第三十九話 プロローグ
王立レーネシア魔法学園は現在、夏のランキング戦を控えていた。その為、生徒たちの間には妙な緊張感が漂っていた。何しろこの学園におけるランキング戦の順位は将来の進路にも関わってくる場合がある。
学園内に漂うこのピリピリとした空気はランキング戦の前になると珍しくはない。
そんな微妙な時期に、生徒たちは講堂に集められていた。教師たちからはランキング戦に関して重要な説明があるらしい。
「ランキング戦についての説明か……一体、なんだろうな?」
と、レイドがソウジにたずねる。とはいえソウジも首を横に振るしかない。
「さあな。ルールでも変わったりするのかな? 春のランキング戦の時にはこんなの無かったし」
ソウジはあまり学園の事情に敏いほうではない。こういうことを良く知ってそうなのはどちらかというとフェリスだ。そんな彼女の方に視線を向ける。フェリスの髪にはソウジがプレゼントいた太陽をモチーフとしたヘアピンが光っていた。
「フェリス、これって何の集まりだと思う?」
「…………」
「フェリス?」
「え、あ、はい。なんでしょう、ソウジくん」
どこか心ここにあらずといった様子だったフェリスがはっとした様子で現実に戻ってきた。彼女にしては珍しい。こうやってぼーっとしていることなんてあまりない。
「いや、これって何の集まりだろうなってだけなんだけど……何かあった?」
「あはは……ちょっと……まあ、個人的に憂鬱なことが……」
苦笑いするフェリス。彼女のこんな様子は本当に珍しい。
そういったやりとりをしていると教師の声が魔法で響き渡り、生徒たちを静かにするように指示する。しばらくしてから生徒たちが静かになり、壇上に一人の初老の男性教師が現れた。
プルフェリック・ドルーオである。
「えー、学園長は今現在、ご多忙の身なので僭越ながら代わりに私がお知らせいたします」
入学式の時すらその姿を見せなかった学園長に一年生の大半は慣れてしまっていた。だが今度はプルフェリック先生のお知らせに生徒たちは耳を傾けている。
「とある目的の為に遠征に出かけていた選抜生徒たちが昨日、この学園に帰還しました。みなさん、拍手でお出迎えください」
プルフェリック先生がサラリと告げたその言葉に、今度は二、三年生を中心とした大半の生徒たちがざわついた。入学式から学園長、そして生徒会と風紀委員会を含む一部の生徒たちが遠征に出かけていたのはみんな知っていた。しかもその生徒たち……つまり選抜生徒はそのどれもが実力者たちなのでその目的は何だったのかと噂になっていたのだ。
生徒たちの拍手に迎えられて、壇上に選抜生徒たちが姿を現した。
ソウジも拍手をしながら、さっきから様子のおかしいフェリスに視線を向ける。
「…………はぁ」
フェリスにしては珍しく、拍手もしないでげんなりとした表情を見せていた。ため息までついている。こういう場で拍手をしないという一見すれば不真面目な態度の彼女は珍しい。
一年生たちは初めて見る選抜生徒たちを前にやや興奮した面持ちの者たちが多い。特に選抜生徒たちの先頭に立つ一人の女子生徒に対して。
金色の髪を持ち、サファイアのような綺麗な瞳を持っている。スタイルも抜群で、一年生の大半が彼女の姿に釘付けになっていた。二年生、三年生はと言うとどこかハラハラした目で彼女を見ている。ソウジはと言うと、どこかで見たことのある人だなという感想だ。どこかもなにも、普段からよく見ている気がする。そう、ちょうどそこでテンションを下げているフェリスに似ている。
「では生徒会長から帰還の挨拶を」
「はい」
プルフェリック先生に促されて綺麗な声で返事をした女子生徒。それが生徒会長――――つまり『学園最強』の称号を持つ、ランキング一位の生徒であると知ったソウジは一気に興味をそそられた。
「まずは二年生、三年生の人たちにはただいまを。そして一年生たちには、はじめましてを。生徒会長のエリカ・ソレイユです」
(ソレイユ? ……それって)
ソウジは思わずフェリスに視線を移す。フェリスは相変わらずげんなりとした表情で、壇上の上に立つ生徒会長を見ていた。
「フェリス、あの人って……」
「ええ、そうです。…………わたしの姉です」
ソウジの言葉に対してフェリスはまたもやため息をついた。
なぜため息をつく理由があるのか。それがソウジには分からない。ソウジの元・家族であるバウスフィールド家のような家族ではあるまいし。
それなのに、どうしてそんなにも姉を見て疲れているのか。普通は喜んだりするものではないのだろうか? とソウジは思ったが、次の瞬間にフェリスがげんなりとした表情でため息をついている理由が分かった。
「えー、私たちはこの春からとある目的の為に遠征に行ってました。その行き先も、どういった理由で遠征に向かっていたのかも生徒の皆さんにはご説明します。ですがその前に、一年生たちには生徒会長である私の事を知ってもらいたいのでまずは少しお話しさせていただきます」
そう言うや否や、エリカがフィンガースナップで指を鳴らす。するとエリカの頭上に突如としてボウッ! と炎が燃え上がり、その炎から写真のようなものが浮かび上がっていた。その炎の写真には一人の少女の姿が映し出されている。金髪碧眼の、とてもかわいい女の子だ。空中に浮かんでいた写真はその女の子の幼少の頃から現在に至るまでの成長過程の写真だった――――フェリス・ソレイユと言う名の。
「私は世界でいっっっっっっっっっっっちばん! 妹が大好きよ! それこそ私のかわいいかわいいフェリスたんさえいればもうそれでいいっていうか、世界なんていくらでもくれてやるっていうか! 嗚呼、見てよこれ。この笑顔! さながら太陽ね! 天使ね! 大・大・大・大・大天使ね! 女神ね! あーもう好き好き好き好きだーい好き! 遠征とかそんなどうでもいいもんに行くことでフェリスと会えないことがどれだけ心苦しかったか……。もう死にそうだったわ。妹成分が枯渇して死ぬかと思った。さあ、全校生徒たちよ聞いて驚きなさい! 超絶女神である私の妹のその名は――――――――『フェリス・ソレイユ』ちゃんよッッッ! あっ、フェリスー! おねーちゃん帰ってきたわよー! 寂しかっただろうけどもう大丈夫! おねーちゃんが慰めてあげる――――! そうそう、話がそれたわね。私の妹がどれだけ女神かを説明すると――――」
「はっはっはっ。相変わらずですねぇ、エリカさんは」
「あ、プルフェリック先生。今すぐ私の妹について全校生徒・教師に語ってもいいですか? 先生にはまだ『私のかわいいフェリスたん第二百七十六章』の中編までしかお話してませんでしたよね? でもここには一年生たちもいるわけですし、やっぱり『第一章』から……」
「それはまたの機会にしていただけると大変ありがたいですねぇ。とにかく今は遠征の結果などについての報告をお願いします」
「それは残念です。まあ、遠征とかいう私とフェリスを引き離しただけの何の役にも立たないゴミの結果ならここで話さなくても気が向いたらチラシの裏にでも走り書きして行きつくべき所であるゴミ箱にでも突っ込んどきますけど」
「ふむ。それはそれで困りますねぇ。出来ればここで話していただけるとありがたい」
「はいはいりょーかいりょーかいです。つーわけで、まあ遠征とかいう私と超絶女神フェリスたん引き離したをゴミについて報告するわね」
一年生の大半はポカンとして生徒会長であるエリカ・ソレイユを見ていた。そして二年生、三年生は「やっぱりこうなったか」といった様子だ。
ソウジはおそるおそるといった様子でフェリスの様子をうかがう。
「………………………………………………………………………………………………」
フェリスはあまりの恥ずかしさからか顔を真っ赤にして両手で顔を覆っていた。
ソウジとしては気の毒で仕方がない。まさか全校生徒の目の前で自分の幼少期の写真をばら撒かれるなんて夢にも思わなかっただろう。いや、ある程度何をするのかは予測していないがまさかここまでとは思わなかったようだ。ていうか何だ『私のかわいいフェリスたん第二百七十六章』て。まさか『第一章・前編』、『第一章・中編』、『第一章・後編』などがあるのだろうか。しかもそれが少なくとも二百七十六章分も。
「えー、どうでもいいことはササッといくわよ。まず一つ。今年、この学園で『五大陸魔法学園交流戦』が行われることになったわ。私たちが遠征に行ってたのも、その準備の為なんだけど」
あまりにもササッとその説明がされた為に一瞬、全校生徒たちは反応できなかった。だがその言葉をちゃんと理解するとまた更にざわつきだす。
――――『五大陸魔法学園交流戦』、通称『交流戦』。
一年に一度だけ開催される大陸ごとに分かれた種族たちの交流を目的として行われる魔法学園対抗の魔法大会である。
各大陸ごとに存在する魔法学園の生徒たちが、己の魔法力を競い合う大会で、毎年開催地は協議によって決定される。そして今年はここ、王立レーネシア魔法学園が選ばれたというわけだ。
だが、今年ばかりはどうやら事情が違うようだ。
「うっさいわねー。まあ、騒ぐのも分かるけど。とにかく、アンタら……特に二、三年生はおかしいと思ってるでしょうけど、今年は開催時期が夏になったわ。夏休みの中盤あたりね。そしてもう一つ、さっき私が『五大陸魔法学園交流戦』って言ったように、今年は『五大陸』になったわ。つまり、今年は魔族の大陸からも参加してくるってわけ」
これにはさらに講堂の中がざわついた。毎年、『交流戦』は『四つの大陸』の魔法学園の生徒たちと激突する。その四つの大陸とは『人間族』、『獣人族』、『エルフ族』、『ドワーフ族』の四つである。世界は五つの大陸に分かれており、その最後の大陸が『魔族』である。
『百年戦争』の発端となった魔王は元々この大陸の王であり、その為に戦争が終結してからも『魔族』と他の大陸の種族たちは微妙な距離を保ってきた。だが魔族の大陸を収める新たな王の手腕によって近年の魔族の大陸は戦争が起こる前のような平和な大陸になっているという。
もともと魔王が戦争を起こすまではすべての種族が平和に暮らしていたのだ。今のような平和な時代にまたこういうことが起こるのも不思議ではないはずだ。
「来週には、この王都で『四大種族平和同盟』に代わって『五大種族平和同盟』が結ばれるらしいわ。それに私たちは遠征として『魔族』の大陸に行って来た。まあ、遠征っていうよりは短期留学といった方が正しいかもしれないけど……って、あーまた騒がしくなる。静かになさい。私たちが留学に行ったのは魔族の大陸にある魔法学園。まあ、魔族の大陸の視察みたいなもんよ。あと、魔族との交流ね。けっこう良いやつが多かったわよ? 私の妹の信者にしてやりたかったぐらいよ。自重したけど」
あっけらかんに言うエリカに生徒たちのざわつきは大きい。……が、ごく僅かな一部の生徒たちはあまり抵抗が無く受け入られているようにも思えた。とはいえ、やはり混乱する生徒の割合がかなり大きいが。
エリカはそんな生徒たちの様子を観察しつつ、やれやれといった様子を見せながら話をつづけた。
「そんで、知ってるやつも多いと思うけど『交流戦』には限られた生徒しか出れないわ。まず一つ、私たち『生徒会』。次に『風紀委員会』。そして最後の一枠はまだ決まってない。だから最後の一枠は、夏のランキング戦で決めることにしたわ」
この言葉に、生徒たちに一気に緊張感が走った。『交流戦』に出られることは学生魔法使いたちにとって、どれだけ名誉なことか。少なくとも、将来の進路で騎士をはじめとしたエリートコースを目指すならば出ておくことはかなりのプラスになる。また、他の職業に就くにしても『交流戦』に参加したことは殆どの場合でプラスに働く。ますます、夏のランキング戦では負けられなくなってきた。
「言っとくけど、参加するからには勝つわよ。私情一切抜きで、実力重視で選ばせてもらうわ。だから夏のランキング戦は今までと形式が変わるけど覚悟しておきなさい」
実際に、このエリカ・ソレイユが入学してきてからレーネシア魔法学園は『交流戦』で負けなし、つまり二年連続優勝している。三年目である今年も優勝を狙っているのは明白だ。
「まあ、『交流戦』の件なんてぶっちゃけかわいいかわいいマイシスターに比べればゴミよね。さてさて、本題のフェリスについて語らせてもらうわよ!」
その後、またフェリスのかわいさについて語ろうとするエリカを諌めたプルフェリック先生が生徒たちに解散を促したのであった。