第四十一話 話し合い
さきほどソウジが路地裏で助けた少女。それは、エルフの王の娘であるユーフィアだった。
だがソウジはこのユーフィアという少女に見覚えがあった。それはこの少女がお姫様だったというわけではなく、この王都でソウジはこの少女を前にも一度、助けている。
春のランキング戦の後の時期、休日にルナとイヌネコ団のみんなと一緒に王都に買い出しに来ていた際にソウジは人攫いを見つけ、この姿に変身してその人攫いを倒した。その際に助けた少女がユーフィアだったのだ。
「その方は、さきほどわたしを助けてくれました。それだけでなく、以前、この王都に来た時にも助けていただいたことがあるのです」
「ま、まさか彼が姫様がおっしゃっていたというあの……?」
「そうです。黒騎士様ですっ!」
ユーフィアはキラキラとした瞳でソウジを見る。その視線が当のソウジ本人からすればちょっと恥ずかしい。普段は周囲の生徒たちからの評判が悪いだけにこういった視線で見られるのは慣れていないのだ。しかし、ユーフィアはすぐに毅然とした態度を取り戻した。
「わたしを助けてくれた彼に対してさきほどの態度は何ですか? それに、魔力の色で相手を侮辱する発言は許されませんよ。今回の同盟の儀には魔族の方々も来られるのです。ここにいる彼だけでなく、魔族の方々にも失礼だとは思わないのですか?」
ユーフィアに指摘されて先ほどソウジを庇ったエルフ以外の騎士エルフたちは黙り込んだ。自分たちの発言があまりにも軽率だったことを今さら気が付いたのだろう。どうやら下にいる人々も落ち着いてきたようだ。あとは刺激しないようにここから姿を消してから転移魔法で戻ればいい。
「待ってくれ」
ソウジがその場から離れようとしたとき、先ほどソウジを庇った騎士エルフがソウジを呼びとめた。振り向くと、その騎士エルフはぺこりと礼儀正しく頭を下げる。
「以前、そして今回と二度も姫様を救ってくれたことに、礼を言う。部下の発言に関してはすまなかった。後でちゃんと言い聞かせておく」
「別に気にしてないからいいよ。それよりも今度はちゃんと、そこのお姫様を護ってやってくれ」
「ああ。わかった」
「あ、あのっ!」
今度はユーフィアがソウジを呼びとめる。
「二度も危ないところを助けていただいて、ありがとうございましたっ! よ、よろしければお話を……いえ、せめてお名前だけでも!」
ここで正直に名乗るほどソウジもバカではない。もしも正体がバレたらどうなるか分からないし王都の外で戦闘行為をはたらいたとあっては自分だけの責任では済まない。ギルドのみんなにも迷惑がかかる。それに、これから『再誕』と戦うことになったとしても正体を伏せておくのはメリットにもなるのだ。
「好きに呼んでくれ。あと、もう一人で不用心にフラフラ外を出歩くなよ。お姫様」
最後にそれだけ言い残すと、ソウジは今度こそその場から離れた。
そんなソウジの後ろ姿を見送るユーフィア。以前、助けられた彼に会いたくて、彼にお礼を言いたくて飛び出してきたがまたもや助けられてしまった。それも名前も名乗らずに去ってゆくその姿に目を奪われる。
「黒騎士様……」
まるで恋する乙女のように、ユーフィアは頬を赤く染めながらきゅっと両手を握るのだった。
☆
例の如く人けのない場所で変身を解除したソウジはフェリスたちのところへと戻ってきた。騒ぎが大きくなったおかげか人はさきほどのユーフィアたちのいる場所へと集まっている。
さきほどソウジは、人混みの中でぶつかった少女、ユーフィアにどこか見覚えを感じていた。それだけでなく、彼女が怪しげな気配から追いかけられていることを悟ったソウジは彼女を追いかけた。そうしているうちにあの現場を目撃し、変身して邪人の前に現れたという次第だ。
「まさかあの時の子がエルフのお姫様だったなんてなぁ」
とりあえず喫茶店に入って何があったのかをみんなに説明した。
突然ソウジがどこかへ行ってしまったことで心配していたので状況をあらためて説明したのだ。
「『再誕』か……だがなぜ、そいつはユーフィア様を狙っていたんだ?」
オーガストの疑問も、もっともであり、ソウジはそれを考えていた。
そもそも以前も『再誕』はユーフィアを攫っていた。
彼女がどうして執拗に狙われるのか。
「……たぶん、明日の同盟の儀が関係していると思う」
ソウジが考えた結果がそれだ。
「あいつらは、魔王の復活が目的だって言ってた。魔王っていうのは要するに、他の種族に戦争をしかけた魔族の王様だろ? だけど明日の同盟の儀は、その魔族が他の種族と結ぶものだ。かつてこの世界全てを支配した魔王と同じ種族の者が他の種族に対して友好を示す。そのことがあいつらは許せないんだと思う。確実にとは言えないけど。でも、あいつらは魔王を崇拝しているような感じがしてたから……それにアインも、他の種族のことは見下してる感じがしてたから。だから今回の同盟はあいつらにとっても許せない。だからエルフのお姫様を殺そうとしたのかも。人けの無い場所で殺せば、疑いがかかるのは魔族だ。同盟の儀をぶち壊せるかもしれない」
「……つまり、明日の同盟の儀にも何か起こるかもしれないということですか?」
フェリスの言葉にソウジは静かに頷いた。
「これはあくまでも俺の予測だけどな」
「だけど、実際にお姫様が狙われたよなぁ……つーか、どうしてお姫様は一人でフラフラ出歩いてたんだ?」
レイドの疑問も当然だ。ソウジもそこが気になっていた。
「そういえば、ブリジットさんが言ってたんですけど……どうやらエルフのお姫様はとても、なんというか、お転婆な方らしいです。普段もよくお城を抜け出して外に出ているとか」
「だから今回も抜け出してたのか……」
ルナの情報にソウジは思わずため息をつく。自分が狙われる身ということを自覚しているのだろうか。というかなぜブリジットがそんなことを知っているのかはこのさい何も聞かないでおく。
しかし、『再誕』が裏で動き出しているとなるとソウジとしても放ってはおけない。何しろ彼らは魔王の復活などというロクでもないことを企む者たちだ。
(それに……)
ソウジはルナへと視線を移す。あの時、アインに捕まっていたルナは謎の力を発揮してソウジを助けた。『星遺物』という力を生み出して。だがそのことをルナはどうやら何も覚えていないらしい。ルナの持つ『星遺物』を生み出すという力。それを知ればきっと『再誕』は動き出す。そうでなくとも、その力についてやつらは何か知っている可能性がある。
――――そうか……貴様は――――巫女だったのか……ッ!
あの時のアインのセリフが頭の中で蘇る。
巫女。
確かにアインは、ルナのことをそう言った。
では、巫女とは何なのか? その答えはきっと、『再誕』が握っている。アインにそのことを問いただそうとして騎士団にアインを慕っていた生徒を装って面会を申し込んだがアインはどうやらその時の記憶が抜け落ちているらしかった。あの時の、食堂でソウジと戦ったことを何一つ覚えていない。まるで記憶を抜き取られたかのような。
手がかりは潰えてしまった。
だがルナに聞いても分かるはずもなく、あの時、アインに捕まった時の事を思い出させるわけにもいかない。『星遺物』を生み出すルナの力は、ソフィアの呪いを解くという目的を持つソウジとしても是非知りたいことだ。だが言ってしまえばそれはソウジの個人的な事情。そのことで尚更ルナに迷惑はかけられない。だから巫女については『再誕』のメンバーから探りを入れるのが手っ取り早い。だが問題はその方法だ。巫女のことを尋ねればソウジの周囲に巫女の存在がいるかもしれないということを知らせることになる。黒騎士に変身していればその正体を知られない限り大丈夫とも考えられるが、少なくともこの王都のどこかにいるということは限定されてしまう可能性がある。
どうやって巫女のことについて探るか。そのことがソウジにとっての課題の一つだった。
とはいえ、
「明日やつらが動き出すとしたら、多分それはパレードの最中だ」
パレードはこの王都の中央の大通りを五つの大陸の王たちが馬車に乗って王宮に向かう予定だ。
狙うならそこだろう。もしも『王領域』に入り込んでしまうと警備が更に厳重になる上に特別な結界がはられる。狙うのは難しい。
「そこを迎え撃つ」
恐らく相手は『邪結晶』を持ち出してくるだろう。ならば普通の星眷使いでは手に余る相手だ。何故かは分からないが、ソウジの持つ『アトフスキー・ブレイヴ』と『スクトゥム・デヴィル』は邪人相手に有効だ。戦える力があり、止める力もある。敵が来ると分かっているのに黙っていることなんてできない。それはソウジにとって見捨てるのと同じだ。
「だから、明日みんなは……」
「寮に戻って大人しくしてろ、なんて言わないでよね」
と、ソウジの言葉に対して先手を打ったのはクラリッサであった。
「……言おうとしたけど」
「冗談でしょ。またアンタ一人でやらせないわよ。わたしとしては……その、ずっとソウジ一人に頼りっぱなしで申し訳ないし……」
どこかしゅんとした様子のクラリッサ。どうやら春のランキング戦や以前の『再誕』が学園を襲撃してきた際にソウジ一人をいかせてしまったことにいまだに責任を感じているようだ。
「いや、別に俺は大丈夫だって」
「そ、それでもよ! いつもいつもソウジに全部押し付けてて……わたし、一応ギルマスなのに何の役にも立ってないし……だから今回ぐらいは、」
クラリッサが何かを言い終わる前に、ソウジは軽く彼女の額を指で小突いた。
「いたっ。って、何するのよ!」
ぷんすかと怒るクラリッサに対して、ソウジは至極真面目な顔をする。
「今のはちょっと聞き捨てならないかな」
「な、何がよ」
「クラリッサが何の役にも立ってないってところ。クラリッサは普段からよくギルドマスターとして俺を含めたみんなの面倒を見てくれてるし、頑張ってるだろ。この前の襲撃事件の時だってみんなと一緒に戦ってくれたじゃないか」
ソウジのまっすぐな視線と言葉にクラリッサは視線を逸らした。
そんなクラリッサを見てチェルシーがソウジに向かって、
「……ごめんね? ソウジ。クラリッサはとっても恥ずかしがり屋さん」
「う、うるさいわよチェルシー!」
顔を真っ赤にしてぽかぽかとチェルシーに両手をぶつけるクラリッサ。その姿はどこからどう見ても小さいお子様である。
「……でも、ソウジ一人にやらせないっていう部分は、クラリッサに賛成」
チェルシーが相変わらずのクールな表情のままソウジの瞳をじっと見る。
「え?」
「おうよ! オレも同じことを考えてたぜ、チェルシー!」
「フン。その点に関しては僕も同意してやる」
今度はレイドやオーガストまでもが賛同する。
そしてフェリスとルナの方に視線を向けてみると、二人そろってその目がチェルシーと同じことを考えているという事が分かる。
「……まさか、一緒に来るなんて言わないよな」
「そのまさかです」
ニッコリとした表情を浮かべるフェリス。
「あ、あのなぁ! あいつらは危険なんだ。『邪結晶』の力だって知っているだろ? あれは星眷使いですら対処するのが難しいんだ。そんな危険なやつらを相手にするかもしれないのに……それに、外で戦ったら学園側から処罰が下るだろ? だからみんなは大人しく待っててくれ」
許可もなく学園の外で戦闘行為をはたらけば処罰される。自分の命を護るためならば別だろうが、自分たちから危険な場所に突っ込んだ限りでは、たとえ自分の命を護るために魔法を使って戦ったとしても処罰は免れないだろう。
「その点に関しては大丈夫です。わたしの家から警備の人間を出すことになっているので、そこから紛れ込めます」
と、フェリスは自信たっぷりに言うが、ソウジはその手を封じる落とし穴を既に見抜いていた。
「それ、フェリスのお姉さんが許可するのか? 学園の行事でもないのにフェリスを警備なんて危険なところに出したらあの人、発狂しそうだけど」
「…………あっ」
どうやら考えていなかったらしい。
「だが、『十二家』の力で警備の人間として潜り込むのは良いアイデアかもしれないな。僕が何とかしよう」
フェリスを封じたとしてもオーガストがいた。
「フェリスは…………すまん。諦めてくれ」
「どうしてですか!?」
「…………」
「目を逸らさないでください!」
どうやらオーガストはエリカのことを考えると怖いらしい。だがその気持ちは分かる。『学園最強』である生徒会長からあれだけ溺愛されているフェリスを警備などという危険なポジションに送り込めない。
「いや、まてまてまて。勝手に話が進んでるけど俺は絶対に認めないからな」
「うっさいわね。ソウジが認めなくても勝手にやるわよ。こっちにだって護らなきゃいけないものだってあるし」
「護らなきゃいけないもの……?」
ソウジが首を傾げる。クラリッサはぷいっとソウジから視線を逸らしつつ、ボソリと呟いた。
「……明日のパレード、あの子たちも来るのよ」
「あの子たちって……孤児院の?」
クラリッサとチェルシーは無言で頷いた。
彼女たちの実家は孤児院である。二人はそこで育った。そもそもクラリッサがチェルシーと共にギルドを作ったのも、その孤児院への仕送りを少しでも増やすためだ。『イヌネコ団』というギルド名も、その孤児院にいる下の子供たちが考えてくれたものである。
「……院長から手紙がきた。明日のパレード、みんなも楽しみにしてるって」
「凄く楽しみにしているらしいから今さら来ちゃダメなんて言えないし。だから、わたしはお姉ちゃんとしてちゃんと護ってあげなきゃいけないのよ。あの子たちの楽しみにしているパレードを」
ぎゅっと小さな手で拳を作るクラリッサ。彼女にも彼女なりの理由があったらしい。
「ソウジ一人に押し付けたくないっていうのも本当。でも、あの子たちのパレードを護りたいっていうのも本当よ。だから、アンタに言われてもわたしは止まらないわよ」
決意をこめた表情でソウジを見るクラリッサ。彼女の小さい体には、いったいどれだけの決意と覚悟、そして護るべきものが詰まっているのだろう。
「ていうか、みんなもわざわざ付き合う必要はないわよ。これはわたしが個人的な事情で動くだけだし。だからオーガストやフェリスも、家の力を使ってまでしなくていいわ」
「フン。勘違いしているようだが、僕は別に君やソウジを手伝うわけじゃなくてだな…………あー、えっと、あ、あれだ! 『十二家』の者としてこの街に害を及ぼす輩を排除するだけだ! それに……」
オーガストはどこか暗い表情を見せ、ボソッと呟いた。
「……あのクリスタルで人が傷つけられるのを黙ってみていられない。それだけだ」
エイベルの作ったあの黒い結晶。今でいう『邪結晶』のプロトタイプのクリスタルで変身して暴走した経験のあるオーガストである。彼にも色々と思うところがあるのかもしれない。
「オレん家のチビたちも明日のパレードは楽しみにしてるみたいだからな。流石にあんな物騒なやつらが来ると分かってて黙っているのは性に合わないぜ」
バシッとレイドは自分の拳を手のひらに叩きつける。彼もこのギルドに在籍し、ランキング戦で順位を上げている理由は特別支援金で実家に仕送りするためだ。クラリッサやチェルシーと同じように家族を大切にしているレイドとしては、明日のパレードに迫る脅威から家族を護りたいと思うのも当然だった。
「わたしとしては、ソウジくんを放ってはおけませんから」
「ソウジさんはすぐに一人で無理をしますから」
フェリスとルナもどうやら引き下がるつもりは無いらしい。
これは困ったことになった。
最初、ソウジは明日のパレードでは一人で戦うつもりだった。実際、危険だからだ。相手は何をしてくるのかまったく分からないのだから。
しかし、目の前にいる少女たちは……イヌネコ団の面々はそういったことに関係なく、それぞれの信念と理由を持ち合わせている。経験上、こういった者たちは無理やり返してもはいそうですかとそう簡単には引き下がらない。それならば。
「……分かった。じゃあ、こうしよう。明日はみんなでレイドの家族とクラリッサたちの家族のところに一緒にいよう。もしも明日、何かあったらその子たちを護るって方向で」
「ソウジはどうするのよ」
クラリッサの疑問にソウジはあくまでも淡々と答える。
「もしも当日、あいつらが仕掛けてきたらとりあえずその子たちを護ることを優先するよ。でも『邪結晶』を使う相手が現れたらそっちに向かうけど」
どのみち、邪人にまともに対抗できるのはソウジだけだ。その辺りはクラリッサも理解しているのかうーと悔しそうに唸った後、了承した。
「それなら、わたしがみなさんと一緒にパレードを見れる場所を確保しておきますね。これなら姉さんも何か言ってこないでしょうし。みなさんのご家族も招待してあげてください」
「うわ、マジですか? よっし、うちのチビたち喜ぶぞー!」
「……わたしたちのところの子も、喜ぶ。ありがと、フェリス」
「いえ。わたしにはこれぐらいしか出来ませんけど」
ソウジとしては安堵するばかりである。
どうせ出てこられるならば一ヶ所にまとまってくれていた方が護りやすいし安心できる。これだけのメンバーが集まっていれば戦闘能力も申し分ないしソレイユ家の傍ならば尚更安心だ。
明日、『再誕』が襲撃を仕掛けてくるかもしれない。そんなことは恐らく学園側も理解しているだろう。だが邪人に真正面から対抗でき、有効である力を持つのはソウジの星眷だけだ。
みんなを護るため。『星遺物』を生み出すことのできる巫女に関する情報を得るため。『再誕』の活動を阻止するため。そして――――師であるソフィア・ボーウェンのため。
色々な理由はあるが、たくさんの人たちの笑顔があふれているこの平和な街を護るために動く。
理由なんて、たったそれだけのことでもいいとソウジは思った。