第三話 トラブルと太陽
Eクラスに入ってみると、黒板の方に各生徒の席位置が書かれていた。その紙にしたがって、ソウジはその席に座る。すると、すぐ前の男子生徒がくるりと振り返り、ニカッとした快活な笑顔を見せた。
「よっ」
「?」
「あ。俺、レイド・メギラスってんだ。よろしくなっ」
レイドと名乗った少年は快活な笑みを浮かべたまま、握手の手を差し出してきた。ソウジはそれに応じたものの、なぜいきなり自分に話しかけてきたのか解らなかったのでじっとレイドを見ていると、レイドは苦笑しながらその理由を明かした。
「いや、実はさ。俺、さっき外でお前を見てたんだよ」
「俺を?」
「ああ。なんかきょろきょろしてたから街の外から来たやつなのかと思ってさ。俺も元々この街に住んでたわけじゃないんだけど、この街に来た時に心細くなっていた時期があってなぁ。その時に親切な人にこの街についていろいろ教えてもらったことがあって、その時に俺も外から来たばかりのやつには色々と教えてやることにしてるんだ!」
レイドの意図が分かったところで無駄に詮索しようとしてしまった自分にソウジは苦笑した。
「ありがとう。俺はソウジ。ソウジ・ボーウェンだ」
何気なくそう名乗ったものの、次の瞬間にレイドは目を真ん丸にしてあんぐりと口を開けていた。
ここでソウジは昔の自分――――バウスフィールド家の時の自分について何か感づかれたのかと思い、すぐに警戒する。ソウジはバウスフィールド家の人間ではあったものの、できるだけその存在を隠蔽されてきた。魔法がまとも使えない子供など、恥さらし以外の何者でもなかったからだ。
だがレイドはソウジの懸念していた事とは違う反応をした。
「ボーウェン? あのボーウェンか?」
レイドは驚いたように、バウスフィールドではなくボーウェンの方の名を口にした。ソウジは内心ほっとしつつ、何事もなかったかのようにレイドに向き直る。
「あのってどのだ?」
「ソフィア・ボーウェンだよ! あの、ソフィア・ボーウェンのボーウェン!」
レイドの声は少しばかり大きいので、その声で一気にクラスメイトたちがソウジの方を振り向いた。
だが構わずにレイドは続ける。
「今回の推薦入学者の中にソフィア・ボーウェンの弟子がいるって噂は聞いていたけどまさか真実だったなんてなぁ。こりゃ驚きだ」
「まあ、確かにそのソフィア・ボーウェンっていうのは俺の師匠だけど……」
「ほぇー。ボーウェンってからには息子さんか何かか?」
「いや、俺はあの人の実の息子じゃないよ。師匠であり、育ての親でもあるってだけだ」
「なるほど……いやでも弟子かぁ……こりゃたまげた!」
ソウジの記憶の中のソフィアはいつも研究ばかりしている『魔法バカ』であり、料理をはじめとした家事はいつもソウジが担当。ソウジが言わなきゃご飯も食べないような人なのだ。しかし、魔法使い……否、『星眷使い』としての実力はソウジの知る中では最高であり、そして八年前、ソフィアのことを聞いた時の自分もこんな反応だったなと少し懐かしむ。
「ソフィア・ボーウェンって今まで一度も弟子をとったことがなかったのに! それこそ、世界中からいろんな魔法使いや星眷使いが弟子になりたいってこぞって言い寄ってきたんだろ!?」
「そうみたいだなぁ」
ソフィアと一緒に住んでいた時、たまに外出した際にどこかの魔法使い、星眷使いに出会ってしまっては弟子入りを懇願されていた。ソフィアはするりと逃げだしていたが。
そんなことを話しているうちに今度は教室がまた別の理由から騒がしくなった。一人の女子生徒が入ってきた。それだけのこと。だが、誰もがその生徒に注目していた。
美しく、滑らかな金色の髪。碧い宝石のような瞳。豊満な胸にメリハリのきいた体に窓の隙間から差し込んでくる太陽の光を受けて、肌はキラキラと輝いている。スカートの隙間からは健康的な太ももが覗いており、男女問わずその美貌でみんなの視線を釘付けにしている。
「あの人は?」
「フェリス・ソレイユ。ソレイユ家の娘さんだよ。まさか、知らなかったのか?」
「ぜんぜん」
ソウジはこの八年の殆どを『龍の大地』で過ごしてきた。だから外界の情報には疎い。
そもそもバウスフィールド家にいた頃も、王都には殆ど行ったことが無かった。
だがこれがレイドにとっては予想外だったようで、信じられないとでもいうかのようにまたもや口をあんぐりと開けた。
「ま、まあ説明するとだな。ソレイユ家っていうのは『太陽街』すべての管理をしている家だ。『皇道十二星眷』っつう最上位星眷を持つ『十二家』の内の一つでな。中でもソレイユ家は十二家の中でも『武のソレイユ家』と呼ばれるぐらい実力があるんだぜ」
「へぇ。そうだったのか」
バウスフィールド家はその十二家の内の一つだ。『十二会議』と呼ばれる十二家の会議でも出席率はよくないし、ソウジも十二家の事については多少なりとも話には聞いていたがバウスフィールド家は他の家との関わりを最小限に留めていた(今はどうなっているか知らないが)のでよくは知らなかった。
「それにソレイユ家の娘さんは、十二家の子供たちの中でも『天才』だの『神に愛されし乙女』なんて呼ばれてるんだ。七歳の時、『色分けの儀』を終えたその日に星霊と契約して星眷を眷現させたって話だ」
それにはソウジも驚いた。星眷を眷現させることは人にもよるが時間がかかる場合がある。例えば、この学校に入学している者の大半は星霊と契約できていない。鍛錬を積み、魔力を高めた者だけが星霊と契約して星眷を眷現させることが出来るようになるのだ。が、それをたった七歳になったばかりでこなしたのは驚くべきことだ。そして、自分とは明らかに正反対の輝かしい経歴に思わず自虐的に笑ってしまう。
「にしてもおかしいな……なんでフェリスさんがこの教室にいるんだ?」
「え、どうして。べつに不思議じゃないだろ? クラス分けなんてランダムだろうし」
「いーや。ぜんぜん違う。クラス分けってのはランダムじゃないんだ」
ソウジが首を捻り、分からないといった様子なのでレイドは改めて説明を入れる。
「えっとだな。クラス分けは『太陽街』出身と『下位層』出身で分けられてるんだ。AクラスとBクラスは『太陽街』。C、D、Eクラスは全員『下位層』の生徒が振り分けられる。あと、基本的にソウジみたいに外から来たやつは貴族や上の身分の人でもない限り基本的にC~Eクラスのいずれかに振り分けられるんだ」
まさかクラス分けまで『太陽街』と『下位層』で振り分けられるとは思わなかった。とはいえ、同じにしてしまうとそれはそれで何らかの衝突が起こるのかもしれない。そんなことをソウジは今朝の門番の反応を見て思った。
「だったら、あのソレイユ家の娘様がこのクラスにいるのはおかしいんじゃないか?」
「ああ。そうなんだが……なんでここにいるんだろうな?」
それにしても、とレイドはソウジを見る。
「ソウジ。お前、ぜんぜん何も知らないんだな。王都に住んでいない田舎者でも、大抵はフェリスさんのことは知ってるぜ。何しろ彼女はとびきりの天才だし、十二家の一人だからな」
「まあ、かなりのド田舎に住んでたからな。外の情報なんて殆ど入ってこなかったし」
話し込んでいると、今度はクラス担任の先生が教室に入ってきて、これからの学校生活についてなどの説明をはじめたので二人はお喋りを中断させた。時間が経ち、先生の説明も終わった。昼食の時間になったので二人は一緒に昼食をとることにした。レイドとは話していても別に不快に感じないし、むしろソウジにとっては同年代の子供と一緒の時間を過ごすことは新鮮で楽しかった。
「なあ、食堂に行こうぜ。ここのメシ、美味いらしいからさぁ」
「そういえば師匠もそんなこと言ってたな。オススメだって」
「ソウジの師匠もたしかここの学校出身だったよな」
「ああ。俺もそのことを聞いてここに通いたくなったんだ」
「ほぉー。そうだったのか。あ、そういえば俺のオヤジとオフクロも言ってたんだけどよ、どっかに歴代の優秀な生徒たちの功績を記録したトロフィールームってのがあるんだってよ。もしかしたらそこにソウジの師匠の名前もあるかも」
「本当か? なら、あとで探してみようかな」
「よっし、俺も探すの手伝うぜ。なんか聞いた話だと数がかなりあるらしいし、一人じゃ大変だろうしな」
「いいのか?」
「ああ、友達だしな! これぐらいは御安い御用よ!」
友達、という単語にソウジは思わず目を丸くする。そんな単語は自分とは無縁だと思っていたし、それにレイドがそう思ってくれていることを知って嬉しかった。ただ、だからこそ自分が黒魔力を持っていることを知ったらレイドはどう思うだろうか、という懸念が胸の中で渦巻いた。
二人は食堂に入った。食堂は広く、たくさんの生徒たちがそこで昼食をとっていた。白を基調とした上品で清潔な空間。椅子やテーブルの値段も高そうだし、食器の一つをとっても高級感であふれていた。
ソウジとレイドはそれぞれ好きなものを注文して、トレイを持っててきとうな空いている席に座る。隣ではきちっとした身なりの男子生徒が取り巻きと一緒にぺちゃくちゃとおしゃべりに興じていた。
「すげぇな……。俺ん家とは大違いだぜ」
レイドはしげしげと注文した食事(因みにカレーである)を見る。
「こんなにも美味そうなもん、俺だけ食ってなんか申し訳ねぇな……オヤジやオフクロ、弟や妹たちにも食べさせてやりてぇよ」
「レイドは、弟や妹がいるのか?」
「ああ。今年で七歳になる。『色分けの儀』があるんだが、それはもう不安そうにしてたな……はぁ。今年は『色分けの儀』が二人分あるから、出費がかさむな」
「『色分けの儀』にお金がいるのか?」
通常、『色分けの儀』は特殊なクリスタルを必要とするのだが、それを個人で保有している場合もあればそうでない場合もある。個人で保有していない場合は神殿に行って儀を執り行うのだ。だがソウジは、儀式にお金がいることなんて聞いたことが無い。レイドは知らないのか? と口に出そうとしたが、ソウジが王都の事情に疎いことをすぐに思い出して説明をはじめた。
「ああ。俺は『下位層』出身だからな。『下位層』の人間は、神殿で『色分けの儀』をするのにもお金がいるんだ。俺たち『下位層』の人間は基本的に貧乏だし、これはちょっと手痛い問題なんだよな。今年は俺の学費のこともあるし。本当、オヤジとオフクロには申し訳ねぇよ……」
「なんだよそれ。『太陽街』の人間はいらないのか?」
「ないない。『太陽街』の人間は神殿を利用することに関しては完全にフリーパス。『下位層』なんかお祈りをするのにもお金を払わなきゃならないんだぜ」
レイドが苦笑気味に言うと、隣の席から小ばかにしたような笑い声が漏れた。
「ハッ。そりゃあ当然だ。僕たち『太陽街』の人間は君たち薄汚い『下位層』の者たちとは違うからね」
隣の少年はレイドを見て、まるで下水道にいるドブネズミを見ているかのような目をした。ソウジはそれが不快に思い、隣の、さきほどの身なりをきちっとさせて取り巻きと一緒にぺちゃくちゃと喋っていた少年を視た。
「お前は?」
「ああ、失礼。名乗るのが遅れた。僕の名前はオーガスト・フィッシュバーン。フィッシュバーン家の者だ」
ソウジが首を傾げていたので、レイドがこそっと「フィッシュバーン家。十二家のうちの一つだ」と耳打ちした。その様子を見たオーガストが失笑すると、ソウジに明らかにバカにした顔を向けた。
「僕の事すら知らないとは、どうやら君はよほどの田舎者と見える。それに僕のことを『お前』呼ばわり……どこのド田舎から来たんだ? 目上の人間にすら敬意をはらえないとは、礼儀作法がなってない」
ソウジはこのオーガストという少年に敬意を払う気など微塵も湧かなかった。
「悪いな。友達の事を薄汚い呼ばわりする目下の人間には、敬意をはらう必要がないと思ったんだ」
「貴様……この僕がフィッシュバーン家の人間と知ってその口をきくか!」
怒鳴るオーガスト。だが、ソウジは素知らぬ顔で水を飲んでおり、それを見たオーガストは舌打ちをするとソウジの目の前にいるレイドをチラリと見た。
「フン。お前は確かメギラスの家の者だったな。確か、ジャンク屋などという廃品回収をしているゴミ漁りが趣味の薄汚い親を持った哀れな息子か」
「てめぇッ! もう一度言ってみろ!」
レイドが顔を真っ赤にし、テーブルに手を叩きつけて勢いよく立ち上がった。話ぶりから考えてみるにレイドは親や家族を大切に思っていたし、いきなりこんなことを言われて黙っていられるはずがないとソウジは思った。また、ソウジもこのオーガストという人間に嫌悪感を覚えた。レイドとはまだ知り合って一日と経ってないが、彼が優しくて家族思いという事が分かった。そんなレイドを罵倒するこの少年が、ソウジは嫌いになった。
だがオーガストはレイドの怒りに対して鼻で笑った。
「言ったらどうなるんだ?」
「ぶっ飛ばす!」
「星眷も使えない『下位層』のゴミが、僕をぶっ飛ばす? 面白い冗談だ」
星眷魔法とは、通常の魔法を超えた魔法。だからこそ星眷魔法を習得した者は『魔法使い』を超越した存在として『星眷使い』と呼ばれる。星眷の使えないレイドのいう事は明らかに無謀だった。レイドも頭ではそのことが分かっているのか、悔しそうに拳を握りしめる。オーガストはそれを見ると勝ち誇ったような笑みを浮かべ、また口を開いた。
「なら試しに言ってやろうか。お前の親は、廃品回収が趣味の薄汚い――――」
レイドの肩が跳ね上がり、拳をオーガストに向かって振り下ろそうとしたその時、オーガストの顔に歪な笑みが浮かんだのがソウジには視えた。それはほんの一瞬の事。だが、ソウジは次の瞬間にはオーガストが何をするのかが解った。
怒りに我を忘れかけているレイドは気が付いていないが、オーガストの右手が魔力を帯びている。レイドに魔法をぶつける気だ。殴られそうになったから自己防衛した、という名目でレイドを魔法で叩きのめす算段だとソウジはすぐに見破った。
オーガストに正当防衛といわれればそれまでだし、問題になったとしても学内の空気からして『下位層』であるレイドが不利だ。このままだとオーガストにいいようにされてしまうと判断したソウジは、黒魔力を一瞬だけ解放させる。魔力の塊をオーガストの魔力にぶつける。すると、オーガストの手を覆っていた青色の魔力は一瞬だけ黒色になり、そして消滅した。
(ッ!?)
ソウジの魔法によって自身の魔法を消滅させられたオーガストはソウジの方へと視線を移した。どうやら魔力の出所がどこか見破れるだけの能力はあるらしい。オーガストは自分の魔力が塗りつぶされたことに屈辱を覚えたような顔をして、しかしその中にある種の怖れのようなものも垣間見えた。
「貴様……その魔力の色はもしや……!」
オーガストが口を開きかけたその時。
「何事ですか?」
凛とした、美しい声が食堂に響き渡った。
思わずその場にいた全員がその声の主に視線を向ける。
そこにいたのは、フェリス・ソレイユだった。
ソウジは彼女の姿を見る。彼女も、なぜかチラリとソウジの方に視線を向けた。視線が一瞬交錯した後、『太陽街』の管理人であるフェリス・ソレイユは毅然とした態度でオーガストと向き合った。