・リキッド』ならば『ピスケス』が星座の名前、すなわち星名を示し、『リキッド』の部分が固有名となっている。同じ一族の者が同じ星座を宿すことが多いが、それでも使うものによって固有名が変わる。フィッシュバーン家では誰もが『ピスケス』の名を持つ星眷を有するが固有名は違うはずだ。
「そうだなぁ。オレも聞いたことのない星座だ。なぁソウジ、お前の星眷って……」
「それは……まあ、秘密ってことで勘弁してくれ」
星眷の名前。ソウジは本来、バウスフィールド家の者が持つ星名であるはずだった。だが、今の名前は違う。そうなった理由をわざわざ言うつもりは無かった。
ソウジの今の興味は、来るべき日のランキング戦だけなのだから。