第六十四話 四つ巴と共同戦線
この四つ巴となった状況下でまず真っ先に動き出したのは意外にもソウジであった。ソウジは右手の『アトフスキー・ブレイヴ』を構えながら弾丸の如くギデオンに向かって突っ込んでいく。それを見たギデオンは野獣のような笑みを浮かべながら迎えうつ。ソウジが振るった刃をギデオンは両手の爪を使って受け止める。
だがもちろん、それだけでは終わらない。ソウジは空いた方の手に黒い魔力を集約させ、魔法を発動させた。
「『黒鎖』」
呪文を詠唱すると、ギデオンの体を黒い鎖が拘束した。そのあまりのスピードにギデオンは驚いたようだったが、それだけでソウジは終わらせるつもりはなかった。ギデオンの体を鎖で引っ張ってそのまま勢いよく手近にあった木の幹に叩きつけた。そのまま鎖で拘束したままソウジは、自身の周囲に更なる魔力の矢を構築していく。
「『黒矢』」
詠唱すると、いくつもの黒い矢の群がギデオンに殺到した。そのまま次々とギデオンが叩き落とされた地点へと矢が殺到する。ギデオンは何とか星眷である爪でガードしていたものの、その場に完全に釘付けにされていた。ソウジは冷たい眼でギデオンを見下しており、ギデオンの方からもそんなソウジの眼が見えた。
「クソが……!」
「どうした獣。喰い潰すんじゃなかったのか?」
「…………ッ!」
ソウジの態度に、ギデオンの頭の中からブチッと何かが切れるような音がした。獣、と言われたことで彼の中のソウジに対する怒りが更に増大されていくのが分かる。ソウジはそれも分かっていたが知ったことではなかった。獣人に対して獣、と呼び捨てることは侮辱になることも分かっていたし、分かっていたからこそあえてギデオンにその言葉を使った(もちろん、他の獣人に対してそんな風に言うつもりはない)。
ソウジはギデオンがクラリッサとチェルシーにはいた言葉を許してはいない。彼は二人を見下して罵倒し、あまつさえ耳を引っ張ったりわざと必要以上に痛めつけた。だからソウジは彼を徹底的に叩き潰すと決めていた。こんなものはほんの小手調べだ。
だがギデオンに攻撃を集中させているソウジを無防備と見たのか、エドワードが動き出した。
「――――!」
ソウジはギデオンへの攻撃を中止し、隣から襲い掛かってきた具現化された『音』の攻撃を『アトフスキー・ブレイヴ』の刃で切断する。キィィィンッ……! という響きと共にエドワードの星眷による『音』の攻撃が砕け散る。
「やはり、奇襲などで仕留めきれるわけはなかったか」
「……悪いんだけど、邪魔をしないでもらえるか?」
「どうしてそんなにイラついているのかは分からないけれど、これはあくまでも『交流戦』の競技だ。今の状況で誰を狙おうと僕の自由さ」
「まったくもってその通りじゃな!」
叫ぶと同時にマリアはエドワードに刃を振り下ろした。が、エドワードもそれに対してすぐさま反応し、『リラ・ディメロ』の刃でマリアの『ブラッドクライム』の一撃を受け止めた。エドワードは器用にその一撃を受け流すと、返す刀でマリアの持つポイントクリスタルを狙って刃を振るう。
「小癪な!」
マリアはすんでのところでエドワードの一撃を身を捻ってかわした。正確には、身を捻ることでクリスタルの位置を逸らしたが正しいか。だが無理に身を捻ったせいでバランスに無理が生じたのかマリアの体勢が崩れ、そのまま地面に背中から倒れこみかける。そこをエドワードが狙って『リラ・ディメロ』の能力で『音』を具現化させるために剣を弾いた。その瞬間、マリアは背中から翼を広げ、浮遊しながら宙でバランスをとると、そのまま上へ上へと飛び上がった。
そして、先ほどまでマリアがいたところに具現化された『音』が直撃し、地面を抉り取っていた。
「おっと、やっぱりそう易々と獲れないか」
「ふんっ。いけ好かん笑みを浮かべおって」
マリアがエドワードを空中から見下ろしていると、地上の方から強大な魔力を感じ取った。その方向に視線を向けてみると、土煙を切り裂きながら、魔力で構成された爪の形をしたような斬撃が放たれてきた。マリアはそれを空中で華麗にかわしながら、それが放たれてきた地上へと目を向ける。そしてどうやら斬撃は二つ放たれていたようで、地上では斬撃によって大地が抉り取られていた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアア! チマチマチマチマと! ムカつく奴らだ!」
「邪魔するな問題児が!」
マリアはギデオンに向かって『ダークアロー』を放つ。だがギデオンは跳躍してマリアに向かって突っ込むと、両手の星眷の爪で次々とマリアの放った『ダークアロー』を引き裂いていった。更に獣人族の特徴である高い身体能力を活かしているためにそのスピードも高い。
今度はマリアの『ブラッドクライム』とギデオンの『ルプス・クロー』が激突した。だがギデオンの星眷は両手に装着されている。右手の爪でマリアの刃を受け止め、今度は左手の刃を大きく掲げる。そしてその左手の爪の一本一本から黄色い魔力で構成されたブレードが出現した。驚きの表情を露わにするマリアに、ギデオンはその五本のブレードを一斉に振り下ろす。
「くらいやがれ! 『グランドブレード』ォ!」
「チッ!」
マリアは咄嗟に剣を引き戻して翼を大きく動かしながらその場を離れた。すぐそばをギデオンの五本のブレードが通り過ぎ、空を切る。だがギデオンはマリアが離れたことでフリーとなった右手から再びブレードを出現させると、魔力で足場を作ってそれを蹴り、マリアに向かって跳躍する。獣人族の驚異的な身体能力によってその跳躍ひとつとってもさながら弾丸のようだ。あまりのスピードにマリアは再び剣で受け止めようと構えたが、
「『黒刃突』!」
「ぐおっ!?」
ギデオンの真横から、ソウジが『黒刃突』を叩き込んだ。ギデオンは咄嗟に攻撃をキャンセルしてソウジの攻撃をブレードを盾にして身を護ったが、空中で大きくバランスを崩した。地面へと落下していくギデオン。
マリアが呆気にとられたのもつかの間。
そこにいたソウジ、マリア、そして落下していたギデオンに向かって緑魔力で具現化された『音』の弾丸が襲い掛かってきた。三人は空中でそれを弾き、砕き、切断しつつ迎撃する。
「やれやれ。僕もいるってことを忘れないでもらいたいな」
エドワードが肩をすくめながら三人を見ていた。マリアからすれば、忘れないでもらいたいなといいつつ三人纏めて葬れる攻撃の機会を窺っていたのだから憎らしい。地面に着地したソウジとマリア。そしてマリアはじっと現在の状況を伺う。彼女がもっとも優先しなければならいのは『勝利』である。そのためにはこんなところで無意味にモタモタとしている場合ではない。ここでとどまっているぐらいならば他のメンバーのサポートに回ってポイントを獲りに行った方が効率的だ。だがここにいるメンバーは……特にエドワードとギデオンは彼らの背後に浮遊しているクリスタルの大きさを見る限りそれぞれ、そこそこのポイントを持っている。対するソウジはまだ大したポイントを持っていないことがそのクリスタルの小ささから分かる。そしてそれはマリアも同じこと。さきほど倒したエルフ族の生徒から得たポイントがあるとはいえ、まだあのエルワードとギデオンよりは小さい。
「ソウジよ。提案があるのだが」
「なんですか?」
マリアは隣にいるソウジにそっと話しかける。無論、警戒は解かないまま。
「お主はあのギデオンとやらを叩き潰したいのだったな?」
「そうですよ。申し訳ないですけど、俺はさっさとあのバカを叩き潰したいので邪魔をするならマリアさんを先に倒しますが」
「いや、ギデオンとかいうバカはお主に任せる。だからここは共同戦線といかないか?」
ソウジはマリアへと探るような視線を向けた。
「正直、わらわは今ここでグズグズとしているぐらいなら他の者達のサポートに回りたい。だからわらわはあのエドワードというエルフ族だけに集中しよう。お主の邪魔もしない。だからお主もあのギデオンとかいうバカだけに集中する。そして戦いが終わったら、お互いの邪魔をせずここから立ち去る……どうじゃ?」
「つまり、お互いを攻撃せず、邪魔もせずってことですか?」
「そういうことじゃ」
マリアの言葉を受けてソウジは考える。仮にこれが嘘であり、マリアから攻撃を受けてポイントをとられたとしても、ソウジの持っているポイントはここに来るまでに拾った、たかが十ポイント程度。失ってもそれほど大きな損失にはならない。奇しくもここで、エリカが想定した『ポイントの消失を恐れず安全に殴りに行けるアタッカー』というコンセプトが活かされることになっている。そしてマリアの裏切りでダメージを受けたとしても、ソウジには再生能力がある。結局のところ、裏切られたとしても被害は無いに等しい。
それに――――あのギデオンを存分に叩き潰せるのであれば、この共同戦線は結ぶべきだ。
となれば、
「分かりました。それなら構いません」
「交渉成立じゃな」
マリアはニヤリと魅惑的な笑みを浮かべた。
実際、この交渉が成立するかは賭けの部分もあった。何しろお互いの行動を保証するものが無い。信頼しろというにはソウジとマリアは接する機会が少なすぎた。だからこの何の保証もなく、大したメリットもない交渉が成立するかはどうかは賭けだった。しかしマリアからすればそう分の悪い賭けではなかった。何しろソウジの持っているポイントは少ない。だからソウジからすれば「たとえ裏切られても失うものは少ない」ということになる。この交渉が成立した時のメリットはソウジにとっては大きく、デメリットは少ない。だからこそ成功する確率は高いと思った。勿論、マリアはソウジを裏切るつもりは無いのだが。
(厄介なことになったね……)
対するエドワードは、たった今、ソウジとマリアの間で結ばれた共同戦線に唇を噛んでいた。これで一対一の状況に持ち込まれた。それだけではない。最悪の場合、エドワードかギデオンのどちらかがやられると残った方が二対一の形で狙われる可能性だって否定できない。この四つ巴の状況になった時からエドワードは誰かと共同戦線を結ぶのを考えなかったわけではない。しかし、エドワードはそれをためらった。理由は自身の持っているポイントの多さ。この場で共同戦線を結べる可能性があったのはマリアかソウジだが、二人とも所有するポイントがエドワードよりも少ない。つまりは裏切られた際のデメリットも少なくなる。逆にエドワードが所有するポイントは多い。裏切られた場合の事を考えるとエドワードの方が共同戦線のデメリットが大きい。それが彼に共同戦線を結ばせることに対してのためらいをもたらした。
かといって、この場でエドワードと同じぐらい多くのポイントを持っているギデオンに交渉を持ちかけるのは論外だ。彼が協調性に皆無なのは先日行われたパーティでも目にしたし、話を聞く耳も持たないだろう。それにあんな風に、半獣人だからといって人を差別し、見下すような輩と組みたくはない。
つまりエドワードに残された選択肢は、
(ソウジ・ボーウェンがギデオンを倒すより早く、僕がマリアさんを倒すしかないってことか)
この難易度の高い状況に思わず苦笑するエドワード。
ギデオンの方はというとギラギラと血走った眼でソウジを睨みつけている。
これで自動的に『ソウジ対ギデオン』、『マリア対エドワード』という構図が出来上がった。
「おいギデオン。宣言しておいてやるよ」
「あァ?」
「晴れて邪魔が入らなくなったことだし――――」
怪訝な顔をするギデオンに、ソウジは『アトフスキー・ブレイヴ』を軽く振り回してその切っ先をまっすぐにギデオンに向け、告げる。
「――――お前は一分で片づけてやるよ」
その言葉が、開戦の合図となった。