第三十四話 最輝星
ソウジたちの目的地である食堂についたと思いきや、その場は既に黒マントの男たちによって制圧されていた。ルナが既に食堂から逃げていればよかったのだが、ブレスレットの反応からそうでないことが分かる。
そして黒マントの男たちは食堂の周りで待機しており、そこに駆け付けたソウジたちイヌネコ団の面々を補足すると一気に戦闘態勢に入った。
「ちょっ、どうしてこんなにもウヨウヨといるのよ!?」
クラリッサは思わず叫ぶが無理もない。まさか食堂などという場所にこんなにも狙ったように襲撃者たちが集まるとは思ってもみなかったからだ。困惑するクラリッサを狙って、何人かが魔法で攻撃を仕掛けてきた。
「っ!?」
だがそれはソウジの『黒壁』によって阻まれる。だがそれを見るや否や黒マントの男たちは一つの壁ではカバーできない四方八方から攻撃を仕掛けてくる。殺到する数多の閃光にソウジはすぐさま星眷を眷現させた。
「『アトフスキー・ブレイヴ』!」
同時に、殺到する閃光を次々と的確に切断していく。
攻撃を凌いだあと、全員で敵を少しでもかく乱するために走り出した。ソウジはブレスレットから得たルナの『祈り』を他のメンバーに現状として伝える。
「さっき、ルナにプレゼントしたブレスレットにかけておいた魔法に反応があった。ルナが危ない。たぶんまだ、あの中にいる」
「なんですって!? だったら、はやく助けなきゃ!」
ルナの現状を知り真っ先に反応したのはクラリッサだ。今にも血相を変えて飛び出していきかねない様子だが、それは自殺行為というものだ。クラリッサもそれが分かっているのか悔しそうに唇を噛みしめている。そしてその悔しさをぶつけんとしているのかすぐに彼女も魔力を展開させる。
「『ケイニス・トルトニス』!」
その名を呼び、自らの力である星眷を眷現させた。杖の形状をした星眷を振り回し、そこから雷を放出させて襲い掛かってくる魔法攻撃を薙ぎ払う。次に彼女は杖で狙いを定めて、その杖の頭部にエネルギーを充填させると狙いを黒マントの集団に向けた。
「『昇雷』!」
膨大な魔力の塊となって、雷の閃光が黒マントの男たちに向かって放たれた。さながらビームのようなその一撃は一気に黒マントの男たちを撃ち倒す。だがそれはまだほんの一部。次の獲物を見据えたクラリッサは再び『昇雷』を放った。が、今度は土属性の防御魔法によってそれを弾き飛ばされてしまう。ただの土属性の魔法ではない。クラリッサの星眷の一撃を防ぎ切ったということは間違いなく星眷魔法だ。やはり相手も学園に攻め込むからには相応の戦力を引っ張り出してきたらしい。
クラリッサの雷属性に対して土属性の星眷は相性が悪い。だがそんなクラリッサをカバーするかのように、チェルシーの星眷『リンクス・アネモイ』が瞬時に土の壁を風の矢で撃ちぬいていた。更に間髪入れずに周囲に大量の風の矢を展開。そしてさながら嵐の如く次々と黒マントの土属性の星眷使いに向かって攻撃を叩き込んだ。
しかし倒してもまた次の黒マントが次々と湧いて出てくる。オーガストとフェリスも星眷を出して対抗しようとしているものの、人数と色の種類は圧倒的にあちらが多い。
人数が多いという事はそれだけ、様々な属性の人員が控えているという事だ。逆に人数が少ないという事はそれだけ属性の数が限られてくる。魔法を使った戦闘において相性に関する問題はかなり大きい。
「これからどうするんだ?」
オーガストが『ピスケス・リキッド』で水の結界を作りだし、水属性の魔力特有の『流れ』をコントロールして上手く攻撃をそらしていく。だがそれはただの時間稼ぎにしかならない。攻撃を集中させられたらその結界はいとも簡単に破壊されてしまうだろう。
「ルナがあの中にいる以上、突破するしかない」
「……それはまた難題」
「難題だろうがなんだろうが、こうなったらやるしかないでしょっ!」
しかし、現状としては圧倒的にイヌネコ団が不利である。それに加えてソウジがブレスレットから感じ取ったルナの助けを求める声のことを考えるとそうグズグズはしていられない。そのことは承知しているのかフェリスがソウジのブレスレットに視線を向けながらつぶやく。
「時間はあまりなさそうですね」
そう。時間が無いのだ。これだけの数の敵を時間をかけずに突破する方法が必要だ。
「だったら話は簡単よ。春のランキング戦の時と同じようにソウジが先に突破しちゃいなさい。わたしたちはソウジを援護よ」
クラリッサはその決断をすぐに下した。そこに一切の迷いはない。彼女の瞳に宿る力強い輝きがそれしか方法が無いという事を訴えている。
彼女のこういったところにはソウジはいつも驚かされる。春のランキング戦の時もそうだった。ソウジがあの状況を打破できる方法があると知るや否やその詳細すら聞かずに……否、あえて聞かずにソウジに全てを託した。そして、ランキング戦の直前には流石に悩みはしたもののオーガストをこのギルドに迎え入れた。クラリッサは必要ならば最後にはちゃんと決断を下せる。また、一切の迷いもなく、仲間を信じることが出来る力がある。
「正直、ここでソウジに抜けられるのは辛いけど。でも今はそんなこと言っている場合じゃないわ。この中ならアンタが一番速い。一番速く、ルナを助けに行ける」
「……異議なし」
「わたしもです」
「オレもそう思うぜ」
「無論、僕もだ」
クラリッサもみんなも分かっていたのだろう。ここでソウジが一人で突っ切れば食堂にはすぐにたどり着けるということを。だが、五大属性の相性に左右されない黒魔力を持つソウジが離れることはこの場においてかなり辛い状況になる。だがそれでも、クラリッサとみんなは決断したのだ。
「ソウジはうちのエースよ。だから、さっさとルナを助け出して戻ってくることぐらい、出来るわよね?」
「……うちのギルドマスターにそう言われたら、ノーとは言えないな」
とはいえ、春のランキング戦の時とは状況が違うのも確かだ。心に不安が残るのは否定できない。そんなソウジの心中を察してか、フェリスがどこか覚悟を決めた表情でソウジを見る。
「ソウジくん。後の事は任せてください」
「フェリス……」
「ソウジくんが抜ける分もわたしがカバーします。ですからソウジくんはルナさんをはやく助けてあげてください。またみんなで、ギルドホームに戻りましょう」
フェリスの瞳からソウジは眼を逸らすことが出来なかった。彼女の覚悟と決意のようなものが伝わってくる。それから眼を逸らすことなどソウジには出来るわけもなく。
「わかった。じゃあ、頼んだぞ」
「はいっ!」
そしてソウジは魔力を高めていく。その背中を見たレイドがぎゅっと拳を握りしめて、声を張り上げた。
「ソウジ! 星眷は使えないけどオレも……オレも頑張るからな! 絶対にルナを助け出してやれよ!」
レイドはこの中で唯一、星眷が使えない。この場にいる者の中でもっとも危険なのがレイドだろう。
だがそれでも彼は戦うと言った。そしてフェリスと同じくその覚悟と決意を肌で感じ取ったソウジはレイドに「逃げろ」という事は出来なかった。ソウジはレイドの言葉に頷いて、目標である食堂へと視線を移す。
「じゃあ…………行ってくる!」
その言葉と共に。
ソウジは地面を蹴り、加速した。
さながや矢の如くスピードで加速したソウジに当初、黒マントたちは対応できなかった。だが一気に食堂までの距離を詰められていると知るや否や慌てて攻撃を仕掛けてくる。だがソウジは放たれた閃光を目にも止まらぬスピードで切り裂いてく。魔力の欠片が辺りに散らばり、星屑のような軌跡が生まれる。
食堂に張られていた結界を『黒刃突』で撃ちぬく。ガラスが砕け散ったかのような音と共に結界が破壊され、ソウジは一気に食堂へと入り込んだ。黒マントたちはアインに中に入ってこないように言い含められていたので中に侵入したソウジを追おうか一瞬、迷った。だがその迷いが隙を生み、雷の槍と風の矢が容赦なく貫く。更に焔と水の渦が辺りを一気に多い、黒マントたちを食堂に寄せ付けない。
オーガストが『ピスケス・リキッド』である槍を振り回しながら敵に宣言する。
「悪いがそこを通すわけにはいかないな。うちのエースが仲間を連れて返ってくるまで、大人しくしていてもらおうか」
どうやらオーガストたちを始末するのが早いとふんだらしい黒マントたちは一斉にその場に残ったイヌネコ団の面々に攻撃を集中させていく。そんな中、唯一星眷魔法をもたないレイドは自分に出来ることを模索していた。
(オレは……星眷を使えねぇ。成績だって一番悪い。こいつらみたいにアホみたいな魔力も無ければ大した魔法も使えねぇ。考えろオレが今できることはなんだ? オレがみんなの力になるにはどうすればいい?)
強化魔法で身体強化を施しつつ、レイドは魔法攻撃の雨の中を駆け抜ける。ソウジたちに鍛えられてきたおかげで回避技術だけはかなり向上した。というよりも、ソウジの攻撃に比べればかなり遅い攻撃だと言える。
(今のオレにできること……!)
レイドは一気に手近にいた黒マントに近づいた。相手もレイドが接近してくることに気が付いて魔法で迎撃しようとしてくる。が、レイドはそれを強化魔法による身体能力向上の恩恵を活かして紙一重でかわしていく。最小限の回避は反撃に繋がる。このことはソウジたちとの特訓で身に沁みている。さすがに完璧にかわすことはできずに僅かに攻撃をかすらせているものの、こんなものはただのかすり傷にすぎない。
レイドはあらかじめ練っておいた魔力を使って土属性の魔力を集約させた球体を生み出した。
土属性初級魔法『ランドボール』。
『ファイアーボール』や『ウォーターボール』と同じ『ボール』タイプの魔法。ごくごく初歩的な魔法であり、威力もそれ相応のものだ。レイドはこの魔法が苦手だ。魔力を集めて球体を造ることはできる。だが、そこから『放つ』のが上手くいかない。見当違いの方向に飛んで行ってしまったりする。そこでまたソウジからアドバイスをもらった。
「おりゃあっ!」
レイドは拳の前に作り出した球体を、ぶん殴った。すると、殴られた『ランドボール』はレイドの狙った場所へとまっすぐにとんだ。ソウジの見立てでは、レイドにはどうやらこうした方が上手く球体を飛ばせるらしいとのこと。そしてそれは当たっていた。この方法が、レイドにとってもっとも、攻撃軌道のコントロールが良かった。
そしてまっすぐに殴られた『ランドボール』は黒マントの足元に着弾した。かわすまでもない魔法と踏んでいた黒マントは予想外の場所に着弾したことに一瞬だけ慌てたものの、ダメージは無いことを確認する。だがレイドの目的は相手にダメージを与えることではなかった。このようなものが通じる相手ではないということは重々承知である。
「分かってるよ、倒せないことは。けど、バランスは崩れたろ?」
レイドが狙ったのは黒マントの足元にある地面。そこを『ランドボール』で破壊して、足場を崩すのが目的だった。いくら『ランドボール』の威力が初級魔法程度のものしかなかろうと、地面の一部ぐらいは破壊できる。その目論見通り、足場を崩されてバランスを崩した黒マント。いくらバランスを崩そうがレイドに遅れはとらないと踏んだのだろうが、その考えもレイドにとっては外れである。もとよりレイドは自分で目の前の敵を倒せるなどとは思っていない。だからこそ体勢を崩し、仲間に託した。
足場を崩されてよろけた黒マントに、容赦なく風の矢が突き刺ささる。
チェルシーの弓の形をした星眷による一撃だった。
バランスを崩して一瞬でも隙を作ればその隙を見逃さず叩き込んでくれる。
レイドはそう判断し、仲間を信じた。
「……レイド、ぐっじょぶ」
「おうよ!」
倒した数はたった一人。それもチェルシーの力を借りている。
しかし、まだ倒れていない。
まだ自分は戦える。
春のランキング戦における個人戦では、自分の力だけで一人を倒した。だけど体はボロボロになった。それではだめだ。ボロボロになった自分を守ってくれるのは仲間だ。一人倒して満身創痍じゃ自分は守られるだけのお荷物になる。だから、自分だけの力で倒せなくていい。仲間に守られるだけのお荷物にならず、少しでもいいから仲間の攻撃に繋げる。
それが今の、自分にできることだ。
☆
フェリスは全身の魔力を高めつつ、巧みに焔を操りながら戦っていた。そして他のみんなに声で呼びかける。
「みなさん、わたしから離れて一か所に固まってください!」
ソウジが抜けた現状として、個々で散らばりながら敵の攻撃を拡散しつつ、個人に対する攻撃の密度を薄める作戦をとっていた。『黒壁』という強力な防御魔法を使えるソウジが抜けた今、固まっていると数の差による集中砲火で一気にやられてしまうからだ。だがそれを踏まえてフェリスはみんなに固まるように呼びかけた。それも、自分から離れてと。
そうなってくると確実にフェリスが集中砲火を受けてしまう。
だがクラリッサはフェリスに何か考えがあるのだということをすぐに見抜き、他のメンバーと合流した。対するフェリスはというと、食堂から距離をとって、派手に焔をまき散らしながら出来るだけ多くの敵を引き付けていた。
頃合を見計らって、フェリスは深呼吸する。
できれば使いたくなかった。
これはまだ未熟な自分にはコントロールが効かない。
下手をするとルナやソウジが中にいる食堂や、ギルドのみんなまで巻き込みかねないからだ。
だがこれを使用しないと現状を突破できないことは明らか。
しかし危険性はあるのでみんなには離れてもらった。その後、更に侵攻してきた新手の黒マントたちにその場を取り囲まれた。
だがそんなことはどうでもいい。
大切なのはみんなを無事に守り抜くことだ。
ソウジの帰ってこれる場所を守り抜くことだ。
ソウジの笑顔を、守り抜くことだ。
そのための力を今、振るう。
「――――『最輝星』!」
フェリスがその名を叫ぶと同時に、紅い剣の形をした星眷である『ヴァルゴ・レーヴァテイン』から発せられた紅蓮の焔が彼女自身の体を包み込んだ。
一瞬、周囲の黒マントたちは自らの星眷が暴走して自爆してしまったのかと思ったがそうではないことをすぐに悟る。彼女を包み込んだ焔は切り裂かれ、中から紅いドレスに身を包んだフェリスが現れた。その圧倒的な魔力をその身に纏った彼女の姿はまさに戦姫と呼ぶにふさわしい神々しさを力強さを兼ね備えており、手にしていた紅い剣もその形状が変化している。フェリスの周りはキラキラとした星屑のような輝きを放つ焔で覆われており、圧倒的なまでの魔力で敵は誰一人として彼女に近づけていない。
これこそがフェリスの星眷『ヴァルゴ・レーヴァテイン』の解放形態――――『ヴァルゴ・レーヴァテイン・スピカ』である。
そんなフェリスの姿を見たオーガストが眼を見開きながらポツリと呟いた。
「『最輝星』……!? まさか、もう習得していたとは……」
『最輝星』。
それは、極限まで高めた星眷の力を全面解放させる上位魔法。言うなればリミッターの解除。その力は通常状態の星眷を遥かに凌ぐ。しかし、この高みに到達している者は少ない。フェリスでさえもまだ『最輝星』は完全に習得できていない。『最輝星』を『眷現』させることは出来るが未完成形であり、コントロールにも不安が残る。だからこそフェリスはあまり使いたくなかった。下手をすれば仲間を巻き込んでしまうというのと、相手の命を保証できないから。
だが、その力はこの場にいる星眷使いたちを凌駕して余りあるほどのもの。
ソウジが抜けた穴を埋めるためのフェリスの最終手段である。
「ごめんなさい。わたしはまだこの力のコントロールが効かないから。どうなるかわかりません。ですからお願いです。退いてください。退いてくれないのなら……わたしも、覚悟を決めます」
その願いは切実なもの。だが、その願いは届かない。
黒マントの男たちは警戒を強め、更にそれぞれの全力の魔法を叩き込んで来ようとする。たったそれだけ。フェリスは悲しそうに一瞬だけ瞳を閉じると、すぐにその眼を開き、決意と覚悟をのせて、力を解放させた星眷を振るった。