第四十九話 ドネロン商会の襲撃
出来るだけ物陰を使って移動しつつ、イヌネコ団は何とか校舎から離れることに成功していた。校舎はやはり戦うにしても狭いし空間が限定されているので集団で固まって動く分には不利だ。そして、今回のランキング戦の形式上、ギルマスだけはなんとしても護らなければならないのでメンバーで固まって防御力を高めながら移動するという選択は間違いではない。
とりあえずの隠れ場所として校舎からしばらく走ったところにあった倉庫へと滑り込む。ソウジたちはそこでようやく一息つくことが出来た。開幕からここに来るまで戦闘の連続だったので一息つく暇もなかったのだ。レイドが外の様子を窺いつつ、ふうと息をつく。
「実戦形式の戦闘をすると練習で魔法を使うよりよっぽど疲れるなぁ……まだ大した数の魔法を使っていないのに。緊張感が違うっつーか、神経を使うっつーか……」
「だからアンタは経験を積む必要があるって言ったのよ。こういうの経験するのとしないのじゃあ大きな差があるもの」
今ならばクラリッサの言葉や、ランキング戦開始前にオーガストが言っていた意味がちゃんと理解できる。レイドはうんうんと頷いて今回参加を譲ってくれたオーガストに心の中でまた感謝した。
「……これからどうする?」
「ようやく一息つけたところですから、しばらくはここで休息を取りましょう」
「ただ他の生徒に気づかれる可能性があるから、魔法で軽く索敵ぐらいはしておくか」
「それならわたしが引き受けます。わたしはさっきの戦闘でもあまり魔力を使っていませんでしたし、ソウジくんほどではないにしろ魔力量にも多少の自信がありますから」
フェリスが索敵役となって索敵魔法を使いつつ残りのメンバーは休息をとる。
外からは断続的に戦闘音が聞こえてきたものの、やがてそれも次第に聞こえてくる音の数が少なくなってきた。
「このまま数が減ってくれたらいいんだけど」
クラリッサの呟きは誰もが思っていたことで、だがそう上手くはいかないだろうともクラリッサ自身を含む全員が思っていた。
☆
ヒューゴ・デューイは今年で三年生になった。つまり、今年が学園生活最後の年となる。自身の周りにいるクラスメイトたちやギルドの仲間の三年生たちはそれに対してそれぞれ色々と思うところがあるようだが、それはヒューゴも同じであった。
彼は『ドネロン商会』と呼ばれる代々続く、魔道具などを作って販売するいわゆる『生産系ギルド』の最大手だ。彼はそのギルドマスターであり、それに対する責任というようなものも多少は感じている。
もともと、物を作るのは好きだ。
だから『ドネロン商会』に入った。彼の持つ魔法はそれに適していたし、一年生の頃からギルド内では割と注目されていた。期待のルーキーだった。先輩たちはそれぞれ「みんなを幸せにする道具を作りたい」だとか、「売れる商品を作りたい」だとか、そういった素晴らしい理由を原動力としていろんな商品を生み出してきた。ヒューゴはそんな卒業していった先輩を尊敬していたし、実際ヒューゴ自身にも「みんなを幸せにする道具を作りたい」だとか、「売れる商品を作りたい」だとかいう理由がなくはない。だが原動力というほどのものでもない。
では、ヒューゴを物作りへと突き動かす原動力とは何か?
彼は三年生になってから改めてそんなことを考え出した。
そして結論はすぐに出た。
自分は、物作りが好きなのだと。
作った物がみんなを幸せに出来たら嬉しいし、作った物が売れてヒットしたら嬉しい。
「あとは、作った物でランキング戦を勝ち抜けたら超嬉しいよねェ」
学園の敷地内にある闘技場から、彼はある一点を見ていた。そこは、一見ただの倉庫に見えるがあの中には今注目の一年生ギルドが潜んでいる。さきほどまで校舎でバタバタと戦っていたので、ひとまず休息を取ろうと脱出したのだろうということが分かる。
「ギルマスー、弓の準備できました」
「こっちもでーす」
「んん! オッケーオッケー。そんじゃあ、そろそろおっぱじめようか。あちらさんが休憩している今がチャンスだぜ?」
『了解!』
彼の仲間たちが、ガチャガチャと一斉に弓を構えた。その狙いは一点。ソウジたちの潜んでいる倉庫へと向いている。
「そんじゃあ、我が『ドネロン商会』の新作、『幻弓』。お披露目しちゃおうか!」
ヒューゴの合図でギルドの仲間たちが一斉に弓に魔力を注ぎ込みはじめた。
「まずは『爆裂矢』からいってみようか」
パチン、とフィンガースナップで指をならす。
それをきっかけとして、ヒューゴの仲間たちは一斉に矢を放った。その射程距離は通常の弓のそれを明らかに超えている。それというのもこのヒューゴたちが作り上げた『幻弓』の性能のおかげに他ならない。これは相手の索敵魔法の範囲外から敵に攻撃を加えることが出来るのが売りの一つだった。
そして狙いも完璧。
矢は倉庫に突き刺さり、爆発を起こした。
この『爆裂矢』は倉庫の屋根に突き刺さると同時に爆発を巻き起こす矢である。それを示すかのように、矢が突き刺さった倉庫は派手な爆発を起こしながらメラメラと紅い炎を燃え盛らせていた。
さて、どうなったかな。
ヒューゴが魔法で遠くにある派手に吹き飛んだ倉庫の様子をじっと観察していると、不意に傍にいた仲間が、
「ギルマス。どうやら逃げられたようです」
「あらら、気づかれちゃったか。やるねぇ。流石はソフィア・ボーウェンの弟子ってトコか」
「どうやら転移魔法で脱出したようですね」
「だろうねぇ。つーかアレ、反則でしょ。距離なんか関係なく一瞬で遠くに逃げられるしさ」
だからこそ、その辺りの対策はしてある。
「んで、どの辺に転移したの?」
「戦場各所に仕掛けた『索敵札』に反応がありました。あの倉庫からそんなに離れた場所じゃないですね。まだ『幻弓』の射程範囲内です。ただ、校舎を盾にされて『爆裂矢』では削るのに少々、時間がかかるかと」
「オーケーオーケー、そんじゃあ俺が手ぇ貸すわ。ていうか元からそのつもりだったし」
そう言って、ヒューゴは魔力を展開させる。
「出番だぜ、『キルキヌス・クリエイター』ちゃんよ」
黄色の魔力の輝きと共にヒューゴの手に『コンパス座』の星眷、『キルキヌス・クリエイター』が眷現した。『キルキヌス・クリエイター』は刃がコンパス――――ディバイダのように二つの脚を持つ形をした刃を持つ、剣の星眷である。これこそが、上位者の第七位に君臨する少年の持つ星眷だ。
ヒューゴは『キルキヌス・クリエイター』の刃を宙で踊らせる。すると、空中に魔力で描かれた線が形となり、光と共に大砲のような形をした武器を創造した。
「弓と大砲。この二つで、一気に仕留めるぜ」
『了解!』
ヒューゴの星眷によって次々と創造されてゆく武器は、着々とその数を増やしており、その狙いはピッタリとソウジたちに向いていた。
☆
ソウジは休息を行いつつも、外には意識を向けていた。仮に索敵魔法の範囲外から攻撃を加えられたら終わりだと思っていたからで、それはまさに的中した。チェルシーもソウジよりは遅く、だが他の者達よりははやくその気配に気づいたのか耳をピクッと動かしていた。そして、迫りくる攻撃の気配を感じ取ったソウジはすぐさま全員を倉庫の外へと転移させた。一度は校舎の中に転移しようかと思ったが、校舎の中からも戦闘音は聞こえてくるし索敵魔法の範囲の外から敵に狙われているのにこれ以上、敵を増やしたくは無かった。よって、ソウジたちは倉庫の近くに転移した。
そのすぐ後、先ほどまでソウジたちが潜伏していた倉庫が爆ぜた。派手な爆発の光景を見てクラリッサたちはようやく、急にソウジがここまで転移させてきた理由を悟ったらしい。
「まさか、索敵魔法の範囲外から攻撃を!?」
「そうらしいな」
フェリスの索敵魔法の範囲は一般生徒のものに比べてかなり広い。だが、それよりも外から攻撃してきた。通常の魔法攻撃でそんなことが出来るものは限られてくる。それこそ、春のランキング戦でチェルシーが行ったような星眷魔法による攻撃ならば可能だろうが。
「……もしかして、星眷魔法?」
自身も同じようなことが出来ることからその可能性にすぐに思い至ったのはチェルシーだ。しかし、ソウジはそれに対して首を横に振る。
「いや、たぶん違う。今の攻撃に魔力は確かに感じ取ったけど、星眷魔法じゃなかった。ただ単に、魔力を込めただけみたいな感じだった」
「ということは、魔道具か!」
実家が魔道具を扱うジャンク屋を行っているだけあって、レイドはすぐに気がついた。
「多分そう。でも、問題は威力と打ち込まれた数だ。これだけの射程・威力を発揮できる魔道具を最低でも三つは揃えている。矢にも細工が施されていたし、そんじょそこらのただの魔道具ってわけでもなさそうだ。どこかの貴族出身者が金貨を積んで強力な魔導具を揃えたか?」
「……いや待て。意外とそうでもないかもしれない」
どうやらレイドには心当たりがあるらしい。じっと考え込むようにしていたが、そうゆっくりと考えさせてくれる時間はなさそうだった。
「ッ! またくる!」
再び、攻撃の気配がこちらまでやってくるのを感じ取った。だが今回は校舎があるし射線的に校舎が盾になって矢は届かないはず。――――そう思ったのが甘かった。
「…………まずい!」
ソウジはやってくる攻撃の気配から全員を庇う為に前に立つ。そして即座に魔力を展開。
「『アトフスキー・ブレイヴ』ッ!」
漆黒の剣を眷現させたその瞬間。目の前の校舎が一瞬だけ光ったかと思うと直後には盛大に爆ぜて目の前から魔力の砲弾が飛び込んできた。ド派手な破砕音と共にやってきた魔力の砲弾をソウジは剣を一振りして両断する。
巨大な魔力の砲弾は真っ二つに裂けてその残骸はソウジたちの左右へと滑り込むように大地を抉った。
「……こりゃ魔力の温存とかしている暇はなさそうだ」
今の一撃は間違いなく星眷によるもの。それも、ただの星眷使いではない。
コンラッドと同等……否、それ以上の魔力を感じる。
「思い出した!」
ソウジが一つの単語を脳裏に浮かべた瞬間、レイドも何かを思い出したのか叫んだ。
「あれだけの魔道具、多分『ドネロン商会』の作品だ!」
レイドの言葉にフェリスやクラリッサ、チェルシーは、はっとしたように息をのんだがソウジだけ首を傾げていた。
「『ドネロン商会』?」
「昔からこの学園にあるギルドだ。規模だけなら『生徒会』や『風紀委員会』に匹敵するぐらいのな。生産系ギルド……つまり、物を作って売るギルドで昔から歴代の先輩たちが蓄積してきた技術が引き継がれてるからそんじょそこらの魔道具屋なんかよりもよっぽど出来の良い魔道具を作っちまうし、それに今のギルマスが入学してきてからは格段に技術が向上したって話だ。だからさっきのふざけた威力と射程の弓を作ることも可能なのかもしれねぇ。自分たちで作ってるんだから数を揃えることも簡単だし、それに……」
レイドは自分が思い出したことがよほど大変なことなのか、やや言いにくそうにしていた。だがここで言わなければと思ったのかゆっくりとその口を開いた。
「……そのギルマス、『上位者』だ」
「ドネロン商会のギルマス……第七位のヒューゴ・デューイ先輩ですね。前回のランキング戦は新入生で有望な人物がいないかを見極めるために不参加と聞きましたが、やはり今回は参加してきたようですね」
「さっきの校舎をぶち壊した一撃、星眷魔法っぽかったわよね。それだと辻褄が合うわ」
「……さっきの大砲みたいな攻撃。矢の攻撃とは比べ物にならない威力だった」
敵の姿が見えてきた。だがそれはこの学園屈指の実力者である『上位者』の一人。そんな敵に目をつけられたのは不幸という他ないが、もう目をつけられてしまった以上は仕方がない。というよりイヌネコ団はメンバー的にも行動的にも何かと目立ち過ぎたので目をつけられていたのは当然か。
「どうやら次もさっそく来たみたいだぜ」
ソウジの視線の先には次々と飛来してくる矢の群れがあった。更にダメ押しとばかりに再び大砲の一撃がこちらに向かっている。
「あのバカデカい一撃は俺が何とかするから、みんなは矢の方を頼む!」
「……了解。わたしがやる」
相手が弓矢を使うとあって、同じ弓の星眷であるチェルシーがちょっとした対抗意識を燃やしたようだ。
「……『リンクス・アネモイ』」
緑色に輝く魔力と共に、チェルシーの中に弓が現れた。そして魔力で矢を生み出しながらその照準を飛来する矢の群れへと向ける。
「……『ストームアロー・レインシュート』!」
チェルシーが放った光の矢は一本……ではなく、無数にも、それこそ雨のように放たれた。たった一本の矢が放たれた瞬間に分裂したかのように。そしてチェルシーの放った光矢の雨は次々と敵の矢を落とし、爆発させた。空が紅蓮の華で染まり、その爆発が隣の矢へと行き渡り空に咲く紅蓮の華を広がらせる。
ソウジは目の前に迫りくる魔力の砲弾に対して黒魔力を刃に集約し、『黒刃突』で貫通・破壊した。
「どうせこのまま防戦一方じゃ埒があかないわ。すぐに遠くからちまちま撃っているやつらを倒すわよ!」
クラリッサらしい決断だなとは思いつつも、実際彼女の言うとおりこのまま防戦一方ではこちらが削られるばかりである。さきほど転移してきたところを的確に大砲で攻撃してきた辺り、転移してもこちらの位置が筒抜けになる可能性が高い。そうでなくとも、現状ソウジたちはここ以外だと校舎にしか転移できない。たった今、見た通り校舎に逃げてもさきほどの大砲で校舎ごとぶち抜かれる。校舎の中に逃げるのは逆に自分たちの回避可能範囲を削っているに近い。
「チェルシー、やっちゃいなさい!」
「……了解。はんげき」
だが遠距離攻撃が出来るのは相手だけではない。チェルシーの星眷の射程範囲は広い。それこそ学園の隅から隅までカバーしている。勿論、こちらから離れている相手への攻撃も可能なのだ。
「……『ストームアロー・ブレイクシュート』!」
チェルシーの星眷から、光り輝く矢が放たれた。さきほどのように分散していない分、エネルギーも収束しているし威力も高い。それに今撃った『ブレイクシュート』は万が一、防御魔法を展開された際の対策にと貫通に特化した一撃である。射程にも威力にも問題はなかった。
だが、
「……ッ!」
チェルシーの放った矢は何かの壁に激突したかのように拡散し、霧散した。
遠目からなのでよくは視えなかったが、防御壁に激突したかのように見える。
「うそっ! チェルシーの星眷の攻撃を防いだ!?」
「……びっくり」
「いくらドネロン商会の魔道具が凄いっていったって、さすがに星眷魔法の攻撃は防げないはずでしょ!? それに今のはさっきの大砲の星眷で撃ち負けたようには見えなかったし……」
「いや、今のはたぶん星眷の防御だ」
レイドの発言に、クラリッサは目を真ん丸にしている。
「ちょっと待って、じゃあ、あっちにはまだ他にも防御担当の星眷使いがいるってこと? そうならけっこう厄介……」
「いや、違う。さっきの大砲の一撃を放った星眷……ヒューゴ先輩の星眷で防いだんだ。ただ、あれは大砲の星眷なんかじゃない」
「えぇ? じゃあ、さっきの大砲にチェルシーの攻撃を防いだ防御壁はなんだっていうのよ?」
「聞いたことがある。ヒューゴ先輩の星眷の力は……『創造』。好きな武器を作ったり、魔法と魔法を、魔法と物質を合成させることが出来るって。だからさっきの大砲や防御壁も創造の力で生み出した物なんだと思う」
「なによそれ反則じゃない!」
真っ先にぷんすかと抗議したのはクラリッサである。とはいえ、抗議しても何ともならないのだが。
ソウジとしてもこの距離でそんな能力を使われるのは厄介だと思った。仮にその『創造』の力で武器を造ったり魔法を合成させるにしてもタイムラグがあるはず。だがこれだけ離れているとそのラグも気にせず能力を使い放題だ。
「この際だからもう突っ切るわよ! ここにいても他のギルドに狙い撃ちされそうだし!」
クラリッサはとっさの判断でここから一気に離れて射撃を行っている敵に接近する選択をとった。ここに長居しても良いことはない。ここでちまちましていると好機と見た他のギルドに狙い撃ちされる場合があるのだ(巻き添えをくらう可能性も否定できないので一概にとは言い切れないが)。こういった局面でも即決断がとれるクラリッサの決断力は大したものだとソウジは感心しつつ、先陣を切った。
迫りくる大砲はソウジが切断し、空中から迫りくる矢は背後のチェルシーたちが担当して迎撃することになった。
「みんな、あまり離れるなよ! 固まって移動するんだ!」
文字通り一丸となったソウジたちは、上位者に挑むべく行動を開始した。