表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の星眷使い ~世界最強の魔法使いの弟子~  作者: 左リュウ
第三章 五大陸魔法学園交流戦 前編
51/167

第四十八話 予選開始

 交流戦が行われるのは夏休みの中盤。その一週間前にランキング戦が行われるとあって、スケジュールはかなり慌ただしい。

 それというのも、本来ランキング戦にはそれなりに準備が必要であり、更に学園の教師たちも交流戦の準備でかなり忙しく、この日程でしかランキング戦を行うことが出来なかったのだ。何しろ、個人戦すらも出来ないぐらいのハードスケジュールなのだから。

 既に一週間前を控えた交流戦。そのための予選といっても過言ではない夏のランキング戦に生徒たちはそれぞれの緊張感を漂わせていた。

 朝、参加するギルドは講堂に集められた。壇上には既に生徒会と風紀委員会の出場メンバーたちが揃っている。その中にはデリックやコンラッド、アイザックやエマの姿も見えた。ソウジたちの視線に気が付いたのか、エマがひらひらと手を振っている。そして同じく壇上にいるエリカが予選参加ギルドが出そろったのを確認すると、魔法で音を拡声させた。


「さて、それじゃあ予選参加ギルドが出そろったようだし、夏のランキング戦の内容を発表するわよ!」


 エリカがパチンとフィンガースナップで指をならす。すると空中に以前、エリカが帰還の挨拶をした時と同じように炎が燃え上がり、中からはつい最近のものであろうフェリスの映像が現れた。どうやら外で体育(基礎体力や体の柔軟性を高めるための授業として学園では魔法を使わない体を動かす授業が導入されている)を行った時のもののようで、運動着姿だった。角度的に盗撮したらしいということが分かる。しかもいろんなアングルからのものが複数も。


「あ、間違えた」


 炎と共にすぐに写真が消失する。

 場が何とも言えない空気に包まれる中、当事者であるフェリスが恥ずかしそうな顔をしながらソウジの方を見ていた。ソウジはというと、何と答えていいのやら分からずにただただ黙り込んでいる。


「ソウジくん、み、見ました、か……?」


「まあ、一応……」


「わ、忘れてくださいっ!」


「ど、努力はするよ」


「ううううううううう~!」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがっているフェリスのためを思って忘れてやりたいところだが、運動着姿なので肌の露出が普段の制服よりも多く、またその抜群のプロポーションも制服に比べてわかりやすい。露出した白い太ももや髪をくくって露わになったうなじなど、ちょっと忘れようとしても忘れにくい映像だった。


「くっ……。まさか手違いでお宝映像を公開してしまうなんて一生の不覚……! ていうかそこの黒のガキぃ! 人の妹といちゃついてんじゃないわよ! ちょっとこっちきなさい灰にしてやる!」


 勝手に公開しておいてギャーギャーと言われるのもたまったものではない。エリカの傍にいた生徒会副会長であろう女性がなだめて(というか受け流して)次に進むように促した。


「まあ、それはおいといて……そんじゃあ今度こそ、内容を発表するわよ!」


 再度、エリカがフィンガースナップと共に炎を呼び出す。その中から現れたのは、夏のランキング戦に関する詳細説明だ。


 ・夏のランキング戦は予選と本選に分かれて行われる。


 ・予選は参加ギルドが四チームになるまでのギルド対抗バトルロイヤル。


 ・本選はギルド対抗のトーナメント戦。


 ・戦闘参加人数が五人、補欠が一名の最低六名をそろえること。


 ・上限は一ギルド十名(戦闘参加人数五人、補欠が五人)まで。


 ・優勝したギルドは交流戦に参加。


 ・今回は交流戦の選抜メンバー決定を優先させるため、個人戦は中止。


 ざっくり訳すとこんな感じであり、ようは今年の夏のランキング戦は予選と本選に分かれており、予選が参加ギルドが四チームになるまでのバトルロイヤルで、本選は勝ち残ったギルド同士のトーナメント戦。バトルロイヤル形式はいつものランキング戦と変わらないがトーナメント戦という相違点が存在している。


「トーナメントってことは、後々の戦いの事も考えて戦わなきゃならないってことよ。あと、今日中に予選は終わらせて明日にはトーナメントを開始するから。キッツイスケジュールだと思うけど、本選出場ギルドは医療班が全力を以って回復させるから安心しして死んできなさい!」


 いや、死んだらだめだろ。というツッコミは心の中でしたものの、もはや口に出すほどの気力は無い。というよりエリカにつっこんでも意味をなさないとほぼ全員が理解していた。


「つーわけで、予選はいつも通りバトルロイヤルってことで。いつもと違うのは参加可能人数が一ギルドにつき五人になったってことと、五人の中には絶対にギルマスを入れて参加すること。なんでかっていうと、今回はルールがちょっと変わったの。今回のバトルロイヤル方式では、ギルドのメンバーが全滅したらそのギルドは失格。それに加えて、他のメンバーが生存しててもギルマスが失格になった場合はそのギルドのメンバー全員が失格になるわ。簡単に言えば、ギルマスは死んでも護れってこと」


 撃破判定はいつも通り、首から下げたクリスタルの破壊で判定するらしい。そしてギルマスの持つクリスタルは赤色となり、クリスタルは全員、必ず首から下げておくことが厳しく言いつけられた。


「つーわけで、三十分後には校庭に集合。いつも通り、戦場フィールドに転移するから。あ、そうそう。今回のフィールドはかなり面白いわよ~。期待してなさい!」


 というエリカの説明が終わると同時に、三十分後まで自由行動となった。各ギルドはそれぞれ誰を出場させるかという話し合いになり、誰もが慎重に緊急会議をはじめていた。


「というわけで、うちもさっそく緊急会議よ!」


 ソウジたちはとりあえず食堂のいつもの一角を陣取って会議を行うことにした。食堂に移動してもまだ会議をするぐらいの時間は残っている。


「つってもよぉ、もう決まってるんじゃね? 五人しか出れないっていうのならうちは会議をするほど悩むか?」


 と、言っているのはレイドである。実際、実力を考えれば出場するのは星眷使いであるソウジ、フェリス、クラリッサ、チェルシー、オーガストの五人で確定だろうという考えだ。


「いやいやいや。なに他人事みたいに言ってんのよ。アンタも出るんだから」


「へ?」


 ぽかんとしているレイドに、クラリッサは呆れたようにため息をついた。


「へ? じゃないわよ。ランキング戦っていったら戦闘経験を積むための貴重な機会じゃない。春のランキング戦だとアンタ、ギルド戦には参加できなかったし。この中じゃ、ギルド戦の経験が無いのってアンタぐらいでしょ。そんなのもったいないし、どうせなら出ときなさいよ。交流戦がどういう形式になるのかは知らないけど、もしアンタが交流戦の試合に参加する時になってギルド戦の経験がありません、じゃお話にならないし」


 既に交流戦の時のことを考えているのがクラリッサらしい。


「はああああああああああああああああああああ!? ちょっと待てオレ聞いてねぇぞ!」


「だって言ったらアンタ緊張するじゃない」


「するわ! そりゃするわ! むしろしないお前がおかしいわ!」


 クラリッサはクラリッサで緊張していると言えばしている。だが彼女には負けられない理由があり、それが彼女を今奮い立たせている。そして彼女の負けられない理由とレイドの戦う理由はほぼ同じものであるはずだ。


「で、でもよぉ。オレは星眷使いじゃねぇし……」


「別に出場してくるギルド全部が全部、星眷使いを抱えているわけじゃないでしょうが。アンタは自分の弱さを自覚してらっしゃるようだけど、そんなのわたしたちにも分かってるわよ。だからアンタをフォローするんでしょうが。そもそもアンタ、将来は騎士になりたいんでしょ? だったらこの程度のことで慌ててる場合じゃないでしょ。むしろこれを経験が積めるチャンスと思いなさいよ。レベルアップするためのチャンスと思いなさいよ」


 クラリッサに淡々と言葉を積み重ねられてぐっと黙り込むレイド。とはいえ、レイドの代わりにオーガストが出る方が勝算が高いのは変わりないのは確かだ。周りにいるのが星眷使いばかりであるという環境がレイドが一歩引いてしまうようにしている原因の一つになっているのも理解している。だからこそ、レイドに一歩踏み出してほしいのだ。


「そもそも、アンタを出場させるように進言したのはオーガストよ」


「おい、それは言わない約束だっただろう!」


「あら。そんな約束したかしら」


「き、貴様というやつは……」


 素知らぬ顔をするクラリッサにオーガストは顔を引きつらせていたが、すぐにレイドの視線に気づいた。


「オーガスト……お前……」


 レイドがオーガストの方を向いたので、オーガストは慌てて腕組みをしながらぷいっと視線を逸らした。


「フン! 僕ぐらいの実力にもなると、予選などに出るのも面倒だからな。お前に譲ってやる! そのからっきしの戦闘経験を少しでも積むがいいさ!」


 それに、とオーガストはレイドから視線を逸らしたまま付け足す。


「……騎士になりたいというのなら、こういう場での戦闘経験は少しでも積むべきだ。実戦形式の戦闘経験というものは貴重だ。いつでも気軽に積めるものじゃない。それこそ騎士になるというのなら、将来に向けて今からでも行動しておくべきだ」


 頑なにレイドから視線を逸らしつつ、照れくさそうに話す様はもう見慣れた光景だ。

 そして、その声と発言からはレイドのことをオーガストなりに考えてだということがわかる。


「……そうだな。うん。分かった、ありがとな、オーガスト! オレ、頑張るわ!」


「フン! せいぜいあがくがいいさ」


「……相変わらず素直じゃない」


「う、うるさいっ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶオーガストにどこか微笑ましいような、生暖かい視線を送る。オーガスト本人もその視線を分かっているのか「ちょっと飲み物をとってくる!」と言い残して席を立った。


「オーガストさんにもジュースを渡したのですが、お口に合わなかったのでしょうか」


「あれは照れ隠しよ、ルナ」


 クラリッサは、さきほどオーガストが座っていた席にある既に置かれていたジュースを見てため息をついた。そして最終的にイヌネコ団の出場メンバーはソウジ、フェリス、クラリッサ、チェルシー、レイドの五人に決定した。時間が訪れ、校庭に予選に参加する生徒たちが集まる。

 多くの生徒たちが見守る中、彼らは校庭から戦場フィールドへと転移された。


 ☆


「何よここ!?」


 転移されるや否や、クラリッサが辺りを見渡して叫んだ。


「学園の中じゃない!」


 彼女の言った通り、今回の戦場フィールドは学園の中だった。正確には、学園を模した戦場フィールドか。ソウジたちイヌネコ団がとばされたのは学園の中にある教室である。しかも一年のEクラスというソウジとフェリス、レイドの所属するクラスだ。


「どうやら今回の戦場フィールドは学園そのものらしいな」


「姉さんが言っていた『かなり面白い』というのはこういうことだったんですね」


「……でも、どうしてわざわざ学園のフィールドにしたの?」


「それはたぶん、この方が手間がかからないんじゃないかな。春のランキング戦の時みたいないろんな場所のフィールドを一から作るよりも、こっちは学園全体をトレースしたものをそのまま結界の中に作ればいいだけだから手間もそんなにかからないし」


 ソウジの説明にチェルシーはクールな表情のままこくこくと頷いていた。


「……なるほど。なっとく」


 転移された瞬間に首からクリスタルがぶら下がっていた。クラリッサのものは確かに赤くなっているギルマスである証だろう。

 

「……今回はクラリッサが負けたら終わり。慎重に動いてね?」


「なによ、そのいつもわたしが慎重に動いてないみたいな言い方は」


「……ちがうの?」


「ちがうわよ!」


 ランキング戦はもうはじまっているというのに、相変わらず緊張感が無い。というよりも、クラリッサを少しでもリラックスさせてあげようとチェルシーが気を使ったのだろう。言葉にも表情にも出さないが、内心ではクラリッサもかなり緊張しているはずだ。それもそのはず。今回のギルド戦はギルマスであるクラリッサが撃破されればそれだけでギルドメンバー全員が失格となるのだ。プレッシャーもかかっているだろう。だからこそ、チェルシーはそれを少しでもほぐしてあげようとした。クラリッサもそれが分かっているのか照れたように少し頬を赤らめている。


「ありがと……ちょっと、楽になったかも」


「……ん。クラリッサは、笑顔がかわいい。にっこりしよ?」


「こういう状況で笑顔っていうのも、なんだかちょっとおかしいかもしれないけどね」


 言いつつ、クラリッサはチェルシーに微笑みかけている。その表情を見てこれなら大丈夫だろうと思ったソウジ。そしてすぐに周囲から断続的な爆発音や金属音が聞こえていることに気づく。


「どうやら戦闘がはじまったみたいだな」


「いくら学園が広いとはいっても、春のランキング戦の時のような結界よりは狭いですからね。転移もランダムらしいですし、かちあうところはすぐにかちあうのでしょう」


「それで、オレたちはここからどうするんだ? むやみに動かなくても、ここでじっとしとくって手もあるよなぁ。あんまり手当たり次第に戦いを仕掛けても魔力を消耗するだけだしよ」


 今回のバトルロイヤルはギルドの数が四つになるまでのもの。逆に言えば、最後の四つに残るまで隠れていればほぼ無傷で予選を突破できる。


「それもそうだけど、今すぐここから移動した方がいい。教室にとどまっていると万が一、見つかった時に袋のネズミになるし、かといって壁をぶち抜いて外に出てもすぐそこは校庭。周りに遮蔽物が少なくて上からだと見晴らしもいいから格好の的になる」


「そ、そっか。なるほどな」


 レイドの声も少し硬い。緊張していることは明白で、その緊張をほぐそうと声をかけようとしたその瞬間。強烈な破砕音と共に黒板と壁を魔法でぶちぬきながら三人の生徒がソウジたちを襲った。

 ソウジは咄嗟に『黒壁ブラックウォール』を展開。黒魔力で構築された壁が敵の魔法攻撃を完璧に遮断した。そこから転移魔法で壁の外へと飛び、完全に相手の死角をとったソウジは両手に魔力を集め、『黒矢ブラックアロー』を放つ。ソウジの放った黒い矢の雨は二人の襲撃者を捉えてそのままクリスタルを破壊した。


「っと。どうやら、ゆっくり隠れている暇もないみたいだな」


「そうみたいですね」


「今の騒ぎで他のやつらに気づかれたわね。さっさとここから離れるわよ!」


 クラリッサが教室を飛び出し、ソウジたちもそれに続く。そして案の定というか、さきほどの戦闘音を聞きつけたのか他の場所からバタバタとこちらに駆けつけてくる足音が聞こえてきた。

 校舎の中という密閉空間に転移させられたのはやはり不運だったのかもしれない。


「あー、もう! さっきのバカ三人が突撃してきたせいよ!」


「三人ということは、あと二人いるはずですよね。たぶん、隣の教室から……」


 と、フェリスが言った通りにさきほど襲撃してきた三人の生徒の仲間であろう残り二人の生徒が隣の教室から慌てて逃げていくのが見えた。


「……えい」


 そこをすかさずチェルシーが風属性の初級魔法『ウィンドボール』容赦なくを何発も叩き込んだ。前方で爆発が起きたがクリスタルが破壊されたことは間違いない。


「なんというか、チェルシーって雑なところがあるわね」


「……そう?」


 かわいらしく小首を傾げるチェルシー。だがそのことに反応する暇もなく、今度は背後から人の気配がした。さっきの足音の生徒たちだろう。途端に魔法攻撃の雨が降りそそいでくるので防御魔法を展開する。フェリスは『ファイアーアロー』を牽制として手当たり次第に撃ちつつ、そのままみんなで曲がり角に逃げ込んだ。『ファイアー』系魔法の上位互換である『フレイム』系の魔法を使わなかったのは魔力を温存しておくためだろう。

 曲がり角に逃げ込んだ瞬間、チェルシーは術式を展開する。


「『ウィンドボール・クイックカーブ』」


 チェルシーの小さな手からいくつもの風属性の弾が放たれる。そしてそれはまっすぐ突き進んで窓をぶち破る――――ことはなく、ぐんっと角を曲がって廊下へと飛び出した。通常、魔法攻撃というものは直線で放たれることが多い。だが術式を改良すれば自在にコースをつけることが可能となる。だがそれはかなりの技術を要するうえに仮に出来たとしても術式が上手く組めないと威力が落ちたりする可能性もある。そうでなくても普段は直線で飛ばしているものをいきなり曲げたりして逆に当てるのが難しくなる。

 だが『ボール』タイプの魔法は比較的応用が効きやすい。『ボール』タイプの魔法は基礎にして応用力の高い、使い手の技量と発想を反映させやすい魔法でもあるのだ。

 そしてチェルシーはこと『撃つ』タイプの魔法の扱いにたけている。それが星眷魔法にも『弓』という形として現れているのだ。

 たった今チェルシーが放った魔法、『ウィンドボール・クイックカーブ』はただ曲がるだけでなく、弾速も通常の魔法攻撃よりも速い。『アロー』タイプの魔法に匹敵するスピードで飛ぶ。

 曲がり角から放たれた突然の攻撃に不意を突かれたらしい。咄嗟に防御魔法を展開しているのが分かった。その隙を縫ってレイドが曲がり角から飛び出し、防御魔法を展開している生徒たちの真正面に立ちはだかり、あらかじめ練っておいた魔力のこもった右手を床に叩きつけた。


「『ランドウェーブ』!」


 土属性初級魔法『ランドウェーブ』。

 地面をつたう衝撃波を相手にぶつける攻撃系の魔法であり、レイドから放たれたランドウェーブは衝撃波と共にまっすぐに敵へと向かっていく。


「くっ! こんな初級魔法!」


 チェルシーの魔法で身動きが取れないので防御魔法で防ぐしかない敵生徒。だが、レイドの狙いはランドウェーブで相手を倒すことではない。


「確かに初級魔法だし、俺のしょぼい魔法じゃアンタらの防御魔法を貫けはしない。けどな、床は別だろ?」


「ッ!?」


 ランドウェーブは地面を伝う衝撃波を相手にぶつける魔法。そしてその際、衝撃波が通った道は破壊される。地面を破壊しながら進む攻撃魔法こそが、ランドウェーブという魔法の性質だ。そしてレイドの放ったランドウェーブはその性質通りに廊下を破壊しながら突き進む。威力は相手が防ぎきれるほどのものでも、足場が崩れればバランスも一緒に崩れる。


「ぐぅっ!?」


 ぐらり、と足場が不安定になって見事にバランスを崩した。もともと、レイドは自身が素人であるという点をよく理解している。その為に相手の足場を崩す戦い方を身に着けていたので、魔法で相手の足場を狙って崩すのはかなり上達している。


「だがバランスなんかすぐに――――」


「――――立て直す前にチェックメイトよ」


「なっ!?」


 驚いたのは一瞬。

 背後を振り向いた瞬間、イヌミミ少女から放たれた雷が彼らを制圧した。そのまま彼ら五人のクリスタルは一気に砕け散り、失格となる。クリスタルが砕けた生徒たちは瞬時に外の世界へと転送された。その刹那、彼らはソウジに抱きかかえられたクラリッサの姿を見た。レイドとチェルシーでこちらの視線を引き付けてその隙にクラリッサがソウジにつかまって彼らの背後に転移して本命の一撃を浴びせることが狙いだった、と気がついたのは敗北したその瞬間だった。


 ソウジがクラリッサを抱えたまま床に降り立ち、クラリッサを降ろす。これはランキング戦。交流戦の予選であっても倒せばポイントが加算される。この場合、試合中の取得ギルドポイントに加算されてランキング戦終了後にギルドメンバーそれぞれに配分される仕組みとなっている。


「っと。ありがと、ソウジ」


「いや、大丈夫……だけど、わざわざクラリッサが決めなくてもよかったような気が……」


「なに言ってんのよ。階段の方にいたら上下の階から誰か来る危険性があるし、あそこに留まるのは逆に危険なのよ。それにソウジの傍にいるのが一番安全だし」


「それは光栄だけど、でもそれなら俺が決めてもよかったんじゃないか? 魔力を少しでも温存しとかなきゃだろ? 俺は魔力量だけはバカみたいにあるし」


「今回のバトルロイヤル方式だとソウジの転移魔法に頼る部分が大きくなるし、ソウジには少しでも魔力を温存してもらわなきゃ。転移魔法って、それなりに魔力を使うんでしょ? だったら、小物のトドメなんかであれ以上の消費をするのはもったいないじゃない」


 それに、とクラリッサは何気ない様子で付け加える。


「……お姫様抱っこも、されてみたかったし。ちょっとだけね」


「そっか。それなら、ご所望とあらばいつでもしてさしあげますよ、お姫様?」


「う、うるさいわね。ちょっとだけって言ったでしょっ!」


 ソウジの軽口に、クラリッサが恥ずかしそうに頬を赤らめてぷいっと視線を逸らす。そんなクラリッサが微笑ましい。


「こほん。と、とりあえず今はここを離れるわよ。また背後から襲撃されるのも面倒だし」


 照れ隠しなのか視線を逸らしたクラリッサはそのままトテトテとチェルシーたちのところへと駆け寄っていった。そこからイヌネコ団の面々は下の階へと駆け下りていった。一年生の教室は三階にあり、二年生は二階、三年生は一階といったように学年が上がるごとに教室は下の階へとなっていく。

 階段を下っていると、二階から下に降りようとした別のギルドとかちあってしまった。ソウジはまずはクラリッサを護ることを最優先して『黒壁ブラックウォール』を展開する。


「ったく、次から次へとキリがないな!」


「一度、どこかに隠れて休んだ方がよさそうですね」


「まあ、それもここを切り抜けられたらだけどな」


 とりあえず一度、上の階に避難しつつ、再びチェルシーの『ウィンドボール・クイックカーブ』で死角からの牽制弾を次々と放っていく。相手は見たところ三年生。経験も使える魔法の種類もこちらより多いことは間違いない。かといって、まだはじまったばかりなのに星眷魔法は使いたくない。

 ソウジの『黒壁ブラックウォール』を塹壕にしつつ、互いに射撃系の魔法で牽制していく。相手にも防御魔法は使えるもののソウジの『黒壁』よりも強力で安定性のあるものは流石に維持できないらしい。長期戦になりそうだと分かるや否やすぐに撤退していった。


「物わかりが良くて助かるね。さすがは三年生だ」


 こちらにはいざとなれば星眷魔法がある。それは向こうも知っている。今は使っていないがこちらの気が変わって星眷魔法を使われたらリタイアは確実だ。たとえこの場で勝てなくても上位四チームにさえ残っていれば予選は突破できる。つまり逃げ回ればチャンスがあるということで、ここで無理に戦って消耗するのを避けたという選択だ。


「相手があんな感じの人達ばかりなら、こちらも消耗しなくて済むんですけどね」


「そうだとしたら苦労しないけど、そういうやつらばかりじゃないのが辛いトコよね。ただでさえうちは結構目ぇつけられてるし」


 なにしろ『黒魔力使い』に『半獣人ハーフ』が二人である。いくら黒魔力に対する差別的な風潮が抑えられてきたとはいっても内心は面白くないと思っている者たちが多いはずだ。それに、実力という点でも『厄介な奴ら』という認識は広まっている。倒した時にとれるポイントの量的な意味でも、イヌネコ団がターゲットにされるのはおかしな話ではない。


「とりあえず、今はさっさと移動しようぜ。あちらさんの気が変わってまた狙われたらオレらも消耗するし」


「……同感」


 ソウジたちは背後からの襲撃にも気を配りつつ、階段を下りていった。そのまま何事もなく一階にたどり着く。階段にトラップを仕掛けていることを危惧したが、まだはじまったばかりでトラップをしかける余裕がないらしい。とはいえ、ソウジたちも呑気に階段にトラップをしかけている余裕はない。そうこうしている間に背後から襲撃されるのは困る。最悪の場合、真正面と背後から同時に襲われる場合もあるのだ。

 校舎というスペースの限られた場所からの撤退を第一目標としたイヌネコ団はそのまま校舎の外へと向かった。とはいえ、校庭に飛び出せばいい的となる。逆に建物の中から誰かが狙っていないとは限らないのだ。


(こんなことなら一回、屋上にも行っておくべきだったか?)


 一度、行ったことのある場所ならば転移魔法で行けるようになる。この結界の中は一からまた構成された世界。つまりこの結界の中にソウジが入るのは初めてということになり、いつものようにいろんな場所を転移して行くことはできない。よって、屋上から誰かが狙ってきた場合、それに対処するときはさきほどの三階に転移してから屋上に向かうしかない。が、今さらここまで来てそう考えても仕方がない。


「よし、なんとか外に出れたわね。隠れることのできる場所を探しましょう。逃げるにしてもいざというときはソウジの転移魔法があるし、外がだめならまた転移して中に戻ればいいわ」


 クラリッサの指示に従い、イヌネコ団の面々は出来るだけ物陰に隠れながらの移動を開始した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ