第七十話 新たなる戦士
路地裏の方から聞こえてきた悲鳴。それは偶然聞こえてきたもので、それはすぐに王都の混雑の中に消えていった。ソウジとライオネルは顔を見合わせた後、すぐにその悲鳴の聞こえてきた方へと駆けだした。王都はとにかく広い。更に路地裏の方も入り組んでいる。だが直感的に嫌な魔力を感じていたソウジは迷いのない足取りでその現場へとたどり着いた。そして不思議なことに、隣を走るライオネルもその足取りに迷いが無かった。
悲鳴が聞こえてきた場所に駆けつけると、フードを被った黒衣の男が一人の女性を肩に担いでいる。あの格好の男には見覚えがある。おそらく『再誕』の手下か何かだろう。女性は気を失っているのかぐったりとしたまま黒衣の男に担がれていた。
「あっ、テメェ! なにしてやがる!」
ライオネルが目の前の不審人物に対していきなり噛みつくような視線を向けた。だがソウジはそんなライオネルを遮って、彼を庇うように前に出た。なぜならばその黒衣の男はいきなり『邪結晶』を使用したのだ。邪悪な魔力に包まれて、黒衣の男が邪人に変身する。邪人となった男は肌がドス黒く変色し、頭から角のような物が生えていた。そして淀んだ緑色の魔力を展開して高く跳躍しようとするが、
「グッ!」
即座に逃げ道を先読みしたソウジが転移魔法で回り込み、邪人に空中で飛び掛かった。気絶している女性がいるのでいつものように『アトフスキー・ブレイヴ』をぶつけるわけにもいかない。邪人の脚にしがみついたソウジはそのまま『黒鎖』で邪人を拘束する。突然の事でバランスを崩した邪人から、気絶していた女性が放り出された。
「彼女を頼む!」
「任せろっ!」
ソウジが言う前に既にライオネルは動き出しており、見事にスライディングで先回りして落下したた女性をキャッチした。邪人はそれを見て舌打ちをし、無理やり黒鎖を引きちぎってソウジを引きはがし、壁に叩きつける。
「ッ……!」
壁に叩きつけられてそのまま地面に落下したソウジ。とっさに魔力で落下の衝撃を殺そうとしたものの衝撃を殺しきれず、そのまま地面に強く体をぶつける。だがそんなことに構ってられないと言わんばかりにすぐさま体勢を立て直して起き上がり、邪人を睨みつけたままライオネルに声をかける。
「ここは俺が時間を稼ぐから、その人を安全なところまで頼む」
「はぁ? いやいやいや。それはお前がやれ。ここは俺だけで十分だ」
ライオネルの気持ちは嬉しいが、仮に彼にどれだけの実力があろうとも、そして星眷が使えようとも邪人相手に対抗することは難しい。邪人は強力な再生能力を持っており、通常の星眷魔法ではいくら攻撃しようともすぐさま再生してしまうのだ。
「悪いけど、お前じゃあいつは止められない」
「ちょ――――っと聞き捨てならねぇな。誰があんな野郎一人止められないだって? これでも俺はなぁ……」
「向こうにはルナたちがいるし、ユキちゃんだっているんだ! 彼女たちに危害が及ばないとも限らない。だから、はやく!」
言うと、ソウジは『黒矢』を邪人に向けて放った。『黒矢』は次々と邪人に直撃しているものの当たったそばからすぐにダメージが再生してしまう。そして、ソウジの言葉を聞いたライオネルはユキのことを考えたのか、気絶した女性を抱えたままくるりとソウジに背を向けた。
「わかった。けど、すぐに戻ってくるからな!」
「ああ。その人とみんなのこと、頼んだぞ」
「言われるまでもねぇよ!」
ライオネルは驚異的な脚力でその場から離脱した。それを確認すると、ソウジはあらためて風の邪人と相対し、ポケットの中からルナが創りだした『星遺物』であろうブレスレットを装着する。これの便利なところは『アトフスキー・ブレイヴ』を介さずとも直接『スクトゥム・デヴィル』を眷現させることが出来る点だ。
「『スクトゥム・デヴィル』!」
黒い魔力の嵐に包まれたソウジは、次の瞬間には全身を黒い鎧で身を包んだ騎士へと変身していた。そのまま白銀の輝きを放つ『アトフスキー・ブレイヴ』を眷現させ、構える。
「小僧、貴様……黒騎士だったのか」
「その名前は俺がそう名乗ってるわけじゃないがそういうこと。俺を知っているなら、お前がどうなるかも分かるよな?」
「フン。知らんな!」
言葉を吐き捨てると同時に邪人は風の刃をいくつも放ってきたやや不意打ち気味に放たれたそれをソウジはいともたやすく白銀の刃で切り裂いていく。砕けた魔力の欠片が舞い散る中を黒鎧に身を包んだソウジは突っ切り、邪人に剣を振り下ろす。対する邪人はというと、腕に風の魔力を纏うと剣の刃を真正面から受け止める。
だが上からの攻撃に意識を向けているその隙を突くかのようにソウジは脚で邪人の腹部を蹴りこみ、そのまま奥へと吹っ飛ばす。
「何企んでるのかは知らないが、ここは一気に叩かせてもらう!」
走りながら、ソウジはその全身を焔で包み込む。その直後にソウジは真紅に輝く鎧を身に纏った『レーヴァテインモード』へと変身していた。相手が風の属性を持つならば火の属性を持つ焔が有効なはずだ。真紅の剣、『レーヴァテイン・ブレイヴ』を振るい、確実にダメージを与えていく。邪人は明らかに防戦一方となり、徐々に追い詰められていった。やがて焔の一閃が風の邪人の右腕を切断する。よろめいたところを突くように、ソウジは剣を持っていない左手に炎を集めてパンチを叩き込む。その衝撃で吹き飛び、地面を転がる邪人。立ち上がろうとするがダメージが大きいせいか立ち上がるのに手間取っているようだ。
「グ……ガッ!」
「終わらせる!」
剣に焔を集めて束とし、必殺の一撃『魔龍焔斬』で邪人を斬り伏せようとしたソウジ。だが次の瞬間、背後から無数の水の刃が襲い掛かってきた。
「ッ!?」
ただの魔法攻撃ならば星眷である『スクトゥム・デヴィル』の鎧は突破できない。しかし、その水の刃から感じられた邪悪な魔力からソウジは『魔龍焔斬』をキャンセルし、なんとか身を捻ってその刃をかわそうとしたものの、咄嗟のことと背後からの不意打ちという事もあっていくらかの分はくらってしまう。今度はソウジが地面に叩きつけられ、転がる番だった。
「お前は……!」
背後からの襲撃者にソウジは驚愕する。そこにいたのは、ユーフィアを襲撃した際に火の邪人と共に現れた、水属性の力を持った邪人だったからだ。
「あの時の邪人か!」
「また会ったな、黒騎士。あの時の借りは返させてもらうッ!」
言うや否や、憎悪の籠った鋭い眼を向ける水の邪人は手から邪悪な水属性の魔力で構成された鞭を出現させ、それを振るってきた。流動的な軌道に厄介さを感じつつもソウジはそれを紙一重でかわす。路地裏ということもあって逃げ場がない。思わず舌打ちしそうになるがそれを押し殺し、ならば有利な属性で戦えばいいのだとブレスレットに内包されている雷属性の魔力を引きだした。
ソウジの全身が今度は雷に包まれ、その直後には杖の形状をした『トルトニス・ブレイヴ』をひっさげて紫色の鎧、『トルトニスモード』へと変身していた。雷の力を持つこの姿ならば今となっては水の邪人相手には有利に戦える。
バチバチッと雷を纏った杖で難なく邪悪な水の鞭を切り裂き、そのまま杖から雷の魔法弾を次々と発射する。路地裏という場では逃げ場も少ないがそれは相手も同じこと。的確に魔法弾をヒットさせて、先にこっちから片づけようとしたが、
「ぐっ!?」
今度は背後から風属性の刃がソウジを撃った。振り向くと、先ほど右腕を切断した風の邪人がにんまりとした意地汚い笑みを浮かべながらソウジを攻撃していた。次々と放たれる風の刃。今の姿では不利か、とまた『レーヴァテインモード』に変身するか考えた瞬間にまた別の角度からこんどは水の攻撃が降りかかってきた。
「ッ!」
なんとか雷による防御壁を展開するも、しかしその防御壁を今度は風で突破されてしまう。結果、二つの属性の攻撃を一度に受けたソウジは地面に叩きつけられることになった。
(ッ……。厄介なことになったな……)
確かにソウジは別の属性に変身する能力を得たことで戦いやすくはなった。だが、その代償として属性の相性に引っ張られる部分も出てくることになる。現状、ソウジがデヴィルモード以外に変身できるのは火、水、雷の三種類の属性のみ。対する相手はというと水と風。属性的には有利。だがこの狭い地形的に『トルトニス・ブレイヴ』のような杖を振るには向いてない。ましてや今は二対一だ。この包囲された状況下では、状況に対する柔軟性があってバランスの良い『デヴィルモード』が一番向いていると判断する。
ソウジは黒い鎧の『デヴィルモード』へと姿を戻した。この姿ならば属性によって不利になることはなくなる。白銀の剣と化した『アトフスキー・ブレイヴ』を握りしめて前後から迫りくる邪人と睨みあう。この狭い路地裏では戦い方をしっかりと考えなければならない。
しばらくの静寂の後。
先に動き出したのは、ソウジに恨みを持っているであろう水の邪人だった。
ソウジを窮地に追い詰めたと思ったのか嬉々として水の鞭を振るう。それも軌道を複雑にし、狭い路地裏を埋め尽くさんとするかのような動きだ。
「――――!」
しかし殺意をむき出しにした水の鞭は、ソウジに届くことは無かった。一瞬にしてその場からソウジの姿が消えた。黒い鎧の姿が消えたことに呆然とした二人の邪人。だが次の瞬間、雷を纏った騎士が、水の邪人の背後にいたことに気づく。そして思い出す。ソウジには転移魔法という一瞬の移動手段があったことを。
「しまっ……!」
後悔しても既に遅い。転移終了と同時にソウジは空中で『トルトニスモード』への変身を終えている。剣から杖へと姿を変えた『トルトニス・ブレイヴ』による雷の一撃を、水の邪人のガラ空きの背中へと叩き込んだ。
「ぐああああああああああああッ!?」
雷によって背中が真っ黒に焼け焦げた水の邪人。そのダメージはやはり大きく、ソウジに対する憎しみでなんとか立ち上がるがやはりダメージはダメージだ。そしてもう一人の風の邪人は右腕を切断されている。一瞬にして形成が逆転した。
「おのれ……おノレおノれおのレぇエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」
ソウジに良いようにしてやられたのが悔しかったのか、水の邪人は更に憎しみを増大させていく。そしてその憎しみを吸っているかのように邪人の核がドクン、ドクン、と不気味な鼓動を膨れ上がらせていた。オーガストやエイベルの時と同じだ。憎悪などの負の感情による強化。一気に肥大化した邪悪な魔力にソウジはここからまたひと波乱ありそうだと身構えたその時だった。
「よっと。おっ、まだやってんな。よかったよかった」
「ッ!?」
ソウジの背後に、年季の入った白いコートを纏った少年――――ライオネルが現れた。
「どうして、ここに……?」
つい聞いてしまったが今は『黒騎士』の姿になっていたことを思い出す。この状態で話しかけても伝わらないか、と思った。だが、
「さっき言っただろうが。すぐに戻ってくるからな、ってよ」
あろうことかライオネルは、『黒騎士』があたかもソウジであるかのように話しかけてきた。
「……俺の事が分かるのか?」
「ん? なに言ってんだ。お前はソウジだろ? ソウジ・ボーウェン」
「ッ!?」
ソウジが今度こそ、その驚きを露わにしていると逆にライオネルが首を傾げていた。
「つーか……師匠はお前らに、オレらのことマジでなーんにも説明してなかったんだなぁ……。あ、この場合の師匠はオレの師匠ってことなんだけど……まあいいや。話はあとだ」
言うと、ライオネルは呆気にとられるソウジの前に立って邪人と向かい合う。
「さっさとこいつら片付けて、昼飯でも食おうぜ」
ライオネルはそういうと――――左手に装着している白銀のブレスレットを露わにした。
「お前、それって……!」
まさしくソウジが装着している白銀のブレスレットと形状が似ているソレに、ライオネルは手慣れた様子で魔力を流し込んだ。
「『スクトゥム・セイヴァー』ッ!」
ブレスレットのクリスタルから発せられた白銀の魔力の輝きはライオネルを嵐のように包み込む。やがてその嵐を引き裂いて現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ一人の戦士。更にその鎧はソウジの『スクトゥム・デヴィル』と形状が似ており、頭部にはソウジの鎧と同じようにツインアイが輝いている。そしてソウジは、ライオネルが変身したその姿から発せられている魔力の色を見て呟く。
「白い……魔力……?」
赤、青、緑、黄、紫、そして黒。
この六つの魔力の色の他に存在する第七の魔力――――白魔力。
ライオネルが変身した白い鎧の戦士は、その第七の魔力を確かにその身に宿していた。そして白魔力は、かつてこの世界に召喚された勇者が有していた魔力に他ならない。
「さぁて邪人共、ここからはオレも相手してやるよ」
勇者と同じ魔力を有した新たなる鎧の騎士が、邪悪なる力を持った者達の前に立ちはだかった。