第六十一話 偶然の出会い
ブラウは『下位層』にある隠れ家への帰還を果たしていた。戻ってきたブラウの様子を見て、他の魔人たちがそれぞれの反応を示す。
「あァ? ブラウ、てめぇなんだそのザマは」
「わー。ボッコボコにされてるじゃない」
「フム。盛大にやられた」
淡々と報告を行うブラウ。他の魔人たちはブラウがこれだけのダメージを負ったことにかなりの興味を示していた。魔人は通常の邪人を上回る力を持つ。並みの星眷使いではこれだけのダメージを負わせることなど不可能だ。
「ほほぅ。お前がそれだけやられたということは、例の黒騎士というやつか?」
「ああ。我が剣の力を使ったが、それでもこのザマだ」
ゲルプは興味深そうにブラウの負ったダメージを眺めている。実際、彼ら魔人が生まれてからこれだけの傷を負った経験はそう多くは無い。
「リラ、巫女の件だが確認はとれなかった。言い訳をするつもりは無い。我のミスだ」
「黒騎士の邪魔が入ったのだろう? マリア姫が巫女が否かの確認はまた別の機会にでもとる。幸い、まだ交流戦まで時間はあるからな。忌々しい『七色星団』の邪魔が入りにくい今こそが好機。次は逃さんぞ」
「ああ。それは分かっている。我もこのまま引き下がるつもりはないからな」
そう言い放ったブラウの様子を見て、リラは首を傾げる。
「だがブラウよ、珍しく楽しそうだな。黒騎士との戦いはそこまでお前を満たしてくれたのか?」
リラの言葉にブラウはその不動であった表情を崩した。
「ああ。また奴と戦うのが待ち遠しい」
「オイオイオイオイオイ! なんだなんだずりぃぞブラウ! おいリラ、今度はアタシにやらせろ! その黒騎士って奴をぶっ潰してやるぜ!」
「構わんが、そうするにしても今はまだ時ではないな。特にお前が戦うと目立つ。お前を動かすとなれば、また更に気を待つ必要がある」
☆
学園内で謎の襲撃者が現れたことはあっという間に学園中に広がった。それはもちろん王都中にも広まっているということである。昨日の戦いはとにかく音も派手だったし目立った。そうでなくとも魔族の大陸の姫が襲撃されたのだ。嫌でも噂は広まる。警備体制への指摘が懸念されたものの、幸いといっていいのか、黒騎士の姿に変身したソウジが現れたということで市民たちの関心はそちらの方に向いていた。
新聞ではまた『黒騎士、夜の学園に参上!』という見出しが紙面に躍っており、市民や生徒たちは興奮したように『王都を護る謎の騎士』の存在について熱心に議論を交わしていた。そしてもう一つ。獣人族側にとって幸いだったのは昨夜のマリア姫襲撃事件と黒騎士の出現によって、ギデオンがしでかした問題行動も生徒たちの関心の眼から逸れた。
しかし、マリア姫襲撃事件によって交流戦の日程が一日ズレることになった。何しろ魔族側の出場選手が三名も襲われたのだ。マリアの傍にいた二名の魔族の少年たちは幸いにも意識が失われていただけで大した怪我はなく、今日一日休めば問題なく翌日の交流戦には参加できるそうだ。マリア姫は大きな怪我もなかったので同様である。
襲撃事件が起こったことで交流戦の開催も危ぶまれたが、しかし今回は魔族が参加するはじめての交流戦。『四大陸魔法学園交流戦』が『五大陸魔法学園交流戦』に名を変えてはじめて行われる、記念すべき第一回大会である。そうおいそれと中止にするわけにもいかないという事情も絡んでいる。
時間が一日空いたことで選手たちには体をゆっくり休めるように言い渡された。ちなみに他の大陸の選手たちは、交流戦が終わるまで学園内に建てられた専用の尞で寝泊まりすることになる。学内は選手やその応援で駆けつけてきた生徒たちで賑わっており、様々な種族の交流する光景がそこら中で見ることが出来た。図らずも、襲撃事件によって生まれた時間が交流戦本来の目的を果たしていることになる。とはいえ、生徒たちの話題の中心はやはり昨夜学園に現れた黒騎士のことで、その黒騎士本人であるソウジからすれば少しげんなりとしなくもないことではあったが。
「ソウジくん、どうしてそんなにも落ち込んでいるんですか?」
「あー、だってさぁ……噂にかなり誇張が入っているっていうか……」
「まあ、噂ってそういうもんだしね。本人の知らない間に尾ひれがついたりするものよ」
「……ソウジ、がんば」
ソウジたちは、ルナとブリジットの暮らす小屋までの道のりを歩いていた。ルナの様子を見に行くためだ。昨夜はマリア姫襲撃事件のせいで色々とバタバタして見に行けなかったからだ。特にソウジはあの後、黒騎士としての姿を生徒たちに目撃されたので身を隠したりなんなりとでルナのところまでいけなかった。クラリッサとルナはどうしてあんな場所にいたのかをたずねられたし、その時にソウジのことも辻褄を合わせるので大変だった。
「それにしてもマリア姫を襲撃したその『魔人』というのはいったい何者なんだ?」
「さぁな。だがやつらはとにかく強い。次も来るとしたら厄介だな……」
今回は何とか『トルトニスモード』の力で退けることは出来たものの次も何とかなるかどうかは分からない。それにあんなのが何人も同時に襲ってきたらさすがのソウジも今回のようにはいかない可能性が高い。
だがそれでも、やらなければならない。
一人で戦っているわけじゃない。
そして、一人だけの問題でもない。
護らなければならない存在が、ここにいるのだから。
ルナとブリジットの暮らしている小屋にたどり着くと、扉をノックする。少ししてから内側から扉が開き、中から私服姿のルナが現れた。
「あ、みなさん」
「様子を見に来たんだけど、もう大丈夫なのか?」
「はい。すっかり元気になりました。みなさんのおかげです」
どうやらもう本当に体調を取り戻したらしい。ルナは自然に笑みを浮かべていた。その後、小屋の中でお茶をいただくことになった。その後、ルナはこれから買い物に行くと言いだし、まだ体調が戻ったばかりで心配になったソウジ達はついていくことにした(どちらにしろ、荷物持ちとしてついていくつもりだったのだが)。
学園の外に出てみると王都はまだまだ賑わいを見せており、人の数が多い。王都の観光を楽しんでいる者が多いのだろう。だが人の数が多くなるという事はそれだけトラブルが発生する確率も高まる事であり、ましてや今回は様々な種族が一ヶ所に集まっているのだ。王都を守護する騎士団にとっては忙しい日々が続くことになるだろう。既にあちこちでちょっとした小競り合いのようなものが起きてそれを各大陸からやってきた多種族騎士団連合が諌めに回って忙しそうにしている。
そしてこれだけ人が多いと移動も大変なので、ルナから買う物をリストアップしてもらい、手分けしてそれを買いに行くことにした。昨日、巫女を狙う魔人に襲撃されたばかりで心配になったソウジはルナについていくと決めた。また、ルナはまだ体調が回復したばかりで心配なのでフェリスにもついてきてもらうようにする。ソウジ、フェリス、ルナ組とクラリッサ、チェルシー組、そしてオーガストという三組に分かれて買い物を行う。
混雑する中を通るのは結構、体力を使う。ソウジははぐれないように二人の手を両手で繋ぎながら歩いていく。
「二人とも、大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます、ソウジさん」
「わたしも大丈夫です、ソウジくん」
「大丈夫ならいいけど、それでもちゃんと周りは警戒しろよ。二人とも可愛いんだから、誰かが変なことしてくるかもしれないし」
何しろ二人ともかなりの美少女だ。この人ごみに紛れて変な気をおこす輩が出てこないとも限らないし、狙われているという事も十分にあり得る。
そういった理由からソウジが何気なくぽろっとこぼした言葉だったのだが、フェリスとルナの二人は照れたように頬を赤く染めた。「か、かわいい……」ともごもごと何かを呟いていたが、幸いにも(?)ソウジには聞こえなかった。何しろこれだけの人がいるのだから周りの雑音で小声なんて聞き取れない。
やがて、人混みをかきわけながら何とか目的のお店に到着した。そのお店は新鮮な野菜や果物を取り扱っているお店である。そのお店で目的のものを購入してから次のお店に行こうとしたその時、
「あっ」
ルナの隣にいた小柄な、ローブに身を包み頭をすっぽりとフードで覆った少女が転んだ。どうやらその小柄な体のせいで人混みでバランスを崩したらしく、手に持っていた紙袋から色鮮やかな果物がごろごろと転げ落ちる。
「大丈夫?」
ソウジは咄嗟に少女へと手を貸す。
「ご、ごめんなさい。大丈夫です」
その少女はフードで顔を覆っているせいで顔は良く見えなかったが、その体格からしてルナと同じ十四、五歳ぐらいだろうかという推測は出来た。ソウジたちは三人で少女が落とした果物を拾い集めて紙袋に詰める。
「はい、これ」
「ありがとうございます。ごめんなさい、迷惑かけて……」
「ぜんぜん迷惑なんかじゃないよ。それよりも、一人? 誰か付き添いとかは……」
「ソウジくん、こんなところで女の子を口説くのはやめてください」
フェリスがジトッとした目でそんな身に覚えのないことを指摘してくる。しかもなぜかルナまでもがフェリスと同じような目をしており、自分の信用の無さに苦笑するしかない。
「違うって。こんな人混みだから、誰か付き添いがいてくれた方がさっきみたいにバランスを崩さないようになるのになって思ったんだよ」
「えっと……兄がいるんですけど、今はちょっと外出してて。それでその間にお買いものに出かけてたんですけど、ちょっと道に迷ってしまって」
この人混みなのだからはぐれてしまうのも無理はない。
「そうなんだ。大変だったね……えーっと、ちなみに家はどこに?」
「あ、わたし外から来たんです。だからこの街にある宿に泊まっていて」
「なら、その宿の名前を教えてくれませんか? わたしたちはこの街に住んでいるので、わかるかもしれません」
フェリスに言われてその少女は宿の名前を口にした。幸いにも、ソウジたちの知っている宿だった。
「なら、案内するよ」
「いいんですか?」
「勿論。俺はソウジ、君は?」
ソウジに名前をきかれて、その少女は自分の名前を口にした。
「わたしはユキといいます。よろしくお願いします」
☆
その後、フェリスとルナも自身の名前を名乗り、その宿へと向かうことになった。
ユキとフェリス、ルナの三人は歳の近い女の子同士ということもあってかすぐに意気投合した。
「ユキさん、十四歳なんですか? だったら、ルナと同い年ですね」
「ルナちゃんも?」
「はい、今年で十五歳になります」
思えば、同い年の少女とルナが一緒にいるところはあまり見たことが無かった。ルナも心なしか楽しそうだ。普段は同じぐらいの年頃とはいえソウジたちは年上だ。特に今ぐらいの子供にとってたとえ数字上は一つだけでも、年上という存在は思った以上に大きく見える。ましてやルナは学園の生徒ではない。やはり自分と同じ年の女の子と一緒にいて話すことが出来るというのは大きいのだろう。
実際、ルナも彼女の事は「ユキちゃん」と言っているし、さっそく仲良しになっているのでソウジとしてはなんとなく安心する。
「ユキちゃんは、どこから来たのですか?」
「んと……ずっと遠くのところ、かな」
どこか口ごもった様子になったユキ。どうやらその辺りはあまり触れられたくないらしい。そういったことはルナにしてもフェリスにしても察してやれる子なので何も言わない。
「わたし、お兄ちゃんと二人でずっと旅をしているんです」
「お兄さんと二人で?」
驚いたような表情を見せるフェリス。それはソウジとルナも同様だ。
二人で旅をしているという事は両親はいないということだ。
「はい。お兄ちゃんは冒険者をしてるんですけど、行く先々で依頼を受けてそれでお金を稼いでくれて……いつも無茶ばっかりするから、心配なんですけどね」
実はこれは珍しいケースではない。両親を何らかの理由で失ったり、自分たちだけで自立しなければならないようなことになった場合、その子供たちがなるのは冒険者という職業が多い。冒険者ギルドに登録すればそれだけで冒険者になれるし、依頼ならば冒険者ギルドに舞い込んでくるものをこなせばそれだけでお金を稼げる。依頼は薬草採取から魔物退治まで様々で、簡単な依頼をこなして日銭を稼ぐことぐらいは子供でも出来る。とはいえ、それだけで生活していけるほど甘くはないのが現状だが。
「ちなみにそのお兄さんっていうのはいくつなの?」
「十五です。ちょうど、わたしの一つ上……ソウジさんと同い年ですよ」
「へぇ。じゃあ、ユキのお兄さんっていうのはかなり強いんだな。俺たちと同じ年で冒険者としてもう立派に独り立ちしているなんて、凄いよ」
「ふふっ。確かにお兄ちゃんはとっても強いですけど、でも見ていて危なっかしいというか……」
「危なっかしい、ですか?」
首を傾げるフェリスにユキは苦笑する。
「お兄ちゃん、困っている人を見ていると放っておけない人だから……いつも無茶ばっかりしてるんです。よく依頼をされてもいないのに人助けしたり。良いことだとは思うんですけど、妹としてはちょっと心配で」
「それはユキさんも大変ですね」
「ソウジさんみたいです」
「俺?」
きょとんとした顔を浮かべるソウジにフェリスとルナはため息をつく。
「人に無茶するなとか一人で頑張らなくていいとかいっといて、ソウジくんは自分一人でなんとかしようとしたりするし」
「人を助けているところや一人で戦おうとしているところもそっくりです」
どうやら黒騎士に変身して邪人と戦っていることを言われているようだ。しかし、邪人にまともに対抗できるのはソウジの黒騎士しかないのだから仕方がないと思う。
フェリスとルナの二人からジトッとした目で見られ、ユキにはクスクスと笑われるという状態に苦笑するしかなかったソウジだが、目的の宿が見えてほっと一安心した。
「あ、ここです!」
ユキは目的の宿を見た瞬間に安どのため息をついた。やはり知らない街で一人で迷うということは不安だったのだろう。
「みなさん、本当にありがとうございました。わたし一人だったらどうなってたか……」
「気にしないでいいよ。俺たちも、ユキと話せて楽しかったし」
「はい。わたしも、ユキちゃんとお話ができてとても嬉しかったです」
「わたしも、ルナちゃんとお話しできてたのしかった。普段、わたしって同い年の女の子とお話が出来る機会がないから……」
どうやらユキもルナと同じような環境らしく、二人はとても嬉しそうに微笑んでいる。
「ふふっ。ならまたみんなでお話しましょう。今度はわたしたちのギルドの仲間も誘いますから」
「はいっ! あ、交流戦には絶対に応援に行きます、頑張ってくださいっ」
☆
ユキは、ソウジたちを見送ると宿の中に入ろうとした。
「ユキ!」
だがそこで、兄の声を聞いて振り向く。兄の声を聞くと安心する。やはり知らない街で迷子になってしまったことはかなり寂しかった。
「お兄ちゃんっ」
「うん? どうしたんだ、なんか不安そうだぞ。……まさか、またあいつらが…………」
「違うよ。実はちょっと迷子になっちゃって……」
「なにぃ!? な、何もなかったか? ヘンなことされたり、不審者に出くわしたりは……」
「してないから大丈夫だよ」
苦笑しつつ、迷子になったところをソウジたちに出会って、送ってもらったことを話した。
「そっかぁ。友達ができてよかったな、ユキ」
ぽん、と頭に手を乗せられる。それがユキにとっては心地良く、安心する。
「その送ってもらった人たちってあいつらか?」
兄が指をさした方には確かにソウジがいた。そしてソウジの両隣りには美しい金色の髪が揺れている。
「うん。そうだよ」
「そっか、ならお礼しないとな……おーい! ユキを送ってくれてありがとなぁ――――!」
まだ声は届く距離だったので大声をはりあげて手を元気いっぱいに降る。
「もうっ、恥ずかしいからやめてよお兄ちゃんっ!」
ユキに怒られた兄は、しょぼんと肩を落としていた。
☆
「元気なお兄さんですね」
ルナはくすっと柔らかな笑みを浮かべて、後ろでユキに怒られてしょぼんと肩を落としている少年を見ていた。白いコートに身を包んだ少年だ。
「でも、とっても妹さん思いなんですね。冒険者をしながら妹さんと二人で旅をするなんて、なかなか出来ることではありませんから、って……」
フェリスがふと、ソウジの方へと視線を向ける。
ソウジはユキの兄をじっと見ていた。
「ソウジくん?」
「ユキちゃんのお兄さんが、どうかしたのですか?」
「いや…………あいつ……」
ソウジはあの少年をはじめてみた。そのはずだ。しかし、あの少年からは何かを感じる。強さとかそういったものではなく……自分と似た、何かをだ。
「なんでもない。それよりも、はやく戻ろうか。クラリッサたちが心配しているかもしれないし」
ソウジはあの白いコートを纏った少年に背を向けて歩き出した。
そして翌日――――交流戦開催日の朝がやってきた。