第七十九話 アネモイモード
天馬に跨ったソウジはそのまま飛翔し、ユーフィアを支えつつも会場の方へと向かった。交流戦の会場となっている闘技場は天井がない。つまり外から入れるという事だ。本来ならば空からの侵入が出来ないように外から入れないようにはなっているものの、今は魔人の力でその魔法も無効化されている。
上空から会場の方を見下ろしてみるとその異変が分かる。会場の観客たちが試合内容を観戦するための巨大クリスタルが完全に停止している。観客たちも自分たちの有していた魔法アイテムの効力が無効化され、更に映像が途切れたことでパニックになっているようだった。
(とにかく、ユーフィアを降ろさないと)
ソウジは天馬を操り、会場の中。生徒たちがいるフィールドへと降下した。天馬はユーフィアに負担をかけないようにしているのか軽やかに衝撃を伝えずに地上に着地する。突如として会場に現れた黒騎士姿のソウジに、パニックになっていた観客たちの視線が集まる。
「黒騎士だ!」
「すっげぇ、俺はじめて見た!」
会場は瞬く間に黒騎士の登場によってパニックから興奮へと変わった。意図せずに観客たちを落ち着かせるための役を一つ買う事になったソウジだったが今はそのことを気にしている場合ではない。
「ユーフィア様!?」
ソウジが片手で抱きかかえていたユーフィアに真っ先に気づいたのはエルフ族代表の『レストフォール学園』の者たちだった。意識を失っているユーフィアを見て、黒騎士への警戒を行う。だがソウジからすればそんなことはどうでもよかった。ソウジは天馬から降りてユーフィアを両手で抱えてゆっくりとレストフォール学園の生徒であり、第一競技でソウジとも戦った一年生のエドワード・クルサードへと近づいていく。
「お姫様を頼む」
ソウジはエドワードに向けて、ユーフィアをゆっくりと、優しく渡そうとする。エドワードは無言のまま警戒しつつ、しばらく黒騎士の事を見つめていたがやがてゆっくりと頷いた。
「……わかった」
ソウジはエドワードにユーフィアを手渡す。ユーフィアが安らかな寝息をたてているのを確認したエドワードはあらためて黒騎士に向けて質問をぶつける。
「これはいったいどういうことだ? ユーフィア様がなぜ、お前に運ばれてきた」
「悪いがその質問はお姫様が目を覚ましてから聞いてくれ。それよりも、会場の事はいったいどういうことだ。何があったんだ?」
「……分からない。僕も聞いただけなのだが、レーネシア魔法学園のダンジョンの内部で何かあったらしい。なんでも、競技用の擬似魔物ではない別の魔物が現れたとかなんだとか……」
その言葉だけで、ソウジはピンときた。フェリスたちのいるダンジョンに魔人が何か仕組んだのだ。その別の魔物とやらはおそらく魔人の手先か何かだろう。
「ダンジョンの中に救援は?」
「いや……それが妙な黒い波動と共に結界の中のダンジョンとのリンクも途切れたらしいんだ。外からはどうしようもないらしい」
どうやら思った以上に厄介な状況になっているらしい。交流戦の対戦フィールドはすべて別空間に結界を作り、その中に対戦フィールドを構築しているのだ。つまり今回のダンジョンもその結界の中で生み出されている。外界とのリンクが途切れたとなるとどうやってその場所に行けばいいのか。
(そもそもあの魔人はなんでこんなことをしたんだ?)
ユーフィアを奪おうとする理由ならまだ分かる。ユーフィアやルナにはブレスレットやこの天馬を生み出した謎の力が……巫女としての力がある。だがレーネシア魔法学園のダンジョンに細工をし、中にいる生徒に手を出す理由は何だ?
(いや、そんなことは今はどうでもいい)
本来、結界は複数人の凄腕の魔法使いや星眷使い、更には『核結晶』から生み出される無限の魔力があってはじめて成り立つ。だがどうやら聞いたところによると結界を構築している術者とのリンクが途切れた今、内部にいる魔物が結界を構築する要素の一つとなっていると考えるしかない。となれば、その魔物を倒せばいい。
(問題はどうやってあの中に行くか……)
ライオネルが身を挺して魔人の相手を引き受けてくれている今のうちにはやく――――と、ソウジが考えていたその時だった。
「――――――――」
「お前……」
傍にいた天馬がソウジに何かを語り掛けてきた。天馬はその顔を、ソウジに何かを伝えるかのようにすりすりとこすりつけてくる。
「乗れってことか?」
ソウジの言葉に天馬が静かに頷いた。ソウジは覚悟を決めると、再び颯爽と天馬に跨った。
「頼む、俺を皆のところに!」
天馬は「任された!」と言うかのように自信たっぷりに鳴くと、その白銀の翼を大きく広げた。そしてソウジを連れて飛翔していく。空を駆ける天馬は徐々に加速し、その先に光のゲートが出現した。その先に何が待っているのかはソウジには分からなかったが、その天馬の導きに従ってソウジは天馬と共にそのゲートへと飛び込んだ。
☆
フェリスたちの眼前に現れた巨大なゴーレムの魔物。そのパワーは先ほどの擬似魔物の比ではなく、更に攻撃してダメージを与えてもすぐに再生してしまう。レイドは魔力切れでもう星眷を維持できなくなり、他のメンバーも競技の時の戦闘のせいで魔力がもう底をつきかけている。フェリスにしても、一瞬だけとはいえ『最輝星』を使用したせいで魔力消費は大きい。しかし、この中で魔力量が一番高いのはフェリスであり、それ故に残っている魔力ももっとも多い。
だから、
(ここは、わたしが頑張らないと……!)
焔でゴーレムの動きを牽制しつつこちらに引き付ける。だが、ただ逃げ回っているだけでは駄目だ。外からの救援は望めそうにない。来るのならば既に何らかのアクションが外から起きているはずなのにその気配がまったくない。ここは完全に外界とは隔絶されたと思うのがいいだろう。つまり目の前のゴーレムを倒すしか現状を打破する方法はなく。
(おそらくこれも邪人と同じ系統の何か……なら、必ずどこかに核があるはず!)
ソウジやライオネルの力ならば邪人の再生能力は発動しない。だがフェリスが攻撃してダメージを与えても目の前のゴーレムの傷はたちまち再生してしまう。ならば、核を破壊して一撃で仕留めるしかない。
(動きはだいたい理解した。……ここから、攻めるッ!)
フェリスの持つ『ヴァルゴ・レ―ヴァテイン』が真紅に輝いた。同時にフェリスの前身と剣が焔に包まれる。
「『最輝星』――――」
全身を包み込んでいた焔を斬り裂き、真紅のドレスを身に纏ったフェリスが飛び出した。その剛腕によって行われるゴーレムの攻撃を華麗にかわしつつ、その力を解放させる。
「――――『ヴァルゴ・レーヴァテイン・スピカ』!」
空中でゴーレムの巨大な体へと狙いを定め、剣に焔を集約させる。そうしていると、ゴーレムが右拳を振るってきたので、剣の切っ先をその拳へと向ける。
「『紅砲焔』ッ!」
剣から放たれた、さながら巨大な砲弾のような真紅の焔による一撃はゴーレムの右拳ごと、腕をまるごと消し飛ばした。だがゴーレムが止まる気配はない。ということはハズレだ。この部位に核は無い。
「次ッ!」
一度、地面に着地してからゴーレムの攻撃を掻い潜り、振るわれた腕を足場にして更に上空へと跳躍する。空中で一回転しながらその狙いを定める。再度、剣に焔を纏わせ――――標的へと叩きつける!
「『紅爆焔』ッ!」
剣から放たれた焔は爆発し、炸裂する。その破砕音は地下ダンジョンの内部に響き渡り、焔がゴーレムを包み込んでいく。今度はゴーレムの肩が消し飛んだが、それでも止まらない。再生した右腕でフェリスを捉えようとするが、フェリスは華麗に宙を舞い、その美しい金色の髪を揺らしながら次の攻撃モーションへと移っていく。
「しぶといですね。ですが、核の位置を絞り込むまであと少しです」
きぃぃぃぃぃん……! と、剣に帯びた真紅の輝きがより力強さを増していく。轟ッ! と、焔が更に強大となる。フェリスの心に呼応するかのように、焔が燃え盛る。そしてフェリスは焔を纏ったその剣をゴーレムめがけて力いっぱいに振るう。
「『紅砲焔・斬』ッ!」
『紅砲焔』と同等の威力を有した一撃。それによってゴーレムの全身が焔と爆発に包まれた。ダンジョン内に爆発の音がこだまし、その衝撃波は離れたところにいたレイドたちにすら伝わったほど。
フェリスは地面に着地し、煙に包まれたゴーレムをじっと見つめていた。核まで届いたのか、否か。パラパラとダンジョンの破片が舞い落ちる中、煙に包まれたゴーレムがついにその姿を現した。
「……ッ!」
ゴーレムの姿を見て、フェリスは驚愕する。姿を現したゴーレムは未だその形を保っていた。しかも核が破壊されていない。というのも、ちょうどゴーレムの胸の辺りに赤黒い塊がそこにあるのを見つけたからだ。どうやら核の周囲は頑丈に出来ているらしい。すぐに剥き出しになっている核に攻撃を加えようとしたがそれよりも早くにゴーレムの体が再生してしまった。
(でも、核の位置は絞り込めた。あとはあの部分に向かって、最大威力の『紅砲焔』を至近距離でたたき込めば!)
微かな希望が生まれたかに見えた。だが、その希望はすぐにフェリスの手から零れ落ちていく。
「ッ!?」
がくん、とフェリスは地面に膝をつけた。同時に体中から力が抜けていく。それにあわせて真紅のドレスや焔が消滅していく。残ったのは通常状態に戻った『ヴァルゴ・レーヴァテイン』のみであり、それすらも維持するのが難しくなっている。
「ま、魔力切れ? そんな……」
いくら膨大な量の魔力を持つフェリスといえども、今日だけで二度も『最輝星』を使用している。それだけでなく、ここに着くまでに擬似魔物たちとも戦っていたのだ。それに加えて『最輝星』状態で『紅砲焔』などの大技の連発。彼女の魔力はとっくに限界を迎えていた。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
自分の体を散々消し飛ばして来たフェリスが膝をついたことでゴーレムが勝ち誇ったような雄叫びをあげた。耳障りなそれに顔をゆがめる間もなく放たれたゴーレムの剛腕がフェリスに向かって放たれる。
「う……あ……!?」
残った魔力を総動員してなんとか『ヴァルゴ・レーヴァテイン』でその巨大な拳を受け止める。ゴキンッ! と剣に嫌な音がし、亀裂が走る。そのままの勢いでフェリスは一気に殴り飛ばされた。魔法でなんとか全身を守るが、壁に激突した時の衝撃は尋常ではなく。
ついには星眷も維持できなくなり、剣がフェリスの手の中から真紅の星屑となって消えていく。呼吸が乱れ、もはや立ち上がることすらできなくなっていた。ゴーレムが一歩、また一歩と力なく倒れたフェリスへと近づいていく。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
もはや抵抗する力すら体から消えていた。さっきの一撃の攻撃を防御するのにすべての力を使い切ったからだ。せっかく核の位置を見つけたのに。これで無駄に終わってしまうのか。
そんなことを考えた時に、ふと脳裏に一人の少年の姿が思い浮かんだ。
「ソウジくん……」
ふと、その少年の言葉を呟く。言葉にすれば、その人の事を思い出せるから。死ぬかもしれなくても、一人じゃなくなる気がしたから。
ついに傍に辿り着いたゴーレムが、弱り果てた少女へと無慈悲の一撃を加えようとしたその時……、
「フェリス――――!」
突如として光の中から現れたソウジが、白銀の剣でゴーレムの腕を斬り裂いた。
そして、天馬から降り立った少年は傷ついた少女へと駆け寄り、その身を抱き寄せる。
「フェリス、大丈夫か!?」
「あ……」
その体は鎧に包まれていたけど、抱き寄せられた体はその少年の温もりを確かに感じていた。
「……はい。わたしは大丈夫です」
「よかった……なんとか間に合って」
ソウジは内心でほっとしながら、あの天馬の方へと視線を向けた。あの天馬に跨って光の門をこえた次の瞬間には、もうこの場にいたのだ。そしてフェリスはすぐに見つける事が出来た。傷ついた体で弱っている彼女を見て、ソウジの中でどす黒い何かがメラメラと燃え上がるのを感じた。だがフェリスの体に触れると、そのどす黒い何かが浄化されていくのも感じる。あるのはただ、目の前のゴーレムと魔人に対する怒りだけだ。
「待ってて。すぐに終わらせるから」
「はい……待ってます。いつまでも。だってわたし、八年も待ったんですよ。これぐらい、待つことなんて簡単です」
「そんなに待たせないよ」
苦笑しつつ、あらためてソウジは眼の前の巨大な怪物を睨み付ける。ソウジをここまで運んできてくれた天馬もゴーレムを「許さないぞ!」と言うかのように睨み付けている。
「そっか。お前も怒ってくれてるんだな」
手を触れると、天馬は同意するかのように鳴き、頷く。
「じゃあ、さっさと終わらせよう。こんな木偶人形、一撃で仕留めてやる!」
ソウジの怒りに呼応するかのように黒い魔力が全身から嵐のように吹き荒れた。
フェリスやここにいる他のみんなにあまり負担はかけられない。魔人と戦っているライオネルのこともある。一撃で終わらせなければならない。ブレスレットにはめこまれているクリスタルが緑色に輝き、そして風の力を鎧に与える。
漆黒の鎧が風の力を宿し、その身を緑色へと変えていく。
ソウジはその風から、チェルシーの星眷である『リンクス・アネモイ』の力を感じる。
「『アネモイモード』」
右手の『アトフスキー・ブレイヴ』が今度は弓の形状である『アネモイ・ブレイヴ』に姿を変える。その弓を構え、魔力で敵を貫く閃光の矢を構築し、狙いをゴーレムへと定める。
「……ソウジくん……あのゴーレムの核の位置は胸です」
「わかった。一撃で仕留める」
風の力を秘めた光の矢がその力を増大させていく。狙いは胸。フェリスが必死に掴んでくれた情報は無駄にはしない。魔力を集め、ただただその一点のみに狙いを定める。
「『魔龍風矢』」
放つ。
強大なエネルギーを凝縮した風の矢は、その一点のみを正確に貫いた。
核を貫かれたゴーレムは動きと止めてそのまま沈黙する。その後、ゴーレムは魔力を伴って爆ぜ、同時に結界も崩壊した。