第六十五話 二人の勝者
要望があったので、第一章の最後に登場人物紹介を更新しておきました。
第二章、第三章も更新していく予定です。
※追記:第二章登場人物紹介更新しました。
ソウジとマリアの共同戦線が成立した。二人はお互いにそれぞれの相手を見定める。対するエドワードはというと、隣のギデオンの様子を窺っていた。そのギデオン本人はというと殺意をむき出しにしてソウジを睨みつけている。先ほどのように下手に介入すると逆に攻撃を受けそうだ。つまりエドワードはマリアと戦うことがもっとも安全な道といえる。
エドワードは覚悟を決め、目の前のマリアに意識を集中させた。
ソウジは、目の前のギデオンと睨みあっていた。あちらは殺意をむき出しにして睨みつけてきているが、ソウジからすれば大した殺意ではない。邪人や魔人に比べればそれこそ本当に、ただの我がままなガキそのものだ。そして邪魔が入らなくなった今、ソウジはギデオンを一分で倒せる。その確信があった。
「ざっけんな! てめぇ如きオレ様がすぐにぶっ殺してやる!」
怒り狂ったギデオンはそのまま大地を蹴った。蹴った大地が砕けるほどの身体能力。獣人という種族が生み出したそのスピードは常人ではとうてい見切ることのできないモノ。ギデオンという問題児がわざわざ交流戦という大舞台に連れてこられたのも納得だ。彼は自分が獣人であることをしっかりと理解していて、そしてそれを活かすために体を動かせている。自分の種族としての強みを理解しそれを活かすことが出来るというのはなかなか難しい。だがギデオンはそれを簡単にやってのけている。それを成し遂げられているのは恐らく彼の持つ才能。天才と呼ぶにふさわしいそれは、交流戦で役立つと思い、ここに連れてこられたのだろう。
「でも、相手が悪かったな」
それだけを言うと、ソウジはすっと剣を構える。そして振るう。襲い掛かってくるギデオンの『グランドブレード』を弾いた。黄魔力で構築された爪はソウジの黒刃にアッサリと弾かれる。だがギデオンはもう片方の、左手を今度は振るってきた。それを冷静に、かつ真正面から受け止めた。つば競り合いのような形になったことでギデオンは笑みを浮かべる。真正面からの戦いならば勝てる自信があるからだ。彼は自分の種族としての強みをよく知っている。ただの人間と獣人とでは素の身体能力に大きく差が開いているということを理解している。しかしソウジはちゃんと告げた。相手が悪かったな、と。
「ッ!?」
ギデオンは目の前の、ソウジから伝わってくるパワーの大きさに驚愕した。真正面からぶつかっているにも関わらず、
(この俺が、圧し負けている!?)
そのままソウジは強引に、力まかせにギデオンを弾き飛ばした。よろりと体勢を崩したギデオンの懐に一瞬でもぐりこみ、剣を振り下ろす。
一閃。
大地を鳴らす重苦しい一撃を受けてギデオンは大きくふっとんだ。背中を思い切り木にぶつける。その隙を更につくようにソウジが突っ込んできた。ギデオンは負けるかと言わんばかりに両手から斬撃をくりだす。しかしソウジはその斬撃に真正面から突撃し、片手でひゅんっと剣を軽く回転させてからピタッとその切っ先をギデオンが放った斬撃に向け、『突き』の構えをとった。
「『黒刃突』!」
貫通力に特化した突きの一撃は、ギデオンの放った二つの斬撃をいとも簡単に貫いた。そしてソウジは大地を蹴って跳躍した。ギデオンは両手の爪から飛び出している『グランドブレード』を盾にして防御の構えをとった。だが空中にいるソウジの剣には黒い魔力が集約して束となり、黒い閃光の刃を生み出した。
「『黒刃斬』!」
上空から振り下ろされたその一撃とギデオンの『グランドブレード』が激突する。激しいスパークを巻き起こしながら二つの魔力が激突するが、やがて『グランドブレード』の黄魔力が徐々に黒い魔力に浸食されていくのが見えた。
「塗りつぶし、だとぉ……!?」
魔力に備わっている色を塗りつぶすことでその魔法を弱体化・無効化させる技術。ソウジが入学当初に行った塗りつぶしのように、上手くやれば発動前の魔法をそのまま不発させることも可能だ。ソウジはギデオンの『グランドブレード』に対して『黒刃斬』による塗りつぶしを行っているのだ。その目論見通り、ギデオンの魔法が徐々に黒色に塗りつぶされてゆく。そしてソウジの圧倒的なパワーをまともに受けてこの激突にも限界がおとずれようとしていた。
「ぐ、ぎ、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
負けるかと言わんばかりに魔力をこめるがそれでも足りない。相手の……ソウジの持つ魔力量が明らかに自分とは違いすぎる。その時、ソウジの方からポツリと声のようなものが聞こえてきた。
「クラリッサとチェルシーに何かいう事はあるか?」
「ッ……ハッ、誰だ、それ」
「……お前があの日のパーティで傷つけた女の子たちだ」
「…………あァ、あの半獣人共か。……ったくよォ! なんでオレ様があんな汚らわしいゴミ共に謝る必要があるんだァッ! あァ!?」
そんなギデオンの言葉にソウジは残念そうに眼を伏せ、そしてまた開く。その時にはもう、さきほどまでの冷たい眼を取り戻していた。
「それならもういい」
負ける。
ギデオンは心の中で自身の敗北のイメージを明確化した。
自分はこの、ソウジ・ボーウェンという少年には――――勝てない。
「消えろ」
心と同時に魔力が折れた。
黒い魔力の光に飲み込まれたギデオンは、ポイントクリスタルを砕かれ、その身を敗北へと叩き込まれた。地面に倒れ伏すギデオン。ソウジはギデオンには眼もくれずマリアの戦いへと視線を移した。
ここまでジャスト一分。
宣言通り、ソウジは獣人族の期待の新人をたった一分で倒してしまった。
☆
マリアとエドワードの戦いは続いていた。互いの刃が交じり、煌めき、弾けあう。だがエドワードの持つ『こと座』の星眷は『音』を具現化させて放つことが出来る。ここまで剣を交えたマリアはあの能力が予想以上に厄介であることを思い知った。
まず、あの『音』を具現化させる能力の汎用性が高い。具現化した『音』をどういった形にするのかは本人の意思で出来るらしく、流動的でつかみづらい攻撃になっていて対処が難しい。そしてもう一つ。
「はぁっ!」
「くっ……!」
エドワードが振り下ろした剣をマリアはあえて受けずにその場から跳躍してかわす。エドワードの持つ剣が地面に突き刺さり、そこからまた『音』が生まれ、マリアに襲い掛かる。
(ええい、厄介な!)
あの剣をかわしても受けても、そこにまた『音』が生まれる。
例えば今のように剣が地面に突き刺さった時に『剣が地面に突き刺さった音』が生まれてそれが具現化し、マリアへと襲い掛かる刃となる。
例えばエドワードの剣をマリアの剣で受け止めた時。『刃と刃がぶつかりあった音』が生まれてそれが具現化し、マリアを傷つける刃となる。
このようにたとえ避けようが受けようがそこに『音』が生まれてそれが次の攻撃に繋がっていく。更に空振りしようが『空気を切り裂く音』が生まれて結局はそれが攻撃に繋がる。動けば動くほど攻撃が増えるという厄介な能力、というのがマリアの認識だ。
しかし、この能力を最初にマリアと激突した時には使わなかった。最初の方は自分で剣を弾いて『音』を生み出していた。それはなぜか。予想はついている。おそらく、魔力の消費量が大きいのだろう。無差別な『音』を具現化させるのは魔力の消費量だけでなく消費スピードも速まるという欠点を抱えているはずだ。何しろ動けば動くほど攻撃が増えるというが、結局のところはそれだけ多くの数の魔力を消費しているという事になる。
そして欠点その二。
(おそらく、『音』の大きさによって威力が変わるのじゃろうな)
よって音が小さければ小さいほどその威力は落ちる。だがそちらの方はどうやら剣に魔法か何かをかけて生み出される音の大きさを増幅しているようだ。しかしその魔法を使っている分だけ消費量はさらに大きくなる。とはいえ、その音の大きさを増幅させる魔法を使わなければ音を大きくするためにどうしてもモーションは大降りにならざるを得ない。最小限のモーションで高い威力を叩きだすことが出来れば大降りの動きによって生まれる隙もなくなる。
(しかし、結局のところ魔力を消費しているのには変わらん。このまま避け続けていれば奴は自滅する)
「このまま避け続けていれば僕が魔力切れで自滅する、と思っているんでしょう?」
エドワードがそう告げた瞬間だった。マリアの地面の下が突如として爆発した。否、具現化された『音』が噴き出してきた。
「下かっ! いつの間に……!」
その瞬間、マリアはさきほどエドワードの攻撃を避けた時にその剣が地面に突き刺さっていたことを思い出した。おそらくその時にマリアに向かった攻撃以外にも地面の下に仕掛けを施しておいたのだろう。舌打ちをしながらもマリアは翼を広げて飛び上がる。だが空中に飛翔した瞬間に既に上から具現化された『音』の攻撃が迫っていた。だがその『音』は途中でその形をマリアをすっぽりと覆い尽くせるほどの『網』へと変えた。マリアが下からの攻撃を避けるために上へ逃げることを完璧に先読みしていたのだろう。その『音の網』はマリアを覆いつくし、逃げ場を無くした。そこからエドワードは更に音を重ねて網の強度を上げていく。
「お察しの通り、この無差別に音を繰り出す状態は消費が激しいから終わらせるよ」
マリアは『ブラッドクライム』を『音の網』へと叩き込むがさきほど音を重ねて強化されたせいか突破できない。そうこうしているうちに『音の網』が輝きだした。
(ッ……! まずい!)
マリアが何らかのアクションをとろうとした直後。『音の網』は光と共に爆発した。中にいたマリアがどうなったのかは分からない。手加減はしたし生きているはずだ。そしてエドワードは自分のクリスタルにマリアの分であろうポイントが加算されたことを確認し、安心したその時だった。
「甘いわ!」
ボウッ! と爆風を切り裂きながらマリアが爆発の中から現れた。全身は所々焼け焦げているが、彼女はまだ動いている。ダメージによる星眷の強制解除もされていない。つまりまだ健在、ということである。
「なっ!?」
「クリスタルが破壊された程度で安心しおって! たとえポイントを失っても、取り戻せばいいだけのこと!」
それはエドワードも分かっている。だからこそ、行動不能になる程度までのダメージを与えられたと思っていた。エドワードは知る由もなかったが、マリアは爆発の寸前に自身の周囲に防御魔法による結界を施した。無論、エドワードもマリアがそういった行動に出るのは予想していた。だがあの爆発を防ぎきれはしなかったものの、体が堪え切れるぐらいには威力を軽減できる防御結界を生み出せるとは思っておらず、そこが唯一の誤算だった。
「はぁぁぁぁぁっ! 『ブラッディウェーブ』!」
今度はマリアが剣を振るい、黒魔力による津波のような斬撃を生み出した。その攻撃範囲は広く、完全に不意を突かれたエドワードが対処しきれるものではなかった。なんとか『音』を具現化させて盾を作って耐えるものの、ふとマリアの姿が目の前から消えたことに気づく。背後を振り向くと既にマリアがおり、攻撃モーションに入っていた。
再度、放たれた斬撃と共にエドワードはクリスタルを砕かれ、全てのポイントを失ったと同時に地面に倒れ伏した。背後からの一撃をまともにくらってしまった為に大きなダメージを受け、星眷を強制解除されてしまう。
「ぐっ……うぅ……ま、まさかあの爆発の中で無事だったなんて……」
「フンっ。無事ではないわ。見えんのか、この傷が」
あの威力はさしものマリアでも一瞬とはいえまずいと思った。
それは事実。今回は油断して敗北してしまったエドワードだが彼の実力は本物といえる。彼が失敗した点は、
「お主はわらわの持つ魔力の色が何を示しているのか、真に理解していなかった。それがお主の敗因だ、エドワード」
黒い魔力は『強力な魔族』が持つことの多い色。かつてこの世界を絶望で支配した魔王が有していたとされる色。その色の持つ力と意味をエドワードは見誤った。そしてそれはギデオンも同じ。獣人の身体能力さえあればたとえ黒魔力だろうがただの人間には負けはしないと侮った。奇しくもこの二人は、同じような理由で、黒魔力を持つ二人に敗北したのだ。
「ご教授……感謝するよ……」
マリアはそんなエドワードの言葉をしっかりと受け止めると、その場を去った。
☆
「終わったみたいですね」
「……なんじゃ、まだいたのか」
マリアは、エドワードとの戦いを観戦していたであろうソウジに視線を移す。
「戦いが終わっていたのならば先に戻った方がよかったのではないか?」
「そうでもありませんよ。エドワードって人の能力を見れましたし。次に戦うかもしれない相手の能力の情報を集めていただけです」
第一競技に参加した選手は第二競技には出れないが、第三競技には参加可能となる。つまりソウジが行ったのは第三競技に向けての情報収集だ。
「見ての通りわらわは傷を負っているが、どうするのじゃ?」
「どうするも何もここで立ち去るだけですよ。最初からそういう約束だったでしょう?」
きょとんとした顔でそんなことを言うソウジにマリアは驚いた。さきほどギデオンと戦っていた時にはあんなにも冷たい眼をしていたのに、今はそれがまったく感じられない。
(なるほど……仲間を傷つけた相手には容赦しないタイプ、ということじゃな)
内心でそんな分析を進めていると、ソウジは肩をすくめながら、
「で、どうします? 契約を破棄して俺のポイントでも狙ってきますか?」
「いや、遠慮しておこう。今の戦いでダメージを負いすぎた。お主とやりあうのは楽しそうじゃが、今戦っても確実に負ける」
「そうですか」
「フンっ。だが覚悟しておけよ。第三競技であたったら容赦せんからな!」
「それはこっちのセリフですよ」
そんな言葉を交わすと、二人は互いに背を向けて歩き出した。
第一競技の制限時間はもう残り半分をこえ、競技は終盤に差し掛かっていた。