第五十話 予選終了
無数の矢と校舎すらも一撃で粉砕する魔力大砲。
同時に襲い掛かってくるこの二つの攻撃に対して、イヌネコ団は役割を分担することで対処していた。まずはソウジが大砲を切り裂き、他のメンバーが矢を上空で撃ち落していく。距離が近づけば近づくほど迎撃のための時間は少なくなっていくが、ソウジ以外のメンバーが迎撃に回っているのでその問題もパスしている。
距離は射撃が行われているポイントへは着々と距離が縮まっていた。だが、このままの調子でいけるとは到底思えず。
「また何か変なのが来たわよ!」
クラリッサが上空から飛来する矢を指差す。次に放たれてきた矢は一見するとただの何の変哲のない矢に見える。が、飛来してきた矢をじっと見ていると一本の矢からまた別の矢がまるで分身でもしているかのように増殖していた。一本につき三本。つまり全体的な量がざっと三倍になってイヌネコ団に降り注ぐ。
「分身する矢ってそんなのおかしいでしょうが!」
半ばやけくそ気味に怒鳴りつつも、クラリッサは『ケイニス・トルトニス』の先端を上空の矢へと向けていた。先端にバチバチと雷のエネルギーが収束していく。
「『雷棘』!」
クラリッサの持つ杖の星眷、『ケイニス・トルトニス』の先端に収束された魔力が一気に解放された。それは無数の棘となって上空から飛来する矢に突き刺さり、貫く。
だがそれだけではとうてい足りず、チェルシーやフェリス、レイドも協力して迎撃を行っていく。今回のランキング戦の参加人数は上限がある。人数が限られた中で、その人数では対処しきれないほどの量をぶつけるのは戦術としては有効だ。
そして、ソウジはヒューゴ一人に釘づけにされている。走りながら、それも連続であの高威力大砲を凌ぎきれるのはソウジぐらいしかいない。そしてもう一つの問題。現在の状況下でヒューゴの攻撃に対処できるのがソウジしかいないこと。
「ッ!?」
目の前に迫りくる、高威力の魔力大砲。だが今度は一つではない。二つ、三つ、四つ、五つと明らかに数が増えている。矢に続き大砲までもが分身したのかと思ったが違う。
ヒューゴの星眷の力で新たにまた別の大砲を『創造』したのだ。更に、あろうことか大砲の色をよく見れば赤、青、緑、黄、紫とそれぞれ魔力の色が違う。どうやら『別の属性の魔力の弾を撃つことが出来る大砲』を『創造』したらしい。
「本当になんでもアリだな!」
さきほどのクラリッサの「なによそれ反則じゃない!」という発言を頭の中で思い返しつつ、ソウジは迫りくる五つの属性の大砲の群れにどう対処するかと考える。
厄介なのはさきほどのように一つだけを斬り飛ばしても残りの四つが襲い掛かってくる点だ。しかも属性がバラバラな上に全ての属性を網羅しているので他のメンバーに助けてもらおうにも相性の関係と上空から迫りくる矢の対処で明らかに人手が足りない。それを見越してのこの数と威力。
「だったら!」
ソウジは全身から魔力を展開させて、新たに魔法を発動させる。
「『黒鎖』!」
呪文の詠唱と共にソウジの左手からいくつもの黒い鎖が出現し、更にそれが重なり合って網目状のネットとなった。そのまま相手の砲弾を迎えうつ。鎖のネットに校舎をも破壊する五つの属性の砲弾が激突し、そのまま力勝負が行われるかと思った寸前で鎖が柔軟に動き、そして跳ねた。砲弾はさながら弾力性のある地面に落ちたかのようにしてソウジたちから離れるようにして軌道を逸らされた。
鎖を巧みに操ることによって攻撃を力まかせに受け止めるのではなく、受け流したのだ。軌道を変更させるだけならば通常の魔法でも、ソウジの持つ膨大な量の魔力でごし押しすれば何とかなる。だが逆に言えば、星眷魔法に対して通常の魔法ではそれが限界という事だ。
しかし、これで終わるはずがない。
現にまた次々と砲弾を撃ち込まれている。
「見えた、あそこよ!」
クラリッサが指をさした先にあったのは闘技場である。その部分から次々と光る何かが撃ちだされているのが見えた。あれは紛れもない矢と砲弾だ。更に今度の矢は分身した一本一本がバラバラの属性を付加させられている。さきほどの砲弾と同じようにすべての属性が揃っている。これでは属性間の相性の関係で迎撃が間に合わない。こうなったら上空から飛来してくる矢を全てソウジが塗りつぶして付加されている属性を消すか? などと考えていたその瞬間だった。
「ッ! みんな、止まれ!」
ソウジは咄嗟に叫び、イヌネコ団のメンバーを下がらせつつも目の前に『黒壁』を展開。その途端、黒い壁の向こう側から爆発音が響き渡る。
「今度は地雷かよ!」
しかもご丁寧なことにまたもや全属性が付加された地雷だ。恐らくヒューゴの『創造』の能力で創られた物だろう。地雷が埋め込まれている部分の地面を踏みしめた瞬間に何かを感じ取ってソウジは咄嗟にバックステップで下がったが、どうやらギリギリで防ぎ切ったらしい。しかし、問題は足が止まっているということ。そのせいで迎撃のテンポが遅れた。目の前から五つの砲弾が迫りくる。更に上空からは属性が付加された矢の群れが。塗りつぶしている暇はない。
(……そうだ!)
咄嗟に、『黒鎖』で同じ要領で砲弾の軌道を変更させる。そして、上空から迫りくる矢を迎撃しようとするフェリスたちをソウジは制止する。
「いや、迎撃はしなくていい」
「ソウジくん? どうして……」
「俺に任せてくれ。……『黒箱』!」
呪文の詠唱。それと共に、ソウジたちの四方と上下に黒い壁が現れ、ソウジたちを黒い箱の中に完全に閉じ込めた。三百六十度を完全にカバーした『黒壁』のシェルターである。ただの魔道具程度の攻撃ならば、これで十分だった。上空から次々と五つの属性の矢が飛来してソウジたちが中に潜伏している『黒箱』に突き刺さる。爆炎が起き、辺りが煙に包まれた。だがそれでも『黒箱』には傷一つついていない。
爆炎で視えなかったが、直感で未だ『黒箱』が健在であることはヒューゴもそれに気づいていた。自信作の魔道具をあれだけぶち込んでもあの黒魔法にはかなわない。まだまだ改良の余地がありそうだと思いつつ、ヒューゴは『キルキヌス・クリエイター』で創造した大砲を五発とも放った。それらは見事に直撃し、黒い壁で構築されたシェルターの破壊に成功する。ガラスが砕けるような音と共にバラバラと砕け散った『黒箱』。いくら黒魔力による魔法と言えども星眷魔法にはかなわない。
「……ん?」
だがおかしい。確かに『黒箱』は破壊した。つまり中にいるソウジたちもただではすまないということだ。しかし、中にソウジたちはいない。もぬけの殻だ。いくらこの大砲でも人間を消し炭にする威力は無いしするつもりもない。つまりあるべきものが残るはずで、だがあの黒い箱の中にはそれが無かった。それがおかしい。あの黒い壁を四方上下で覆う魔法は自身らを防御壁の中に閉じ込める魔法に見える。実際にソウジたちはあの中に入っていた。だが今はいない。密室から消えてしまった。
(いや、待て)
ヒューゴはその可能性を一瞬だけ忘れていた。自分から殻に閉じこもる防御魔法。チャンスだと思い、攻撃を叩きこんだ。敵の防御壁を見事粉砕して勝ったと思った。その油断がもしもの可能性を一瞬とはいえ消失させていた。
(そうか! あの壁を作った瞬間、転移魔法で脱出していやがったな!?)
あの『黒箱』は自らを護る為の物ではなく、目くらましを兼ねていたのだ。そして自分たちの姿を隠したあと、転移魔法であの箱の中から脱出。別の場所に転移してこちらの攻撃を回避したのだ。ようやくその事実に気がついた瞬間、連鎖的な爆発音が響き渡った。そのすぐあとにガラスが砕け散るような音が聞こえる。これは紛れもない、防御結界が破壊されてしまった音に他ならない。
「なっ……!」
思わず目を見開く。最初、チェルシーの一撃を防いだ結界を破壊したのは――――ソウジだった。どうやら『黒刃突』による一撃で結界を完全破壊したらしい。だがさきほどまでソウジたちがいた場所とこの結界の場所はまだ距離があったはず。それにその前には地雷原もあった。良く見てみると、地雷原はどうやらすべて爆発しきった後のようで、さきほど連鎖的な爆発があったことを思い出した。
「オイオイふざけんなよ一年……ま、まさか……地雷が爆発する前に超スピードで駆け抜けたってか?」
それ以外に心当たりがない。現に地雷は軒並み爆発しているし、どうやらあの場所を通ったことは間違いないようだ。ヒューゴは強化魔法を使ったのだろうと推測したが、ソウジには『黒加速』という加速魔法がある。それを使い、強化魔法による脚力強化すらも上回るスピードで結界の場所までたどり着いたのだ。
「ギルマス! 索敵札に反応アリ!」
「ッ! 場所はどこだ!」
「校舎の三階です! どうやら、あの黒い一年以外を全員あの場所に転移させた模様!」
というより、あの場所にソウジがイヌネコ団のメンバーと一緒に転移してから、ソウジだけがまた結界を破壊するための戻ってきたのだ。仲間を護りながらではともかくソウジ一人だけならば『黒加速』による超加速が使える。
そして、校舎の三階ではチェルシーが既に『リンクス・アネモイ』によって狙いを定めていた。
「……『西風春矢』」
チェルシーの星眷から放たれた風属性の魔力の矢は、螺旋の回転を描きながら直進し、的確にヒューゴの『創造』した大砲の一つを貫き、途端に撃ちぬかれた大砲が爆ぜた。防御する暇もないほどの速さだった。
こちらの視線を『黒箱』へと向けている間にソウジの『黒加速』とチェルシーの『西風春矢』によるスピードコンボで戦況を覆された。だがまだ大砲は残っている。この際ソウジを無視して、相手のギルマスであるクラリッサを撃破することを優先させる。
「遅い!」
だが、それすらも遅かった。ソウジはあっという間に『黒加速』で闘技場の壁をかけ登り、その頂上にいるヒューゴたちのもとへと到着していた。剣に魔力を収束させ、一気に振りぬく。
「『黒刃斬』!」
薙ぎ払いのような一閃で、残りの大砲が全て切り裂かれ、全滅した。
いくらなんでも速すぎる。明らかに予測を超えたスピードだった。
意識をチェルシーの攻撃と、撃破対象であるクラリッサへと向けたその僅かな隙間を縫ってここまで接近されていたとは。
残りの大砲が全て爆ぜていくその刹那の間、ソウジとヒューゴは睨みあう。
「――――おい一年、転移魔法に加えて超スピードだと? 反則過ぎるだろうが」
「――――属性すら無視してなんでもかんでも『創造』することのできる先輩には言われたくないですね」
交わる視線、交わる言葉。
二人の星眷使いはその答えとして己の武器をぶつけていく。
ソウジの持つ『アトフスキー・ブレイヴ』とヒューゴの『キルキヌス・クリエイター』の刃が激突した。ガギィィィィィィィンッ! という刃と刃がぶつかり合う音が響き渡った。
だが間髪入れずにソウジは周囲から攻撃の気配を感じ取る。残りの四人が弓を構えてその矢をソウジに向けていた。
「おっと」
転移魔法で再びソウジはその場から離脱する。僅かな間は静寂と共に訪れた。だがその静寂は一瞬にして破られる。
「……上だ!」
ヒューゴの声でドネロン商会の四人の生徒たちが上を向いた。そこには、ソウジがイヌネコ団の残りのメンバーを全員連れて転移魔法で再びこの場に舞い戻ってきていたのが見えた。
転移魔法は一度、行ったことのある場所へならば転移出来る。
つまり、この場所に到達した時点でソウジはこの場に転移出来るようになった。さきほどヒューゴと一度だけ刃を交えた後、一度、校舎へと転移させていたフェリスたちのもとへと再び転移し、そして今度はフェリスたちを連れてこの場へと転移魔法で戻ってきた。
「まさに一瞬ってやつか……やっぱお前、反則だな」
「とか言っている割に、随分と楽しそうですけど?」
ヒューゴはソウジに言われて気が付いた。今、自分が笑っていることに。
「ああ。反則野郎に創意工夫で立ち向かうのも面白そうだと思ってな。けどよ、お前も笑ってるぜ?」
「そうですか?」
自分でも気が付いていなかった。ソウジも笑っていたのだ。同じように。ソフィアのもとから離れてこの学園に来て、様々な刺激を受けた。あの小屋に閉じこもっていては受けられなかった刺激がソウジを変えていた。
未知の世界に人がる未知の実力者たち。
その者達と戦うことが、自分の力をぶつけることが、ソウジは楽しいと思うようになった。
刃を振るうヒューゴにソウジは星眷の漆黒の刃で応じる。そして空中で足元に『黒壁』を小さく展開することで足場を確保。そのまま空中に展開した『黒壁』を踏み台にして再び飛ぶ。そして背後をとると剣を振り下ろす。だがその刃はヒューゴに届く前に、突如として出現した五つに重ねられた魔力の盾によって遮られた。『アトフスキー・ブレイヴ』は盾を五つとも打ち砕いたものの、ヒューゴに至らなかった。
(この防御力……先輩の星眷の力で『創造』した防御魔法か!)
(この盾を五つとも砕くなんてな。ふざけた威力の星眷だ)
砕かれるのは想定していた。だが五つとも砕かれるとは思っていなかった。しかし、一瞬でも防げればそれで十分。ステップでその場から離れてヒューゴは複数の魔法を合成させてまた新たな魔法を『創造』する。創りだしたのは空中に停滞する光の爆弾の魔法。それをばらまきながらソウジから離れていく。そしてソウジが警戒して刃を向けるのを一瞬止めた瞬間にヒューゴはそれを一斉に爆破させた。それはソウジを倒すためのものではなく、視界を遮るためのもの。そして視界を遮ったのは時間稼ぎでもある。
「そら次だ」
またいくつかの魔法を合成して新たな魔法を『創造』する。創りだした魔法は敵を自動追尾するアロータイプの魔法。創りだすと同時に連射し、爆風を突き切って無数の矢が迫りくる。
それを『黒壁』を目の前に出現させ、矢を防ぐ。どうやら矢にも対象に直撃した瞬間に爆発するように仕込んでいたらしく、壁に突き刺さった矢が爆ぜた。
創造したものとはいえ星眷魔法による攻撃。
ただの魔法である『黒壁』では防げない。
当然の結果であるように、黒い壁は粉々に砕け散った。
ソウジは無意味に防げないと分かっている魔法を使ったりはしない。となれば当然、目的があるはず。
(あの黒い防御魔法は俺の視線から自分の身を隠すため。本命は視線を遮ってからの転移魔法による背後からの奇襲!)
振り向くと、またもや背後からの一撃がくる気配を感じた。とっさに防御魔法を展開する。予想通り、展開した盾に刃が突き刺さる手ごたえが――――
「ッ!?」
体かに刃が、剣が突き刺さっていた。だが、それはソウジの持つ星眷の黒い剣ではなく、別の剣だった。ヒューゴの商人としての眼がその剣が高級品であることと名剣どころではないぐらいの一品だということを見抜く。が、問題はそれではない。ヒューゴの予想では『黒壁』は囮で本命は転移魔法でヒューゴの背後に転移してきてからの『アトフスキー・ブレイヴ』による一撃を叩き込む、という手順のはず。だが実際にやってきたのは剣だけ。肝心の剣を振り下ろしているはずのソウジがいない。
(剣だけを転移させたのか!?)
それしか答えはない。だが、それならばソウジはどこに消えた?
一瞬止まったヒューゴの思考。そこを突くかのように目の前の爆風を切り裂いてソウジが現れた。体の所々が焼け焦げている。それで分かった。ソウジは転移なんてしていなかった。先ほど展開した『黒壁』の後ろにずっととどまっていたのだ。ヒューゴが、「ソウジがわざわざ破壊されるだけと分かりきっている『黒壁』を展開したのは次の一撃に備えるための布石」……と読むことを見越して、ソウジはあえてその場に残り、ダメージを受けた。下手に防ぐと感づかれる恐れがある。そして『黒空間』から取り出した剣だけをヒューゴの背後に転移させ気を引き付け、そうしてはじめて踏み込んだ。
ようやく見つけた一瞬のすき。
癖のように『アトフスキー・ブレイヴ』をくるくると片手で回し、魔力を収束させる。狙いをしっかりと定める。
「『黒刃突』!」
その動作はあまりにも滑らかで、淀みがなく、無駄がない。そして何より、
(速ぇ!)
それに比べると自分の『創造』は遅い。防御魔法を創りだす暇もなかった。
苦し紛れに咄嗟に展開した防御魔法にソウジは黒刃の一撃を穿つ。
その一撃はヒューゴの持つ真紅のクリスタルを砕き、それと同時に予選終了の合図が結界の中に響き渡った。