第六十二話 姿なき襲撃者
魔人ブラウと獣人族の問題児ブラムでは紛らわしいというご指摘を受け、あらためて見ればそうだと思い、獣人族の少年である「ブラム」・バートンですが、名前を「ギデオン」・バートンに変更しました。
書いていて思いました。確かにややこしいですね。申し訳ありませんでした!
名前をテキトーにつけているツケがこんなところに……。
交流戦当日の朝。
生徒たち、そして観客たちは闘技場の観覧席に集まっていた。そして選手たちは全員、闘技場の中心であるフィールドに集合していた。そこから開会式がはじまり、交流戦の運営委員会の会長からの挨拶と前回優勝したレーネシア魔法学園の代表としてエリカが選手宣誓を行った。その後、今回の交流戦の説明が改めて行われる。
交流戦は、各大陸の代表の学園が三つの競技に参加し、そこで得られるポイントで勝敗を競う。競技終了後、一番ポイントの高い学園の勝利となる。ソウジたちからすればいつものランキング戦と変わらないように思えたが、そもそもランキング戦自体が交流戦の為の予行演習の意味合いを兼ねている。
そして各学園の代表選手たちはそれぞれの控室へと別れた。ソウジたちレーネシア魔法学園の代表選手たちは控室でエリカからの話を待つ。そんな中、ソウジたちイヌネコ団の面々は未だ現れない一人のメンバーのことを気にかけていた。
「試合当日だっていうのにレイドはどこにいっているのかしら……ああ、もうイライラするわね」
「まったくだ。開会式にすら姿を見せていなかったじゃないか……」
クラリッサとオーガストはイライラした様子で未だに姿を見せないレイドのことを言う。そんな二人を見て、デリックが意味ありげな笑みを浮かべていた。
「レイドのことなら大丈夫だ。あいつに出てもらう二戦目には間に合うさ」
「デリックさんは、何か知っているのですか?」
「んー。知っているっちゃあ知っているけど、そのレイド本人に口止めされているからな。まあ後のお楽しみってことで。にしてもあいつはすごいなぁ。正直、あの成果は予想外だった」
その返答にオーガストは、結局なにもレイドについての情報を得られないことに不満を感じているのかむっとした表情になった。
「そんじゃあ、第一試合が始まる前に確認を行うわよ」
オーガストは更にデリックに何かを問いかけようとしたが、エリカからの説明がはじまるので渋々といった様子で引き下がった。その様子を見ていたソウジだが、どうやらレイドはレイドで必死に頑張っており、それなりの成果が出ているようなので安堵する。
「第一試合は『宝探し』。フィールド内のあらゆる場所に隠されているポイントクリスタルを見つけ出して、タイムアップ後に持っていたクリスタルのポイントが一番多いチームが勝ち。そこから、試合結果の順位に応じてボーナスポイントが加算されるって形式ね。クリスタルは入手した後に自分の周囲に浮遊して、新しいクリスタルを見つけ出すとポイントが加算されてクリスタルのサイズが大きくなっていく……その自分の周囲に浮遊するクリスタルを敵チームに破壊されると、敵チームに破壊された分のクリスタルのポイントが加算されてしまうってわけ。みんな、分かってるわね?」
事前に説明を受けていたので、その場にいた全員が頷いた。
「そんで、その肝心のフィールドなんだけど……毎年毎年フィールドは違うから、去年と同じ戦い方が通じるかは分からないのよね。実際にその場所に転移されないと、そこがどんなフィールドかは分からない。だから今のところこの試合で大切なことを挙げるとすれば三つ。一つ、迅速に高ポイントのクリスタルを見つけ出す事。二つ、獲得したクリスタルを死守すること。三つ、敵チームの持っているクリスタルを一つでも多く叩き潰すこと。これらの要素を考えた上で、第一試合の出場メンバーを選ばせてもらったわ」
そういって、エリカは一枚の羊皮紙を取り出した。
「第一試合に出場するメンバーは……アイザック、デリック、クラリッサ、チェルシー、アイヴィ、ニコラ、ルーク、あとついでに黒のガキ。この八人でいくわ」
黒のガキ、ということはつまりソウジのことだろう。ついで呼ばわりされて思わず苦笑するしかない。とはいえ、エリカがソウジのことをこのように呼ぶのはいつものことだ。
「リーダーはニコラ、アンタがやりなさい。つーわけで、これが第一試合の出場メンバー。なにか質問は? ……ん。特にないようね、それなら、いってきなさい!」
エリカのその言葉は人に自信を持たせてくれるような、不思議な力を持っているような気がした。人の背中を押してくれるような。そんな感じの声と雰囲気。太陽のように輝く笑顔を持つ生徒がなぜ生徒会長なのか、ソウジは分かったような気がした。
「さーて、邪魔な黒のガキも行ったことだし、フェリスたんといちゃラブであまあまな時間を過ごすわよ!」
最後の言葉は聞かなかったことにしたソウジであった。
☆
交流戦の試合会場はランキング戦の時と同じように結界の中で行われる。魔法で作った空間の中ならばどれだけ派手に暴れても問題が無いうえに、様々なフィールドを作り、試合によって変えていかなければならない交流戦においては実際に会場を作るよりもはるかに楽だ。
闘技場に集合した選手たちは、試合開始の合図を待つ。観客たちは選手たちに歓声を送っている。やがて魔法で拡声された声が、闘技場の中に響き渡った。
「第一競技、開始っ!」
その声と同時に、ソウジたち選手は結界の中へと転移された。次にソウジたちの視界に現れたのは、緑豊かな自然の風景だった。下は芝生。近くには池があり、岩があり、森がある。小鳥のさえずりが青空の下で響き渡り、ゆったりとした自然がそこにはあった。
「じゃあ、さっそくクリスタルを探しましょう」
と、今回のリーダーを任されたニコラが指示を出しはじめる。
「アイザック、あなたは偵察。チェルシーちゃんはわたしとアイヴィと一緒にここから周囲を見張って。ソウジくん、クラリッサちゃん、デリック、ルークはクリスタルを探しに行って。もしクリスタルの探索途中で敵を見つけた場合は魔法で報告して。戦闘になった場合まずはわたしに連絡をとればいいから。それと、いくらかのポイントを手にしたらこっちに戻ってきて、アイヴィに全部持たせるから」
あらかじめソウジたち選手には連絡をとれるように専用の魔道具が支給されている。とはいえ、有効範囲が決められているので離れすぎていれば連絡はつかないし、空気中に漂う魔力の残滓が不安定だと同じように連絡が取れなくなる。形はピンマイクに少し似ていて、これをつけていれば心の中で念じるだけで会話が出来るようになる。
「ふぇぇぇっ……わ、わたしにですかぁ?」
「もともとそういう作戦だったでしょ」
今回は手に入れたポイントをすべて一人に集めて、その一人が持っているポイントを死守するという作戦だ。その一人というのが、生徒会に所属している学園順位第六位のアイヴィ・シーエルである。
「というわけだから、ルーク。さっそくあなたの星眷の出番よ」
「ほいほい。りょーかいだよ、ニコラねーちゃん。さあ、出番だよっ! 『ジェミニ・シャドウ』!」
ルークがその名を唱えると、彼の緑色の魔力が光り輝きだした。やがて彼の手には小太刀が現れ、そして彼の周囲に黒い影が現れた。その黒い影はもぞもぞと動くと人の形に変わった。
これが彼の『ふたご座』の星眷、『ジェミニ・シャドウ』である。
(影を自在に操る星眷か……たぶん、人以外の形にも出来るんだろうな)
ソウジがそう思った通り、いくつかの影は人以外にも四足歩行の獣にも姿を変えていた。また、空中で魚のような姿にもなっている。おそらく水中での探索も出来るようにということだろう。
「へっへーん! どうどう? すごいでしょ、ボクの星眷!」
えへんと胸を張るルーク。実際、彼の星眷は強力な物だということがソウジにも分かる。どんな形にも変えられる影というのは便利で汎用性も高い。今は様々な生物の形にしているものの、状況によっては武器や遮蔽物にも変えられるということだし、影一つ一つにこめられている魔力も相当のものだ。コントロールもそれこそまさに自由自在で申し分ない。流石は『皇道十二星眷』といったところだろうか。
「さあ、クリスタルを探しに行って」
ルークが指示を飛ばすと、影はそれぞれの方向へと散っていった。これならば単純にクリスタルを探すことだけを考えれば数の面でこちらが有利に立ったことになる。
「よーし、俺たちも探しに行こうぜ。ルークのやつに負けてらんないし」
デリックの言葉に頷き、ソウジたちもクリスタルを探しに散っていった。
☆
しばらく歩いてからソウジはクリスタルを見つけた。地面に落ちていたのを拾う。形は手のひらサイズで、手に取るとクリスタルが淡く輝きソウジの斜め上後ろ辺りを浮遊しはじめた。クリスタルには『5』という数字が表示されており、どうやらこれで五ポイントということらしい。
次に、ソウジは池の中に沈んでいるクリスタルを見つけた。『黒鎖』でクリスタルを引き上げる。今回見つけたクリスタルも同じく『5』と表示されていたものだ。手に取ると、クリスタルが淡く輝きソウジの周りを浮遊していたクリスタルの方へととんでいき、一つとなった。形が一回り大きくなったクリスタルは『10』という数字が表示されている。
(なるほど。こうなっているのか)
もともとクリスタルを手にしている者が別のクリスタルを手にすると、もともと持っていたクリスタルと融合して一つになる仕組みだ。クリスタルはポイントが上がるごとにサイズを大きくしていくということなのだろう。
(つまり、持っているポイントが大きくなればなるほど的がデカくなるってことか)
所得するポイントが大きい状態で戦闘を行うとなれば的が大きくなったクリスタルを護りながら戦わなければならない。
生徒たちにポイントを分散させていると、ポイントを一人に集めている場合よりも失うポイントは少なくて済むだろうが、これはポイントを多く集める競技だ。仮にうまくポイントを集めることが出来たとしても、いくら生徒たちにポイントを分散させていてもポイント数が高くなればなるほど一人一人の負担が増える。一人にポイントを集めるという今回の作戦は確かに有効なのかもしれない。
一人じゃなくても二人、三人程度にポイントの分散を止めるという作戦もあるが、こちらにいるアイヴィの持つ星眷の能力を考えると今回は確かにアイヴィ一人に預けるのが正しいのかもしれない。
ソウジは周囲を警戒しながら、指示通りもとの場所に戻り、アイヴィに得た分のポイントを譲渡しに行った。
☆
ルークの『ジェミニ・シャドウ』による影人形たちはそれぞれ五ポイントずつクリスタルを見つけてきて、かなりの数のクリスタルが集まった。しかし、いくつか途中で破壊された影人形もあるらしい。しかしそれは想定内である。
「ルーク。あなたの影人形はどの地点で破壊されたか分かる?」
「んーと、こことここかなぁ?」
アイザックの偵察でこのあたり周辺の地図を早々に書き上げたニコラは、ルークにどのあたりで影人形が破壊されたのかを聞きだした。これによって、敵がどのあたりにいたのかがおおよそ分かる。
「破壊していったのは獣人族だったの?」
「うん。そうだよ。今回破壊されたのは五体だけど、それ全部、獣人族の生徒が破壊してったもん。なんかすっごいうるさかったなぁ」
「ふむ。獣人族以外の他のチームの動きが分からないわね……まあ、わたしがいれば問題ないけど。とりあえず、ここからは作戦の段階を一つ勧めましょう」
『おお、待ってました!』
ワクワクしたような声をあげたのはルークとデリックである。
「敵チームもそろそろクリスタルを集めたころでしょう。ここで一気に叩き潰して、相手のポイントを奪いにいくわ」
今回、このメンバーが選ばれた際に二種類の役割に分担されている。
一つはニコラ、アイヴィのような『得たポイントを護る』という役割。
もう一つは、あとのメンバーのような『相手のポイントを得る』という役割である。
この人数の片寄りからしてエリカが「ガンガン攻めて相手のポイントをぶんどる」という戦法を重要視しているのが分かる。本人の性格もあるのかもしれないが。
「――――『ピクシス・フューチャー』」
ニコラがその名を告げると、今度は彼女の赤い魔力が輝きだした。そして彼女の目の前に赤い輝きを帯びた羅針盤が眷現する。これが彼女の『らしんばん座』の星眷、『ピクシス・フューチャー』なのだろう。
彼女の持つ星眷の能力は攻撃を含めた相手の動きの予測・及び未来予知である。
ニコラは羅針盤に魔力を込めて瞑想状態のようなものにはいった。だが、すぐにピクッと反応をその表情に示す。
「アイヴィ、潜りなさい!」
鋭いニコラの言葉に、アイヴィはびくっと震えながらも咄嗟に反応した。
「ふぇぇぇっ! で、『デルフィヌス・ダイバー』っ!」
涙目になりながらもアイヴィは青い魔力と共に『いるか座』の星眷、『デルフィヌス・ダイバー』を眷現させた、彼女の両手に腕輪が現れ、そしてアイヴィはとぷんっという液体のような音と共に地面の中に消えた。彼女の星眷の能力は特殊な魔法空間を構築して人以外のあらゆる場所に潜り込むことが出来るというものだ。
そしてアイヴィは肥大化したクリスタルと共に地面の中に潜り込んだ。その直後、さきほどまで彼女のクリスタルのあった場所に魔法の矢が殺到した。
「敵襲か!」
「でも、姿は見えないね。ということは……」
「姿を消している。そういう魔法が発動しているんですよ」
デリック、ルーク、ソウジがすぐさま敵の襲来に反応する。周囲を見渡してもそこに人がいる様子はない。だがチェルシーはネコミミをピクピクとさせて、じっと空間の一点を見ている。
「……さっき、何もない場所からいきなり矢が撃ち込まれた」
「ということは、ソウジくんの言うとおり敵は姿を消しているようね。魔法の気配はないし……なるほどね」
ニコラは自身の星眷の力でその襲撃者の正体を一気に看破した。
「敵はドワーフ。彼らの開発した魔道具で姿を消しているようね」
ニコラは周囲を見渡した。既にチェルシーが視たという攻撃地点から彼らは移動している。
「どうやら、足音まで消せるみたい。さっきから足音がぜんぜん聞こえない」
クラリッサの言葉にニコラはふんっと変わらないクールな表情をしている。
「足音を消したって無駄」
言うと、ニコラはデリックの右の方向へと視線を向けた。
「デリック、右から来るわ」
「了解っと」
言われると、デリックは同時にその身を捻って、右の空間から現れた閃光をかわした。
「次はソウジくんとアイザック。背後から剣で襲い掛かってきてるわよ」
アイザックはその言葉にソウジもニコラの言葉に反応して背後を振り返る。だがそこには一見、何もないように見える。ただの景色が広がっているだけだ。しかし、不意に空気が揺れた気がしたソウジは『黒壁』を発動させた。そこには何もないはずなのに、『黒壁』に刃が激突したような音が響き渡る。
ソウジは咄嗟に『アトフスキー・ブレイヴ』を眷現させ、魔力を集約させる。
「『黒刃突』!」
自分で発動させた『黒壁』ごと、『黒刃突』を叩き込み、黒刃を貫通させる。すると、その壁の向こうに何かにあたった確かな感触があった。見てみると、何もない空間から人の形をしたノイズのようなものがはしった。やがてそれは鮮明になり、小柄で褐色の肌をした一人のドワーフが倒れこんだ。そのドワーフは全身にメカメカしいギプスのようなものを体中に装着していた。
「な、なんだこれ?」
「それが姿を消すことのできる魔道具のようね。相変わらず、ドワーフの鍛冶……いや、魔道具製作能力には舌を巻くわ」
淡々と言うニコラ。どうやら去年もドワーフは最新の魔道具技術を使って戦ってきたらしい。
もともと鍛冶能力にたけていたドワーフだったが、過去の勇者たちがもたらした技術によって彼らの持つ鍛冶能力は大きく姿を変えた。そして現在は、この世界における最新の魔道具技術を保有している、言うなれば魔法科学者とでも言うべき種族なのだ。
「でも、いくら姿を消したとしてもわたしの星眷の前には無意味だわ。…………レゾン、そこで突っ立っていないで、そろそろ姿を現したらどうかしら?」
ニコラがじっと空間のとある一点を見つめながら、言葉を向ける。
「ひっひっひっ。さすがはニコラ・ヘイマー。予知能力は健在ですか。まさか新作の『インビジブルスーツ』をこんなにもアッサリと看破されるとは」
「あなたも相変わらずね、レゾン・ヘイドン。わたしじゃなかったら危なかったわよ」
「ひっひっひっ。そのセリフ、去年も聞きましたねぇ」
やがて、ニコラが睨んでいる場所からすぅーっと姿を現したのは、眼鏡をかけた褐色のドワーフだった。なぜか制服の上から白衣をまとっており、今ソウジが倒したばかりのドワーフと同じように『インビジブルスーツ』なるギプスのようなものを纏っていた。
その只者ではなさそうな雰囲気に、交流戦も一筋縄ではいかないことをソウジは肌で感じ取っていた。