第六十三話 繋がる戦い
ニコラ・ヘイマーの持つ星眷、『ピクシス・フューチャー』の能力は予知能力ではあるが、厳密には『自身のとるべき最善の行動を指し示す能力』である。つまり、『自分がとるべき最善の行動を予知する能力』であり、その有効範囲もニコラの周囲の一定範囲内の出来事と限定されている。
そんな彼女の戦い方は『回避』。この一言に尽きる。
どこから攻撃が来るのか、そしてそれをどう対処するのか。『最善の行動』が常に解る彼女はひたすら敵の攻撃をかわし、そして最小限の一撃で敵を倒す。それが彼女のバトルスタイル。
よって、
「わたしの前に透明になれる魔道具なんて無意味よ」
そう告げながら、彼女は背後から襲いかかってきた魔法の矢による攻撃をかるく横に身を捻るだけでかわした。そして背後に目を向けずに後ろのある一点に向かって火属性の中級魔法『フレイムアロー』を放った。空間の一点に矢が激突し、次の瞬間にはインビジブルスーツを纏った小柄な少年――――ドワーフ族の少年が現れた。
二人のドワーフ族が倒れ、残りはレゾンと呼ばれる制服の上から白衣を身に纏ったドワーフ族の少年ただ一人。少年、と呼ぶには少し大人びているが。
「んー。今回こそはあなたの能力を覆したかったのですが、失敗したようですねぇ」
「当然よ。わたしの能力は絶対だもの」
「ですが、あなたの能力はあくまでも『最善の行動』をとるだけであってそれが『敵を倒す』ことに繋がるわけではありませんよね?」
「何を…………。ッ!」
ぴくっとニコラの表情が何かを感じ取ったかのように揺れた。
「みんな、下がりなさい!」
その鋭い指示にその場にいたソウジたちは下がる。その直後に、空から無数の矢が降り注いできた。さきほどまでソウジたちがいたその場所に次々と矢が突き刺さる。その頃には既にレゾンはダメージを負った二人のドワーフ族の少年を回収していた。ドワーフの特徴の一つであるその力強さをいかんなく発揮して二人纏めて両肩でかついでいる。
「時間差でしかけておいて正解でしたよ。魔法攻撃でなければ、攻撃は感知されにくいと思ったのですが……まあ、ニコラさんの能力の範囲内だとどうしても予知られるので仕方がないですかね」
「まったく……去年もそうだけどしつこいわね。あなた」
「そりゃあもう。僕はこう見えてかなりチャレンジ精神にあふれていますからね。有効範囲内ならば完璧にして絶対のあなたの予知を覆すという挑戦は諦めるつもりはありませんよ」
ニコラが呆れたようにしていたが、それはあくまでも時間稼ぎ。その間にデリックは既に自身の星眷である『レティクル・メテオ』を眷現させていた。
「おっと、無駄話が過ぎましたか」
「逃がさないぜ。ポイントは持っていないようだが、行動不能にはさせてもらう!」
言うと同時に、デリックは『レティクル・メテオ』でレゾンに狙いを定めた。デリックの手から出現している十字を模した魔法陣から次々と魔法弾が発射される。そしてその魔法弾一つ一つがまた更に分裂して、広範囲をカバーする一撃へと変化した。が、レゾンの背中から突如としてメカニカルな音を立てながら機械のような腕が片方に四本ずつ、計八本も出現した。そしてその腕はアームを伸ばすとレゾンに直撃する魔法弾だけを斬り飛ばす。その間にレゾンは後退を始めており、距離が離れると第二波が来る前に『インビジブル』で姿を消した。
「ニコラ先輩、さっきの腕が……」
「そうよ。あれがレゾンの星眷、『ちょうこくぐ座』の『カエムル・アーム』。相変わらず手癖の悪い星眷ね」
ニコラはじっとレゾンの消えた方を睨みつけていると、しばらくしてからこの場を離れるように指示を出した。さきほどの戦闘で他のチームがこちらに感づいている可能性が高い。
「アイヴィ、もう出てきていいわよ」
「わ、わかりましたですぅ……」
ニコラの声に応じて、アイヴィは地面からゆっくりと出てきた。彼女の背後にはそこそこ大きくなったクリスタルが浮遊している。彼女の能力で魔法空間に逃げ込んでおけば確かにクリスタルには手出し出来ないだろう。アイヴィがこの第一戦に選ばれたのも納得だ。
ニコラの『ピスケス・フューチャー』で周囲を予知して警戒しつつ敵が襲い掛かってきたときはニコラの指示でアイヴィが地面の中に潜り込み、クリスタルに手出しできないようにする。この二人の能力を使ってポイントを護りつつ、他の者達はアタッカーとして他の学校の生徒のポイントを奪う。さらに言えばソウジには転移魔法がある分、ポイントを取ったりした時や緊急時には一瞬で撤退出来るしルークの星眷はさきほどのように影による人形を作って広範囲にわたってポイントを探させると同時に索敵も出来る。
第一競技に参加するメンバーとしては、確かにこの人選はピッタリといえる。そしてこれが出来るのは全員の能力を分析・把握・管理を完璧に行った上でのこと。エリカ、そして風紀委員長のクライヴの二人はやはり学園内の頂点に立つ二大トップギルドの長を務めているだけあって流石としかいいようがない。
とはいえ、アイヴィが常に潜らないのはおそらく潜リ続けるのには大量の魔力を消費するからだろう。だからこそ、適切な状況下でのみ彼女に潜らせる。それまではニコラや他の者達で警戒する、という算段なのだろう。だがニコラの星眷も魔力の消耗が激しいはずだ。あまり安定した戦い方とはいえないが、アイヴィにポイントを預けることで『ポイントの消失を恐れず安全に殴りに行けるアタッカー』の数が増える。言ってしまえば超攻撃型の作戦。そういうところが少しエリカらしい。
(でもこの作戦、俺は嫌いじゃないけどな)
ソウジたちアタッカーはポイントを稼ぐべく、再び散開した。
☆
クラリッサは散開した後に森の中を走り抜けていた。もともと、幼少の頃よりこういった森や茂みの中を通って獣人たちから逃げてきた。だからこういった道は得意だ。周囲に気を配りながら、クラリッサは少量ながらも順調にポイントを集めていく。
(そろそろ、いったん戻ろうかしら)
と、クラリッサが足を止めたその時だった。
「ッ!?」
ぞくっと寒気がしらクラリッサはその場から慌てて飛び退いた。次の瞬間にはまるで隕石が落下してきたかのような衝撃が、さきほどまでクラリッサがいた場所にぶつかった。崩れかけた体勢を立て直しつつ、クラリッサは星眷を眷現させて警戒する。土煙はすぐに晴れ、中から現れたのは、
「ギデオン・バートン……!」
その名を口にした瞬間、ギデオンはギロリと血の気の多く獰猛な眼をクラリッサへと向けた。
「あァ? あの時の半獣人じゃねぇか」
「ッ……!」
「チッ。ようやく影のお人形じゃなくてマトモな獲物を見つけたから潰しにかかってみればテメェかよ。……まァ、いい。汚らしい半獣人でもサンドバッグにでもして、憂さ晴らしでもするかァ!」
叫ぶと同時にギデオンは自らの星眷であろう爪をクラリッサに向かって振るおうとしていた。
ギデオンの眼を見て、クラリッサは一歩も動くことが出来なかった。同じだ。過去に自分たちを虐げ、理不尽な暴力を振るってきた獣人たちと……。こんな時、いつもなら動くはずの体が動いてくれない。目の前の攻撃に対処するために動いてくれない。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……!
「――――っ!」
過去のトラウマによる恐怖のあまりきゅっと目を閉じる。目の前は真っ暗だ。何をしているんだろう。こんな風に目を閉じても、何も変わらないのに。何も見えなくなるだけなのに。
(……あ)
だがそこでふと、一人の少年の顔が脳裏を過った。彼は自分たちを支えてくれるといってくれた。だけどそれでいいのだろうか。それだけでいいのだろうか。彼ばかりに負担を強いて、自分たちは震えているだけで。
そんなの、
(そんなのでいいわけ、ないじゃない……!)
クラリッサはキッとギデオンを睨みつけると、すぐさま星眷に魔力を通した。さきほどまでの震えが嘘のように止まり、彼女の雷が宙を駆ける。
「ッ!」
バチィッ! とクラリッサの放った雷によってギデオンは弾かれた。そこからクラリッサは雷を纏わせた杖を振るい――――、
「たぁああああああああああ!」
ギデオンの頭を、思いっきり殴りつけた。ドゴッ! という音が響き、ギデオンが真横に吹っ飛ばされる。そのまま彼は地面を無様に転がり落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
クラリッサはぺたんと地面に座り込む。手がまた少しだけ震えてきた。でもやった。やってやった。自分から動けた。あの眼を振り切って、一撃ぶちかましてやったのだ。
(……これも、ソウジのおかげかしらね…………)
ふとそんなことを思ったクラリッサだが次の瞬間、彼女は驚愕に目を見開いた。ギデオンは既に立ち上がっており、全身から荒々しい魔力を吹き荒れさせながら既にクラリッサに襲い掛かっていたのだ。
「ッ! 『雷棘』!」
クラリッサは咄嗟に『ケイニス・トルトニス』を振るって雷の棘を放出し、ギデオンを捉えようとする。だがギデオンは一瞬にしてその場から消えた。転移魔法、ではない。ただ単純な、超強化された身体能力によって地面を蹴った彼はあたかも消えたようにして一瞬でその場から飛び退いたのだ。更に周囲の木々を足場にして蹴り、クラリッサの周囲を高速で移動する。
「よくもやってくれたなァ、おい! 半獣人如きがよォ!」
怒り狂ったような眼をしたギデオンは、既にクラリッサでは捉えきれないほどのスピードに到達していた。どこから攻撃がくるか分からないクラリッサはその速度に戸惑っていた。それを見てニタリと歪な笑みを浮かべたギデオンは一瞬でクラリッサの背後に浮遊していたポイントクリスタルを破壊し、更に彼女の背中を爪で抉りとろうとした。必死に反応して体をそらし、なんとか背中へのダメージだけは軽減させたクラリッサだがそれでも、既に彼女の背中は血で真っ赤に染まっていた。激しい痛みでがくっと膝をつく。それをみたギデオンはその笑みを更に歪めていく。
「次はそのいらない耳を削り取ってやろうかァ?」
「そんなの……お断りよ!」
「ハッ! それならこのままなぶり殺しにしてやる!」
もはやポイントもおかまいなしといった様子でクラリッサに向かってその鋭く、獰猛な爪を振るおうとした。
「…………っ!」
だがその一撃はクラリッサに届くことは無かった。瞬時に舞い降りた黒刃が、彼女を護っていたからだ。
そしてクラリッサはその黒刃の持ち主を知っていた。
「――――ソウジ?」
「ごめん……遅れた」
ソウジはギデオンの高速移動を完全に捉えていた。そしてその爪を弾き、クラリッサを護るように彼女の前に立つ。ソウジはさきほど視界に入っていたクラリッサの背中にあった傷を見てギリッと唇を噛みしめる。
「クラリッサはこのまま戻ってくれ。こいつは……俺が潰す」
その言葉に、ギデオンが見下したような視線を送った。
「てめぇか。丁度いい、そこの半獣人をやるついでに、てめぇも喰い殺してやる」
「生憎、下品な獣に喰い殺されるほどヤワじゃない」
「言うじゃねェかァッ!」
轟ッ! とさながら爆発したかのような勢いと共に、ギデオンはソウジにその爪で斬りかかった。ソウジはそれをあえて『アトフスキー・ブレイヴ』の黒刃で受け止める。ぐんっとそのまま爪の協力なパワーにあえておされるような形で、クラリッサから引き離すためにソウジはギデオンと共にその場から吹き飛ばされた。
☆
マリア・べレストフォードは魔帝の娘として、幼いころから英才教育を施されてきた。彼女の持つ黒い魔力は強力な魔族である証。その力も期待されてきた。彼女はその周囲からの期待に、その身に宿りし才能と努力によって応えてきた。彼女は今回の交流戦でも期待されている。魔族の期待を背負っている。
だから応えなければらない。
その期待に。
魔族の大陸は今でこそ安定してはいるが、戦争終結後は大地は荒れ果て、民たちは虐げられ、種族全体が今の大陸へと追いやられ、他の大陸との交流も経たれてしまった。
過去の魔王が犯した過ちによる被害は、長い時間をかけて少しずつ、少しずつ回復してきている。
そしてようやく、『交流戦』という大きな種族間交流の場に参加出来るようになった。
ここで無様な姿を晒しては期待してくれている魔族の民たちに申し訳ない。そうでなくとも、魔族という種族が他の種族から侮られる可能性だって出てくる。
(だからこそわらわは、負けるわけにはいかぬ……!)
脳裏をよぎるのは先日の謎の青い鎧を身に纏った襲撃者。あの時、黒騎士が現れなければ確実にやられていた。圧倒的なまでの実力差。こちらの攻撃がまったく効かなかった。絶望的だったのは、あの青い鎧の襲撃者はわざとこちらの攻撃をくらい、その時に傷が一瞬にして塞がったことだ。こちらの攻撃が通じず、更に相手はそれをわざとくらっていただけ。その気になった瞬間にはもうこちらの攻撃が一切届かなくなっていた。あの時、自分は確かに恐怖を覚えた。命に危機におびえた。
自分を慕ってついてきてくれている二人の従者を護ることすら出来なかった。自分の無力さを噛みしめ、痛感した。もうあの時のような思いをするのは嫌だ。だからこそ、今日の交流戦で負けるわけにはいかない。あんな思いをするのは嫌だ。それに自分にかかっている期待があれば尚更だ。
「――――『ブラッドクライム』!」
マリアはその名を叫ぶと、自身の右手に黒魔力の輝きと共に右手から魔眷『ブラッドクライム』を眷現させた。
彼女ら魔族は星眷を持たない。そもそも星眷とは、人間、エルフ、獣人、ドワーフが協力して生み出した魔王に対抗するための力。よって彼女ら魔族は星眷を持たない。だが代わりに『魔眷』と呼ばれる力を有している。星眷がその者の中に存在する『星霊』と契約して眷現させることが出来るのに対して『魔眷』は魔族の中に存在する『魔霊』と契約して眷現させることが出来る。星眷に対抗するために魔族側が生み出した力。それが魔眷なのだ。
マリアの『血の罪』は赤黒い色をした剣の形をした魔眷である。彼女はその刃を、目の前にいるクリスタルを持つエルフに向かって振り下ろす。目の前のエルフは剣の星眷を眷現させ、マリアの剣を受け止めた。いったんその場から飛び退くと、すぐさま空いている左手に黒い魔力を集約させる。
「『ダークアロー』!」
黒魔力によるアロータイプ魔法。それが一斉に放たれ、マリアの目の前にいたエルフは星眷で何とか防ぐも自身の後ろに浮遊していたクリスタルは破壊されてしまった。その分のポイントがマリアの方に加算される。はじめからマリアの狙いはポイントである。だからこそ剣に意識を向けてからアロータイプの魔法を広範囲に放ちポイントクリスタルを破壊したのだ。そのことを理解したのかエルフの生徒が悔しげに剣を振るおうとするも、
「待ってくださいッ!」
別の方向からとんできた鋭い声にその動きを止めた。マリアが眉をひそめていると、彼女の目の前にエルフの少年が森の茂みから現れた。
「この方の相手は僕がします。先輩は別の方のサポートをお願いします」
「……分かった。頼んだぞ」
それだけを言い残すと、マリアにポイントをとられたエルフの少年はその場を離脱し、また別の方角へとその脚を向けた。マリアは「ほぅ……」と目の前にいる、新たに乱入してきたエルフの少年を見る。今の口ぶりからすると、どうやらさきほどマリアがポイントを得たエルフの少年は先輩で、目の前にいるエルフの少年は後輩という事になる。そしてその後輩が先輩からこの場を任されるほど――その先輩が一本取られたマリアを任せるほど――目の前にいる後輩エルフは、腕がたつという事になる。
「わらわはディスモアス学園一年のマリア・べレストフォード。お主、よければ名を聞かせてはもらえんだろうか?」
「女性に先に名を名乗らせてしまうとは失礼した。僕はエドワード・クルサード。レストフォール学園の一年だ」
同じ一年生。これでますます目の前の少年に興味がわいた。あのソウジ・ボーウェンにしても今年の一年生は自分で言うのもなんだがどうにも気になる人材が集まっている気がする。
エドワードと名乗ったエルフ族の少年は名乗るとすぐさまその緑色に輝く魔力を集めた。さっそく来るか、とマリアが身構えたその瞬間。
「さあ、いくよ。『リラ・ディメロ』」
華麗な音色と共に、剣の形状をした『こと座』の星眷『リラ・ディメロ』が彼の右手の中に眷現する。彼の全身から流れてくる魔力の量と質は流石、生まれつき高い魔力を有しているエルフ族と言わざるを得ない。だが魔族とてそれは同じこと。
二人は互いににらみ合い、自身の状態を一瞬で確認するとそのまま地面を蹴って斬りかかった。直後に二つの刃が激突し、黒と緑の激しいスパークを巻き起こす。
「はぁっ!」
マリアは力いっぱいに剣を振り回し、強引にエドワードを弾く。力に押された形となったエドワードはくるりと空中で一回転してから地面に着地する。その直後にはもうマリアが目の前に迫っており、エドワードは再び跳躍して空中に逃げ、そしてまた着地する。
「随分と活発なお姫様だね」
「フン。よく言われる」
マリアは再び黒魔力を集約させ、魔法を発動させた。
「『ダークアロー!』」
放たれるは黒い魔力で形作られた矢の群。マリアが放つそれは通常のアロータイプの威力の比ではない。だがエドワードはそれを見ても冷静な表情を保ったまま、そっと剣に触れる。そのまま手を優しく撫でるように弾いた。すると美しい音色と共に彼の周囲を魔力によって具現化された『音』が包み込んだ。その音はマリアの放った『ダークアロー』を完璧に遮断している。
「むっ?」
「次は僕の番だ」
再びエドワードが優しく剣を弾く。そして生まれる美しい『音』。魔力によって具現化されたそれは、今度はマリアに襲い掛かった。
「チッ」
マリアは舌打ちするとその場から飛び退き、その『音』による攻撃を回避する。だが次々とその攻撃は襲い掛かってくる。しかもエドワードが剣を弾けば弾くほどその『音』は数を増やし、攻撃は激しくなる。
「さあ、君のポイントをいただこうか」
「断る。むしろお主のポイントを喰らってやるわ」
マリアは背中に黒い翼を広げた。魔族の持つ特徴として翼をもっているという事と強力な魔力を持つ者は眼が紅いということがある。マリアはその翼で飛翔すると、空中で赤黒い剣を掲げた。その剣に魔力がどんどん集まり、やがて空に無数にも及ぶマリアの持つ剣と同じ赤黒い魔力の刃が生まれた。
「『ブラッディレイン』!」
剣を振りおろし、地面に刃を叩き落とす。さしものエドワードもこれには余裕の表情を崩した。音による防御壁を一瞬で構築してその攻撃に耐える。ドドドドドドッ! という激しい地響きのような音と共に地面が土埃に覆われた。マリアはこの隙を好機ととらえ、急降下してエドワードに剣を振り下ろそうとしたその時――――、
「にゅあっ!?」
突如として、森の茂みから飛び出してきた何者かがマリアにぶつかってきた。そのままバランスを崩し、マリアはその誰かと共に地面を転がり倒れる。
そしてマリアは、自分がその少年の胸の上に倒れこむような形になってしまっていたことに気がついた。しかもその少年はあのソフィア・ボーウェンの弟子、
「お主……ソウジ・ボーウェンか?」
「……マリアさん?」
ソウジはソウジで吹っ飛ばされた時に空中でバランスをとろうとした瞬間に誰かにぶつかってしまったことを思い出した。とっさにその誰かを庇ったものの、それがマリアだということを今知った。
「ソウジ、なにをする! もう少しで倒せたところを邪魔しおって……!」
「あの、マリアさん……とりあえず謝りますけどその前に降りてくれませんか?」
控えめに言ったソウジに指摘されてあらためてマリアは今の自分の状態に気がついた。自分は今、同年代の男の子の胸の上に倒れこんでいて、顔を上げた今の状態は四つん這いになってソウジに覆いかぶさっているような形になっていた。
「…………ッ! す、すまぬ」
「いえ、別にかまいませんけど……」
マリアはすぐにその場を退くと、一気にソウジに詰め寄った。
「ではなく! お主なぜ今、わらわの邪魔をしたのだ! この破廉恥め!」
「じ、事故ですよ!」
いわれのない誤解(?)をとくためにソウジは事故を主張する。そんな二人の前に、ソウジがふっとばされてきた茂みから一人の獣が飛び出してきた。
「あァ~? なァんか増えてるじゃねーかよ」
出てきたのは獣人族の問題児ことギデオン・バートンである。彼は自身の『おおかみ座』の星眷である『ルプス・クロー』を手に装着していた。グローブのようなものに、指の先端に巨大な爪が存在する星眷である。
「お主は……ギデオンとかいうあのバカな問題児か」
「ハッ。そういうてめぇは魔族のお姫様か。丁度良い、オレ様が二人纏めて喰らいつくしてやるよ」
「なんだと……? ギデオンとやら、どうやらお主は自分と相手の実力差も解らないらしいな。おめでたい頭だ」
「んだとォ?」
マリアはギデオンの態度にカチンときたのかつい挑発するような口調になっていた。おそらく戦いの中で興奮していたというのも理由の一つだろう。
「やれやれ……ようやく攻撃が止んだかと思えばどういう状況なのかな?」
「誰ですかあれ」
ソウジが魔力による防御壁から姿を現したエドワードを見て、マリアにたずねる。だがマリアがこたえるまでもなく、エドワードの方から自己紹介をはじめた。
「僕はレストフォール学園のエドワード・クルサード。そういう君は……ソウジ・ボーウェンくんだね?」
「……俺を知ってるのか?」
「ああ。何しろ君は有名人だからね」
くすり、と人のよさそうな笑みを浮かべるエドワード。だがそんなエドワードをよそに、ギデオンはケッとくだらなさそうな表情を浮かべていた。
「自己紹介なんざどォでもいい。てめェらはまとめてオレ様が喰い潰す」
獰猛な笑みを浮かべるギデオンに、その場にいた全員が反応を示した。
「それは無理だな。お前だけは俺が叩き潰す」
「フン。勝負を邪魔してくれたことには腹が立つが、もうどうでもよい。わらわが貴様らのポイントを全ていただく」
「やれやれ。厄介なことになったもんだねぇ」
人間、獣人、魔族、エルフ。
四つの種族の期待の新鋭たちがここに出揃い、その開戦の時が訪れようとしていた。