第六十話 トルトニスモード
目の前に存在する『魔人』から、ソウジはこれまで戦ってきた『邪人』とは格が違うことを悟った。青い鎧に身を包んだ目の前の存在はソウジの鎧のような『騎士』というよりも歪な『怪物』のようなデザインをしている。だが、それに加えてソウジは気になることがあった。
(さっき、マリアさんに対して『巫女』の可能性を示してみろって言ったけど……ということは、)
この魔人の発言から、『巫女』と呼ばれる存在が複数いるということが予想される。つまりルナの他にも『巫女』と呼ばれる存在がおり、そして目の前の魔人なる存在は『巫女』を探している。そしてまだ彼らにも誰が『巫女』なのか分かっていないのだ。候補はつけているが、まだ確定しているわけじゃない。だからマリアが『巫女』なのかどうかを確かめようとしていた。
ルナのパターンを考えると、おそらく命の危機に陥った時に『巫女』であるかどうかが判明するのだろう(あくまでも予想だが)。
(どっちにしろ、ルナにこんな危険なヤツを近づけるわけにはいかない)
目の前にいる魔人は明らかにこれまで戦ってきた邪人たちとは格が違う。この姿に変身しなければおそらく魔人には対抗できない。だからこそ、戦わなければならない。それほど危険な相手にルナのことを知られるわけにはいかないし、ソウジの大切な仲間たちにも危害が及ぶかもしれない。
「いくぞ、黒騎士よ」
青の魔人ブラウはそのボディーカラーと同じ青い剣を構えると、一直線にソウジに斬りかかってきた。ソウジは自身の鎧の色とは反対の白銀のカラーリングをした剣を構えてブラウに立ち向かう。刃と刃が交錯し、夜の空気中に火花を散らした。
相手の剣は真っ直ぐで、それでいてかなり力強い。
単純ともいえるが、単純だからこそその動きに迷いがなく、強い。
「ハッ!」
ブラウがまっすぐ振り下ろした剣をステップで真横にかわそうとしたが、咄嗟にソウジはその場から勢いよく飛び退いた。その直後、ブラウが振り下ろした剣の刃が地面に激突し、強大な地響きと共に地面が爆ぜた。さっきこの場に駆けつけてくる時に聞こえてきた地響きの正体を視認すると共にその剣の力強さをあらためて実感する。さきほどのようにステップで最小限の回避を行っていたら危なかった。
だが回避の次はこちらの反撃だ。
ソウジは『アトフスキー・ブレイヴ』の刃を振るう。闇夜に描かれた白銀の軌跡が青い鎧に吸い込まれていく。だがその刃は途中で、その鎧と同じ色の刃に受け止められた。今度はすかさず相手の反撃。ソウジの刃を弾き、そしてまた鋭く、重く、力強い一閃が繰り出される。
避けて、振るい、弾き、そしてまた避ける。
そうした剣のやり取りが何度も繰り広げられた。
(このままじゃ埒があかない)
そう感じたソウジは相手の一撃をかわすと同時に今度は『黒鎖』を繰り出す。青の剣が鎖に巻きつけられ、固定される。だがそれも一瞬だけだった。ブラウが強引に鎖を引きちぎったのだ。しかし、一瞬だけでも動きが止められたらよかった。刃に魔力を集約させ、ソウジはその一撃を放つ。
「『黒刃突』!」
繰り出された突きの一撃。
剣によって防がれたものの、さながら大砲のような一撃を叩き込まれたブラウはそのまま大きく後ずさった。この機を逃さず背後に転移して、更なる追撃を叩き込もうとした。
「――――!」
が、ブラウはすかさず反応して振り向きざまに斬りかかる。ソウジはその刃に弾かれて後退した。追撃の流れを一気に断ち切ってきた。やはりこれまでの邪人とは違ってかなり手強い。
「……なるほど。強いな」
ブラウはじっとソウジを見ながらポツリと呟いた。
「が、我には我の使命がある。よって、ここで終わりにさせてもらう」
告げると、ブラウは全身から魔力を解放した。青色の水属性の魔力。だがその魔力はどこか禍々しい。邪人の魔力そのものだ。やがて水の魔力がブラウの持つ剣に集まり、収束し、研ぎ澄まされていく。
「『青音斬』」
詠唱と共に、ブラウは剣を振り下ろした。かなり高密度の魔力が水の斬撃となって、音速のスピードでソウジに襲い掛かる。だが、相手が魔力を集めていた段階でソウジも対抗するように魔力を集め、その攻撃の準備を整えていた。
「『魔龍斬』!」
黒い刃の一撃を振りおろし、ブラウの『青音斬』と真正面から激突した。
魔龍の刃と音速の斬撃。
互いが互いを食いきらんとするかのように轟音が響き渡り、やがて二つの魔法は同時に爆ぜた。
「ッ……!」
ソウジは爆発の衝撃に巻き込まれて大きく吹き飛ぶが、咄嗟に体勢を立て直す。相手は斬撃を放っていたのでもともと距離は離れており、爆発には巻き込まれなかった。開いた距離。だがその距離はソウジの前に意味をなさない。転移魔法で一瞬で距離を詰めて、再び斬りかかる。
「ム……!」
襲い掛かってきた刃に驚いたような反応を見せるブラウ。今の一撃で仕留めきれなかったことに驚愕していた。ソウジはこの隙を逃すまいと刃を叩き込んでいく。しかし、その連撃はすぐに止まった。自分の刃、そして体中に起きた異変をすぐに察知する。
(凍ってる……!)
白銀の輝きを放つ『アトフスキー・ブレイヴ』の刃の所々が、邪悪な魔力によって生み出された氷によって浸食されていた。そして黒い鎧も、その所々が氷に覆われてしまっている。
「……まさか、これを使うことになろうとはな」
ブラウの言葉に思わずソウジは、彼の持つ青い剣へと目を向ける。その剣からは先ほどとは違い、冷気のようなものが放たれていた。
「なるほど。氷の力。それがお前の剣の本当の力ってわけか」
「然り」
ブラウの持つ剣はやがて吹雪を纏っていた。水属性はその名の通り『水』の力を持つが段階が上がると『氷』の力も有するようになる。ブラウもそれだけの力を有していたということ。
(さっきの斬撃に氷の力を上手く混ぜられてたってことか)
そしてその後、ソウジはブラウに何度も攻撃をうちこんだ。あの剣に、だ。その間、ブラウは氷の力を解き放ち攻撃を受け止めるたびにソウジの鎧を氷で浸食していった。そうすることでソウジの動きを徐々に封じていたのだ。
「褒めてやろう。我にこの剣の力を使わせたことを」
一歩、また一歩とブラウは距離を詰めていく。あの剣の力は厄介だ。何しろ攻撃をしたとしても、あの剣で受け止められるだけでこちらが凍らされていく。かといって、避け続けてもジリ貧だ。勝機があるとすれば遠距離からの攻撃。だがソウジの持つ遠距離攻撃手段は『黒矢』をはじめとした通常の魔法攻撃、もしくは『リキッドモード』による液体操作によって生み出した水の刃。だが相手は水属性だ。水属性に水属性をぶつけても効果は薄いし、浸食してくる氷に対する耐性が薄くなるだけだ。
氷に対しては焔ならどうだとも考えたが、この氷はあくまでも『水属性の魔力で生み出された氷』だ。水属性に弱い火属性の焔では『五大属性の法則』で氷の浸食は免れない。つまり『レーヴァテインモード』に変身しても、攻撃は通じないと見ていい。
つまり今ソウジに必要なのは水属性に強い雷属性の力。
その属性を頭に浮かべた瞬間、ついさっきまで一緒にいたイヌミミ少女のことを思い出す。そうだ。今の自分は一人じゃない。元気でかわいらしい笑顔を浮かべるあの頑張り屋さんの少女の笑顔を護ることが出来るのも、今は自分だけなのだ。こんなところで絶対に負けるわけにはいかない。
(こんなところで、負けてたまるかッ……!)
ソウジが決意を新たにしたその時。
不意に、左手のブレスレットが輝きを発した。
その光景は以前にも目にしたもので、ブレスレットからまた新たなる力が流れ込んでくるのを感じる。その力はとても温かく、ソウジの心を支えてくれる。やがて黒い鎧は紫色に染まり、手にしていた剣もその形を変えて紫色の杖へと変わる。それはさきほど脳裏をよぎったあのイヌミミ少女の持つ星眷にそっくりの形をしていた。更に鎧を雷の力が優しく包み込み、浸食していた氷を砕く。
紫色の雷の力を宿した鎧。『トルトニスモード』といったところか。
「我の氷を砕いただと!?」
鎧の色が変わったのは今回で三度目だ。そしてそのいずれもが、ソウジの仲間の力が流れ込んできたものだ。『レーヴァテインモード』はフェリス。『リキッドモード』はオーガスト。そして今回の『トルトニスモード』はクラリッサだ。
護るつもりだった。護っているつもりだった。だがいつも、結局のところはソウジは仲間に支えられえている。邪人や魔人を相手に戦えるのはソウジだけでも、一人で戦っているという気はしなかった。自分しかいない、などというのはただの思い上がりだった。
「黒騎士、その力はいったい……」
「さあな。そんなの、自分で考えろ」
言うと、ソウジは杖へと姿を変えた『トルトニス・ブレイヴ』を軽く振り回す。そして雷の力を蓄積させたその杖から、雷の閃光を放った。
「ムッ……!」
ブラウは唸ると刃でその雷を受け止めた。だがその隙にソウジは転移を行っており、杖から雷を放出し、それを刃の形へと変えて振り下ろした。ブラウは氷の力を放出しながら受け止めるが属性の相性からか氷の力は完全に弾かれていた。そして徐々にソウジがブラウを押し込んでいく。
ブラウは押し負ける前にその場を退くが、ソウジが逃がさない。杖を振るい、次々と雷の閃光を放つ。
「チッ」
剣を振るって空気中に氷の壁を作って攻撃を防いだものの、ソウジにとってはその行為そのものが隙だ。すぐさま転移魔法で後ろに回り込む。この隙を逃すまいと一瞬で魔力を練りあげて収束させていく。やがてそれは大きな魔力の束となり、刃となった。練り上げたその力を、一気に振り下ろす。
「『魔龍雷斬』!」
ブラウは振り向きざまに瞬時に魔力を練りあげて、『青音斬』を放った。激突する力と力。だが『五大属性の法則』によって雷属性の『魔龍雷斬』は『青音斬』を撃ち破った。更にブラウは剣を盾にしてその攻撃を防ごうとするも、今度はその剣が砕け散る。雷の一閃はそのままブラウの体を斬りつけることに成功した。
「…………ッ!」
激突の末、膨大な魔力の爆発が巻き起こり、ブラウは先ほどのソウジと同じように大きく吹き飛ばされることになった。だがさきほどのソウジと違う点はブラウの方は明らかにダメージを受けているという点だ。地面に叩きつけられ、転がったブラウ。ソウジはその一撃を叩き込むことに成功したことを確認していると、地面に倒れ伏しているブラウを見た。
(倒し切れていない、か)
これまでの邪人のように魔力爆発と同時に変身者がはじき出されることは無かった。更に驚くべきことにブラウはよろめきながらも起き上がってきたのだ。
「……見事だ」
しかし、ブラウの体は全身が焼け焦げており、更に胸にはソウジが叩き込んだ『魔龍雷斬』による一撃の痕が残っている。鎧の所々から煙をあげて、更に全身もボロボロだ。
「まさか『巫女』を探しに来たつもりが、これだけの傷を負うとはな」
「……その、『巫女』っていうのはなんだ? 探しに来たって、どういうことなんだ?」
相手の方から『巫女』という単語が出てきたので、これ幸いにとそれを問いただす。これこそがずっとソウジが聞きたかったことだ。とはいえ、相手が手負いだとしても油断してはならないことに変わりはない。慎重に、警戒を怠らず、かつこちらが『巫女』が身近にいることを悟らせずに相手に問いただす。
「……『巫女』。それは我らが欲する存在。それ以上、貴様にいう事は無い」
やはり、そう簡単に話してはくれないか。
ならばここで倒しまた問いただすまで。
「覚悟しておくがいい」
だがブラウはどこかに隠し持っていたクリスタルを砕くと、その身を転移魔法に包み込んだ。
「ま、待てっ!」
ソウジが叫ぶが、ブラウはただじっと転移魔法にその身を委ねていた。
「黒騎士よ。これからも我ら魔人の邪魔をするのであれば、我らは必ず貴様を殺す」
それだけを言い残すと、ブラウは転移魔法によってその身をどこかへと転移させた。その場に一人取り残されたソウジはポツンと立ち尽くしかなく、頭の中は様々なことでいっぱいになっていた。
突如として現れた魔人と名乗る者。そしてブラウは『我ら』と言っていた。つまり魔人と呼ばれる存在は複数いることになる。そして――――彼らが狙う『巫女』という存在。
謎は、この闇夜のようにますます深まるばかりだった。