第七十七話 手にした力
ソウジとライオネルの二人は同時に駆け出した。今回はとにかく敵の数が多い。一気に敵を倒すのが先決だ。ライオネルは『オリオン・セイバー』で邪人に斬りかかる。対する邪人は腕を剣の形に変形させてそれに対応した。ソウジは真っ先に数を多くしている原因である『邪人形』たちへと向かうと『アトフスキー・ブレイヴ』の刃で真っ向から切り伏せ、叩き潰していく。『邪人形』たちは確かに強力な敵ではあるが邪人に比べると戦闘力は落ちている。動きもどこか機械的だ。
それこそ、動きだけならば交流戦で戦った敵の方がまだマシだ。
(一気にケリをつける!)
新たに現れた魔人のこともある。ソウジは青い鎧、『リキッドモード』に変身すると槍の形状へと姿を変えた『リキッド・ブレイヴ』の刃に魔力を集約させてその場で回転。周囲にいた『邪人形』を一気に薙ぎ払う。
「『魔龍水斬』!」
前回は『突き』の攻撃だったものを『回転切り』で発動させる。その一撃で、周囲で蠢いていた『邪人形』は全滅した。魔力爆発によって起きた爆炎の隙間からソウジは黄の魔人ゲルプと睨みあう。
「ほほぅ。ブラウの言うとおり本当に色が変わるのだな」
「ブラウ……。ということは、お前も魔人なんだな」
「いかにも。儂は黄の魔人ゲルプ」
黄の魔人、と名乗るだけあってブラウと同じように歪な黄の鋼の肉体を有している。ブラウに比べると大柄でゲルプとはまた違った威圧感がある。背後ではライオネルがまだ邪人と戦っている。今この魔人の相手を出来るのはソウジだけだ。
「まったく。お前ら魔人は女の子を襲うのが趣味なのか?」
「趣味ではないが、儂らの計画には必要なことだ」
「それなら、そんなロクでもない計画はぶっ潰してやる」
ひゅんっと軽く槍を回転させるとソウジはゲルプに向かって駆け出した。ブラウのことを考えるとあのボディカラーからしておそらく相手は黄色の魔力、土属性の使い手だろう。今現在ソウジが変身できるのは黒、赤、青、紫の四種類。この中だと紫色の鎧、雷の力を宿した『トルトニスモード』は土属性のゲルプには不利だ。なら今は水の力を宿した『リキッドモード』で攻める。
ソウジは槍を突き、振るい、ゲルプに次々と攻撃をしかける為に接近する。ゲルプは望むところといわんばかりに拳を構え、ソウジはそんなゲルプめがけて槍を振るう。ゲルプの拳は槍の刃をいともたやすく弾き、受け止める。このままではだめだとふんだソウジは槍に魔力を集約させ、解放する。
すると、ソウジの槍から次々と魔力によって構築された水が出現した。水は瞬時に刃へと変形し、ソウジは水の刃をゲルプに向かって放つ。対するゲルプは土属性の防御壁を出現させて刃を受け止めた。さすがは魔人といったところか、ゲルプが構築した土属性の防御壁はソウジの攻撃をたやすく受け止めている。だがそれはダミーだ。ゲルプの意識を水の刃に引き寄せてから、ソウジは転移魔法で一瞬にしてゲルプの背後に回り込む。どうやら相手はブラウの時と同じようにあの黒い波動で転移魔法を封じていない。
「ムッ!」
「はぁっ!」
水のエネルギーを集約させた刃で背後から突く。だがゲルプはぐるんっと体を背後へと向ける。そして両腕を盾のようにしてソウジの一撃をガードした。刃が鋼のような腕に激突し、火花が舞い散る。そのまま連撃をしかけようとしたが、ゲルプの肉体のあまりの硬度に槍が弾かれ、その反動でソウジも下がらざるを得なかった。一度、再び距離をとるソウジ。
(硬いな……通常の攻撃では突破するのは難しい、か)
やはり『ストライク』タイプの一撃を当てるしかダメージは期待できそうもないようだ。
だが一つ分からないことがある。ブラウの時もそうだったが、なぜ魔人は、邪人たちと同じ黒い波動を使わないのか。あの波動を展開していれば付与魔法も無効化出来るし転移魔法の阻害効果もあるので転移による不意打ちも防げるはずだ。だがブラウの時もそして今もその黒い波動を使ってこない。おそらくそれを使えば一発で何かしらの騒動が起きていると周囲にばれるからだ。いきなり会場やこの周辺にかかっている魔法が無効化されたら誰だって何かしらの異変に気付く。
だがあの黒い波動をいつ使ってくるかも分からない。油断は禁物だ。
ソウジは魔人と睨みあい、次の攻撃の機会をうかがった。
☆
ライオネルと邪人の戦いは続いていた。だがライオネルの有利、という形で。
「おらおらおらおらおらぁっ!」
「ぐッ……!」
ライオネルから放たれる刃の連撃に邪人は防戦一方となっていた。だが防御の体勢をとっても『オリオン・セイバー』によってその体は傷つけられていき、更に邪人が本来持っているはずの再生能力も白魔力の前では発動しない。
「ガアッ!」
邪人は一度、距離をとると背中から大量の触手を放出した。一度空中に広がったそれは地上にいるライオネルめがけて一斉に発射される。だがライオネルはその光景に一歩も引かずにくるくると手の中で『オリオン・セイバー』を回転させてそのままメカニカルな音と共に『セイバスター』へと変形させた。そのまま空中に向けて連射し、次々と触手を迎撃していく。そして再び銃の形から剣の形である『オリオン・セイバー』へと変形させて邪人に向かって斬りかかる。
邪人は咄嗟に対応しようとするが、ただ一人の家族となってしまった妹のユキを護る為にライオネルが実戦の中で磨き、身に着けた剣技は邪人化による能力強化だけではとうてい反応しきれるものではなかった。まずは腕を斬りおとされ、負けじと足払いをしようとするがライオネルはそれを跳躍して軽やかにかわす。邪人の頭上を飛びつつもついでとばかりに空中で一回転しながら邪人のもう片方の腕も斬りおとす。
両腕を斬りおとされた邪人。その断面からは邪悪な魔力が血のように噴出している。ライオネルは必殺の一撃を放つべく『オリオン・セイバー』に魔力を集約させた。
「そろそろこいつで終わりにするぜ」
「……ッ!」
集まった白魔力は白銀の輝きを放ちながら巨大な一本の束となった。ライオネルは邪人に向けて、その必殺の刃を振り下ろす。
「『勇龍斬』!」
振り下ろされたその白銀の光に飲み込まれた邪人はその体を真っ二つにされ、魔力爆発を起こして消滅した。爆発の中から『邪結晶』を使用していた男が放り出され、意識を失う。それを確認したライオネルは魔人と戦っているソウジの方へと駆け寄った。ソウジと魔人ゲルプは未だに戦闘を行っており、お互いに決定打となる攻撃をなかなか繰り出せずにいた。
その状況を引き裂くように、ライオネルは『オリオン・セイバー』を『セイバスター』へと変形させ、ゲルプに向かって銃撃を行う。ゲルプはすぐさまその攻撃に反応して土属性の防御壁を展開。ライオネルの攻撃は遮断されてしまったものの、なんとかソウジのもとへとたどり着く。
「お待たせ、先輩」
「あの邪人は?」
「バッチリ。そんで、さすがの先輩もやっぱり魔人相手だと手間取ってるみたいだけど……でもまあ、これで形勢逆転かな?」
ライオネルの言葉通り、さきほどまでこう着状態にあったソウジとゲルプの戦いはライオネルがソウジに合流したことによって形勢は逆転したといっても過言ではない。ライオネルはくるくると『セイバスター』を手の中で回転させると、銃口をゲルプへと向けて牽制する。
対するゲルプはというと、
「ふむ……二対一か……確かに、この状況は儂にとっては不利だな」
「だったら、さっさとおとなしく倒されてくれないかねぇ。魔人野郎」
「悪いが、それは無理だ」
ゲルプの言葉の意味がよく理解できなかったソウジとライオネル。いくらゲルプが魔人とはいっても以前は属性の相性もあったとはいえソウジ単体でも同じ魔人のブラウを撃退してみせた。今は同じ騎士の力を持つライオネルもいる。二対一のこの状況ではそうそうおくれをとることはないとふんでいた。
「ところで騎士達よ。今、この会場では交流戦とやらが行われているらしいな?」
「……それがどうした」
「どうやら今は外からは干渉できないダンジョンの中で競技が行われているとか。今頃、さぞかし盛り上がっているのだろうな?」
『ッ!』
ゲルプの言葉に、嫌な予感がしたソウジとライオネルが思わず身構える。その直後、会場の方から不穏なざわめきの声が聞こえてきた。そのざわめきにますます嫌な予感が募っていく。たまりかねたライオネルがゲルプに向かって怒鳴るように叫ぶ。
「てめぇ、いったい何を!」
「それは儂の知るところではないな。さて、どうする? 姫君を護る騎士たちよ」
「この野郎……!」
ライオネルがゲルプに向かって斬りかかろうとしたが、ソウジがそれを制止させる。
「落ち着け、挑発にのったら相手の思うツボだぞ」
「分かってるけどよ……くそっ」
ライオネルの気持ちは分かる。魔人が今回の交流戦に何かしらの形で関わっているのならば放っておくわけにはいかない。ソウジも何かしらの手をうたなければならないのは分かっている。しかしどうする。目の前の魔人も放っておくわけにはいかない。
悩むソウジたちをゲルプは楽しげな雰囲気で眺めている。この状況はゲルプにとっても都合がいいのだ。ソウジたちが悩めば悩むだけゲルプの思うつぼだ。
「それならこうしようぜ、先輩」
くるくると銃を手の中で回転させながら、無理やり自分を落ち着かせたライオネルはソウジに提案する。
「この魔人はオレが引き受けるから、先輩はそこのお姫様を送り届けるついでに会場の方に行って様子を確かめてくれ」
「お前……」
「いきなり会場にオレが現れるより、知名度のあって有名人の先輩の方が混乱が少ないと思うしな。任せたぜ」
ライオネルのいう事ももっともだ。どのみちいきなり会場にソウジが行っても混乱するだけだろうが、まったく知られていないライオネルよりはマシである。
「分かった。ここは頼んだぞ」
早く決断して行動しなければ魔人の思うつぼだ。ソウジはライオネルの提案に賛同し、転移魔法で即座にユーフィアのもとへと転移しようとした。
だが、
「逃がさんぞ」
ゲルプが告げると、魔人を中心として黒い波動が辺り一帯に広がった。その波動の能力によって周囲にかけられていた様々な魔法効果が消失していく。同時に転移魔法も使用不可能となってしまった。これでは魔人の攻撃をかいくぐり、会場へと駆けつけることが出来ない。
「多少騒ぎになるのはもはや仕方があるまい。貴様らだけは、足止めさせてもらうぞ」
「くそっ……!」
更に厄介なのは、こうして無理やりにでもソウジたちを足止めしているのは、目の前の魔人は先ほどの言葉とは裏腹にソウジとライオネルの二人を一度に相手をする自信があるということだ。
こうしている間にも時間が削られていく。
ソウジは内心で焦りながらも、現状を打破するための方法を考えていた。
☆
レーネシア魔法学園の生徒たちはいたって順調にダンジョンを攻略していた。オーガストの持つ『うお座』の星眷の力で生み出された小さな偵察魚たちはその能力を存分に発揮し、ダンジョンの罠や効率的な移動ルートを探ることが出来た。コーデリアは魔道具で時間を確かめると、笑顔で頷いた。
「例年に比べるとペースがかなり早いわね。私達がトップ通過ということも十分ありえるわ」
「よぉし、このまま突き進むぜ!」
「押忍!」
襲い掛かってくる疑似魔物たちを蹴散らしながら五人は進む。そんな中、オーガストは少し不満そうにしていた。
「なにが押忍だレイドめ……さっきから先輩とばかり……」
「ん? なにか言ったか、オーガスト?」
「うるさい黙れなんでもない」
ぷいっとそっぽを向くオーガストに首をひねるレイド。オーガストからすれば、仲の良かった友達がとられたみたいで面白くないのだろう。その様子を見てフェリスが苦笑していたが、すぐに気持ちを切り替える。なぜならば、目の前にダンジョン最深部を示す巨大な扉が現れたからだ。
「先輩、あれを」
フェリスの言葉に、全員が巨大扉の方へと視線を向ける。
「おっし、あれがゴールだな」
「正確には、あの扉の向こうにいる最後の疑似魔物を倒したらゴール、だけどね」
この第二競技は実際に冒険者たちが日々こなしているダンジョン攻略を模している。よって、最深部にいる疑似魔物を倒すことでゴールということになる。
「いくぜ!」
扉の前で立ち止まることなく、コンラッドが扉を蹴り飛ばした。そこから一斉にフェリスたちは扉の内部へと入っていく。最深部は広いホールのような場所になっていた。広さ的には学園の校庭ぐらいはある。
フェリスたちがこの空間に入り込んだのを確認すると、空中から突如として巨大な疑似魔物が構築され、舞い降りた。その疑似魔物は巨大な人の形をしていた。だがただ人の形をしているわけではない。その全身は雷で構築されており、まさに電撃の塊ともいうべき体をしている。最後に配置される疑似魔物の属性は毎年ランダムだ。だから属性の配置だけは運に任せるしかない部分があるので赤、黄、緑、青の四属性のメンバーを配置していた。
「見たところ雷属性っぽいな。つーことは、お前の出番だ。レイド」
「押忍ッ!」
レイドがキッと目の前の雷の巨人を睨みつけながら前に出る。最後のボス疑似魔物ともいうべきあの巨人の耐久力はこれまでの疑似魔物の比ではない。ここからいかに協力して倒すかがタイムを縮める鍵となる。
また、打ち合わせの段階で疑似魔物に有利な属性の者がいた場合はその者を中心にして攻めるという計画になっている。
「兄貴、アレは使っていいんですか?」
レイドがたずねると、コンラッドがニヤリとした表情で頷き、サムズアップを見せた。
「俺が許す!」
「押忍ッ! ありがとうございますっ!」
ぺこりと頭を下げたレイドが再び疑似魔物に向かい合う。対するボス疑似魔物である巨人はレイドを睨みつけると、そのままその巨大な拳をレイドめがけて振り下ろした。
「レイド!」
オーガストが叫び、咄嗟に動こうとするもそれはコンラッドに止められる。
「なにをっ……!」
相手が先輩ということを忘れて思わず睨みつけるが、コンラッドは「まあ見てな」と笑っていた。
その間にも巨人の拳は放たれており、ガゴンッ! という強烈な音と共にレイドに直撃した――――かに思えた。
巨人の拳の下ではレイドがいまだ健在であり、更にその右手から迸る光で巨人の拳を受け止めている。その黄魔力の光が収束されると、レイドは自分が掴んだその名を叫んだ。
「――――――――いっくぜぇッ! 『ヘルクレス・アックス』ッ!」
瞬間、巨人の拳の下に集まっていた魔力が弾けた。
同時に振り下ろされていた巨人の拳の下で爆発したかのような魔力が炸裂し、爆風の中心地にいたレイドがその姿を現した。手の中には身の丈ほどもある巨大な斧が存在していた。
それは、彼が仲間と共に並び立つために掴んだ力の結晶である。
オーガストはその斧を見て驚愕の表情を露わにしていた。
「そ、それは……まさか……」
対するレイドは驚くオーガストにニカッとした笑顔でVサインを送っている。
「おう! オレの星眷、『ヘルクレス・アックス』だ!」
レイドが手にした星眷『ヘルクレス・アックス』。その星座は『ヘルクレス座』。その星座は、かつての勇者の中で弓を得意としていた勇者が眷現させていた星座だ。その力は『皇道十二星眷』に匹敵するほどの最強クラスの星座である。無論、勇者と血のつながっているライオネルやユキとは違ってレイドにかつての勇者たちとの関係性があるわけではない。彼は偶然にも、かつての勇者の一人と同じ星座の力を手にしたに過ぎない。だがその偶然は、彼が仲間の為に重ねた努力の末に手に入れた物だ。
唖然とするオーガストの隣で、コンラッドがくつくつと笑っている。
「まあ、まだまだ安定はしていないんだけどな。けど、なんとか格好がつく程度には形にしてきたぜ。ギリギリになっちまったけど」
「しかし……まさかこんな短期間で星霊と契約してたなんて思いませんでした……それも『ヘルクレス座』と」
「そこなんだけどな。結果的にソウジ・ボーウェンのやつに助けられたよ」
「ソウジが?」
「ああ。聞けば、オレと特訓するまではソウジ・ボーウェンとお前でレイドの特訓に付き合っていたそうじゃねぇか。あいつ、星霊と契約するためにもっとも効率的な特訓のメニューを組んでやがったんだよ。おかげで、ちょっと強引に星霊とレイドを接触させる時に上手い具合に手助けになった」
星霊と契約し、星眷を手にするためにはまず自分の内に存在する星霊との邂逅を果たさなければならない。そのためには魔力量を高めて自分の内に存在する星霊との魔力の流れや波長などを一致させる必要がある。ソウジが組んでいた特訓メニューはその魔力の流れや波長を合わせやすくするものだ。ソフィアに修行を積んでもらった時の経験を活かしてレイドのように調節していたものを日々、行っていた。それにもともとレイドは練習を頑張れるタイプだ。訓練に訓練を重ねていた彼は自分でも知らないうちに星眷使いへと近づいていた。もっとも、いくらソウジの特訓を受け、そこから更に努力を重ねていたといっても通常ならばそんなすぐに星霊と会えるものではない。おそらく、コンラッドとクライヴの協力によって『かなりの危険が伴う強引な方法』に手を出していたのだろう。それも賭けに近かったはず。そういった方法は誰にでも上手く行くものではないし、危険も伴う。だがレイドはそれを乗り越えた。その末に掴んだのが彼の星眷である。
「正直にぶっちゃけると、最初はその強引な方法も何度も失敗したよ。命の危険もあった。でもアイツは諦めなかった。何度も何度も真正面からぶつかって、その末に手に入れたのがアイツの力だ」
コンラッドたちが見守る中、レイドは身の丈ほどもある巨大な斧を軽々と振り回している。
「いくぜ、『ヘルクレス・アックス』! オレたちの初陣だ!」
拳を弾かれて不機嫌になっていた巨人は再びレイドに向けてその巨大な拳を放つ。だがレイドはそれをステップでかわすと、返す刀で斧を振るい、がら空きになっている腕に叩き込んだ。黄魔力を纏ったその一撃は強烈な一撃となってヒットし、巨人の耐久力を削っていく。
「よし、オレらもいくぞ!」
コンラッドの声に続くようにフェリスやオーガスト、コーデリアも巨人に立ち向かっていく。フェリスは今回『最輝星』を基本的には使用しない方向だ。襲撃事件の時やデイモンとの戦いの時のような状況ならばまだしも今回のような一人の敵に対して誰かと連携して挑むような状況ともなるとまだ完全にコントロールしきれていない『最輝星』を使用するのは危険だ。下手をすれば味方を巻き添えにしてしまう。そうでなくとも『最輝星』は大量の魔力を消費する。あまり長い時間は使えないし、使った後は大した魔法が使えなくなるのだ。だからこそ、使い時をきっちりと見極めてから一瞬だけ使用する。
「舎弟が活躍してるのに黙っちゃいられねーな! くらえ、『ラビットキック』!」
さながら弾丸の如く、コンラッドの必殺技である『ラビットキック』が放たれた。流石に貫くようなことはなかったが、疑似魔物には耐久力が設定されている。攻撃が当たればそのぶん耐久力は減っていくのだ。コーデリアやオーガストも続けざまにそれぞれの攻撃を加えていく。爆炎が巨人のあちこちで巻き起こり、恐るべきスピードで耐久力が削られていく。
「ッ! 下がって!」
何かを察知したコーデリアが叫び、攻撃を中断してその場にいた全員が一度下がった。その直後に巨人の全身から大量の雷が放たれた。各々、その攻撃を何とか避けつつ安堵の息を漏らす。
「おおっと。あのまま近づいていたらやばかったな。ていうかコーデリア、よくあんなのが来るって分かったな」
「うふふ。伊達に日頃から妹を前にしたら何をやらかすか分からない変た……こほん。生徒会長を相手にしてないわよ」
「姉がご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
フェリスは謝罪をしつつも、脚力強化の魔法を発動させてすぐに巨人の懐に潜り込む。放電攻撃はもう終了している。その直後の隙を突くように、剣に焔を纏わせた。
(この疑似魔物は人型……それなら、膝を狙えば!)
狙いを定め、一気に跳躍する。隙間を縫うように、フェリスは焔剣を巨人の膝に叩き込んだ。
轟! と強烈な焔の一閃によって膝を斬られた巨人はぐらりとそのバランスを崩す。
耐久力が尽きるまで動き続けるとはいっても、人の形をしていることは変わらない。ならばバランスを崩しやすい点も似ているはずだ。その狙いは見事に的中した。
「レイドくん、今です!」
キィィィン……! と、レイドの持つ斧の刃に黄色に輝く魔力が収束していく。それによって魔力は斧の形となり、更に魔力が高まると共に魔力の斧も巨大化していく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 『ギガント・インパクト』ォッ!」
そしてレイドは、巨大な魔力を纏った斧を振り下ろした。その一撃は見事に決まり、ごっそりと雷の巨人の耐久力を奪っていく。そのままバランスを崩していた巨人はダメ押しとばかりに叩き込まれたレイドの一撃によって地面に倒れ伏す。
「『ラビットルネードキック』!」
「『水嵐』!」
すかさずコンラッドとオーガストが攻撃を叩き込み、一度下がる。また放電現象が起こったからだ。そして体中に雷を纏った巨人は立ち上がり、更に体中の雷を集めて手に斧のような物を創りだし、全身に雷を放出しつつも纏う。
「うげっ。兄貴、なんかアイツ武器持ちはじめたんですけど」
「まあ耐久力が下がるとパワーアップするんだよ。実際のダンジョンの最深部を護っているボス魔物も弱ってくるとパワーアップするからな」
「なるほどね。ならこのデカブツも最後の悪あがきをしているってわけだ」
斧を軽々と振り回しながら、レイドは同じ武器を振り下ろしてきた巨人の一撃をその場から跳躍して回避する。斧を振り回す巨人は攻撃範囲が広がったのは厄介だ。しかし避けることは出来る。コンラッドの動きに比べればこんなことなんてこともない。だがどうやって近づくかだ。
レイドはまだ無理やり星眷を手にしたに過ぎない。ギリギリのところでコントロールをしているに過ぎないので魔力の消費も早い。星眷を維持するための魔力を過剰に使ってしまっているのだ。長期戦は出来ない。
「乗れ、レイド!」
オーガストが叫ぶと、魔力によって生み出された水がレイドの方へと伸びる。レイドはオーガストの意図を瞬時に理解し、彼の星眷が生み出した水に乗った。オーガストのコントロールしている水が足場となり、的確なコントロールでレイドを巨人のすぐ近くへと導いていく。
「サンキュー、オーガスト!」
「礼はいいからさっさと倒してこい!」
「おうよ!」
下ではコーデリアとコンラッドが巨人の注意をひきつけてくれていた。更に引き付けるだけではなく、きっちりと耐久力も削られている。これはチャンスだ。しかし、巨人は現在も雷を自分の周囲に身に纏っていた。あれを掻い潜るのは至難の業だ。巨人の身に纏っている雷を何とかしなければ――――、
「わたしが道を作ります!」
フェリスが叫ぶ。オーガストとレイドはすぐに事情を察し、フェリスから距離をとった。フェリスも二人からもコンラッド、コーデリアの二人からも遠ざかりつつ巨人に向かって飛ぶ。すかさず空中で魔力を一気に解放させる。
紅蓮の焔が彼女を覆い、その中から真紅のドレスを身に纏ったフェリスが現れた。
「『最輝星』――『ヴァルゴ・レーヴァテイン・スピカ』ッ!」
逃げ場のない密室であるこの空間で長時間、『最輝星』を使うと味方に危険が及ぶ。よって使うのはこの一瞬。この一瞬の間に剣に魔力を集約。そして、放つ!
「――――『紅砲焔』ッ!」
真紅の魔力の塊が、さながら大砲のような一撃として放たれた。周囲に纏っていた雷をフェリスの持つ桁違いの超パワーで無理やりこじ開けながら、巨人の頭よりも大きい焔の砲弾が見事に頭部に直撃。疑似魔物の視界を封じると共に大ダメージを与え、それによって雷が一時的に途切れる。
「今です!」
空中で落下しながら『最輝星』を解除するフェリス。そんな彼女と、オーガストのコントロールする水に乗りながら巨人に向かうレイドがすれ違う。
「決めろ、レイド!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ヴァオッ! と、レイドの『ヘルクレス・アックス』に最後にして最大の魔力が集約される。魔力で構築された斧が纏われ、巨大化していく。
ぐらつき、隙だらけとなった巨人に向けてレイドは最後の一撃を放つ。
「くらいやがれ! 兄貴直伝、『ラビットスラ――――ッシュ』!」
横薙ぎに放ったその最後の一撃を巨人に叩き込む。爆発したかのような派手な音と共に、疑似魔物の巨人が真っ二つになった。耐久力が0になり、体が二つに裂かれた巨人が倒れこみ、砕け散る。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
最後の力を振り絞った為か、レイドは星眷を解除した。もう維持することすらできなくなったのだ。体中が微かに震えている。魔力も体力も使い切ったからだ。思わず自分の振るえる手を見る。その手はボロボロで、度重なる特訓のせいで土や泥にまみれていた。そんな自分の手を、力を手にした自分の手をぎゅっと握りしめる。それが本当に自分の力であることを、確かめるように。
「やったな、レイド!」
ビシッ! とコンラッドがレイドにサムズアップを送っている。オーガストはサムズアップこそしなかったが、「やったな」と称賛の言葉を送り、フェリスとコーデリアはレイドを称賛するかのように微笑んでいた。
「……ッ……! よっしゃああああああああ!」
何かが自分の中からこみあがってきて、レイドは思わず叫んでしまっていた。それぐらい嬉しかった。自分は役に立てたのだ。みんなの役に。そしてこれからはもう、仲間の陰に隠れていることしか出来ない自分ではない。仲間のための明確な力として役に立てる。今の戦いでそれが確認できて、そのことがたまらなく嬉しかった。
「…………それにしても最後のアレだが……『ラビット』要素はどこにあるんだ? 見たところ、『ギガント・インパクト』とさほど変わらないように見えたが」
「ノリだ!」
「お前というやつは…………まあ、いいか」
オーガストは頭が痛いと言わんばかりにため息をついていたものの、本人がノリで決めたことならばそれもいいかと諦めた。というよりも、魔法は使う本人の精神状態にも左右される場合がある。本人の集中が乱れていたり精神的に不安定になったりする場合は威力や精度は落ちるし、逆に自分の中で波にノっていたり、気分が良い時に魔法の威力や精度が上がることもある。つまりノリで決めて本人がそれで気持ちよく魔法が使えるのならばプラスになることはあれとマイナスになることはない。
「さて、ボスも倒したことだしこれでオレたちはダンジョンをクリアして外に戻れるはずなんだが……」
「おかしいわね。どうして外に出れないのかしら」
コンラッドとコーデリアが首を傾げている。確かにおかしい。通常ならばボス魔物を倒した段階で外に出れるはずだ。
「ん? なんだありゃ?」
すると、不意にコンラッドが何かを見つけた。その方向にその場にいた者達が視線を向ける。そこには、先ほど倒した巨人が最初に出現したポイントだった。そこには黒い結晶が宙に浮かんでいて、邪悪な魔力を発していた。
「あれは、まさか……!」
真っ先に反応したのはフェリス、オーガスト、レイドだ。あの邪悪な魔力はこれまでソウジが戦ってきた邪人のものと酷似している。それどころかあれは『邪結晶』そのものだ。
驚愕する三人を目の前にして、空中に浮遊していた『邪結晶』は周囲から魔力の欠片を吸収した。それは先ほど倒したばかりの疑似魔物の欠片であり、それをすべて吸収し終えると突如として結晶が謎の邪悪な魔力によって包まれ、爆発した。
「ッ……!」
「な、なんだぁ!?」
防御態勢をとり、何とかその場に踏みとどまる。爆発が収まると、ズンッと大地を揺るがすような重苦しい、鈍い音が響き渡る。
「おいおい……どういうことだよこりゃ……」
コンラッドたちの視線の先には、先ほど倒したはずの疑似魔物の巨人が佇んでいた。だが先ほどと違うのは全身に岩のようなアーマーを纏っていることであり、魔力の色も紫から黄に変化しているという点。しかし、その魔力は明らかに邪悪な何かを孕んでいた。巨人の眼も殺気を迸らせたモノへと変化しており、どう見てもただ事ではない。
「さっき倒したはずだろ!? どうして再生してやがるんだよ!」
「今年から導入された新しいギミック……でもなさそうね。大会運営側があんな怪しげな魔力を使うわけないし。だとすればこれは……」
コンラッドが叫び、コーデリアが考え込むものの、そんなことを考えている暇もなかった。
なぜなら、蘇った巨人は固い岩石に覆われた拳をフェリスたちに振り下ろしてきたからだ。