第六話 十二家のお手本
ソフィアの弟子、そしてソウジが『フェリスを超える優秀な魔法使い』という噂はあっという間に広まった。もともと、ボーウェンという名前とソフィアからの推薦状のせいで噂はされており、レイドとの会話もあった。別に隠していたわけでもないし、知られたからなんだとソウジは考えていたが、廊下を歩いたり教室にいるだけでヒソヒソと噂話をされるのは思ったよりも面倒だった。
プルフェリック先生の授業の一件はすぐに広まった。あの時、プルフェリック先生がフェリスよりも(魔力コントロールは)優れているという一言が余計だったとソウジは思った。
その日、行われたのは実戦形式の特別授業だった。これは全クラス合同で行われる物であり、生徒同士で模擬戦を行うというものだ。元々、このレーネシア学園は百年戦争時代に生まれたものだ。その目的は兵士の育成であり、今でも部分的ではあるもののその名残がある。例えば、この実戦形式の授業もその一つだ。
学園の敷地内にある模擬戦を行うための闘技場にクラス間の生徒たちが集まった。この授業は生徒たちがいくつかのグループに振り分けられ、五クラス混合になるように構成されている。さらに、グループ別で日程が決まっており、全部で三日間に分けて行われる。ソウジは一日目で、レイドは二日目のグループに入っていた。ちなみにソウジのグループには、なんの偶然かフェリスがいる。
「こんにちは」
にこっと気軽に微笑みかけてくるフェリス。彼女とはそこまで交流が無い(ソウジが今、思い出せる範囲では)のでどうしてここまで親切なのか分からなかったが、彼女は誰にでも優しいのだろうという結論をつけた。
「ああ、こんにちは」
「ふふっ。『優秀な』ソウジくんと一緒のグループになれて、とても嬉しいです。いろいろ教えてくださいね?」
「……言っとくけど、あの噂は俺のせいじゃないからな」
「知ってますよ。ソウジくんも大変ですね」
くすくすと楽しげに笑うフェリス。どうしてここまで自分に関わってくるのかがソウジにとっては謎だが、別に害があるわけじゃないので構わない。ただ、周りの男子生徒たちからの妬みの視線が鬱陶しい。
(こいつが寄ってくるのは、俺のせいじゃないんだけどなぁ)
がくりと肩を落としていると、担当の女性教師が生徒たちの前にやってきて説明をはじめた。好きな人とペアになって、模擬戦をやってもらうというものだ。まだ実戦形式に自信がない人は今回はパスしてもいいということだが、そういった生徒は少なかった。
「この模擬戦は来るべき日の魔力測定のために自身の魔力、魔法を見つめなおすための機会です。今の自分の魔力、魔法を理解することは自分の限界を知るという事です。まずは感覚で自分の限界で知り、次にそれを来るべき日の魔力測定で限界を視覚的に知る。『理解』こそが魔法を使うために必要な要素の一つなのです。君たちは一度、入学の際に自身の魔力を測定してもらいましたが、二週間後に行われる魔力測定で自分の成長を確かめてもらいます。そのための一歩が今日です。今日、限界を知ることで次の魔力測定までに鍛錬を行ってください。それでは、これよりペアを組んでもらいます。まずは…………」
「少しよろしいでしょうか、先生」
ここで、女性教師の声がピタリと止んだ。その視線の先には手を挙げたオーガストがいる。ソウジは嫌な予感をしながらオーガストの方へと視線を向けた。隣にも視線を走らせると、フェリスも似たようなことを感じたのか顔をしかめている。だが、オーガストが何もしていない現段階では何も手出しは出来ないといった様子だ。
「どうしましたか? フィッシュバーンくん」
「先生、実戦形式の授業はある程度の危険を伴います。ですので、まずはこういった実戦形式に慣れた生徒が模擬戦の手本を見せるのが適切かと思います」
「なるほど。ですが、そのお手本とやらは誰が見せてくれるのですか?」
「もちろん、この僕が承ります。相手は、そうですねぇ……」
ここでオーガストはソウジに視線を向けた。その眼は明らかにソウジだけを見ており、先日オーガストの魔力を塗りつぶしたことを根に持っているという事が解った。
とはいえ、オーガストの反応も予想できなかったわけではない。魔力を塗りつぶされるのは魔法使いとしてのプライドが傷つく、という考え方の者もいる。しかもそれが黒色となっては。オーガストにとっては許しがたいことだったのだろう。
「かの有名なソフィア・ボーウェンのお弟子様であらせられる、ソウジ・ボーウェンくんなんかが適任かと思いますが?」
オーガストは意地悪な笑みを浮かべてソウジをせせら笑った。
そんなオーガストに真っ先に反応したのはフェリスである。
「待ってください。あなたの相手ならばわたしが務めます!」
「お恥ずかしい話、僕ごときではあなたの相手は務まりませんよ。あなたの実力は存じています」
「心にもないことを……」
「とんでもない! 僕はあなたの実力に遠く及ばないため、みなさんのお手本になるには相応しくないと思っただけですよ」
「『星眷使い』であるあなたの相手が務まるのは、この中では同じ『星眷使い』であるわたししか務まらないでしょう!?」
それは暗に、オーガストはソウジに対して最悪の場合は『星眷』を使うかもしれないということを示唆している。
「ソレイユさん。いくらなんでも僕はそこまで非常識ではありませんよ。一般の生徒に対して『星眷』を使うはずないじゃないですか。それに、あなたの言い分だと『星眷』を使わなければ、あなた以外の生徒でも務まるはずだ」
フェリスは悔しそうに歯噛みした。ここまで言われてはもう彼女にとやかく言う筋合いはなくなってしまった。確かにオーガストが『星眷』を使わないという保証はないが、逆に『星眷』を使うという保証もないのだ。だがフェリスには確信があった。彼は、この場でソウジを叩き潰す気だ。それも、最悪の場合は『星眷』を使ってでも……。そのことが分かっていたフェリスは何かを言おうとしたが、それはソウジに遮られた。
「いいよ、やろう」
フェリスが驚いたように目を丸くした。他の生徒も一気にざわついた。オーガストが『十二家』の者にして既に星霊と契約を果たした星眷使いであるということは大半の生徒が知っていた。魔法使いを超えた者こそが星眷使いであり、その両者には決定的なまでの差が存在している。
「ほぅ?」
オーガストもソウジの反応が予想外だったのか少し驚いたような表情を見せたが、すぐにまた意地悪な笑みを取り戻した。
「面白いじゃないか、身の程知らずの田舎者」
「悪いな。田舎者だから、都会での身の程を知らないんだ」
「貴様……」
ソウジとオーガストは二人で観客席から下のフィールドへと降りた。その際に、ソウジはフェリスに「庇ってくれて、ありがとう」と囁く。彼女がソウジの魔力の色を出来るだけ周囲から隠そうとしてくれたことは、分かっていた。彼女がどうしてそこまでしてくれるのかは分からないが、一応は感謝の気持ちを抱きながらオーガストの背中を追いかけて行った。
下のフィールドにつくと、オーガストとソウジの二人だけになる。教師を含めた他の生徒たちは観客席で待機し、固唾を呑んで見守っている。
「身の程を知るがいい、『下位層』とつるむしか能のない田舎者め! 『ウォーターランス』!」
中級魔法のウォーターランスは、魔力で生み出した水を槍の形にして相手に向けて放つ魔法だ。その威力はウォーターボールをはじめとした『ボール』系統の魔法の比ではない。さらに、一年生でありながら中級魔法を扱えることに一部の生徒たちはどよめいた。一年生の段階だと初級の魔法が限界であり、中級は二年生の段階の魔法だ。
(さて、どうするか)
ソウジは自身に襲い掛かる水の槍を見て考える。観察すること。これは、ソフィアからよく言われていることだった。観察してみた結果、オーガストが放ってきたその魔法が――――避けるに値しないものだと判断する。
直撃。そして魔力爆発。
オーガストはニヤリと笑みを浮かべた。だが、その次の瞬間にその表情は驚愕に変わる。
「なっ……無傷だと!?」
爆発が晴れ、その中から現れたソウジの体は無傷だった。
「この程度か?」
「くっ……! これならどうだ! 『ウォーターランス』!」
オーガストの周囲に、十個以上もの水の槍が現れた。それらは一斉にソウジへと放たれていく。だが、ソウジは素手でそれを叩き潰していく。拳が水の槍を捉え、次々と弾き飛ばし、消滅させていく。
「ば、ばかな! 素手で中級魔法を弾くだと!? いったいどんな体をしているんだ……!」
「さぁな。バランスの良い食生活を送っていたからなんじゃないのかな」
ソウジが八年の時を過ごしていた『龍の大地』でソウジはドラゴンたちと戦い、更にその死体からドラゴンの体の一部を食べたりして過ごしてきたのだ。強い魔力を持つドラゴンの体の一部を食べてきたことによってソウジの体はあらゆる魔法に対する耐性を持っている。また、S級以上のドラゴンを毎日毎日、何匹も屠ってきたのだ。たかだが人間の中級魔法を弾くことなど造作もないし、直撃しようが無傷なのは当たり前である。
「それじゃあ、お返しだ。『ファイアーボール』」
ポツポツポツ……と、ソウジの周りに火の弾が浮かんでいく。火属性初級魔法の『ファイアーボール』。だがそれは水属性に弱い。オーガストは何のつもりか分からなかったが、今度は『ウォーターランス』を数十個にも増やしてぶつけていく。
「バカめ! 『五大属性の法則』も忘れたか!」
「忘れていないさ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! と、初級魔法と中級魔法が激突する。だが、次の瞬間にオーガストの表情は驚愕に染まる。ファイアーボールが、ウォーターランスを食い破るようにして破壊したのだ。そのまま無数の火球がオーガストへと着弾していく。オーガストは咄嗟に防御魔法を展開したものの、その威力の前にはその防御魔法も破壊されてオーガストは吹き飛ばされた。
本来、火属性の初級魔法で水属性の中級魔法に勝つなど不可能だ。だが、それを可能にしたのはソウジの持つ膨大な魔力量と、『龍の大地』で過ごしてきた時に培った属性に対する強化作用である。龍の加護を持っているに等しいソウジの体はあらゆる魔法が強化される。
「初級魔法でこの威力だと!? この……化け物め!」
オーガストが吐き捨てるように言った化け物という言葉に思わず自虐的な笑みが浮かぶ。
「遊びはここまでだ、化け物」
オーガストは全身から魔力を放出しながら、ソウジを睨みつける。
(この感じ……)
「星眷魔法!?」
叫んだのはフェリスである。同じ星眷使いである彼女はオーガストの様子からすぐにそれを察知した。
「ソウジくん、逃げて!」
フェリスが叫ぶ。
だがオーガストは既に星眷を呼び出していた。
「来いッ! 『ピスケス・リキッド』!」
光が、オーガストを包み込んだ。
次の瞬間。
オーガストの手の中には、魔法を超えた魔法――――『星眷』が収まっていた。