第八十四話 学園最強
ソウジと魔人リラの前に突如として現れたのは、レーネシア魔法学園の生徒会長にして『学園最強』の称号を持つ、エリカ・ソレイユだった。エリカは全身からメラメラと真っ赤な魔力を纏いながら、クレーターの中心にいるリラを見下ろしている。
「はじめまして、魔人。アンタらをぶっ殺しに来たわよ」
「ほぅ。たかだか人間ごときが言ってくれるな、『十二家』の小娘」
「たかだかアンタごときにあいさつしてやってるぐらいで感謝してほしいぐらいよ」
互いににらみ合う『最強』と『最強』。その威圧感は変身しているソウジですら警戒するほどのもので、周りの空気が重苦しくなったような錯覚さえおぼえる。エリカから放たれている殺気は凄まじいもので、これほどの殺気はこの交流戦で戦ってきたどの学生からも感じたことは無い。逆に言えば、エリカから放たれている殺気は『学生』という範疇を超えている。
それこそ、ライオネルと同じような。学園で行っているランキング戦の『模擬戦』のものとは違う、本物の『戦い』で放たれる殺気。殺気と言っても、ただ相手を殺す為の物でもない。それもライオネルと同じ、
(大切な何かを、守ろうとしているかのような――――)
ライオネルがユキを守ろうとしているように、そしてソウジが友達を守り、ソフィアの為に戦っているのと同じように。エリカも、彼女の大切な何かを守ろうとしてこの場に立っているのだと直感する。
空気がピリピリと震え、エリカの周囲に膨大な魔力によって焔が生まれ、凝縮されていく。さながら太陽のような輝きが彼女の手の中に集まり、剣を形成していく。
「今こそ現れなさい。『ヴァルゴ・イフリート』」
轟ッ!! と、燃え盛る紅蓮の焔焔の中から、太陽のように輝く真紅の剣を取り出したエリカ。その表情からはこれまで見せてきたような、妹であるフェリスのことを語る時のような顔も、生徒会長として見せてきた顔も見当たらない。覚悟と決意を固めた一人の戦士としての表情がそこにはあった。
そしてリラは、エリカの持つ星眷の名を聞いて驚愕に顔を歪めていた。
「『イフリート』、だと……? よりにもよって我らと同じ『魔人』の名を持つ星眷など、恥を知れこの愚か者がッ!」
「アンタらを倒して私の大切なものを守れるなら、魔人にでもなんでも堕ちてやるわよ」
エリカは剣に大量の焔を纏わせ、対するリラは再び雷を手に集めて剣を形作る。乱れ狂う焔と雷。互いが互いを食い尽くさんとせんかのように牙をむく。エリカから放たれるその魔力は、これまで魔人と戦ってきたソウジだからこそわかる。彼女の魔力はまさに――――魔人そのものだ。
(これって、どういう……!?)
激しく荒れ狂う二人の魔力は凄まじいものだが、それよりもエリカの言葉はどういうことだ。
――――アンタらを倒して私の大切なものを守れるなら、魔人にでもなんでも堕ちてやるわよ。
(魔人に、堕ちる?)
エリカから感じれる魔力は魔人そのもの。だとすれば彼女は魔人と同じ力を手にしているということなのだろうか? まだ何もわからない。目の前では焔と雷が激突し、周囲の地面や遺跡を砕き、破壊している。
剣と剣が交錯し、エリカは真正面から激突したリラを力で強引に弾き飛ばす。その後、ボウッと彼女の体から焔が吹き荒れたかと思ったら、一瞬にしてリラの背後に回り込んでいた。さながら転移魔法と変わらないほどのスピードで。
リラの背後をとったエリカはそのまま横凪に剣を振るう。焔の軌跡を描きながら振るわれた刃をリラはなんとか雷を纏った左腕で受け止めた。受け止めた腕に纏った雷とエリカの焔が激突し、スパークを起こす。だがエリカの焔はその雷を浸食し、ついには魔人の腕を捉えた。
「ぐッ……!?」
押し付けた刃をそのまま押し通し、ゴキンッという音と共に魔人リラが吹き飛んだ。さきほどのソウジのように弾丸の如く飛ばされたリラはそのまま既に崩れている遺跡に激突。派手な爆発と瓦礫の破片をまき散らしており、そこを狙ってエリカが星眷の切っ先を向けた。
「『紅砲焔』」
閃光と化した紅蓮の焔が、魔人に向かって放たれた。フェリスと同じ技でありながら、威力はフェリスの『紅砲焔』の数倍はある。放たれたそれが着弾したと同時に、その場は爆発に包まれた。
「…………拍子抜けね」
メラメラと燃える瓦礫の山に目をやりながら、エリカが言葉を漏らす。
「魔人がこの程度だというのなら、私がアンタらと同列みたいに言われるのが腹立つんだけど?」
「驕るなよ、小娘」
エリカの言葉に反応したかのように、焔の中からゆっくりと魔人が現れた。ソウジとの戦いとエリカとの攻防によってその全身は焼け焦げ、ボロボロとなっていたのにも関わらず未だ動けていることが凄まじい。
「実際に刃を交えて解った。貴様のソレはただのその場しのぎに過ぎん。その身を我らと同格にしたところは見事だが、長くはもつまい」
「驕るのはそっちよ魔人。愛は限界を超えるんだから」
「ほざけ」
リラが冷たい、見透かしたような眼でエリカを視る。ソウジの方も気がついていた。優勢を保っていたエリカがどことなく疲労をため込んでいるという事を。完全なポーカーフェイスで隠しているものの、顔に汗が浮かんでいる。
(あの疲労……魔道具か何かでドーピングしているのか?)
リラは魔人であるならば、ソウジやライオネル以外の攻撃によるダメージを受けてもすぐに再生するはず。だがエリカの攻撃によって受けたダメージが回復していない。このままでは不利だ。
「貴様、そもそもなぜこうまでして我ら魔人の前に立ちふさがる」
「愚問ね」
「なに?」
エリカの返答に、リラが怪訝な声を漏らす。対象にエリカは愚かなモノを見ているかのように、笑う。
「よりにもよって人違いで私のかわいい妹を襲おうとしているヤツの目の前に、立ちふさがらない理由がないわ」
「どういうことだ」
「失礼な物言いね。せっかくアンタらの探している巫女様が来てあげたっていうのに」
エリカの言葉に、ソウジとリラが驚いた。エリカが、魔人たちの探し求めている『巫女』なのだという。
「なんだと? 戯言をほざくな」
リラは当然、信じていない。エリカがフェリスを守る為についた嘘なのではないかと疑っているからだ。
「だったら、私が使っているこの『星遺物』は何なのかしら?」
エリカの言葉にはっとしたリラはキッと眼を赤黒い色に輝かせてエリカを視た。そして、次第に表情を歪めていく。
「バカな……! 『巫女』が創造した『星遺物』、だと……!?」
リラの瞳は、『巫女』の力を探ることが出来る。だがそれは完璧ではない。例えばユーフィアの時のようにある程度、その者を追いつめなければそれが『巫女』なのかどうかが判別できない。『巫女』が創った『星遺物』にしても、それが力を発揮している時でしか判別ができないのだ。そして今現在、エリカが使用している『星遺物』は間違いなく『巫女』が創りだした物。
「まあ、私は追い詰められるなんてことは無いもんだからね。アンタらが今まで見つけられなかったのも仕方がないわ」
「……『巫女』自らが魔人に抗うか」
「何もおかしいことはないでしょう? だってかつての『巫女』は、そういう存在だったんだから」
リラは忌々しいとでも言いたそうな眼でエリカを睨みつける。ソウジにはエリカの言っている意味が分からない。だか分かるのは、エリカがソウジの知らないことを知っているという事だけである。どういうことか聞き出そうとしたその瞬間、この遺跡エリアにある砦が爆発し、炎上しているのが見えた。ソウジとエリカはそちらの方に視線を向ける。
「アンタのお仲間が、どうやら派手にやらかしているみたいね」
「ロートめ。目を離している隙に好き放題と……」
どうやらもう一人の魔人が砦で暴れているらしい。ソウジは思わず砦の方へと向かおうかと思ったが、この場にエリカ一人を残してもいいのだろうかと思った。彼女が疲労しているということは間違いない。そしていくらダメージを受けているとはいえこの場にいるのは魔人なのである。だが、そんな考えを見抜いたかのようにエリカがリラから視線を外さずにソウジに話しかける。
「行ってきなさい、黒騎士」
「……いいのか?」
「当然よ。お姉ちゃんの名にかけて、私のフェリスたんに指一本触れさせるわけにはいかないもの。魔人なんかに負けないわ」
それは強がりなのかそうでないのかはソウジには分からなかったものの。彼女の言葉には強固な意思や決意のようなものが感じられた。それにこたえるためにも、ここは彼女に任せて自分は一刻も早くもう一人の魔人のもとへと向かうべきだと考えた。
「ロート、退くぞ」
リラは撤退の言葉を発した。そしてリラの脳内に、ロートの声が響き渡る。
(あ? なんでだ。アタシはまだやれるぞ)
「いいから退け。貴様、念のために確認しておくが殺してはないだろうな」
(殺してねーよ。だがマリアってやつはハズレだったみたいだぜ)
「そうか。それさえ確認できればいい。『巫女』を探すという目的は達した。ここは退くぞ。お前も私やブラウ、ゲルプのように黒騎士と戦い、消耗されるわけにもいかんからな」
(ほいほい了解っと。アタシも出来れば黒騎士と戦いたかったんだけどなァ。まあ、来なかったもんは仕方がないか)
ロートとの会話を終えたリラは、チラリとその視線をソウジへと向け、またエリカの方にも向き直った。
「また会おう。『巫女』を守護する騎士。そして、我ら魔人に抗う愚かな少女よ」
それだけを言い残し、リラはその場から消失した。おそらくまたクリスタルか何かで転移したのだろう。ソウジは警戒を解き、今度はエリカの方へと視線を向けた。
エリカは魔人のことを知っていた。そして彼女自身が『巫女』であるらしい。しかしルナとユーフィアの時には彼女たちはその身から星屑の輝きを発していた。エリカにはそれが無い。もしくは、あらかじめ『星遺物』を創りだしておいてから魔人との戦いに臨んだのだろうか。
その当のエリカ本人はというと、魔人がいなくなった途端にまるで何かが切れたかのように呼吸を乱していた。大量の汗が流れ、がくんと膝を地面につける。
「…………! ぁ……ぐ……!?」
彼女は口に手を当てて、ごぼっと大量の血を口から吐き出した。手で覆いきれなかった血が地面にべちゃっとへばりついていく。
「げほっ、かはっ……ぁぐ……!」
「ッ!? お、おい!」
彼女は咳をするたびに次々と吐血していく。ソウジはそんなエリカの様子を見て急いで駆け寄った。彼女は大量の血の塊を吐き出しており、明らかに異常な状態になっている。
「だい……じょうぶよ……。すぐに、収まる……から……ッ…………」
エリカは乱れていた呼吸を次第に整えていく。それと同時に吐血も止まった。落ち着いた様子を見せたエリカは立ち上がると、地面に零れた自身の血を焔で燃やし尽くしていく。まるで、誰かからこの血を隠そうとしているかのように。
「これはいったい……それにさっき、魔人に堕ちるって」
「……まあ、たかが人間ごときが魔人の領域に足を踏み込んだ代償ってトコかしらね。魔人に堕ちるっていうのは、そういうことよ」
ソウジの質問に対してエリカはそれだけをこたえる。
エリカが自分の体に何をしたのかは分からない。だがソウジに分かるのは、それが『星遺物』の力で行ったものということと、彼女が『巫女』なのかもしれないということだけだ。
そこから血を燃やし尽くすまで無言だったエリカが、燃やし尽くしたのちにソウジにポツリと言葉を漏らした。
「…………フェリスにはこのこと、黙ってて」
エリカはソウジに背中を向けていて、ソウジからは彼女がどんな表情をしているのかが分からなかった。
「……どうしてだ」
「あの子に心配かけたくないもの。あの子は優しいから、きっとこんなどうしようもない、最低なお姉ちゃんのことも心配してくれるの。そんな、バカな子なのよ。フェリスは。バカで、どうしようもない、愚かな子」
普段のエリカからは考えられないようなフェリスに対する言葉。だがそれには、エリカのフェリスに対する『愛情』が詰まっていた。
「バカだから、きっとあの子は私がこんなことになっちゃってるって知ったら悲しんでくれるの。…………本当に愚かよ。自分の幸せだけ考えてくれればいいのに。ただ笑ってくれればそれでいいのに。いちいち他人のことなんかで自分の事のように悲しんで。かわいい笑顔が台無しよ」
その言葉でソウジは今ようやくわかった。『フェリスの幸せ』。それだけがエリカの行動理由にして彼女が望んでいるただ一つの事なのだ。だからこそ、ここまで体をボロボロにする無茶をやれてしまう。
フェリスの幸せというそんなたった一つだけの願いを叶えるために彼女は何かをしようとしている。
「フェリスが悲しむことなんて許さない。あの子には笑顔でいてほしいの。だからあの子の笑顔を壊すようなヤツは誰であろうと灰にするわ。たとえそれが魔人だろうと魔王だろうと……アンタだろうとね」
「……俺はそんなことをするつもりはない」
「そのつもりならこのことは黙っていなさい。あの子の幸せを邪魔するのなら、容赦しないから。これは生徒会長としての命令よ――――ソウジ・ボーウェン」
「……………………」
正体がバレていた。だが不思議と驚きはしなかった。むしろこれで合点がいった。あの時、ゲルプが襲撃してきた時。エリカはいきなりソウジとライオネルにユーフィアのもとへと行くように指示した。彼女にはきっと魔人がユーフィアを狙って襲撃してくると読めていたからだ。エリカは何かしらの手段で魔人に対抗することが出来るが、それも今のように消耗が激しい。だからこそソウジとライオネルにゲルプの対処を任せたのだ。
「……なるほど。俺たちはいいように使われてたってことか」
「ユーフィア様が攫われちゃうと困るのよ。フェリスの住むこの世界が壊れるようなことは許容できないわ。それに私は、フェリスの幸せの為なら手段は選ばない。あの子の幸せの為なら、誰だってなんだって利用する。それを覚えときなさい」
「……肝に銘じておきますよ」
ソウジが言うと、エリカはそのままソウジに背を向ける。
「ねぇ、黒のガキ」
「はい?」
「――――アンタはいったい、何者なの?」
エリカのその言葉は、黒騎士であるソウジに向けたものだと。黒騎士の正体について言っているのかと思ったが、彼女は既に黒騎士の正体がソウジであることを知っている。なら、この質問の意味はなんだ?
「何者、って……」
「あの白のガキのように勇者の血族というわけでもない。かといって魔族でもない。だったらなんでアンタはあの星眷を持って、尚且つその鎧を持っているの?」
「……?」
ソウジはエリカの言っている言葉の意味が理解できなかった。それを察したエリカはまた無言になり、最後に一言だけ言葉を紡いだ。
「砦の方に魔人にやられた生徒たちが残っているはずよ。助けてきなさい、正義の味方」
それだけを言い残すと、エリカはフラフラとした足取りで差っていった。おそらく、彼女は自分の学園の砦に戻るのだろう。生徒会長としての義務を果たすために。
ソウジはその場でエリカの背中を見つめることしか出来なかった。彼女のそのフェリスを守ろうとしている背中にソウジは、いつかのソフィアの姿を思い出した。