第五十八話 集結する種族
ソウジがお粥を作っている間、オーガストはルナの代わりにサポートチームの方の仕事をしに向かった。ルナが回復した時に少しでも負担を減らそうとするためらしい。最初の方は、エイベルの『人心誘導』によって操られていたとはいえ悪い印象ばかりのオーガストではあったが今となっては根は優しい人物だということが分かる。本人はそれを認めないだろうが。
そしてソウジがお粥を作り終えると、ルナの部屋へと向かう。その頃にはすっかり着替えも終わっていて、新しいパジャマを着てベッドの中で眠っていた。
「あれ、オーガストは?」
「ルナが回復した時に少しでも負担を減らすって言って、サポートチームの雑用をしにいったよ」
「なるほどね。それじゃあ、わたしも負けてられないわね」
そういって、クラリッサは立ち上がる。
「わたしも手伝いに行くわ。どうせ、サポートチームとやらに一言いってやりたかったし」
「……一言じゃ済まなさそう」
「当然よ。うちの大事なメンバーに、ぶっ倒れるまで不必要に負担をかけてくれたんだから」
「……わたしもいくね?」
「そうね。どうせ手伝うならさっさと終わらせたいし。ソウジはここに残ってルナにそれ食べさせてあげて。フェリスも一緒に来てくれる?」
「はい。もとよりそのつもりです」
フェリスとしてはソウジとルナを二人きりにさせるのはちょっと心配ではあるものの、ルナは今、倒れるまで働いた後なのだ。そんなことを考えることすらルナに悪いし、それに倒れた時ぐらいは……好きな人にいてほしいに決まっている。自分ではだめなのだ。ソウジでなければならない。
「……ソウジくん、ルナのこと、頼みますね」
「任せろ。俺もあとで行くから」
「いえ。急がなくても大丈夫ですよ。それでは」
そうして三人が小屋から出て、中はソウジとルナの二人だけになった。
「そういうわけだからルナ、これ」
ソウジは作ったばかりのお粥の入った器をルナに手渡そうとした。が、ふと思いとどまる。確かクラリッサは「食べさせてあげて」と言った。そこを失念していた。ソウジが自分で食べさせてあげなければならないのだ。ましてや、今のルナは疲労で満足に動けない身。ソウジは自分の失態に気づき、後悔する。
そして上半身を起こして器を受け取ろうとしたルナの手が空を切る。
「ふぇ?」
「ごめんな。はい、あーん」
ソウジはお粥を散蓮華ですくって、ふー、ふーっと吐息で冷ましてからルナの口元へと持っていく。だがここで肝心のルナ本人が固まってしまった。
(えっ!? そ、そそそそソウジさん!?)
ルナはルナで大変だった。
倒れてからここに運ばれてきて、寝かされて、クラリッサたちがお見舞いに来てくれた。だけどそれからもふらふらしっぱなしで、気がつけば今はソウジと二人きり。更にご飯まで作ってもらった上に「あーん」をされるなんて……こんな夢のようなシチュエーションに頭が追いつかない。
「あ、悪い。お粥、嫌いだったか? それとも、俺のお粥、何か失敗してるところがあるんじゃ……」
「ち、ちちちちち違いますです。えとえと……お、お願いします……」
もう自分でも何を言っているのか分からない。突如として訪れたシチュエーションが夢のようで現実味がない。ふるふると震えながら小さな口を開き、ソウジにお粥を少しだけ入れてもらう。
「どう?」
「お、美味しいです……」
「あはは。まあ、ただのお粥なんだけどさ。お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞じゃないもん……」
ただのお粥の割に食べやすいように適度な味付けが施されていて美味しい。それに何より、好きな人から食べさせてもらえるなら格別だ。
(でも……これだと……)
正直、熱がひくどころか更に熱が出てきそうだ。
☆
しばらくしてからお粥を完食して、ルナは再び眠りについた。ソウジは眠ったルナの額に乗っている濡れタオルをとって、また水につけて冷やしてから再び額に乗せる。ルナの熱は徐々にひいてきたようだ。お粥に混ぜておいた『龍の大地』でとれた様々な魔法食材が効いてきたのかもしれない。
ソウジは彼女の頬を指で軽く撫でる。
「…………ありがとな」
そのお礼は、以前アイン・マラスと戦った時にルナが発した謎の力でソウジを助けてくれた時のものだ。
ルナ本人はそのことを覚えていないらしいが、ソウジはちゃんと覚えている。『巫女』のことについてはまだ何も情報が出てこない。というより、それを辿る手立てがない。図書館に籠って『星遺物』のことと並行して調べているのだが、欠片もその情報が出てこない。
まだまだ謎に包まれていることが多い。
だが一番大きいのは倒した邪人の変身者から何も情報を得られないことだ。
邪人の変身者は一部の記憶を消去されているらしいし、組織の人間であろう黒マントたちに至っては面会すら出来ない。
この際、ある程度のリスクを覚悟して黒騎士の姿で邪人と戦った際に巫女のことについて問いただしてみるか? いや、だめだ。この王都に『巫女』という存在がいるかもしれないと思われるだけでまずい。ただでさえ、この王都で『再誕』とは何度も戦っているのだから。
今、目の前にいる小さな体でせいいっぱい頑張っている女の子や、自分の仲間たちに危険が及ばないようにしたい。
「頑張らないとな」
周りは頼ってと言っている。でも、邪人と戦えるのはソウジだけだ。通常の星眷魔法では王都にいる騎士たちですら苦戦する相手だ。魔王の力の欠片を内包しているという『邪結晶』で邪人に変身した相手には通常の星眷魔法ではあまりダメージを与えられない(なぜかは分からないが)。
つまり邪人相手にまともに戦えるのは、ソウジの星眷だけなのだ。だから周りに頼るとその分、周りに危害が及ぶ。それだけは嫌だ。
(戦えるのは、俺だけなんだから)
☆
翌日の交流戦に控えて、レーネシア魔法学園では前夜祭としてパーティが行われることになっている。夜になると既にひとしきりの準備が終わり、ソウジたちも参加チームの一員、そして学園の代表という事でこの前夜祭に参加することになっている。
講堂は既に立派な飾り付けがされており、すっかりパーティ仕様となっていた。
豪華な料理にクリスタルで作られた像。講堂中が魔法でキラキラと輝いていて、優雅な音楽が流れている。レーネシア魔法学園の生徒たちは、その講堂の中で客人たちを待ち構えていた。
これから、外の大陸からやってきた今回の交流戦の参加者たちを迎える予定になっている。
外の大陸からの客人という事で、生徒の多くが興味を持っていた。ソウジは裏口からこっそりと講堂に入り込んでクラリッサたちに合流する。どうやらクラリッサやブリジットにこってり絞られたようで、他の部署(サポートスタッフや運営、会場設営スタッフなど)のメンバーの一部はげっそりとした顔をしていた。
「あ、ソウジ」
「ん。おまたせ」
「……ルナ、だいじょうぶ?」
「うん。もう熱もけっこうひいてきたよ」
「そうなんですか? よかった……」
フェリスをはじめとして、他のメンバーたちもほっとしている。ルナの体調はもともとゆっくり休めばきっとよくなるだろうと言われていたものだ。
「それにしても、いったいどんなやつらなのかしらね」
クラリッサが言っているのは、他の大陸からやってくる生徒たちのことだろう。それはソウジも少し気になっているところだ。何しろ明日から戦う対戦相手なのだから、気になるのも当然というものだろう。
やがて、講堂の扉が開いた。そして外から他の大陸からやってきた生徒たちが入ってくる。そして講堂の中にいた生徒たちが、その生徒たちに注目した。まず最初に現れたのは獣人たちだ。
レーネシア魔法学園の生徒たちと同じぐらいの年齢の少年少女たちだが、耳があったり尻尾があったりとやはり人間とは異なる点がある。また、獣人族の男子生徒の方は同じ獣人族の女子生徒よりもどちらかというと獣に近い風貌をしている。口から牙のようなものがみえたり髪も獣の毛皮を髣髴とさせるものだった。
次に入ってきたのはドワーフ族の生徒たちだ。全体的には褐色の生徒が多い。肌の黒さは生徒によって個人差があるものの全体的にどの種族よりも黒いことは確かだ。背丈は他の種族に比べると一回り小さいが、ドワーフの男子はその多くが屈強な体をしている。
ドワーフに続いて入ってきたのはエルフだ。ドワーフ達とは反対にその肌は雪のように白い。まるで普段からどこかに閉じこもっているかのようだ。気品溢れる佇まいに美しい顔立ち。特徴である耳は尖っており、全体的に美形が多い。
ここにいるレーネシア魔法学園の生徒たちを合わせれば、これで四つの種族が出そろったことになる。講堂の中にいる生徒たちは、次にやってくるであろう種族のことを思いつつ、扉の方へと視線を向けた。
最後に登場したのは――――第五の大陸の種族である魔族の生徒たちだった。
基本的にその見た目は人間と変わらない。だが、魔族は背中に翼が生えており、また魔力が高まると瞳が紅くなるという特徴を持つ。生まれつき魔力の高い者は眼がもともと紅いらしいが、それは魔族のエリートの中でもごく一部らしい。
そんな紅い眼を持つ魔族の女子生徒は、中でも一番視線を集めていた。その女子生徒はとにかく美しく、魅力的だった。美しく長い黒髪に抜群のスタイル。心なしか短めのスカートからのぞく魅惑的な脚のラインに多くの男子生徒が釘付けになっていた。
「なるほど。あの方が、魔帝の娘……つまり、魔族のお姫様のようですね」
「知っているのか?」
フェリスが黒髪の魔族の生徒を見て納得したように頷いているのを見て、ソウジはたずねる。ちなみに魔帝というのは、魔族の大陸の王のことだ。『魔王』という地位は既に魔族の大陸からは消滅しており、新たに生まれたのが『魔帝』。つまり、魔族の帝王という意味の言葉である。
「知っている、というほどのものでもありませんが……わたしもつい先日知ったのですが、今回の交流戦には魔族の代表には魔族のお姫様が参加していると噂されていたそうです。なんでも、才能に溢れた魔族の学園始まって以来の天才。実力も魔族の学園最強とのことらしいです」
「その通り」
フェリスの言葉に肯定したのは、まさにその件の魔族のお姫様だった。
「わらわがその魔帝の娘、マリア・べレストフォードじゃ」
そう言うと、マリアはコツコツと迷いのない足取りでソウジたちのもとへとやってきた。そしてじっとソウジの顔を見つめる。マリアはかなりの美人なので真正面からじっと見つめられて何も思わないわけではないが、普段から美少女に囲まれているおかげかそこまで動揺はしなかった。
「ふむ……お主か。かの有名なソフィア・ボーウェンの弟子というのは」
そのマリアの言葉で、他の大陸からやってきた他種族の生徒たちがざわつき、ソウジの方に注目し始めた。
(うわぁ。なんだか久しぶりだなこういうの)
入学当初はソウジもこのような視線に晒され続けてきた。それが今となっては少し懐かしい。
「ほほぅ。噂通りの良い男ではないか」
「は、はぁ……。そりゃどうも……?」
いきなりの言葉にソウジはわけがわからなかったが、反対にフェリスとクラリッサはぴくっと反応していた。だがそんなフェリスたちの反応をよそにマリアはぺたぺたとソウジの体をその白雪のような指で触れていく。
「ふむ……よく鍛えられておる。魔力の流れも淀みがなく綺麗じゃ。これは相当な鍛錬を積んできたのじゃろうな」
そしてまた再びソウジの顔をじっと見るマリア。角度的にソウジからすればマリアのその制服の上からでもその大きさの分かる自己主張激しい豊満な胸についつい視線が向かいそうになるのでやめてほしいところだ。
「ふむ。気に入ったぞ。お主、わらわの部下になる気はないか?」
「はい?」
突然の申し出にソウジはつい目を丸くしてしまった。だがそれぐらい意味が分からない。なぜいきなりそうなるのだろう?
「あ、あの。失礼ですが、そろそろ離れていただきたいのですが……」
「そ、そうよ。いきなりやってきてべたべた触るのはどうかと思うわよ」
フェリスとクラリッサがソウジの両腕をそれぞれ片方ずつしっかりと抱きしめてそのまま引っこ抜いていく。クラリッサとしてはなぜ自分がそうしたのかは分からない。でも、ソウジが、知らないかわいい女の子にべたべた触られるのはなんだか嫌だと思ったのだ。
「姫、そろそろおやめてください」
「そうだぜ。ったく、アンタはいつもいつもそうやって場を引っ掻き回す」
すぐそばにいた魔族の二人の男子生徒が呆れたようにマリアを止めた。一人は眼鏡をかけた知的な雰囲気の生徒で、もう一人はそれとは対照にガサツな感じのする生徒だ。
マリアを引っこ抜くと同時に、すかさず眼鏡の男子生徒が謝る。
「申し訳ありません。うちのバカ姫が粗相をしでかして」
「い、いえ。気にしてませんから」
「おい誰がバカ姫じゃ。それとお主、さりげなく肯定したな?」
「あー、はいはい。そんじゃあさっさといくぜ。お姫さんよ」
「おいこら! わらわは姫じゃぞ! お前ら、もうちょっと姫に対して態度を改めろ!」
ギャーギャーと喚くマリアをよそに魔族の生徒たちはその場を離れていく。
魔族はかつて戦争を引き起こした種族という事で多少、警戒していた生徒も多かったはず。だが今のソウジとのやり取りで思っていたような恐怖はなかったと少しは安堵している生徒たちも少なからずいたはずだ。
(……いや、もしかしたら)
そうやって周囲の今の魔族に対する認識をしっかりと持ってもらうために、少しの間だけわざとマリアに自由に行動させたのではないのだろうか、というような想像をソウジはふと思った。