第七十二話 エピローグ
邪人を撃破した後、ソウジとライオネルはその場をすぐにソウジの転移魔法で立ち去り、変身を解除してからルナたちと落ち合った。ソウジとしては聞きたいことが山ほどあったし、ライオネルもそれは話すとのこと。ゆっくりと話を行うために、ソウジたちはギルドホームへとライオネルとユキを案内した。ここならば邪魔の入ることなく話を行うことが出来る。
「おーっ。ここが師匠が学生時代暮らしてたギルドホームかぁ」
「すごい……」
ライオネルとユキはギルドホームに驚きながらもソファに座り、そしてソウジ、ルナ、クラリッサ、チェルシーも同じように向かいのソファに座る。ちなみにルナ、クラリッサ、チェルシーには既にライオネルから了承をとって彼が白騎士であることは話している。
「さて、聞きたいことがあるっつったな。なんでも聞いていいぜ! あ、このお菓子美味いな」
「もうっ、お兄ちゃん! 恥ずかしいからちゃんとしてて!」
「ごめんなさい……」
年下の妹に怒られてしょぼんとするライオネル。その様子から彼が先ほど白騎士に変身して邪人を倒してしまったことなど考えられない。だが現実に彼は変身し、邪人を倒してみせた。ソウジと同じような力を使って。
とりあえず、この場は代表してソウジが質問をすることにした。
「まず最初に、お前はいったい何者なんだ? 白魔力を使ってたけど。それに、勇者の力を受け継いだって」
「昔、この世界に異世界から勇者が召喚されたって話は知ってるだろ?」
ソウジたちは頷く。その昔、この世界を支配していた魔王を倒すために異世界から勇者が召喚され、勇者たちとその仲間たちがパーティを組んで魔王を倒した。そして勇者たちは魔王を倒してこの世界を平和にした後にこの世界に異世界の文化・技術を広めた。そのおかげで文化や技術が飛躍的に進歩・発展したのだ。
「かつて異世界よりこの世界に召喚された勇者の子孫。それがオレらだ」
ライオネルが放ったその一言は、ソウジたちを驚愕させるには十分だった。異世界より召喚された勇者たちのその後の記録は殆ど残っていない。彼らはこの世界に異世界の文化や技術を広めた後に表舞台から姿を消したのだ。だから勇者たちのその後を知る者は殆どいない。だがまさか、勇者の子孫が目の前に現れるなどとは夢にも思っていなかった。
「だから、オレは白魔力を使うことが出来る。白魔力を使ってた勇者と同じ血が流れてるからな」
「ということは……ユキちゃんも、ですか?」
ルナがユキに向かってたずねる。ユキはこくりと静かに頷いた。
「白魔力が使えるのはどうしてか分かった。でも、アレはなんだ?」
ソウジが言っているのは、ライオネルが変身した『スクトゥム・セイヴァー』という星眷である。あれは間違いなく『たて座』の力。それも、ソウジと同じタイプの。
「ああ、これのことか」
そう言ってライオネルが例のブレスレットを取り出した。
「この『スクトゥム・セイヴァー』はオレの師匠が作ったもんだ。お前の『たて座』の星眷と『星遺物』のデータを参考にしてな。言ってしまえば魔道具の一種みたいなもんで、こいつの力でオレはあの姿に変身できるようになった。だから正確には、オレは星眷を二つ持っているわけじゃない。このブレスレットは確かに星眷魔法の一種だが、あくまでも『外付け品』みたいなもんだ」
「いつの間にデータを……」
「オレの師匠は昔このギルドホームを使ってた『七色星団』のメンバーだったんだよ。そのツテを伝って色々と調べてたみたいだぜ、お前のこと。お前の師匠とか、この学園の食堂の料理長さんとかさ」
料理長、というのはブリジット・クエーサーのことだろう。ソウジ達の中でますますあの幼女に対する謎が深まるばかりである。
「なんで師匠は俺に秘密にしてたんだろう……」
「あー、それなぁ。なんかお前のことをビックリさせてやろうって言ってたなぁ。たしか」
ライオネルの言葉にソウジはがっくりと肩を落とす。まさかそんな理由で、こんな強力な魔道具を秘密にしていたっていうのかと思うと力が抜ける。
「ていうか、どうしてアンタの師匠とやらはそんなの作ったの?」
「……確かに。変身しなくても十分強そう」
クラリッサとチェルシーの疑問はもっともで、そこはソウジも気になっていたところだった。ライオネルの実力ならばわざわざそんな大きな力を必要としないのではないのだろうかと思った。何か、特別な理由が無い限りは。
そしてライオネルとユキは互いの顔を見合わせて目を伏せると、
「んー。その辺りを話すとちょっと長くなるんだけど……まあ、アレだ。オレたちは今、二人で旅してるわけだけどさ。親はいないんだ。正確には、殺された」
それはなんとなく察しがついていたことである。悲しくもあるが、そうでなければ兄妹二人きりで旅なんてすることは珍しい。
「そんで誰に殺されたのかっていうとだ。『再誕』って、知ってるだろ」
「まさか……」
「そう。そいつらにオレたちの両親は殺された」
ぎゅっとライオネルは拳に力を入れる。
「あいつらは魔王の復活を企んでいる。だから、かつて魔王を倒した勇者の血を継ぐオレたちが邪魔だったんだ」
「勇者の力の象徴ともいえる白魔力は、魔王に対抗できる力なんです。白魔力による攻撃は魔王の持つ再生能力を封じることが出来ますから」
「そういうこと。だから邪魔だったんだよ、オレたち勇者の一族が。そんで、ある日オレたちの親は『再誕』の奴らに殺されちまった。親父たちはオレとユキを逃がしてくれて……そこから、オレたちは二人で逃げながら旅をすることになった。オレたちの力は狙われてるからな」
「わたしたちは、特に勇者様の力を色濃く受け継いでいるようなんです。だから敵はわたしたちをずっと付け狙ってる……」
狙われているからこそ、ユキは素顔を隠すかのような格好をしていたのか、と今さらながら合点がいった。
「幸いというかなんというか、隠しちゃいるが素顔はバレてないんだけどよ。だからこうして冒険者なんて職業でここまで生活してこれたんだ」
「でも、魔力の色でバレるんじゃないか?」
「そこは大丈夫。白魔力特有の魔力の色を変えることが出来る魔法があるんだ。周りにはそれを使ってごまかしてる」
白魔力にそんな魔法があったことにクラリッサたちは驚いていた。白魔力に関しては分からないことが多いので無理もないか。
「とにかく、そんでオレたち兄妹は旅をすることになった。でも、いきなり兄妹二人だけになってさ。やっぱ結構辛かった。右も左も分からない世界に二人だけで突っ込むことになったんだから。そんな時、オレたちは師匠に出会ったんだ」
「師匠さんは、わたしたちを保護してくれて、たくさんよくしてもらって……本当に、感謝してもしきれないくらいです」
「そんでオレは師匠に鍛錬をつけてもらった。かなりお世話になってさ。そんなある日、師匠はオレにこいつを託してくれた」
そう言って、ライオネルがあの『スクトゥム・セイヴァー』のブレスレットを見せた。
「師匠が言うには、これが『再誕』のやつらに対抗できる力だって。この力で……ユキを護れって。そう言ったんだ」
「それからわたしたちは、師匠に言われてまた旅に出ました。ソウジさん、あなたに会うために」
「俺に?」
「そうだぜ。師匠が、『王都にいる黒騎士と協力しろ』って言うからさ。それがまさかお前だとは思わなかったけど。ここまで来るのに本当に苦労したぜ。何しろ途中で『再誕』のやつらが出てくるわ、知らないお兄さんが盗賊やら魔物やらに襲われてるやで。王都についたらついたで黒騎士の正体を知っているやつなんていないっていうし」
「アンタの師匠ってソウジの師匠と知り合いなんでしょ? だったら、ソウジのこと聞かされてなかったの?」
「まあ、ソフィア・ボーウェンに弟子がいて、そいつが黒騎士ってことは聞いてたんだけど……名前までは聞かされてなかったんだよ」
「師匠さん、良い人なんですけど割とてきとうなところあるから……」
ライオネルがため息をつき、ユキが苦笑する。そういえばソウジがユキと出会った時、自分の事を「ソウジ」としか名乗らなかった。
「交流戦には応援に行きたかったんですけど、さっきソウジさんとお兄ちゃんが戦った『再誕』の人達がいると分かったので、外に出れなくて……ごめんなさい」
「いや、気にしなくていいよ。それにそういう理由なら仕方がないし」
「そんで、まあずっと閉じこもっていても仕方がないしオレが守ってやるからってことで説得して外に何か食べに出かけたところ……お前に出会ったってわけだ」
その出会いは偶然か、はたまた必然か。だが偶然にしてはあまりにも出来過ぎているような気もする。ライオネルとユキの持つ勇者の力がまるでソウジを引き合わせたかのようだった。
「そういうわけだから、オレたちはこれからも王都にいるつもりだ。王都じゃあ、『再誕』のやつらがけっこう事件を起こしているっていうし、『再誕』をぶっ潰せるかもしれねぇ」
「でも、逆に言えばお前たちを追う組織のやつらが出没する街ともいえるぞ。お前はともかくとして、ユキちゃんはどうするんだ」
「そのことなんだけどよ……」
ライオネルがぽりぽりと頬をかきながら、苦笑している。
「あー、よければ、なんだが……ユキだけでもここに住まわせてやってくれないか?」
「…………なるほど」
ライオネルの言葉にクラリッサたちは驚いていたものの、ソウジとしては確かにそれがいいのかもしれないと思った。何しろここは百年ほど前に作られたとはいっても『七色星団』が施した結界が何重にも施されている。セキュリティという面ではそんじょそこらの要塞よりも鉄壁だ。ここに住んでいれば確かにそうそう『再誕』にも出くわさないだろうし、仮に居場所が知られたとしても、結界のおかげで部外者は入ってこれない。
(というよりも、ライオネルの師匠は最初からそのつもりでライオネルたちをこの街に来させたんだろうな)
二人だけで旅を続けるといっても追っ手に追われながらではいつか限界が来る。ライオネルの師匠はそれを危惧したのだろうと予測する。
「俺は別にいいけど……クラリッサは?」
「そういう事情なら仕方がないし、それがなくったって大歓迎よ。というか、みんな私物を持ち込んでわたしたちは暮らしやすいって思ってるんだけど、逆にここで暮らすことになってユキはそれでいいの?」
「はい。許してくださるのなら、わたしはとっても嬉しいですっ」
「なら、決まりね。これからよろしくっ!」
「は、はいっ。あ、あの、できればお兄ちゃんも、その、一緒には……」
「? 出来るに決まってるじゃない。どうせここ、部屋も有り余ってるし。ていうか、それも含めてよろしくって言ったんだけど」
「あ、ありがとうございますっ!」
そこからはユキを歓迎して盛り上がる女の子たちの様子をソウジとライオネルは眺めていた。ライオネルはどこかぽかんとしている。
「つーか、かなりアッサリと決まったなぁ……さすがに渋られると思ったんだけど……ていうか今の話を聞いて、よくもまあオレたちを受け入れたもんだ」
「凄いだろ、うちのギルド」
「……そうだな。恐れ入るわ、これ」
ライオネルの表情を見て、ソウジはこのギルドにいることが誇らしく感じた。
「このギルドは……俺みたいなのも受け入れてくれた、凄いギルドなんだよ。だから俺は、このギルドにいるみんなを護りたい。『再誕』なんて連中に好き勝手やらして、みんなを傷つけられないように」
ソウジがポツリともらしたその言葉に、ライオネルは同意するような笑みを浮かべた。
「オレだって同じだよ。ユキを護りたい。『再誕』のやつらをぶっ潰して、あいつが平和に、普通の女の子として暮らせるようにしてやりたいんだ。勇者の力なんて関係なくさ」
ソウジとライオネル。
黒の戦士と白の戦士は互いに目を見合わせて、自然とお互いの手を取り合っていた。
「そういうわけだから、よろしくな。先輩」
「こっちこそよろしく。後輩」
この章が『後編』だったのですが、どう考えてもまだまだ終わりそうにないので『中編』になりました。本当に申し訳ないです。というわけで次の章で今度こそ、今度こそ『後編』です!