第五話 授業後の図書館
次の日、クラスでの本格的な授業がはじまった。基本的には魔法関連の授業であるのだが、手順としてはまず最初に魔法に関する知識を深めて、その後実践に移す。数学と同じでまず公式や解き方を知ってから問題に移るようなものだ。
この日、習ったのは基本的な無属性魔法である。
魔法には火、水、風、土、雷の基本となる五大属性に加えて闇、光、そして無属性だ。
無属性とはその名の通り属性の無い魔法のことだ。たとえば物体を浮遊させたり、体の一部分を強化したりがそれに該当する。今日習うのは強化の魔法だった。
「えー、みなさんはご存じの通り、無属性魔法は魔力の色によって効果が左右されません。本来、魔法を使用するにあたってその人の持つ魔力の色によって魔法の効果に変化が現れます。たとえば、水属性の青魔力を持つ人が十の魔力を使って威力百の水属性魔法『ウォーターボール』が発動できるとしたら、水属性に弱い火属性の赤魔力を持つ人が同じ十の魔力で『ウォーターボール』を発動させたとしても、威力はせいぜいが五十程度になるでしょう。つまり、その人の持つ魔力の色と発動させる魔法の属性は相性という関係がありますが、無属性魔法は違います。たとえば十の魔力で無属性魔法を発動させても、どの属性も等しい威力で魔法が発動します」
ここで、この授業の担当教師であるプルフェリック先生は黒板に別の項目を書き込んでいく。
プルフェリック先生は顎鬚を蓄えた初老の男性教師だ。
「『火』は『水』に弱く、『風』に強い。水は『雷』に弱く、『火』に強い。『風』は『火』に弱く、『土』に強い。『土』は『風』に弱く、『雷』に強い。『雷』は『水』に強く、『土』に弱い。これが『五大属性の法則』です。この辺りは基礎中の基礎となります。分かり切っていることとは思いますが、冒険者や騎士をはじめとした魔物と戦う職業に就くことを目指している方々はこれらの相性をいつでも瞬時に理解しているようにしなければなりません」
プルフェリック先生はまた別の項目を黙々と書き込んでいった。
「えー、では。少し横道にそれてしまいましたが今日は授業の最初に説明した通り、無属性魔法である強化魔法について説明します。これはかなり便利な魔法です。体を強化するだけでなく、物体を強化させることもできます。また、一口に強化といっても様々です。たとえば、ただ単純に物を固くして防御力を高めたりすることもできますし、脚を強化して跳躍力を高めたり、速く走れるようにもなります。また、体全体を強化することで身体能力を飛躍的に向上させたり、治癒力の向上による高速治癒。また、魔法の強化をも行えます。特に治癒魔法は一種の強化魔法とされており、属性を付加しての強化も行えることから強化魔法とは基礎にして重要な魔法なのです」
その後、またいくらか魔法に関する説明を行ってからプルフェリック先生は卵を取り出した。
「今回はこの卵を強化してもらいます。通常、卵を床に落とせば割れてしまいますが、強化魔法でこの卵を強化したらそうはならないはずです。今から配るこのボウルの中に卵を落としても割れないようにすることが、今回の授業の目的です」
卵とボウルが生徒全員に配られたのち、プルフェリック先生は再び黒板に注目するように言った。
「呪文は先ほども教えた通り、『プラスフォース』です。さあ、授業が終わるまでの残り時間、挑戦してみてください」
その声と同時に、教室中で呪文の詠唱が始まった。レイドも待ってましたとばかりに強化魔法を使う。レイドの持つ卵が黄色の光に覆われた。
「よーし。こんなもんで……ってありゃ?」
レイドが意気揚々と卵をボウルの中に落とすと、ぐちょっと卵が割れてしまった。ただ、卵の上半分だけはヒビが入った程度に収まったが。ソウジは周りを見渡してみると、そのほかの生徒もレイドと似たり寄ったりだった。
「卵の予備なら教卓の前にたくさん置いてあるので、いくらでも挑戦してください。割れてしまった卵とその中身はこの箱に入れること。床には落とさないように!」
生徒たちがぞろぞろと教卓の前を往復することになった。レイドもその一人で、三回目の失敗でガシガシと頭をかいた。
「くっそー。どうしてなんだ?」
「魔力が卵全体に行き渡ってないからだな。レイドの場合は、卵の一部分に強化のための魔力が偏っている。だからそのほかの部分だけが割れてしまうんだ。だからちゃんと卵全体に魔力を行き渡らせるようにしてやると……こうなる」
ソウジは自分の魔力の色を悟られないように一瞬で強化の魔法をかけると、ボウルの中に卵を落とした。卵は割れずにカタン、と音を立ててボウルの中に納まった。
「おおっ、すげぇ!」
「おー、これは素晴らしい!」
と、褒めたのはレイドだけではなく、プルフェリック先生である。ソウジの強化した卵をつまむと、それを観察する。
「うむ。卵全体に行き渡っている魔力の量も均一になっているし、素晴らしい魔力コントロールだ。こんなにも綺麗に卵を強化させる生徒は滅多にいないだろう。さきほどソレイユさんのも拝見させてもらったんだが、彼女のも素晴らしかったが魔力コントロールの精度だけで言いえば君の方が優れているな」
クラスでどよめきの声があがった。あの『十二家』のフェリスよりも優れている、という評価に皆が驚いていた。その後、授業は特に何の問題もなく終了した。強化魔法が出来なかった生徒は来週までにちゃんと練習しておくように言われたので、レイドが頭を抱えていた……ということ以外は。
その授業が終わった後はまた別の授業を一つ挟んだものの、座学だけだったのでソウジは何とか自分の魔力の色を周りに悟られずに済んだ。その授業が終わると昼休みになったので、ソウジはレイドと共に食堂へと赴いた。が、メニューを注文するとすぐに昼食をかきこみ、ソウジは席を立つ。
「ごめん。ちょっと調べものがあるから図書館に行ってくる」
今日から図書館が解禁だ。ソウジは自分がこの学園に来た目的の一つを果たすために急いで図書館へと向かった。昼休みは有限だ。あまり悠長にはしてられない。
図書館は学外にある古い洋館のような建物だった。中には膨大なまでの量の本がおさめられており、上を見渡せば螺旋状の階段が続いている。目の前の光景に圧倒されながらも、ソウジは目的の本を探すことにしたが、これだけあるとどこに目的の本があるのか、目安すらつけられない。が、すぐ近くに案内板のようなものが設置されてあった。
「えっと……呪術関連は……あった。地下室か」
ソウジは目的の本がありそうなコーナーをみつけ、その場所である地下室への扉を探した。
だがどうやら地下室へはカウンターを通じてしか行けないらしい。ソウジはカウンターに座っている図書館員に話しかけた。
「あの、すみません」
「はい、どうされましたか?」
「地下室に行きたいんですけど」
ソウジの言葉に、さきほどまでにこやかな笑みを浮かべていた図書館員の顔が曇った。
「地下室?」
「ええ。探してる本があるんですけど、それが地下室にあるかもしれないので探しに行こうと思って」
「失礼だけど君、何年生? 見たところ一年生のようだけど……」
「はい。一年生ですが」
図書館員はソウジの真新しい制服を見てそう判断したらしい。ソウジが正直に学年をいうとあからさまに顔をしかめた。
「あー、だめだめ。一年生はまだ地下室には入れないね」
「え、どうしてですか?」
「規則で決まってるんだよ。地下室にある書物を閲覧できるのは、三年生か学内ランキング五十位以内の生徒じゃないと」
「学内ランキング……?」
どうやらソウジが何も知らないと思ったらしい図書館員は説明をはじめた。
「そうそう。この学園ではね、ランキング戦っていうのがあって、生徒同士の決闘でポイントを競って、順位をつけるんだ。ランキングが高ければそれが成績としてプラスになるし、学校側からある程度の支援や何らかの利益が受けられる。図書館の閲覧権限の上昇もその一つだね。図書館にある書物は閲覧制限がかかっているのもあって、学年が上がらないと読めない本もあるんだけど、ランキングの順位が高ければ閲覧権限のレベルも上がる」
「さきほど五十位以内って仰ってましたけど、全部で何人のうちの五十位に入らないといけないんですか?」
「そうだねぇ。一クラス五十人の五クラスが三学年分あるから……七百五十位中の五十位かな」
それだけの順位に入るにはどれだけポイントを稼がなければならないのだろうか。ソウジは思わずため息をついた。しかし、悠長に三年生になるまで待っていられない。できるだけはやく調べものを終わらせたい。
「ランキング戦は年四回、各季節にしかやってないからねぇ。ああ、でも決闘を申し込めば戦ってポイントを稼げるけど相手が決闘を受け入れてくれるか……」
つまり相手の同意なしには受けられないということだ。だがさらに話を聞けばランキング戦なるものが開催されれば一気に大量にポイントを稼げるチャンスがあるらしい。そこを待つか、とソウジが考えた直後だった。
「あ、そうだ。『十二家』の方たちなら特別に許可されてたね。ついさっきも『十二家』の方が地下に何かを探しに行ってたし」
十二家……思い浮かんだのはオーガストとフェリス、そして……バウスフィールド家の人間だ。誰かに代わりに探してもらう? いや、できるだけこちらの探し物を悟られたくないし、それにどんなことを知りたいかを話さずに探してもらえはしないだろう。
「そうですか……ありがとうございます」
ソウジは図書館員に頭を下げカウンターから離れた。ランキング戦に参加するのは確定だ。しかし、ポイントを最短で稼いでもいったいどれだけの期間が無駄になるのか……一刻も早く目的を果たしたいというのに。ため息をつくソウジを地下室の扉の隙間から見つめる人影があった。その人影はカウンターから出てくると、まっすぐにソウジの元へと向かう。
「やあ、田舎者」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべているのはオーガストであった。
ソウジは思わずため息をつきながらこたえる。
「なんだ?」
「どうやら地下室に入ろうとしていたらしいからね。残念だねぇ。君みたいな平民の田舎者じゃあ、あそこには入れないよ」
「そうみたいだな」
どうやらさきほどのソウジとカウンターの図書館員とのやり取りを聞いていたらしい。
「学内ランキングに参加するのか?」
「だったら?」
どうせ参加しなければならないことだ。ソウジは一刻も早くあの地下室で探し物を見つけなければならない。
「ハッ。君みたいな平民の、黒魔力を持つ化け物が勝ち抜けるとでも思っているのかい?」
やはり、あの時オーガストはソウジがオーガストの魔法を塗りつぶしたことを察知していたのだ。そして、暗にソウジが黒魔力を持っていることを学内に言いふらすと脅している。
「いやはや、まさかあのソフィア・ボーウェンの弟子が化け物だったなんて、意外だねぇ」
「ああ、自分でもびっくりだよ」
ソウジが肩をすくめながら言うと、オーガストはその返答が気に入らなかったのか舌打ちした。
「……ふん。この僕の美しい魔力を貴様の汚れた魔力で汚したことは忘れてないぞ。いいか、貴様が黒魔力を持っていることを言いふらされたくなければ……ランキング戦には参加するな」
オーガストの顔がニタニタと気味の悪い笑みを浮かべだした。それは明らかに、ソウジがランキング戦に出て一刻も早くポイントを稼ぎ、地下の書物庫に行きたいことを知った上での言葉だった。
「この意味が解るな? これは忠告だ。君の師匠の顔に泥を塗りたくなければ、君はあの『下位層』の屑のお友達と大人しくしてるんだ」
「断る」
オーガストの要求を、ソウジは即効で突っぱねた。
「な、なにっ!?」
「お前が俺のことを言いふらそうと関係ない。俺の事はどうでもいい。それに師匠の顔に泥が塗り付けられるっていうのなら、俺が師匠の弟子を辞めればいいだけだ」
「なっ……ソフィア・ボーウェンの弟子を、やめるだと!? 正気か!?」
ソフィア・ボーウェンの弟子という称号。それは誰もが喉から手が出るほど欲しがる輝かしい称号。それが魔法使いであれ、星眷使いであれ当然だ。オーガストはそれを簡単にかなぐり捨てられるソウジに驚き、同時にこいつはバカだと思った。
「ああ。だからこっちからも忠告してやる。お前のいう事は聞かない。それと、次にレイドに魔法で危害を加えようとしたら今度は止めるだけじゃ済まないぞ?」
一瞬の沈黙が、二人を包み込んだ。オーガストは殺意をあらわにしてソウジを睨みつけ、ソウジはそれを正面から受けて立った。
「……この僕を敵にまわしたこと、後悔するぞ」
「その程度で後悔してたら、あの人の弟子は務まらねぇよ」
またしばらくにらみ合った後、二人は互いに背を向けて歩き出した。