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黒の星眷使い ~世界最強の魔法使いの弟子~  作者: 左リュウ
第五章 五大陸魔法学園交流戦 後編
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第七十五話 成長の拳

 時間制限ギリギリで到着した二人の選手に、会場が静寂に包まれた。観客たちが呆気にとられる中、ニッコリとした表情を保ったコーデリアがコンラッドの頭をすぱーん! と叩いた。そのまま足を払いのけて地面に叩きつけ、ぐりぃっとコンラッドの頭を(怖い)笑顔のまま踏みつける。


「常識的に考えたら普通に大遅刻なのよ? それなのにドヤ顔で『ギリギリセーフ、だよな?』ですってぇ……?」

「痛い痛い痛い! ちょっ、まっ、謝る! 謝るから踏まないでくれぇええええええええ!」


 ぐりぐりぐりと地面に倒れ伏した状態で頭を踏まれ続けているコンラッド。その様子を見て大会運営側の係員がごほんと咳払いをする。


「えーっと、あなたたちがレーネシア魔法学園側の残り二人の出場選手、ということで良いのですね?」

「はい。そうです」

「わかりました。それではもうすぐに転移を行いますので、準備してください」


 コーデリアが返事をすると、係員はささっと用紙にチェックを入れてすぐにその場から立ち去った。そのすぐ後、拡声魔法によって会場中にアナウンスが響き渡る。


「えー、それでは。出場選手が時間内に全員揃いましたので、第二競技『タイムアタック』のスタートを行いたいと思います」


 そのアナウンスをきっかけとし、選手たちはそれぞれ集中力を高めていく。コンラッドやコーデリアも先ほどのやり取りからすぐに気持ちを切り離し、集中していく。選手たちが集中し、会場がほんの一瞬の静寂に包まれたその瞬間。


「第二競技、開始っ!」


 第二の戦いの火蓋が切られた。


 ☆


 大会運営チームの使用している数ある部屋のとある一室。その部屋では、ダンジョン内や観客席の様子がクリスタルに映し出されるようになっている。この場にいるのは限られた人間であり、その女性はその限られた人間の一人であった。各学園の生徒たちがフィールドに揃い、オッケーの合図が出たところでスタッフから指示を受けてその女性は魔道具の拡声魔法によってフィールド内にその美声を響き渡らせていく。


「第二競技、開始っ!」


 彼女のアナウンスの直後に、生徒たちがダンジョン内に転移されていった。そして彼女は魔道具を停止させ、ふぅ、と息を吐く。


「はい、オッケー。今の声もよかったよ、ユリアちゃん」

「うふふっ。ありがとうございますぅ」


 ユリアと呼ばれた眼鏡をかけたその女性はニコニコとしたその笑顔を、大会運営スタッフの一人である中年男性に向ける。


「いやぁ、にしてもまいったよ。まさかこんなギリギリまで選手が揃わないなんてさぁ。ユリアちゃんもごめんね、観客の人達をなだめるのも大変だったでしょ」

「いえいえ。むしろワタシみたいな出しゃばりに交流戦のアナウンスなんて重要な役をさせていただけるなんて光栄です」

「ユリアちゃんの声、綺麗で美しいからねぇ。最初に聴いた時にはもう一目ぼれって感じだよ~。だからこれは是非ユリアちゃんに! ってお願いしたのはこっちだしね。でしゃばりだなんてトンデモない!」


 その中年スタッフにスカウトされて、ユリアは今回この交流戦でのアナウンス役に抜擢されたという経緯がある。実際にアナウンスをしたところその美声に対する評判は良いと聞く。


「あ、そういえばスタッフさん。そろそろ時間じゃないですかぁ?」

「おっとそうだね。じゃあ僕は向こうの部屋でダンジョン内の様子と観客の様子を見てくるよ。ユリアちゃんはここで休んでてね」

「はーい」


 ユリアは笑顔で中年スタッフに手を振る。そのスタッフがドアを閉めると――――部屋のどこかから、一人の大男が現れた。その大男は黄色のローブを身に纏っており、人の見た目をしておきながら人ではない何かを感じさせる。大男はくつくつと笑いながらユリアに視線を向ける。


「なかなかアナウンスが板についてきたじゃないか、グリューン」

「からかわないでくれるかしらぁ? ゲルプ」


 つまらなさそうな表情を浮かべながら、ユリアこと魔人グリューンはその眼鏡を外した。


「にしてもお前も大変だな。まさか人間の下で働かされるとは」

「まあ、こういう仕事に向いてるのはワタシぐらいしかいないから、仕方がないけどねぇ。こうも上手くここに侵入できるのってワタシぐらいなもんでしょ?」

「確かにな。儂は見ての通り目立つし、かといって無愛想なブラウや、乱暴なロートではそもそも潜入すらままならん。リラはリラでプライド高いから人間の下で働くなどということは出来まい」

「ちょっとぉ。それだとワタシがプライド無いみたいじゃない」

「ガッハッハッ! おお、それはすまんかったなぁ」


 むすっとした表情を浮かべるグリューンをよそにゲルプは高らかに笑う。


「それでぇ? アンタがここに来たってことは、そろそろ動くの?」

「うむ。リラが言うにはそうらしいな」

「ふぅん。狙いはあの魔族のお姫様だっけ?」

「それに加えてエルフのお姫様だそうだ」

「ああ、この前どっかのバカが焦って殺そうとした……それで? ワタシもアンタと動けばいいのかしら」

「いや。リラはまだお前にはこの中に紛れ込んでおいてほしいそうだ。今回は儂と、儂の部下を一人動かす」

「ふぅん? 確か、アンタはこういう場所で動くには不向きなんじゃなかったっけ?」

「そうだ。だからこそ、お前の出番というわけらしいぞ」


 ゲルプの言葉にグリューンはため息をついた。


「なるほど。ワタシが、アンタの暴れやすいところにあの二人のお姫様をおびき出せってことね」

「そういうことだ。詳細はこの紙に書いてある。頼んだぞ」

「あー、はいはい。了解したわよ」


 グリューンはゲルプから紙を受け取ると、投げやりな表情になった。人間の中にまだ潜まなければならないと考えると、自然とため息が出る。


「ああ、それと……」


 最後にゲルプが何気なくグリューンにたずねる。


「例の学園のダンジョンに仕掛けはしてあるんだろうな?」

「当然よ。でなけりゃそもそも何のためにこうして運営側に潜り込んだんだか」


 ☆


 フェリスたち、第二競技に出場しているレーネシア魔法学園の代表選手たちが転移されたその場所は、地下にある遺跡のような場所だった。フェリスたちがいる場所そのものは巨大な円形の床に周囲を柱で囲まれている。その先に一つだけ道があり、ずっと奥へと続いていた。ここが、大会運営側が作りだしたダンジョンである。


「さあ、ここからは時間との勝負よ。いきましょう」

「勿論だ、いくぜお前ら!」

「押忍!」


 まずはコンラッドとレイドが先陣を切った。そのあとを他のメンバーたちが追いかける形で走る。『タイムアタック』は大会運営側が作りだしたこのダンジョンを攻略し、攻略にかかった時間の速さで競う。よって、コーデリアが言った時間との勝負というのは正しい。だがこの競技の敵は時間だけではない。選手たちを妨害する様々な疑似魔物たちも敵の一つである。


「おいでなすったぜ!」


 コンラッドが前方から現れた気配を睨む。その視線の先。地下遺跡の中の通路に、ゴブリンを模した疑似魔物が出現していた。


「師匠、オレにいかせてください!」

「よーし、いけレイド! 特訓の成果を見せてやれ!」

「押忍!」


 コンラッドとレイドのやり取りを聞いていたオーガストは眉をひそめた。目の前に立ちはだかっている疑似魔物は、大会運営側の魔法使いたちが魔法で作りだした魔力の塊の人形だ。疑似魔物には耐久力が設定されており、耐久力を超えるダメージを受けると消滅する仕組みとなっている。ちなみに倒した魔物の耐久力の合計が、このダンジョンを突破した時にボーナスポイントとして各学園のポイントに加算される仕組みである。だがその分、疑似魔物は強い。疑似魔物を倒すのに手こずればその分、時間をロスする。


「待てレイド。疑似魔物は強い。ここは僕も……」

「おっと待ちなオーガストの坊ちゃん。ここはレイドだけで十分だぜ」


 オーガストが前に出ようとしたところを、コンラッドが制止させる。むっと顔をしかめるオーガストだが、くるりと振り向いたレイドが会場に到着した時と同じようなニカッとした爽やかな笑顔を向けた。


「心配してくれてありがとな、オーガスト」

「は、はぁっ!? い、いや僕は別にお前の事なんか心配しているわけでは……」

「けどだいじょーぶ! 兄貴と特訓して生まれかわったオレを見せてやるぜ!」


 そう言い残すと、レイドは一気に疑似魔物に向けて跳躍した。その疑似魔物はゴブリンの形をしており、そのサイズは二メートルは優に超えている。サイズ差は圧倒的。レイドが接近すると、疑似魔物は手にしていた棍棒を勢いよく振るった。今までのレイドならば避けきれないほどの一撃。オーガストはコンラッドの制止を振り切って防御魔法をかけようとしたが――――無用の心配だった。

 レイドは瞬時に脚力強化の魔法をかけると、そのまま軽く跳躍。ゴブリンの一撃を軽々とすり抜け、今度は拳に強化の魔法をかけてから土属性魔法をかける。

 すると、魔力によって出現した岩が拳の形を作りあげ、レイドの拳を覆っていく。サイズ的にはボクシンググローブサイズだろうか。


「兄貴直伝! 必殺・『岩石パンチ』!」


 レイドの振り下ろした岩石の拳は疑似魔物であるゴブリンに叩きこまれた。岩の拳がめり込んだ音の直後に、ボンッ! と、ゴブリンを形作っていた魔力がはじけ飛んで霧散する。


「一撃で疑似魔物を……」


 心配そうに見守っていたオーガストの表情がぽかんと呆気にとられたようなものに変わった。レイドはしっかりと着地すると、オーガストにぐっ、と満面の笑みでのサムズアップを見せる。そんなレイドを見てオーガストはニヤリと笑い、


「フン。なかなかやるじゃないか」

「へへっ。猛特訓したからな!」


 レイドが放った今の一撃は、オーガストの不安を取り除くに値するものであり、オーガストの表情を見たレイドはようやく自分はみんなの力に慣れると心の中で自分の成長をあらためて噛みしめた。少し前の自分ならばこんなことは出来なかった。ここでみんなの後ろに下がっていることしか出来なかった。でも今は違う。こうして先陣を切って、拳を振るうことが出来る。


「成長を噛みしめているところ悪いけど、まだまだダンジョンはこれからよ!」

「そうだぜレイド。さあ、とっとと行くぞ!」

「……ッ。押忍!」


 レーネシア魔法学園の面々はその場を一気に駆け抜けていった。

 しばらく走ると一本道だった通路から広い場所に出た。だがその途端に障害物である疑似魔物が飛び出してくる。さきほど相手にしたのはゴブリンだったが、今度は俊敏そうな四足歩行の獣型だ。


「あらあら。せっかちね。そういう子には……」


 コーデリアはひんやりとした笑みを浮かべると、そのまま青い魔力を放ちながら一瞬でその星眷を眷現させる。コーデリアがその星眷を振るうと、空気を切り裂きながら一瞬にして二体の獣の体が二つに千切れた。次の瞬間、彼女の手にはしなやかにしなる鞭が握られていた。


「…………お仕置きしたくなるわぁ……」


 これがコーデリア・エアハートの持つ『やぎ座』の『皇道十二星眷』の一つ。『カプリコーン・ウィップ』である。そして千切れた獣の頭を楽しげな笑みで踏み潰すコーデリア。魔力が霧散し、ボーナスポイントが加算される。


「さて、ここからどこに行くかだな」


 とにかくダンジョンは広い。この場で立ち止まって魔物を倒しているだけではクリアできない。だが、コーデリアたちの前にはいくつかの道が広がっていた。


「出番か。いくぞ、『ピスケス・リキッド』!」


 オーガストが自身の星眷、『ピスケス・リキッド』を眷現させた。そして槍から魔力の液体を生み出すとその形を魚へと変えていく。そしてオーガストの星眷によって作り出された水の魚は分かれ道すべてに入り込んでいった。


「……捉えました。こっちです」


 オーガストの指示に従って、その道へと入り込んでいく。オーガストはいくつかの使い魔を先に全ての道に送り込んでどの道が正解のルートなのかを見極めたのだ。

 その道に入り込んでいくと、今度は巨大なゴーレムの形をした疑似魔物が行く手を塞ぐ。しかしここで歩みを止めるつもりは無いと言わんばかりにフェリスとコンラッドが飛び出した。


「『レプス・キッカー』!」

「『ヴァルゴ・レーヴァテイン』!」


 風のキックと焔の斬撃による同時攻撃が一瞬にしてゴーレムを葬り去る。霧散する魔力を突き破り、勢いを殺さずに走り抜ける五人。


 その先に、魔人の仕掛けた罠があるとも知らずに――――。




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