第四十話 帽子の少女たち
生徒会長の衝撃の挨拶が終わると同時にフェリスは顔を真っ赤にしたままダッシュで一人、教室に戻っていった。生徒たちは今年は魔族の大陸が参加してくるとあってその反応は様々だ。また、夏のランキング戦が今年はやや特殊な形式になるかもしれないということでそっちの方にも話題が集まっていたが。
その調子のまま昼休みを迎え、生徒たちは未だ生徒会長の話について熱く議論していた。
フェリスはというと、ルナを含む『イヌネコ団』の全員が揃ったテーブルにつくや否や突っ伏しており、いつもの礼儀正しいお嬢様はどこへやら、といった様子である。
「……まあ、同情するわ」
真っ先に口を開いたのはクラリッサだ。他のメンバーはなんと声をかけたらいいのか分からないといった様子だったのでギルドマスターとして満を持して先陣を切ったのだろう。
「相変わらずだったな、あの人は……」
オーガストも苦笑いである。
「……オーガストは、フェリスのお姉さんに会ったことがあるの?」
「僕の母とソレイユ家は交流があったからな。母が死んでからは交流もあまり無くなっていたので僕が知っているのは昔のエリカさんだけだが……うん。変わってないな。まったく」
チェルシーの問いにどこか遠い目をするオーガスト。きっとあの『私のかわいいフェリスたん』を第一章・前編から聞かされたことがあるのだろう。
「そういえば、わたしって生徒会長のこと全然知らなかったわよねー。それがフェリスのお姉さんだなんてびっくりよ。どうして隠してたのよ?」
「……姉さんのことは尊敬していますが、出来るだけ知られたくなかったといいますか」
そりゃ自分の幼少期から現在に至るまでの写真をばらまくような姉ならば出来るだけ隠しておきたいだろう。オーガストやルナもその辺のことを察してあえて黙っていたのだろうが。ルナも以前からこの学園にいたのだからエリカがどういった人物かは知っていたのだろう。
「フェリスさんにお姉さんがいたことは噂で知っていたけど、まさかあんなにも強烈な人だとは思わなかったぜ……」
「姉はあまり表だった活動はしていませんでしたから。そのせいで、あまり有名ではありませんでしたし」
フェリスの言葉にソウジは意外そうな表情を見せた。
「どうしてだ? フェリスのお姉さんの実力ならかなり目立つ気がするけど」
「…………………………わたしと一緒に過ごす時間が減るからと、あまり家を出なかったんですよね……」
「…………そ、そっか……」
ソウジはどうやらフェリスにとって気の毒なことを思い出させてしまったようなのでそれ以上は何も言わなかった。
ちなみにそのせいで貴族にはよくある社交界だのパーティだのにも滅多に姿を見せないらしい。
そのため、そんな姉に代わってそういった場に出席している妹であるフェリスの方が広く有名になったらしいのだが。とはいえ、他の大陸や一部の騎士、冒険者たちの間ではエリカ・ソレイユという名はかなり有名である。『交流戦』の二年連続優勝の立役者なのだからそれも当然か。
「でも、あんな姉なんですけど、強いことは確かなんです」
そう姉のことを語るフェリスの様子はどこか誇らしげだ。実際、フェリスの頭の中にある自分の強さの理想のイメージは姉のエリカである。それほどまでに彼女は強い。
「わたしはいろいろと……その、天才だとか……そういうことを言われているようですが、本当の天才は姉さんです。わたしなんかまだまだ姉さんの足元にも及びません」
「やっぱりなんだかんだ言って、フェリスさんはお姉さんのことが大好きなんですね」
というルナの言葉に対してフェリスは視線を逸らした。
「…………あ、はい……そーですね……」
どうやら尊敬はしていても大好きかどうかは別らしい。もちろん、嫌ってはいないだろうが肝心のエリカがアレなのでそういったところはやや微妙なところだろう。
「まあ、とりあえず生徒会長のことは今は置いておきましょう。それよりも今は夏のランキング戦に集中よ!」
夏のランキング戦は夏休み中盤に行われる。そして『交流戦』は夏休みの終盤に開催される。この二つは日程的にあまり差がない。ランキング戦は通常ならば一週間はかかるのだからそれを考えると思っているほど時間は無さそうだ。
「聞いた話によると『交流戦』で優勝すると賞金がもらえるらしいし! 絶対に『交流戦』にはわたしたちのギルドが出るわよ!」
どうやらクラリッサは今回の『交流戦』に必ず出場するつもりらしい。その瞳はメラメラと燃えている。
彼女の実家は孤児院であり、その仕送りのためにランキング戦で順位を上げているという側面がある。なので、賞金が獲得できるチャンスであるこの『交流戦』を見逃す手はないのだろう。
「まだどういった形式になるのかは分からないが、かなりの倍率になるだろうな」
何しろ『生徒会』と『風紀委員会』を除くこの学園の全てのギルドがライバルのようなものだ。一つしかない枠を争って戦うことになる。
「関係ないわ。どうせ、この学園にいるならいずれ戦わなければならないやつらばかりじゃない。それが遅いか早いかの違いよ」
クラリッサのいう事も分かるがそれをあっさり言い切ってしまう辺りが彼女らしい。
「というわけで、今日も放課後は特訓よ!」
そんなクラリッサの言葉に全員がしっかりと頷いた。
夏休みはもうすぐそこに迫っている。
全員が気を引き締め、最後の追い込みをかけようとしていた。
☆
新たに『五大種族平和同盟』が結ばれることになり、その同盟を結ぶ地にこの『ステジア王国』の『王都レーネシア』が選ばれたとあって街は活気づいていた。魔族の大陸が新たに同盟を結ぶという事態に街の住人達はそれぞれ思うところはあるものの、新たな王が決まってからは魔族の大陸も良い意味で変わったことを知る者は多い。基本的には、割りと好意的に受け入れられていた。
同盟を結ぶ儀式を明日へと控え、街のお祭りムードも最高潮に達していた。各大陸から要人が来るとあって、学園側からも教師の一部が警備に駆り出されていた。何しろ学園にいる教師たちは名のある実力者たちが多い。各大陸からやってくる重要人物たちに加えて歴史に刻まれるであろう一大イベントを控えているのだから学園の教師たちが駆り出されるのは仕方がない。しかしそのおかげで学園の授業がまわらなくなってしまい、学園そのものが休まざるを得なくなっていた。『イヌネコ団』の面々は夏のランキング戦前の特訓の息抜きとして王都で開催されているお祭りにやってきていた。
明日も盛大なパレードが行われる予定である。当然、明日も学園は休みだ。生徒の多くも各大陸の王族を見に行く予定を楽しそうに話し合っているのを確認している。
「王都の祭りってすごいんだなぁ」
ソウジは基本的に『龍の大地』で過ごしてきたので外の祭りにはあまり縁が無かった。前世ならばお祭りに行ったことはもちろんあるのだが、この王都で行われているものは別格だ。街のあらゆるところに装飾が施されており華やかになっており、空には昼間だが魔法の花火が打ち上げられていた。
「たぶん、明日のパレードはもっと凄いんじゃないか。何しろ各大陸の王族たちが来るのだからな。今、空に打ち上げられている魔法の花火も、もっと派手なものになるはずだ。パレード用の花火を打ち上げる術式が特別に作られてたぐらいだ」
「へぇ……オーガスト、詳しいんだな」
「……母が、こういう祭りごとに積極的に関わっていた人だからな。僕もよく連れまわされた」
オーガストが昔を懐かしむような瞳を見せた。
亡くなってしまった母親の事を思い出しているのだろう。
その後、『イヌネコ団』の面々は屋台をひやかしながら街の中を歩いていく。
「すげぇなぁ。エルフやドワーフ、獣人があちこちにいるぜ」
「明日の同盟の儀は歴史的にも大きな一つの出来事になるでしょうから。種族の枠なんて関係なく、興味のある人はたくさんいると思いますよ?」
レイドの言うとおり、街のあちこちに人間以外の他種族が見かけられていた。帽子で耳を隠したりしている者もいるようだが。
(……帽子といえば)
ソウジはクラリッサとチェルシーの方へと視線を向ける。以前、ルナの買い出しに付き合った時もそうだがクラリッサとチェルシーは学園の外に出る際には帽子を被っている。どちらも半獣人であることを知られたくないので耳を隠すためなのだろう。それだけではない。二人とも、獣人がすぐ近くを通り過ぎるたびに緊張して、ささっとソウジの背中に隠れてしまう。
まあ、なぜ自分の背中に隠れるのだろうと疑問に思わないでもないソウジだが、二人が獣人に対して敏感になっているという事は分かる。何しろ半獣人は人間にも獣人にもどちらかも疎まれている存在だ。過去に獣人から何か言われたり嫌な思い出があったのかもしれない。
二人の力になれるならこんな背中ならいくらでも貸そうと思う。のだが、なぜかフェリスとルナの二人からはジトッとした目で見られるのだ。
「……デレデレしてますね」
「……わたしもそう思います」
二人からの同時攻撃を謎の圧力という形でひしひしと感じているソウジとしては濡れ衣だと声を大にして主張したい。自分はただ純粋に微力ながら二人の力になってあげたいだけなのに。
ため息をついていると、不意に誰かとぶつかった。感触的に女の子か。この人混みの中、やや駆け足気味にやってきたその少女は後ろの方を気にしつつ、前方への注意が疎かだったようだ。その少女は目深に帽子を被り、その顔はよく見えない。だが育ちのよさそうな気品のある感じはどこか貴族を髣髴とさせる。その少女の髪が美しい金色であるが故にフェリスを思い浮かべてしまう(思い浮かべるも何もすぐそばにいるのだが)。
「あっ、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だけど……」
ソウジがちゃんとした返事をする前にその少女はすぐに人混みの隙間をぬうようにして走り去っていった。人混みから脱出するのに手慣れた様子である。
「…………」
「ソウジさん?」
「……ソウジ、今の子がどうかしたの?」
「いや、あの子……」
ソウジが視線を向けた瞬間にはもう、少女の姿は人混みに紛れていた。
☆
「はぁ、はぁ、はぁ……」
その少女は、ただひたすら走っていた。なぜ走るのか? それは逃げるためだ。では、何から逃げるのか? それは分からない。ただ今、自分を追ってきている者が自分に対して何らかの危害を加えようとしているということは確かだ。
昔からそういった気配には敏い。だから今回もこうしていち早く察知して逃げている。とはいえ、こうした状況に陥っているのは自業自得なのだが。お祭りに浮かれてしまってつい護衛の目を盗んでこっそり抜け出してしまい、一人になったせいだ。以前も危ないめにあっているというのに。あの時は突如として現れた謎の騎士に助けてもらった。今回抜け出したのは、あの騎士を探しているという面もある。
「ッ……」
足が止まる。目の前にあったのは壁だった。つまりここで行き止まり。
上手く路地に入って逃げ切れるかと思ったが、やはり慣れない土地であるからかこんなところに出てしまった。魔法で壁を越えようとしたが、それよりも早くに追っ手が少女の背後に降り立つのが早かった。
その追っ手は黒いマントとフードをすっぽりと被っているという、明らかに怪しい輩だった。自分のように種族を隠すためにそういったものを身に纏っているのではなさそうだ。そしてその追っ手は懐から怪しい、赤黒いクリスタルを取り出すとそれに魔力を流す。
赤黒い邪悪な魔力が吹き荒れ、一瞬にして黒マントの男は異形の怪物へと変身してしまった。
明らかに人間でも、獣人でも、エルフでも、ドワーフでもなさそうな君の悪い薄黒い肌に、血のように紅い瞳。全身から立ち込める邪悪な魔力。明らかにタダモノではない。人の形をした怪物。少女は知る由もなかったがその姿は邪人と呼ばれるモノだった。
「――――だな?」
「……………………」
邪人はその少女の名を確認するように呼んだ。しかし少女は無駄だと知りつつも黙り込む。ここで名前を認めてしまえば相手に目標であると知らせるようなものだ。とはいえ、相手もあくまでも確認というだけで自分の正体は知っているだろう。でなければ追ってくることはない。
「黙るか。まあいい。どうせお前は……ここで、死ぬ。仮に間違っていたとしても問題はない。本来のターゲットをまた狙えばいい。都合の良いことに目立つからな。探すのは手間じゃない」
相手は殺すことに対して何の問題は無いという思考の持ち主だ。
自分がこの後どうなるか分からないほどバカではない。はっきり言ってピンチだ。以前、危険な状況に陥ったことがある経験をもとに護身用の魔道具を持たされており、発動させてはいるがそれもこの怪物を相手にどこまで防げるか分からない。唇を噛む少女に対して邪人は拳を作って一歩前に踏み出した。
少女は思わず目を閉じる。
「がっ!?」
だが、いつまでたっても予想していた痛みはこなかった。拳が空を裂くような音と共にやってくることもなかった。代わりに聞こえてきたのは、邪人の呻き声。
「ぐっ……き、貴様は!?」
少女は目を開け、目の前を見た。少女の目の前は、黒で覆われていた。いや、違う。黒い鎧だ。より正確に言うならば、黒い鎧を頭からつま先まで身に纏った一人の騎士がいた。左手には星屑の輝きを備えたシルバーのブレスレットを装着しており、まるで少女を護るかのように邪人の前に立ちふさがっていた。
「さぁな。まあ、名乗る必要があるなら、ただの通りすがりのお人好しでいいよ」
「ふざけるな。オレの邪魔をするというのなら……殺すぞ」
「それを言うならこっちのセリフだ。そんな物騒な物で変身して女の子を襲うなんてヤツを見過ごせるはずないだろ。痛い思いをしたくなかったら、さっさと変身を解除して投降しろ」
「戯言を!」
邪人は怒りを露わにして突っ込んできた。その光景に少女はびくっと肩を震わせたが、目の前にいる黒騎士は冷静だった。相手の拳を腕で弾く。すると流れるように右の黒い拳を邪人の顔に叩き込んだ。そのまま今度はまた次の拳や蹴りを次々と叩き込んでいく。その連続して放たれるパンチとキックのあまりの威力に邪人は吹っ飛んでしまい、地面を転がっていく。
なんとか起き上がった邪人は目をギラリと鋭く光らせると右腕に魔力を集めていく。すると、右手がメキメキビキビキと嫌な音をたてながら腕が剣に変化した。まるで腕から剣が生えているかのようだ。
「がァッ!」
まるで獣のような声をあげながら突っ込んでくる邪人。
「また物騒な物を……」
呆れたように言い捨てる黒騎士は、すっと手を空中に軽くかざす。すると、黒騎士の右手に白銀の剣がその姿を現した。それを手慣れた様子で軽く振るうと、そのまま邪人と激突した。刃と刃が一瞬だけ激突し、弾き、離れ、そしてまたぶつかる。
路地裏で火花と魔力が舞う剣戟が繰り広げられる。だが黒騎士が圧倒していることは少女の目にも明らかだった。やがて、その右腕ごと黒騎士の白銀の刃が邪人の剣を切断した。腕から生えてきた刃が空を舞い、その持ち主である邪人の背後に落下した。その切断面は焼け焦げており、シュウウウという何かを焼き尽くしているかのような音を立てている。
「なっ……なぜ、再生しない?」
「日頃の行いが悪いからじゃないか?」
「くっ……!」
忌々しげな表情を浮かべた邪人は、たんっと地面を蹴って近くにある民家の屋根へと飛び移った。
どうやら撤退するようだ。
「逃がすか!」
黒騎士は邪人を追って同じく民家の屋根へと飛び移り、そのまま追撃した。
少女はその光景を呆然としながら眺めていたが、すぐにはっと気を取り戻すと、二人を追いかけるべく再び走り出した。
☆
黒騎士ことソウジは屋根から屋根へと飛び移り、逃走する邪人を追っていた。下からは異形の姿をした邪人を見て悲鳴のような声をあげたり、ソウジの姿を指差して興奮したように「黒騎士だ!」と叫ぶ者達もいる。また変な噂が広がりそうだなぁ……とやや気落ちしそうになるが、『邪結晶』を使って変身したということは相手は間違いなく『再誕』に関わっている。ここで逃がすわけにはいかない。
大勢の人に見られるのは遠慮したかったが、ここで邪人を逃がしたくなかったソウジは転移魔法を使用する。一瞬にして逃亡する邪人の目の前に転移したソウジ。逃げていた邪人はぎょっとしたようにソウジを見たが、残っている左手での拳を放ってきた。
だがそれを顔を逸らすことで回避したソウジは蹴りを叩き込んで更に剣、『アトフスキー・ブレイヴ』で切り上げて、邪人を空中に叩き上げた。そのまま魔力を解放する。白銀の周囲に漆黒の魔力が集約され、一つの光剣へと変化していく。
「『魔龍斬』ッ!」
ソウジはそのまま空中に打ち上げられている邪人に向けて黒い光の剣を振り下ろした。通常の剣よりもリーチが伸びている魔力で構成された光剣はそのまま空中にいる邪人を斬った。
空中で派手に魔力爆発が起きた。
そしてその中から『邪結晶』の使用者と思われる男が落ちてきたのでキャッチして落下しても安全な高さから下に放り投げた。あとは騎士団が何とかしてくれるだろう。
(さて、問題はここからだが……)
大勢の目の前で思いっきり黒魔力を使ってしまった。正直言ってやばい。黒魔力が嫌われているのはソウジがよく知っている。いくら今、王都で話題の『黒騎士』の姿になっているからといって安心するのはまだ早い。何らかの拍子に攻撃を加えられる可能性がある。
下の様子を窺ってみると、ざわざわと人々の反応は様々だ。噂の『黒騎士』の姿を見れて興奮している者、黒魔力に怯えている者など。突発的な状況のせいもあってか戸惑っている人々が多いようだが。
このまま転移魔法で逃げてしまおうかと思ったソウジだが、
「動くな!」
鋭い制止の声が響き渡り、ソウジは転移するのをキャンセルした。声のした方向に顔を向けると、そこにいたのは鎧に身を包んだエルフの騎士たちだった。金色の髪にエルフの特徴の一つである長い耳をしている。エルフの騎士たちは剣の切っ先をまっすぐにソウジへと向けていた。
「貴様、何者だ? もしや姫様に危害を加えようとしたのは貴様なのか?」
「…………アンタらの姫様が誰かは知らないけど、俺は別に誰かに危害を加えちゃいない。いまそこに倒れているやつは別だけど」
ソウジが指を指しているのはつい今しがた倒したばかりの邪人に変身した男である。完全に意識を失っている。
「黒い魔力を使うなど、怪しいヤツめ」
騎士エルフの一人が吐き捨てるように言う。
(これからアンタらが同盟を結ぶ魔族にも黒魔力を持っているやつがいるってこと、忘れてないか?)
というのは実際に言葉には出さず、心の中にしまっておく。
だがそう感じた者もいたのか、他の騎士エルフが「おい、よせ」とさきほど言葉を吐き捨てたエルフを諌めた。そして仲間を諌めた騎士エルフは油断なくソウジに警戒した視線を向けた。
「我らの姫様が先ほど、謎の不審者に追われているとの連絡を受けた。もしや、それはアレなのか?」
その騎士エルフが視線で示したのはさきほどソウジが倒した邪人化した男だった。
「アンタらの探している人かどうかは知らないけど、さっきそこの路地裏で女の子なら一人助けた。そいつに殺されそうになってたから俺はそいつと戦っただけだ」
「……なるほどな」
「隊長! こんなやつのいう事を信じるんですか!?」
「こいつの魔力をさっき見たでしょう!」
二人の騎士エルフが抗議をしたが、隊長らしきエルフは他の二人に対して厳しい視線を向けた。
「よせと言っている! 魔力の色など関係ない。現にたとえ魔力が黒くなくとも犯罪にはしる者たちはいるし、魔力が黒くとも心優しき者もいる。それに貴様ら、今ここで騒ぎ立てて今回の同盟の儀をぶち壊したいのか?」
だが他の二人はまだ何やら言い足りないらしい。「ですが……」と口を開こうとしたその瞬間、凛とした声が響き渡った。
「そこまでです!」
人混みから抜け出してきたのは、さきほどソウジが助けた、帽子を被った一人の少女だった。
少女は風属性の魔法を使って華麗に飛び、屋根の上にひらりと降り立つと、その帽子をとった。
はらりと揺れる金色の髪に碧い瞳。そして――――特徴的な長い耳。
間違いない。この少女はここにいる騎士たちと同じ、エルフだ。
「ひ、姫様!?」
ぎょっとしたように叫ぶ騎士エルフ。
(姫? ということは、この子がさっきこいつらが言っていた姫様ってやつか?)
この時期にこんなところにいるエルフの姫様といえば答えは一つだ。
「それ以上この方を侮辱することは、このユーフィアが許しません!」
ユーフィア。
それはエルフの王の娘の名。
つまり、さきほどの少女の正体はエルフのお姫様ということだ。