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第三十七話 鎮圧

 ソウジの放った一撃によって邪人化が解けたアイン。オーガストやエイベルの時と同じように腕を斬ろうが焼き尽くそうが内部の人間は守られる仕組みになっているらしく、五体満足の状態だ。しかしダメージはあったようで意識を失っており、全身が焼け焦げてボロボロだ。

 そんなアインの姿を見たソウジは視線を逸らすと、そのまますぐにルナの方へと近づいていった。意識を失っているだけで体にこれといった怪我はない。そこにまずほっとする。だが自分がもっと上手くやれていればこんな危険なめにあわせずに済んだのにと後悔も過った。

 いや、反省はあとだ。だがまずは彼女をここから連れ出そう。

 ソウジはアインを魔法の鎖で縛りつけると、ルナを抱えて外へと出ることにした。


 ☆


 食堂の外では、戦闘が続いていた。だが形勢は襲撃者――――『再誕(リヴァ―ス)』たちではなく、学園側が優勢だ。『再誕(リヴァ―ス)』の襲撃者たちはフェリスの『最輝星オーバードライブ』という圧倒的な戦力を前に防戦一方だった。

 戦場と化した学園の敷地内で、真紅のドレスに身を包んだ少女が舞う。

 生み出された焔が渦を巻き、フェリスの持つ剣、『ヴァルゴ・レーヴァテイン・スピカ』の刃に焔が収束されてゆく。そしてフェリスはその切っ先を放物線を描いてとんでくる魔法攻撃の群れへと向ける。


「『紅砲焔レッドキャノン』」


 剣に収束された焔が解放され、さながら大砲のような一撃が上空に放たれた。仕掛けられてきた魔法攻撃は次々と蒸発し、紅蓮の閃光が空を焼く。上空では真っ赤な焔と共に爆発が生まれ、重苦しい音を響かせていた。魔法攻撃の迎撃、というだけならば今の威力は明らかに大きすぎる。まだコントロールが出来ていない証拠だ。

 春のランキング戦以降、何もあの時に悔しい思いをしたのはオーガストだけではない。フェリスもだ。いや、ランキング戦よりも前から、ずっと前からフェリスは無力な自分を嫌ってきた。だから強くなろうと思った。あのランキング戦の一件でその思いは強くなった。ソウジが一人でみんなを護らなくてもいいように、自分も強くなろうと思った。春のランキング戦以降、一人で鍛錬を重ねたフェリスはようやく『最輝星オーバードライブ』を習得した。だがまだコントロールが定まっていない。自分はまだ未熟だ。弱い。頭の中でイメージする強さに届いていない。

 フェリスの頭の中にいるある人物は、この『おとめ座』の星眷の力を自分よりも使いこなしている。それは当然、『最輝星オーバードライブ』の力をもだ。その光景をフェリスは見たことがある。彼女の頭の中にあるそのイメージに自分を重ねようとしても、自分はその人よりもテンポが遅れている。


(違う。こうじゃない。もっと……もっと、速く――――!)


 フェリスの意思に呼応するかのように焔がより一層、力強さを増していく。頭の中にあるイメージに近づいていく。それは少しずつ、少しずつ重なっていく。彼女の剣が焔の軌跡を描き、敵を薙ぎ払う。

 パワー、スピード、魔力。

 どれをとってもこの場にいる者たちの中では彼女が最強だ。

 そしてそんな彼女の姿を見たクラリッサたちも負けじと奮戦していた。最初は敵の数が増えてきていたものの、もう増援がくる気配はない。恐らくこの騒ぎはもう少しで決着を迎えるということを彼女たちは感じていた。


 戦場は混戦状態となっていた。その戦場でたった五人の学生たちが『再誕(リヴァ―ス)』の襲撃者たちを相手にする姿を見ていた者達がいた。その者達はクラリッサたち『イヌネコ団』の奮闘ぶりを見てこちらも負けていられないとばかりに星眷を眷現させる。


「ラビットォ! キィ――――――――ックッ!」


 掛け声と共に、戦場に隕石のような一撃が落下した。

 爆発と共に地面にクレーターが生まれ、その中心には一人の男子生徒が得意げな笑みを浮かべている。


「風紀委員会所属コンラッド・アッテンボロー様、ただ今参上ッ!」


 ドヤ顔で到着したコンラッドのもとに、今度はデリックがやれやれといった様子で着地する。デリックは傍にいたクラリッサに気軽な様子で手を挙げて挨拶をする。


「やぁ、クラリッサちゃん。どうやら間に合わなかったみたいだけど、加勢に来たぜ」


「風紀委員会? なんでここにいるのよ」


「そりゃもちろん、君たちを援護するためさ。正門側から侵入してきた敵はもうほとんど先生たちが片づけた。生徒たちの避難も済んだし、あとは取りこぼした敵の大掃除をしにきたってわけ」


 言いつつ、デリックは周囲の様子を確認する。

 近くではフェリスが『最輝星オーバードライブ』状態で戦っている。


「うひょー。あれってもしかして『最輝星オーバードライブ』? 一年生なのにもう習得してるのかよ。すっげぇ……」


「まあ、さすがはあの人の妹さんってところじゃねーのか?」


 納得した様子で頷くコンラッドにクラリッサは首を傾げた。


「フェリスが誰の妹って?」


「……もしかして、知らねぇのか?」


 クラリッサの様子に、逆にコンラッドがきょとんとした表情を返す。

 

「コンラッドさん。そういえば、今年の一年生は『あの人』のことはまだ知らないんじゃないんスかね? 今年は例のアレで春から遠征に行ってたでしょ?」


「あー、そういえばそうだったな」


「???」


 わけがわからなさそうに首を傾けるクラリッサの姿に苦笑したコンラッドとデリック。しかし、本人の口から仲間たちに伝えていないことを自分たちから教えるのは気が引ける。迷っていると、ここがまだ戦場の中であることを示そうとしているかのようにクラリッサの背後から黒マントが襲い掛かってきた。それはクラリッサも感づいていたが、彼女が動くよりも早くデリックが既に動き出していた。


「さあ、もう一仕事だ。頼むぜ相棒! 『レティクル・メテオ』ッ!」


 デリックの手から十字を模した魔法陣が出現し、そこから無数の魔法弾が一斉に飛び出してきた。放たれた魔法弾は空中で曲線を描き、目の前にいたクラリッサをかわしてその背後にいた黒マントの男に寸分違わず全て命中した。


「どうだい? オレの星眷は」


「……なかなかやるわね」


 それはクラリッサも素直に認めざるを得ない。実際、同じように背後からの敵に気が付いていたクラリッサよりも挙動が速く、更に出力・速度・命中精度どれをとっても申し分ない。

 デリックの星眷は『レチクル座』の『レティクル・メテオ』である。

 これは先ほど出現した十字を模した魔法陣から様々なタイプの魔法弾を撃てるというものだ。撃てる魔法弾の種類は多種多様。風紀委員会の中でもかなり強力で汎用性の高い星眷に位置する。

 風紀委員会の二人も加わり、更に戦いは続く。戦場と化した学園内で周囲に魔法が飛び交い、そのたびに黒衣に身を包んだ襲撃者たちは倒れていく。


「おお、そうだ。そういえばあいつはどうした?」


「あいつ?」


「ソウジ・ボーウェンだよ、ソウジ・ボーウェン。あいつの姿だけ見当たらないのはどういうことだ? ていうかそもそも、なんでお前らは素直に逃げずにこんなところで戦ってたんだ?」


「それは……」


 今さらのコンラッドの問いに答えようとした瞬間、食堂のドアが蹴破られた。その激しい音で思わず振り返る。そこにいたのは、真紅の鎧に身を包んだ騎士だ。両手で意識を失っているルナをお姫様抱っこしている。


(あれって……ソウジ、よね?)


 クラリッサは困惑していた。何しろソウジが変身した時の鎧と形状は似ているが色が違う。以前は彼の魔力と同じ黒色だったのに今はフェリスの星眷と同じ、焔を髣髴とさせる紅蓮のカラーリングになっている。


「な、なんだありゃ!?」


「アイツも敵か? いやでも、抱えているのはルナちゃんだし……」


 突如として現れた謎の騎士を前に風紀委員会の二人は困惑している。

 さてどうしたものかとクラリッサは考える。この二人になら言ってもかまわないような気がするが、しかしソウジの変身した姿は王都でも噂になっている。ここで正体を風紀委員会という学園直属の上位組織に話すのは後々、面倒なことになりそうだ。何しろ、以前学園の外で戦闘行為をはたらいてしまったのは確かなのだから。

 クラリッサは知らない風な態度を装うことにした。もちろん、ソウジがこの二人に話すのならばそれはそれで構わないと思っている。

 ソウジは風紀委員会の二人とクラリッサを視界に収めると、一っ跳びでこちらにやってきた。警戒する風紀委員の二人。ソウジは三人の前に着地すると、そっとルナを差し出す。


「この子のことを頼みます」


「お、おう?」


 コンラッドは意識を失っているルナを受け取る。それをしっかりと確認したソウジはくるりと背を向けてフェリスの加勢に向かった。『最輝星オーバードライブ』を発動しているフェリスに戦力が集中していたからだ。『最輝星オーバードライブ』は魔力を大きく消耗する。それがソウジには気がかりだった。そして焔の壁を作り、万が一にも流れ弾がルナたちに当たらないようにする。壁の向こう側、ルナたちのいる場所は風紀委員たちの奮闘もあってもうほとんどの敵がいなかったはずだ。フェリスが上手い具合に敵を引き付けてくれていたおかげである。


「フェリス!」


「ソウジくんっ!」


 轟ッ! と、『レーヴァテイン・ブレイヴ』から焔を放出し、周りの敵を薙ぎ払いながらフェリスの隣に並び立つ。


「よかった。ルナさんをちゃんと助け出せたんですね」


「一応な」


「それにしても、えと、その姿は……?」


「俺にも分からない。なんかいきなり紅くなった」


「いきなり? え?」


「ていうか、この紅いやつだってたぶんフェリスの力が混ざってるぞ。フェリスは何か知らないのか?」


「ええっ? し、知りませんよそんなこと。確かにわたしの『レーヴァテイン』に似てる気がしますが……」


 フェリスがソウジの右手に収まっている真紅の剣を見て呟く。フェリスはソウジの真紅の輝きを放つ鎧と剣から、自分の星眷と同じような力を感じた。ソウジ本人にもそれが何故かはわからない。


「……よかった」


「なにが、ですか?」


「ん。フェリスが無事でさ」


 そう言ってソウジはぽん、とフェリスの頭を軽く撫でた。

 ソウジ自身にもこの変化がなぜ起こったのかは分からないし、フェリスの力を感じているもののこの変化に直接かかわっていないことは分かる。だけどそれでもあえてフェリスにたずねたのは会話を通じて彼女の調子を確かめてみたかったからだ。


「ありがとな。俺の分まで頑張ってくれて。おかげで助かった」


 そんなソウジの言葉に、フェリスはにっこりとほほ笑んだ。

 笑っていないと、泣きそうになるからだ。

 自分はちゃんとソウジの力になれているのか心配だった。力及ばず、また八年前の時のようにただただ何もできずに離れて行ってしまうのではないかと怖かった。今回も結局はソウジに一人で行かせてしまった。彼の護りたいものを代わりに護ってあげることしか出来なかった。


「…………いいえ。助かっているのはわたしたちです」


「そうかな。俺、かなりフェリスに助けられてると思うんだけどなぁ」


 そういうことを言うのはやめてほしい。だって、泣いてしまいそうになるから。

 八年前は何も助けてあげられなかったのに。

 よかった。

 今は少しでも、助けてあげられてるんだ。

 そう思うとなぜだか涙が出てきそうになるのだ。


「ふふっ。これからも、もっともっと助けますよ」


 そのためにわたしは強くなったのだから。

 あなたの隣に立ちたくて、わたしは強くなったのだから。


「そっか。それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな。まずは目の前の敵を一気に倒そう」


「はいっ!」


 二つの『レーヴァテイン』が真紅の輝きを帯び始めた。まるで二つの力が共鳴しているかのように。

 紅蓮の焔が折り重なりあい、周囲の敵に牙をむく。

 焔と焔が互いに絡み合い、さながら円舞曲ワルツを踊っているかのように敵を制圧していった。


 この状況が鎮圧されるのも、時間の問題だった。


 ☆


 プルフェリックは学園の外へと足を運んでいた。

 学園にやってきた侵入者たちは既に鎮圧されている。

 後半は教師側が優勢だったのものの人手がギリギリだったのでいつその優勢な状況が崩れるか分からなかった。だが、たちまち教師や生徒たちの前に現れた真紅の騎士が圧倒的な魔力で敵を制圧してしまったのだ。あれが噂の黒騎士なのではないかと生徒たちの間では専らの噂である。色が黒ではなく紅だったので生徒たちの間では意見が分かれているようだが。

 そうやって学園内の騒ぎが鎮圧されてから、プルフェリックは彼らの拠点として使用していた『下位層アンダー』にあるとある廃墟へと足を運んでいた。その中に入ると、明らかに魔法で空間が拡張されていることが解る(その魔力の反応をたどってここまで来たのだが)。

 中はかなり広い。学園の講堂ぐらいの広さだ。

 しかし、その空間には一人の幼女がつまらなさそうな、それでいて怒っているような顔をしてポツンと立っていた。

 その幼女とは、ブリジット・クエーサーである。


「あ、せんせー。おひさしぶりー」


「ブリジットさん。あなた、いったいここで何をしていたのですか?」


 知ってるくせに、とブリジットは内心、口をとがらせる。


「なんかいきなり襲われてねー。しかも話を聞いてみればなんか学園を襲うっていうじゃない? しかもしかも、わたしの食堂の地下にある『核結晶コアクリスタル』が目的だなんて言うからさぁ。だから、消し炭にしてやったの」


「やれやれ。もう少し穏便に済ませられなかったのですか?」


「そりゃ、やろうと思ったらやれたよ? でもこいつら、食堂を狙うって言ってたからさ。それってかわいいかわいいルナちゃんも巻き込まれちゃうかもしれないってことだよね? だから最大限の苦痛と恐怖を与えてから消しちゃった」


 それにこいつら、つまんないし。

 というブリジット。彼女がルナ・アリーデのことを大切にしているのは知っている。

 今回は相手が悪く、また彼らが不幸だったのだとブリジットの逆鱗に触れたであろう敵に心の中で合掌する。


「でもでも、消す前に魔法で記憶は抜いておいたから、使えるんじゃないかな」


 そう言って彼女は消した者たちの記憶が保存されているであろうクリスタルをその小さな手でもてあそぶ。彼女は魔法で他人の記憶を抜き取ることが出来るのだ。


「こいつらさ、なーんか『魔王復活』とかいうつまんないこと考えているみたいだねぇ」


「……『再誕(リヴァ―ス)』、ですか」


 ならばその記憶を見た彼女がこんなにも怒るのも無理はない。

 だって、ブリジットはルナのことをとても大切に思っているのだから。


「とうとうルナちゃんが『巫女』として目覚めちゃったみたいだからさ、こいつらみたいなのは邪魔なんだよね。こいつらはきっとルナちゃんを欲しがるだろうから」


 それが問題だ。

 彼女が『巫女』として覚醒しだした以上、これからも狙われる可能性がある。

 そんなことは許容できない。


「……どうやら、これから面倒なことになりそうですね」


 プルフェリックの呟きにブリジットは軽く肩をすくめてみせた。


「そうらしいね。でも、わたしはルナちゃんと、ルナちゃんが大切にしているモノが護れればそれでいいや。学園と生徒たちの平和はせんせーにお任せします」


 実際、ブリジットにとってルナとルナの大切にしているモノ以外はどうでもいい(かつてのギルド仲間は別として)。ルナがこれまで辛い経験をしてきた。そんな彼女を護ってやれなかった自分の無力さを呪いたい気分だ。

 そんなことを考えていることはプルフェリックには筒抜けで、そしてそれはブリジットも分かっていることだった。


 学生時代と同じように自由奔放な生徒を前に、プルフェリックは深いため息をついた。



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