第七十八話 星霊天馬
会場に設置されているクリスタルで映像を観戦していた観客たち、そして大会運営側は困惑していた。競技はレイドたちがあの最後のボス疑似魔物を倒した段階で終わったはずだ。だがそれがどういうわけか、倒したはずの疑似魔物が再生した挙句にゴーレムへと姿を変えている。
「どういうことだこれ?」
「さあ……」
「もしかして新ルールとか?」
観客たちは映し出された映像に首を傾げるばかりであったが、大会運営側は大混乱だった。
「どういうことだ、なんだあれは予定に入ってないぞ!」
「わ、わかりません!」
「とにかく、はやく中にいる生徒たちをこっちに戻せ!」
「だ、ダメです! 転移魔法が発動しません! どうやら何者かの手によって内側からロックがかかっている模様!」
「なんだと!?」
大会運営スタッフたちが動く部屋は蜂の巣をつついたかのような騒ぎとなった。レーネシア魔法学園のダンジョンだけがトラブルを発しているのだが他の学園のダンジョンは正常に作動している。ダンジョンをクリアした学園のチームたちが次々と現実世界に帰還しているというのにレーネシア魔法学園のダンジョンだけが正常に作動しない。
かと思えば、会場の中全体を一瞬で黒い波動が駆け抜けた。この会場のあらゆる場所に施されていた付与魔法が無効化されてしまう。クリスタルに保存されていた魔法も力を失い、映し出されていた映像が途切れる。今度はまた別の意味で会場全体がパニックになった。
「ええい、一体何がどうなってるんだ……!」
スタッフの誰かが呟いたその言葉は、喧騒の中に空しくかき消されていった。
☆
「会場の方がなんかやばそうだぞ!」
ライオネルが会場の方へと視線を向けながら叫ぶ。ソウジもそれは分かっている。だが目の間の魔人ゲルプが行かせてくれない。
「さあ、姫を護ってどこまでまともに戦える? 騎士たちよ!」
ゲルプがだんっ! と地面を強く踏むと、衝撃波のような物がユーフィアに向けて放たれる。ソウジとライオネルは二人がかりでなんとかそれを剣で防御していくが、次にゲルプは魔法で作りだした岩石を集めて剣の形へと変えると、それを次々と射出してくる。ライオネルが『セイバスター』で迎撃し、ソウジがライオネルの撃ち漏らした岩の剣を斬りおとしていく。二人の背後にはユーフィアがおり、迂闊に動けない。
「ちっくしょう。先輩、どうやらオレらは嵌められたみたいだな」
「そうだな。たぶん、ユーフィア姫を誘い出したのも、狙いはお姫様じゃなくて俺たちだ。俺たちをこの場に誘き寄せて足止めして、会場の方に向かわせないために……!」
「おおう。それは心外だぞ騎士たちよ。一応、儂はユーフィア姫もいただくつもりで来たのだぞ?」
ゲルプはそんなことを楽しげに言いながら、今度は魔法で砂を操り、二本の巨大な土の腕を魔法で作りだした。まさに巨人の腕とも呼ぶべきそれは、拳を作るとソウジとライオネルに向かって同時に放たれた。二人は咄嗟に剣を盾にして土の巨人の腕を受け止める。まるで衝突事故でも起きたかのような衝撃が伝わってくるが、二人は一歩も退かない。退くつもりもない。
それを見たゲルプは巨大な土の腕を更にもう三つ、四つ、五つ、六つ、七つ……と次々と出現させる。
「うげっ。マジかよ!」
ライオネルが毒づく暇もなく。魔人の手によって新たに生み出された巨大な土の拳が、姫を守護する二人の騎士に殺到した。ソウジとライオネルはなんとかその拳の群を受け止める。このままやられっぱなしで潰されてたまるかと言わんばかりに二人の剣は同時に魔力を纏い、束となり、刃となった。
「『魔龍斬』!」
「『勇龍斬』!」
二人は同時に生み出した必殺の光剣で殺到する無数の拳を閃光と共に切り裂いた。周囲に残骸と化した砂が舞い散るものの、その砂が空中で渦を巻き再び一つの形へと再構築されていく。今度は槍。いくつもの槍だ。先ほどのような巨大な腕とは違い一つ一つのサイズが小さいのでその数も先ほどの腕の比ではない。
「リサイクルなんてアリかよそんなの! これじゃあいくら撃ち落しても無駄じゃねーか!」
「よくぞ分かったな。そら、次はどうやって凌いでくれる?」
ゲルプはソウジとライオネルの対応を見ることそのものを面白がっているようだった。ゲルプにとってこの戦いは足止めついでのお楽しみというわけなのだ。だが手痛い反撃をくらわないように突出し過ぎずの距離を保って足止めという役割を堅実に守っている。思ったより厄介な相手だ。
ソウジとライオネルは剣で迫りくる槍を撃ち落したり、『セイバスター』で迎撃を行っているもののいかんせん数が多い。このままではジリ貧だ。それに護りばかりではこの状況を突破できない。
せめてなんとかユーフィアをここから逃がすことが出来ればいいのだが……。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
なぜか先ほどからユーフィアは苦しそうに胸を抑えながら膝をついて呼吸を乱している。体調でも崩したのだろうか。それとも目の前で護衛の兵士たちが傷ついた光景を目の当たりにしてショックを受けたせいか。そのいずれも違う事を、理由は分からないがソウジとライオネルは直感していた。その証拠といっていいのか分からないが、ソウジもライオネルの胸の奥底から熱のようなものを感じていたからだ。
そしてソウジはこの胸の熱さに覚えがある。以前、コンラッドと戦った際に起きたことで、ルナも同じ熱を感じていた。それと同じものを今、感じている。
「う……くろきし、さま……」
「ユーフィア……!」
ぎゅっと胸を抑えるユーフィア。ソウジとライオネルの二人は身動きの取れなくなってしまっているユーフィアを護る為に、その場から動くわけにはいかなかった。
☆
「う……」
ソレイユ家の専用スペースにいるルナは一人、胸を抑えていた。今、あの時と同じものを感じている。ソウジが風紀委員のコンラッドと戦っていた時に感じたあの『熱』を。アレ以降、さっぱり何も感じなくなっていたかと思いきやこれだ。
(あつ……い……ソウジ、さん……)
体の奥底からとめどなく溢れてくる熱に思わず呼吸が乱れてしまう。
「ルナ、どうしたの!?」
「ルナちゃん!?」
「クラリッサ、さん……ユキちゃん……なんでも、ないです……」
「……うそ。明らかにおかしい」
「チェルシーの言う通りよ! もしかして、また体調が崩れたんじゃ」
「そういうのじゃ、ないんです……本当です……でも、どうしてかわからなくて……」
「と、とにかく医務室に行きましょうっ」
慌てたようにユキがルナを医務室に連れて行こうとし、クラリッサとチェルシーもそれに手を貸す。ふらふらと覚束ない足取りでルナはみんなに支えられながら医務室へと向かう。
「ああ、もうっ。こんな時にソウジとライオネルはどうしたのよ! 競技の方もなんかおかしかったし……って」
「……まさか」
クラリッサとチェルシーが互いに顔を見合わせる。あの二人が揃っていなくなっただけでなく、会場の混乱。更に先ほど会場を駆け抜けた黒い波動。もしやと思う材料には十分だった。もしかするとまた『再誕』が攻めてきたのでは、と二人が考えていたその瞬間。
「お兄ちゃん!?」
窓の外へと視線を向けていたユキが、ソウジとライオネルがユーフィアを庇いながら戦っている現場を目撃してしまった。その光景を見たクラリッサとチェルシーはあの黄色のカラーリングをした鋼の肉体を持つ怪物を見て、あの時の魔人の仲間なのではという事を察した。ルナはその窓の外の光景に自然を視線を向ける。魔人と戦う二人の騎士。そして、その背後で膝をついているユーフィアの姿。
どくん。どくん。どくん、と体の中の熱が次第に強くなっていく。
「うっ……」
がくん、と今度は隣にいたユキまでもが膝をついた。彼女も胸を抑えて呼吸を乱している。
「なに……これ……」
いきなり二人が膝をつき、苦しそうにしているのを見てクラリッサとチェルシーは困惑する。
「ど、どうしたのよ二人とも!?」
「……ユキちゃん、どうしたの?」
チェルシーは不安そうにしながらもユキに容体をたずねた。今、二人に起きていることは明らかに異常だからだ。
「わ、わかりません……急に胸が……熱くなって……」
「急に胸が熱くなってって……ルナもそうなの?」
クラリッサにたずねられ、ルナはこくりと静かに頷いた。それよりも今は、目の前で繰り広げられている戦いに視線が釘付けになっていた。胸の奥底でどくんどくんと何かをルナに訴えかけているような気がする。ソウジたちを助けろと。でも、どうやって?
「もしかして、前にルナが言ってた、ソウジと風紀委員との戦いの時に急に胸が熱くなったやつってこれだったんじゃない!?」
「…………でも、どうすれば……」
「そ、それは分からないけど。この前はいきなり治ったらしいし。と、とにかく今は医務室に連れて行きましょうっ」
クラリッサとチェルシーがルナとユキの二人を医務室に連れて行こうと再び動き出したその時だった。
「――――――――ッ!」
どくんっ! と、心臓の鼓動が一段と大きく響き渡った瞬間、胸の中の熱が一気に全身に広がり、ルナの体が星屑の輝きによって包まれた。さきほどまで乱れていた呼吸が嘘のように楽になる。更に今度は瞳が真紅に輝き、その瞳はじっとソウジとライオネルたちを捉えていた。
「ルナ……ど、どうしたの?」
「…………ルナ。ぴかぴかきれい」
クラリッサとチェルシーは知る由もなかったが、今現在のルナの状態は襲撃事件の際、ソウジがアイン・マラスと戦っている時に起きたものと同じであった。ルナは困惑するクラリッサ、チェルシー、そしてなぜか体が楽になったユキをよそにじっと外の魔人とソウジ、ライオネル、そして……ユーフィアを視ている。
「あっ。あれっ!」
そんなルナの視線に釣られたかのようにクラリッサが視線を外へと向けると、そこでは……。
☆
ユーフィアは、目の前で自分を護る為に傷ついていく騎士たちを見ていたくなかった。このままだと目の前にいる黒と白の騎士までもが、さきほどユーフィアを護る為に傷ついた護衛たちと同じことになる。自分にできることは、足手まといにならないようにここから一刻も早く逃げること。
それなのに。
「……はぁ、はぁ、はぁ……ううっ……!」
おかしい。胸の奥が熱くなって、体が動かない。動けない。
いやだ。こんなのはいやだ。このまま自分を護る為に傷つく人が増えるなんて。
どくん。どくん。どくん。と、心臓の鼓動がやけに熱く、そして大きくなっていく。
意識が朦朧としてきて、今にも倒れそうになる。
だがユーフィアの意識は不思議と何かによって繋ぎ止められていた。そしてユーフィアは胸の奥から何かが自分に語りかけてくるのを感じていた。その何かは言っている。願えと。祈れと。そうすれば、彼女の願を、祈りを叶えてくれると。
(…………けたい……)
願う。
(……たす……けたい……)
祈る。
(黒騎士様たちを……たすけたい……!)
たった一つだけの、少女の小さな願い。
それを告げた瞬間、ユーフィアの意識は途絶えた。だがユーフィアの体は動き続けていた。彼女の全身を星屑の輝きが多いつくし、ゆらりと、ゆっくりと立ち上がる。
「ユーフィア?」
背後でユーフィアが立ち上がり、更に謎の輝きを発したことでソウジとライオネルは驚いていたものの、ソウジはその輝きが前回、アイン・マラスと戦っていた時にルナが発していたものと同じであることをすぐに感じ取った。更に胸の奥にあった熱がすぐに楽になり、まるでユーフィアと呼応するかのように優しい温かさに包まれる。
「お、おいおいおい! なんなんだこりゃ!? このお姫様、いったい……」
「さぁな。俺にも分からないよ」
だがソウジは不思議とユーフィアの他にもここに同種の誰かが……否、ルナが傍にいることを感じ取っていた。視線を向けなくても分かる。くっきりと、鮮明にルナの姿が思い浮かべることが出来る。ルナは真紅の瞳を輝かせながらユーフィアと力を共鳴させており、二人は魔人を前にその力を解放していく。そしてそれに呼応するかのようにソウジの持つブレスレットが輝いていた。
対する魔人はというと、光り輝くユーフィアの力を睨みつけている。
「ユーフィア姫……ついに巫女の力に覚醒したか」
「み、巫女ぉ? おい魔人野郎、なんだその巫女ってぇのは!」
「フン。貴様に説明してやる義理もないわ。今回はせいぜいおびき出すエサぐらいにしか考えていなかったが、覚醒したからには何がなんでも連れて行かせてもらう!」
ゲルプが轟!! と、全身から邪悪な魔力を解放し、周囲の砂を集めて巨人を作り上げた。その巨人はユーフィアに向かって捕獲しようとするかのように腕を伸ばすが、ユーフィアから発せられている星屑の輝きがバチィッ! とその腕を弾き、霧散させてしまう。
「ムッ。なんというパワー。これが巫女の力か……!」
驚くゲルプ。更に唖然とするソウジとライオネルの二人に向けて、ユーフィアが微笑みかける。すると、彼女の力はルナと共鳴して更に巨大になっていき、星屑の輝きはやがて一つの塊となって嵐を生み出し、魔人が生み出した砂の巨人を吹き飛ばす。それだけでなく、ユーフィアが生み出した嵐を中から二つの『何か』が引き裂き、飛翔していく。
「な、なんか出てきたぞ!」
ライオネルが空に向かって指差すと、その場所には翼の生えた二頭の白馬が空を駆けているのが見えた。
「馬ぁ?」
「みたいだけど……」
そしてその馬は翼を振るいながら天を駆けると、地上へと急降下しつつ、その身に星屑の輝きを纏いながらゲルプに突進する。ゲルプは魔力で大剣を作りだし、襲い掛かってくる二頭の天馬に向かって剣を豪快に振るうが、二頭のペガサスはその大剣をその身に纏った星屑で蹴散らし、ゲルプを突進で吹き飛ばす。
「ぐおおおおおおお!?」
地面に叩きつけられるゲルプ。その後、二頭の天馬はソウジとライオネルの傍に舞い降りると、さきほどの魔人をも吹き飛ばす突進攻撃が嘘のように大人しくなった。ユーフィアはそんな二頭の天馬を優しく撫でてやると、慈愛の籠った笑みを浮かべる。だが彼女が体に纏っていた星屑の輝きはすぐに消え去り、意識を失って倒れこむ。
「おっと」
寸前のところでソウジが彼女を受け止め、様子を確認する。ユーフィアは完全に意識を失っており、今はすやすやとかわいらしい寝顔を浮かべていた。どうやらもういつものユーフィアに戻ったらしい。今度はルナの方へと視線を向けるが、どうやらルナも同じように倒れてしまったらしかった。クラリッサたちが慌てているのが見える。
(ありがとな……ルナ、ユーフィア)
心の中でお礼を言う。二人のおかげで現状を打破することが出来た。ソウジはユーフィアを抱えると、魔法で彼女の体を支えながら天馬に跨った。
「お、おい、大丈夫なのかよソウ……じゃなかった。先輩? いきなりそんなのに跨っても」
正体を隠しているソウジの名前を思わず言ってしまいそうになるぐらいライオネルは驚いていたらしい。
「今は緊急事態だし、それになんか……こいつが乗れって言っている気がしたんだ」
天馬は何も言わないが、ソウジはこの天馬からそんな言葉を感じ取った。
理屈ではない。
ただ、乗れと言われた気がしたから乗っただけだし、この馬もユーフィアを助けたいと思っているような気もしたのだ。
「ここは頼めるか」
「へっ。もとからその予定だっただろうが。さあ、お姫様を安全な場所に送り届けたら、会場のみんなを助けてこい! どうせあいつら魔人が何か仕組んでるっぽいからな!」
「すまない。頼んだ!」
ソウジは天馬につかまると、心の中で飛べと念じる。すると天馬はそれに応じたかのようにその翼を広げて飛翔した。空を駆ける天馬は、一直線に会場の方へと閃光の如く突き進む。
「むぅ……逃がさん!」
ゲルプは天馬の突進攻撃から立ち直ると、すぐさま空を駆けるソウジたちを撃ち落そうと砂の弾丸を放った。だがその弾丸は途中で全て撃ち落される。ゲルプはキッと殺気だった視線を向ける。そこには得意げに『セイバスター』をくるくるとまわすライオネルがいた。
「おおっと、今度こそ通さないぜ。お前はオレと遊んでもらう」
「……その暇もないからな。貴様はさっさと殺すッ!」
「上等だぁ!」