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黒の星眷使い ~世界最強の魔法使いの弟子~  作者: 左リュウ
第三章 五大陸魔法学園交流戦 前編
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第四十七話 リキッドモード

 ソウジはあの水属性の邪人に倉庫に叩きつけられた際、咄嗟に『スクトゥム・デヴィル』を眷現させて何とか敵の攻撃から身を護ることが出来た。そこから一気に跳躍して、フェリスとユーフィアの前に降り立つことが出来たというわけだ。正直、ギリギリではあったものの何とか間に合ってよかった。

 どうにかしてこの姿に変身する必要があったので、いかにしてユーフィアから隠れるかが問題だった。が、フェリスが来てくれたことであえて敵の攻撃を受けて吹っ飛んで身を隠して変身する、という作戦が上手くいった。


「……黒騎士様……?」


 背後からユーフィアの声が聞こえてきた。その声は震えており、どれだけの恐怖を味わったか計り知れない。


(……ごめん。怖かったよな)


 彼女に恐怖を与えてしまったという事実を心の中で謝罪する。今、自分がすべきなのは謝罪ではない。目の前にいる邪人を倒すことだ。


「彼女を頼む」


 と、あえて名指しをせずフェリスに向けた言葉を残し、ソウジは白銀の剣を片手に邪人に対して突っ込む。レーヴァテインモードに変身することも考えたがあれは火属性だ。目の前にいる水の邪人に対しては逆に不利になる。黒魔力は五大属性に対しては苦手な属性が無いのが強みだ。いってしまえば水だろうが火だろうが五分で戦える。


「貴様が黒騎士か」


「まあ、世間様にはそう呼ばれてるよ」


 そんな言葉をかわしつつ、ソウジは白銀の刃を振るう。水の邪人は腕に作り出した水の爪で応戦する。荒々しく振るわれたその爪の攻撃をソウジは剣で弾きつつ、地面を蹴って華麗に宙を舞う。タイミングが唐突過ぎた為か、邪人は不意を突かれたようにして一瞬だけ体を硬直させた。その隙を突いて上から剣を振り下ろす。

 一閃。

 邪人の体が切り裂かれ、そこからドッと赤黒い魔力が噴き出る。傷口が再生されないのを見て邪人が驚いたような反応を見せた。ソウジからすればそれすらも隙となる。剣を振るい、更なる一撃を加えていく。体が切り裂かれていき、傷口という形でダメージを蓄積していく水の邪人。


「トドメだ」


 最後に『魔龍斬デヴィルストライク』を放とうとしたその瞬間、ソウジに向かって無数の火球が放たれた。それを察知したソウジは『魔龍斬デヴィルストライク』の発動をキャンセルして剣で迫りくる火球を叩き切る。

 どうやら火の邪人がこちらに向かってきたらしい。火の邪人はソウジの背後にいるユーフィアにじろりとその視線を向けた。怪物と化した人物のその殺気だった視線を向けられたユーフィアは恐怖でまた身をすくませる。そのまま火の邪人はユーフィアに向かおうとしたが、その前にソウジが立ちふさがる。


「おっと。ここは通行止めだ」


 白銀の刃が、火の邪人の体を斬りつける。邪人はそれを両手に纏った炎で防いだものの、忌々しそうな視線をソウジに向けた。


「邪魔を……するな!」


「それは無理な相談だ。お姫様に会いたいなら、アポをとってからにしろ」


 言いつつ、ソウジは剣を構えて火の邪人に立ち向かう。対する火の邪人は炎の魔力を剣の形にして応戦する。その隙を見計らって水の邪人は撤退をはじめた。どうやら傷が再生しないのを見ての判断だろう。逃がすわけにはいかなかったが、目の前にいる火の邪人がそうはさせてくれない。それに、片方を追えばもう片方から背後から襲われるか、もしくはユーフィアを狙われる。

 つまり、今のソウジは全力で目の前の火の邪人を倒すしかなかった。

 火の邪人は空いた方の手に炎を収束させると、火球の形にしてそれを何発もソウジに向けて放った。背後にはユーフィアたちがいるので迂闊にかわせない。『アトフスキー・ブレイヴ』を盾にしてなんとか耐える。

 だが動きの止まったソウジを狙い、今度は火の邪人が炎の剣で斬りかかってきた。それを何とかして刃で受け止めるものの、火球を織り交ぜた攻撃に防戦一方となる。背後にフェリスとユーフィアがいるので下手に避けられない。放たれる火球を切断し、更に敵の炎剣をも受け止めていく。

 だが、そうした剣戟の合間を縫ってソウジは『黒刃突ブラックショット』を放つ。火の邪人はギリギリのところでそれに気が付いたのか、魔力を集めてガードした。だが、『黒刃突ブラックショット』の衝撃で吹き飛ばされ、距離をとることに成功する。

 ひゅん、と軽く剣を回して再び構えなおす。

 火の邪人は魔力を更に解放していく。そして、邪人の周囲には火球が次々と浮かび上がっていた。そしてそれは刃へと形を変えていく。より殺傷能力を向上させるための変化だろう。

 これをどうやって防ぐか。背後にいるユーフィアとフェリスに一撃たりとも当てるわけにはいかない。その前に全てを斬り落とすか。


「……ッ!?」


 思案していると、不意に『星遺物』であるブレスレットにはめこまれてある宝石が青く輝いた。


「これは……」


 これはあの時、レーヴァテインモードに変身した時と同じ感覚。ソウジはその宝石に魔力を流すと、ブレスレットから魔力が溢れだした。水の力が渦を巻き、鎧を青く染めていく。そして右手の『アトフスキー・ブレイヴ』が輝き、白銀の剣から青い槍にへとその形状を変化させた。

 流れ込んできたその力から、ソウジはオーガストの星眷である『ピスケス・リキッド』の力を感じとる。

 これがまた恐らくは、また左手の『星遺物ブレスレット』がもたらした力なのだろう。


「今度は『ピスケス・リキッド』か」


 正直、何がなんだか分からないし唐突に鎧が青くなった理由も分からない。しかし、これが悪いものではないということは分かる。ルナがソウジを護ってくれようと思って生み出してくれたこの力が、仲間であるオーガストのことを感じるこの力が悪いモノであるはずがないという確信があった。


「強いて言うなら、『リキッドモード』ってところかな……なら、この槍は『リキッド・ブレイヴ』ってことで」


 剣が槍に変わってしまったことは分からないが、これに秘められている水の力は目の前にいる火の邪人に対しては有効だ。丁度いいとばかりにソウジは槍を振るい、周囲に魔力で構築された水を生み出していく。やがてその水は刃へと形を変える。その光景を見た火の邪人はぎょっと驚いていたが、負けじと更に赤魔力を放出し、出力を上昇させていく。


「色が変わった程度で!」


「変わったのが色だけかどうか、思い知らせてやるよ」


 直後。

 騎士と邪人の双方から、無数の水の刃と火の刃が放たれた。激突したのはほんの一瞬。『五大属性の法則』に従ったかのように、水の刃がいとも簡単に火の刃を貫き、破壊していった。

 そしてそのまま水の刃は火の邪人に向かって空を切り裂きながら突き進む。


「ぐがッ!?」


 無数の水の刃が次々と火の邪人に突き刺さっていく。不利な属性であるためか、そのダメージは大きい。刃は深々と突き刺さっており、火の邪人は体の所々から赤黒い魔力噴出していた。そのままソウジは槍を構えて地面を蹴る。火の邪人は舌打ちをしながら炎剣を生み出して同じように地面を蹴った。

 槍と剣が激突し、火花を散らす。だが水と火という属性間の相性の利は確実にソウジに向いていた。ダメージを受けて動きが鈍った邪人をソウジは圧倒していく。

 邪人は負けじと炎剣を拡散する炎へと換えて目くらましを行う。視界を塞いだところを頭を狙ったパンチを放つ。だがソウジはそれをスウェーでかわし、そこから流れるように回し蹴りで逆に相手の頭部に一撃を叩き込んだ。その流れを崩さずに拳と蹴りを多用していく。最後に強烈なキックをお見舞いして距離をとると、ソウジは槍を軽く振り回してからその切っ先を火の邪人へと向けた。槍の先端に徐々に水の魔力が収束していく。


「『魔龍水突リキッドストライク』!」


 光の束となった槍の一突きが、火の邪人に炸裂した。火の邪人はその一撃になす術もなく抗う事も出来ずに貫かれ、爆発した。邪悪な魔力が霧散し、中から全身をボロボロにした一人の男が倒れ伏す。

 ソウジは息を吐きながら、水の邪人が逃げ去った方角へと視線を向ける。その方向には既に邪人の姿は消えていた。どうやら完全に取り逃がしたらしい。あとに残されたのは、ソウジとフェリスとユーフィア。そして、物陰から様子を窺っていた観衆たちだけだ。観衆たちは噂の『黒騎士』を見て興奮したようにざわざわと口々に何かを呟いている。

 ソウジはというと、邪人を倒した以上はもうこの場に用はない。巫女の情報を得られなかったのは残念だが、下手に巫女について口にすると敵にソウジの周囲に巫女に関わる何者かがいると知られてしまう。正体を隠しているものの、王都に現れる黒騎士と巫女が何かしらの関わりがあると敵に悟られると、同じくこの王都にいるルナが巫女であるということを知られる危険性が上がるのが難しいところだ。


(けど、解せないな……)


 敵は他の王族を差し置いてなぜかユーフィアを狙っているように見えた。同盟をぶち壊すだけならば何もユーフィアだけを狙わなくても他の王族も狙えばいいはず。それなのにわざわざユーフィアだけを狙ってきた。だが今それを考えても仕方がない。あとはこの『再誕リヴァース』のメンバーであろう邪人に変身していた男を騎士団に引き渡し、後で騎士団にこの男との面会を求めてその時に巫女についての情報を探るしかない。

 ソウジがその場を去ろうとした瞬間、


「あ、あの、黒騎士様っ」


 ユーフィアが、ソウジを呼びとめた。


「またもや命を助けていただいて、ありがとうございます。一度や二度ならず、三度も……助けていただけるなんて……わたしはあなたには何もしてあげられないというのに。よ、よろしければお礼をさせてください! このユーフィア、黒騎士様の為ならばどんなことでもっ」


 ユーフィアの傍にいたフェリスが「どうするのですか?」とでも言いたげな視線をソウジに向けていた。ソウジとしては、勿論ユーフィアのお礼に付き合うつもりは無い。


「あー……お気になさらず。自分はただのお人好しですから。お礼はいりません」


 そのままユーフィアに有無を言わさずソウジは転移魔法でその場を離脱する。邪人を倒したことで黒い波動の効果は消失していた転移が可能となったのだ。そしてさっき変身前に吹っ飛ばされた位置に転移すると、周囲に人がいないことを確かめてから変身を解除する。そして何食わぬ顔でフェリスとユーフィアのもとに合流した。


「ゆ、ユーフィアさまー、ご無事でしたかー」


 ご無事も何も自分で助けたのだが、それを表に出すわけにはいかない。ユーフィアは合流してきたソウジに気が付くと、驚いたようにして声をあげた。


「ソウジさん! 無事だったのですか!?」


「え、ええ。なんとか……」


「よかった、生きていたのですね……! わたし、てっきり……ひっく……」


 緊張の糸が切れたのか、ユーフィアからポロポロと涙が零れ落ちてくる。


「うう……わたしを庇ったせいで、し、死んだのかと思ってました……わたしは黒騎士様に助けてもらえたのに、ソウジさんが死んでいたらどうしようかと……ご無事でよかったです」


「あ、あー。えーっと……」


 目の前にいるユーフィアという少女はソウジの無事を心から喜んでくれている。安堵してくれている。自分だけ助けられたことに罪の意識を抱いてしまうような、そんな優しい子に心配をかけて涙を流させてしまったことに罪悪感を覚えたソウジは出来るだけ彼女を安心させようと、


「じ、自分も黒騎士さんに助けられたんですよー。だからユーフィア様、泣かないでください」


 隣にいたフェリスが「えっ」というような視線を向けてきたのはこの際、見なかったことにする。


「ソウジさんも……黒騎士様に……?」


「そうそう。そうなんですよー」


 どこか棒読みっぽいが気にしないでおくことにする。と、ソウジは自分に必死に言い聞かせた。

 だがこれが悪手だったことにソウジはすぐに気が付いた。なぜなら、ユーフィアの表情がぱっと明るくなり、瞳がキラキラと輝きだしたからだ。これはまずいと直感で悟も時すでに遅し。


「あのっ、黒騎士様はユーフィアのことは何か言ってましたか?」


「え?」


 ユーフィアは今や期待に胸を躍らせる一人の少女と化していた。隣にいるフェリスのジトッとした視線が痛い。しかもなぜか不機嫌そうに頬を膨らませている。


「えーっと……」


 ここでもし何も言っていないといった場合は確実に落ち込むだろう。せっかく、先ほどまでの恐怖を振り払うことが出来たというのにまた落ち込ませるなんてことはソウジには出来なかった。


「………………………………あ、はい。よろしく言っといてくれっていってましたよ」


 言ってしまった。


「ほ、本当ですか!?」


 ぱあっと笑顔を見せるユーフィア。そんな彼女とは対照的にフェリスはというと、


「…………ソウジくん?」


 隣で頬を膨らませてかなり不機嫌そうにしていた。なぜだ。


「は、はい……」


「あとで、お話があります」


 にっこりとした笑みを浮かべるフェリス。だがソウジにとって、そのフェリスの笑顔がとても怖かった。

 ユーフィアはというと、黒騎士によろしく言われたことに感動しているのか「黒騎士様……!」と恋する乙女の表情で嬉しがっていた。なんだか明らかな選択ミスをしてしまった気がしてならないソウジではあったが、とりあえず先ほどまで涙を浮かべていた少女に笑顔が戻ったことは、喜んでもいいだろうと思った。


 ☆


 その後、ユーフィアを騎士団の護衛まで送り届けたところで本日は解散となった。邪人襲撃の混乱もあってか同盟の儀は明日に持ち越されることになり、ソウジはその場でお役御免と言い渡された。あとは騎士団が彼女をかくまってくれるだろう。ソウジとフェリスはそのあと、イヌネコ団の面々の元へと戻るためにフェリスに案内されて『月影院』にまでの道を歩く。


「まったく! どうしてあそこでユーフィア様に迂闊なことを言うんですか?」


「いや、それは悪かったって……」


「黒騎士の正体がバレる可能性だってあるんですよ。そうでなくとも、ソウジくんと黒騎士には何らかの関係性があるかもしれないって思われたらどうするんですか!」


「でもそれは、ユーフィア様が俺を心配してくれたことは確かだし、心配かけちゃったことも確かだし、それに泣いてたから……少しでも、ユーフィア様を元気づけられたらと」


「それにしたってもう少し方法があったんじゃないかと言っているんです!」


「……はい。それはもう、おっしゃる通りで」


「ていうか! ソウジくんちょっとユーフィア様にデレデレしすぎなんじゃないですか? 確かにユーフィア様はかわいいけど……でも、ここ最近のソウジくんはちょっと女の子に対してデレデレしすぎです! 見境なさすぎです! ルナだけじゃなくてクラリッサやユーフィア様にまで!」


「いや、ちょっと待って。それってあんまり関係ないような……ていうか別にデレデレなんかしてな」


「何か言いましたか?」


「いえ別に何も」


 なぜか不機嫌なフェリスをなだめつつ、『月影院』に戻ってきた二人。

 院の中に入ると、レイドを含めたイヌネコ団のメンバーたちが険しい顔をしているのが見えて、ソウジが入ってくると同時にみんながぱっとほっとしたような表情を見せた。


「ソウジ、フェリス! 無事だったのね!」


 一番にクラリッサが駆け寄ってきて、ほっとしたような表情とちょっとした笑顔を見せてくれる。ソウジはそんなクラリッサの様子に苦笑しながらぽん、と彼女の頭に手を乗せた。


「うん。なんとか」


 わしゃっと軽くクラリッサの頭を撫でてやると、クラリッサが気持ちよさそうな表情を見せた。耳もピコピコと嬉しそうに動いていてかわいい。


「ありがとな。心配してくれて」


「ふ、ふんっ。とーぜんよ! だってアンタたちは、わたしのギルドのメンバーなんだし!」


 いつもの自信たっぷりのドヤ顔でふんぞりかえるクラリッサ。

 ソウジからすればとても微笑ましい。


「……ソウジソウジ」


「ん?」


「……わたしも、心配だったよ?」


 気持ちよさそうにするクラリッサを見てチェルシーが「撫でて撫でて」とでも言わんばかりに期待に目を輝かせているのを見てソウジは苦笑しつつ、彼女の頭をなでる。


「♪」


 機嫌よさそうにするチェルシーを見ていると、


『………………………………』


 フェリスとルナがジトッとした視線を向けてきたのでそれ以上は抑える。

 またお説教をくらいたくはない。というより、そもそもなぜお説教をくらうのかがソウジには理解できなかったが。

 とりあえずソウジは何が起こったのかをクラリッサたちに説明した。邪人が襲撃してきたこと、転移魔法が使えなくなったこと、邪人がユーフィアを集中的に狙おうとしたことなどを。


「それはまた妙な話だな。同盟をぶち壊すだけならばユーフィア様だけを狙う必要はないのに」


「俺もそう思うよ。だからちょっとやつらの目的がよく分からないんだよな……本当に同盟をぶち壊すのが目的なのかなって」


「……何か別の目的がある?」


「その可能性がある。そしてそれに、ユーフィア様が大きくかかわっているってことも」


「だとしたらよ、奴らにはどんな目的があるっていうんだ?」


 そこで全員が黙り込んで考え込む。ソウジも同じようにして黙り込みつつ考えていたが、何も思い浮かばない。……ある一つの可能性を除けば。

 ――――巫女。

 アイン・マラスがルナに向けて言った一つの単語。

 もし、巫女と呼ばれる存在がルナの他にもいたとして、そしてそれがユーフィアだったら?


(……でも、ユーフィア様は魔法が使える)


 ルナは魔法が使えない。だがユーフィアは魔法が使える。そこが二人の明確な違いである。

 そもそも、魔法が使えないという人間自体が珍しい。それこそ、ルナ以外の人間で魔法が使えないという人は聞いたことが無い。だからこそ、ルナは魔学舎で肩身の狭い思いをしてきた。前例があったならばルナが魔学舎を辞めるほどつらい思いをせずに済んだはずだ。そしてソウジは、ルナが魔法を使えないのは巫女と呼ばれる何かしらの力が存在かが関わっているのかと推測していた。

 となれば、魔法の使えるユーフィアは巫女から除外されることになる。しかし今のソウジには『再誕リヴァース』がユーフィアを狙う特別な理由の中に巫女以外の可能性が思い当たらない。もちろん、敵に対する情報が不足しているという事もあるのだが。

 ソウジは巫女のことをみんなに話すかどうか悩んでいた。しかしどうしたってみんなに話すとルナにそのことが聞き及ぶ可能性がある。そうすると『再誕リヴァース』が巫女の情報を持つという理由でルナを含むみんなを狙ってくるかもしれない。やはり巫女に関しては自分の心の中に留めておく。


(ごめん。クラリッサ)


 昨夜、同じベッドの中でソウジのことを心配してくれたイヌミミ少女に対して心の中で謝罪する。

 今はまだ言えない。彼女たちに巫女に関する情報を渡すことは危険に繋がるかもしれないから。

 やはりそういった意味では黒騎士の正体を伏せているのは正解だ。『再誕リヴァース』に明確に反逆した黒騎士の正体がソウジだとバレるとイヌネコ団のみんなに危害が及ぶかもしれない。

 その後も今回の襲撃の件についてみんなであれこれ話し合ったものの、情報が不足しているので特に進展は無かった。

 その日、ソウジたちは『月影院』の子供たちとお別れを済ませてから寮に戻った。そして次の日になるとソウジはさっそく騎士団の方へと向かい、昨日ソウジが倒した水の邪人に変身していた男に面会を申請した。だが実際に会ってみると火の邪人に変身していた男は巫女について何も知らないようだった。というより、またもや『巫女』に関する記憶がすっぽりと抜け落ちているような感じがした。

 どうやら騎士の人に聞いても襲撃しようとした理由が記憶から消されているらしく、自分が邪人に変身したことすらも忘れていた。どうやらあの『邪結晶イーヴィルクリスタル』を手渡した者が何かしらの細工を施したのだろうということらしい。

 つまり、相手に情報を渡さないための措置……の中に巫女に関する情報があって、一緒に消えてしまったのかもしれないし、元々あの男は巫女のことについて何も知らないということなのかもしれない。

 同盟の儀に関しては、後日行われた。その際には特に襲撃といった襲撃やトラブルもなく、無事に終わった。ソウジもユーフィアの護衛として付き添っていたが、ユーフィアに特に変わった様子はなく、強いて言うならば黒騎士について以前よりもやや熱く、そして厚く語りだしてくるところだろうか。ソウジとしては苦笑いするしかないのだが。

 護衛が終わる頃、ユーフィアはソウジに向かって優雅に一礼した。


「ソウジさん、ありがとうございました」


「いえ。ユーフィア様の護衛をさせていただいて光栄です。あまり役には立てませんでしたが」


「そんなことはありません。ソウジさんがいなかったら、今頃、私はここにはいませんでしたから。お怪我の方は大丈夫ですか?」


「はい。おかげさまで、もうすっかり治っていますよ」


 元々、ソウジには再生能力がある。あのぐらいの傷ならばすぐに治る。

 ただあの再生能力は不思議なもので傷が深ければ深いほど再生スピードが上がり、逆に言えば傷が浅ければ浅いほど再生スピードは落ちる。それでも、普通に治すよりよっぽど早いが。


「そうですか。よかったです……」


 ユーフィアがほっとしたように安堵の息をついているのを見て、彼女の優しさに少しふれたような気持ちになった。


「ユーフィア様、そろそろ……」


「わかりました。ソウジさん、それではまたいずれ」


「はい。ユーフィア様」


「ふふっ。次にお会いすることが出来た時には、また学校でのお話を聞かせてくださいね?」


「よろこんで」


 最後にこんなやりとりをして、ユーフィアはエルフの大陸へと帰って行った。とはいえ、また近々行われる五大陸魔法学園交流戦の際には戻ってくるらしい。

 それが訪れる日は近く、遠い。

 学園生活は夏休みを控えてより慌ただしくなるようになった。夏休みに入る前に夏の課題がドッサリと出てレイドたちが四苦八苦するようになった。夏休みに入る前に夏休みの課題が出たのは、今年は夏休みの間に夏のランキング戦と五大陸魔法学園交流戦があるために課題をやる時間が少ないと考えた学園側の配慮だろう。当然、夏のランキング戦に備えた猛特訓も控えている各ギルドは一心不乱に課題に取り組むはめになる。そしてそれはイヌネコ団も例外ではなく、特にレイドが頭を抱えていた。

 ソウジがほぼ毎日通っている図書館は、いつもとは違って課題に取り組む生徒たちであふれかえるようになった。何かと資料がそろっている図書館ならば課題をするのにも楽だからだろう。

 ソウジはソフィアにかけられた呪いを解くための『星遺物』に関する資料を集めようとまた本をいくつも借りてから自分の課題もこなしていく。ソフィアから借り受けた本を参考文献にしてレポートを書き込んでいき、スラスラとレポートを完成させていった。

 ギルドホームを持っているギルドは基本的にギルドホームで課題をやっている生徒が多い。イヌネコ団もその例にもれず、図書館から借りてきた資料を持ち寄ってギルドホームで課題に取り組むという姿がここ数日では定番となっていた。


「あー、もうっ! レポートに必要な参考文献、図書館に行っても全部貸出し中だったわ。さっさと帰ってきてくれないとできないじゃない!」


 ギルドホームに入ってくるや否やクラリッサのご機嫌は斜めである。

 特別支援金や将来の進路のこともあるので勉強に関しては割と真面目に取り組んでいるクラリッサだが、肝心の参考文献が図書館で軒並み貸出し中とあってはどうしようもない。そういったときはソウジが『黒空間ブラックゾーン』からソフィアにもらった参考文献になりそうな資料を取り出してパスしてやる。


「ありがと、ソウジ! 助かったぁ~」


 こうしてクラリッサやチェルシーと関わっていると分かったことが一つある。彼女は嬉しくなるとイヌミミがピコピコと動く。どうやら無意識にらしいが。


「お疲れ様です。ソウジさん」


 と、ソウジが課題をひと段落つけたことを見計らってきたのかルナがジュースと一緒にお菓子も持ってきてくれた。


「みなさん、大変そうですね」


「まあ、今年は時期が時期らしいからなぁ。夏休みはいる前に課題を片づけなくちゃならないのは分かってるんだけど、いかんせん数が多いからやっぱ大変だよな」


「でも、みなさん楽しそうです」


 ルナはどこか寂しそうにクラリッサたちのことを見ていた。確かに、ソウジの目から見てもみんなわいわいと話しながら課題に取り組む姿は楽しそうに見える。魔学舎に通う事をやめてしまったルナからすれば、その光景はどこか眩しく見えるのだろう。


「……ルナは来年、どうするんだ? この学園に生徒として入学するのか?」


「ブリジットさんにも勧められましたけど……まだ決めてないです」


「決めてない?」


「はい。最初は、ずっとこの学園で働いていようと思っていました。前々からブリジットさんには学校に通ってみないかと言われてたんですけど、その時はきっぱりと断っていました。でも、最近ソウジさんたちを見ていると……わたしも頑張って、通ってみようかなって、考えるようになったんです。魔法が使えないわたしがこの学園に通っても、意味ないかもしれませんが」


「……そっか」


 だが、ルナにとってそれは大きな心の成長なのだろう。外の世界に目を向けるようになった。その点に関してはソウジとどこか似た部分がある。


「だから今は考え中、です。魔法の使えないわたしにそもそも入学する資格があるのかさえわかりませんし」


「でも、もし通えるようになったら後輩になるんだよな」


「そうですね。ソウジさんたちの後輩さんになります」


 まだ考え中、と言っている割にルナの表情はどこか優しげで、楽しげだ。確かに入学することが出来るのかは分からないし、仮に入学することが出来ても肩身の狭い思いをするのは変わらないのかもしれない。だが学園を出ることは将来、何をするにしても一つの経歴になるし出ておいて損はしない。ソウジの前世でいうところの大学のようなものだ。学園を出ていることは『教育を受けた』という一つの証明になる。

 ブリジットはきっとその辺りのことも考えてルナに学園に入学することを勧めたのだろうが――――でもきっと、ルナに同年代の友達が増えてほしいと願ったことも、確かだろう。


 慌ただしい日常はあっという間に流れ、ついに夏のランキング戦が開幕しようとしていた。



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