第三十三話 襲撃者たちの謎
その轟音は、おそらく学園中にいる誰もが耳にしただろう。そう思えるぐらいに響き渡っていた。更に狼煙が正門の辺りからあがっており、明らかにそれが怪しげな状況であることを察せられた。
そしてそれは教師たちが一番に感じ取っていた。本来、この学園には魔法で構築した侵入者対策がある。だがそれらの魔法が一切機能していない。これは明らかに異常事態だ。
教員室は驚愕に包まれていたものの、すぐに生徒たちの避難をするように対策がなされた。同時にその原因を探る。いや、探るまでもなかった。正門の方から大量の黒マントに身を包んだ集団が学園の敷地内に入り込んでいたからだ。
生徒たちの避難を最優先にしつつ、教師陣も戦える者たちが侵入者たちの迎撃にあたっていく。生徒会と風紀委員会には生徒たちの避難を誘導しつつ、彼らを護るように命じた。こういった緊急時のために動くのもこの学園では生徒会と風紀委員会の仕事だ。それに、彼らは『皇道十二星眷』を持つ者も多数存在する。下手をすればそれは教師陣をも上回る可能性のある力。それほどまでに『皇道十二星眷』というものは強力なのだ。そういった力にも動いてもらうしかない。何しろ侵入者の数に対してこちらがわの数が少なすぎる。
学内の専用索敵魔法でざっと反応を確認してみても明らかにこちらの手が足りない。
更に不幸にも今現在、生徒会長と風紀委員長を含む上位陣はとある目的のために遠征中だ。
学園の戦力は、万全とは言い難かった。
☆
学園にいる全教師たちの元に使い魔での連絡が瞬時に行き渡り、さっそく教師たちは授業を中断して生徒たちの避難を始めていた。だがその中でソウジは避難する生徒たちの波を外れていく。それを見たフェリスとレイドがソウジのもとに集まった。
「おい何やってるんだよソウジ」
「今から食堂に行く」
「今飯食ってる場合じゃ……ってああっ!」
どうやらレイドも思い当たったらしい。
フェリスは最初からその可能性に気が付いていたようでこくりを頷いた。
「ルナさんのことですね?」
「ああ。さっき遠目から見えたけど、前に戦った黒マントたちと同じ格好のやつらが襲いかかってきてた。この前に襲撃してきた黒マントたちは俺たちを狙ってたから、ルナも危ないかもしれない」
もちろん、それは可能性の一つに過ぎない。それにルナも、とっくに安全なところに避難しているのかもしれない。だがつい昨日、彼女が不安がっていたところを見たばかりだ。どうにも心配になる。ソウジたちが合流したのを見てかすぐにAクラスの生徒たちの波をかきわけてクラリッサ、チェルシー、オーガストたちも合流した。
「食堂に行くのね、わたしたちも連れて行きなさい!」
「むしろ、そのためにここで待ってたんだけどな」
ソウジが肩をすくめていると、チェルシーがじっとソウジを見つめているのに気が付いた。
「……ソウジ、転移魔法」
「おおっ、そうだ。ソウジにはそれがあるじゃんか」
「…………いや、だめだ。転移魔法が使えなくなってる」
「おそらく、学園のセキュリティーレベルが上がったんでしょう。普段は学園全体の守護結界の魔力消費量の関係で使えませんが、非常時には転移を無効化する術式が発動するようになってますから」
と、フェリスがすぐさま疑問の穴をふさぐ。
「そうと分かればはやく行くわよ!」
クラリッサのその言葉を合図にソウジたちは一目散に食堂へと駆け出した。それを止めようとする教師がいなかったわけではないが、それすらも振り切った。せっかくみんなと本当の意味で友達になれたかもしれない小さな女の子を、この場にいた誰もが放っておけなかったのだ。
道中、走りながらオーガストが疑問を漏らした。
「……だが、いったいどういうことだ? この学園の守護結界を突破するなんて……考えられない」
「そうですね。普通はありえません。『核結晶』によってコントロールされる結界を突破できる手段なんてそうそうないはずです。あるにしても、もっと大がかりな準備が必要とされるはずなのに……」
さきほどはすぐさま疑問の穴を埋めてきたフェリスだったが、さすがに今回ばかりはお手上げのようだった。
「そういえば、前にソウジたちが倒したっつー黒マントもどうやって『天庭園』の中に入ってきたんだろうな? 見た感じ、あいつらと関係ありそうだし……」
「そこも謎なのよね。風紀委員会も掴めてなかったみたいだし……」
「……そもそも、あいつらの目的はなに?」
走りつつも、みんながその疑問を口々に投げかける。口に出してみれば見るほど疑問があふれ出てきて、その答えが見つからない。
「とりあえずだけど、前に『天庭園』で戦った黒マントたちが『どうやって』入ってきたのかは分からない。でも、『なぜ』入ってきたのかは分かる」
「わたしたちのギルドホーム、ですか?」
フェリスの答えにソウジは頷いた。
「あそこは師匠たちが学生時代に使ってたところだ。あのギルドホームに施されていた魔法や結界をはじめとして、中にある資料も含めればかなりの学術的な価値があるところになる。そこを狙ったんだとは思う」
学生時代からソフィア・ボーウェンはその才覚を発揮していた。数々の賞を総なめしていたという実績がその証拠である。あのギルドホームはまだまだ未知のお宝とも呼ぶべきモノで溢れているのだ。
「それは分かった。だが、なぜ今回あの黒マントたちはこの学園を襲ってきた? まさか、ギルドホーム一つ手に入れるのにあれだけの戦力を投入してきたわけじゃないだろう」
オーガストの疑問はソウジも感じていたことだ。いくら価値があるとはいえギルドホーム一つにこれだけの戦力を投入するのは割に合わない。それならソウジたちギルドのだれか一人でも捉えて結界に入る許可を与えた方が楽だからだ。人質を取るなりなんなりして脅してソウジたちにギルドホームに眠っているお宝や資料を持ってこさせる方が手間もコストもかからない。
ならば、もっと大きな目的のためにこのような攻撃を仕掛けてきたと考えるのが自然だ。
もっと大きな物。
ソフィア・ボーウェンとその仲間たちが残したギルドホームよりも価値のあり、重要なモノ……。
「…………『核結晶』か!」
ソウジの言葉にその場にいた誰もが驚くようにしてはっと顔を上げた。
無限の魔力を生み出す『核結晶』。
下手をすれば見つけることすらできないギルドホームよりもこちらの方がよほど実用的だ。
「だが、『核結晶』は何もここだけにあるものじゃないぞ? それこそ、『王領域』にある王宮や別の都市にも存在するものだ。この学園に備え付けられているものは王宮の次に守りが固い。狙うにしても、もっとこちらよりもランクが落ちるところにある物を狙えばいいだけの話だ。優秀な教師たちや『皇道十二星眷』があるこの学園にわざわざこれだけの人数を投入してまで狙うなら、同じだけの戦力を他の場所にある『核結晶』に向けた方が手っ取り早いだろう?」
そう考えていたからこそ、逆にこれまで誰もがその可能性に思い至らなかった。
「逆に考えてみよう。確かにこの学園は王宮にある『核結晶』の次に守りが固いのかもしれない。でも、現にやつらは攻めてきている。だったら、何かしらの勝算があってこんな攻撃をしかけてきているはずだ」
「……そういえば、生徒会長と風紀委員長をはじめとした上位陣は殆どが今現在、遠征中でした」
学園のツートップが不在。それはつまり普段よりも戦力が落ちているという事だ。
それに生徒会長も風紀委員長もどちらも『皇道十二星眷』を有する『十二家』の一員である。
通常の星眷よりもはるかに強力な『皇道十二星眷』の使い手が何人か不在という今だからこそ仕掛けてきたのだろう。だが、それだけじゃない。まだ何か理由があるはず。それにまだどうやってこの学園の守護結界を無視して入ってこれたのかが分からない。
「つーか、なんでこいつらはこんな時間帯に攻めてきたんだ? 普通、夜とかだろ!」
「いや、そうともいえないぞ、レイド。星眷っていうのは夜になると力を増す。だから教師や生徒の中にいる星眷使いに普段以上の力を発揮させないって意味では別に今の時間帯でも襲撃するのは間違っていない。まあ、タイマンや自分の実力に自信があるなら夜でも問題はないけど……」
と、ソウジがレイドの疑問にこたえていると、近くでまた爆発音が響き渡った。見てみれば窓のすぐ外に黒マントたちが校舎のすぐ近くにまで押し寄せてきていたのだ。生徒たちが悲鳴を上げる中、オーガストは驚いたように黒マントたちを見ていた。
「なんだこの侵攻スピードは!? いくら不意を突いたとはいえ、明らかに早すぎる……!」
ソウジたちはようやく外に出れた。避難する生徒たちの影響もあってここまでくるのに時間がかかってしまったのだ。外にもまだ避難しきれていない生徒たちが数多くいた。そんな生徒たちに黒マントの男たちは容赦なく魔法で攻撃を仕掛けていた。その行動にソウジは反射的に体が動く。
「『黒壁』!」
黒い壁を展開して黒マントの男たちの攻撃を完全に遮断。いくつもの攻撃が黒壁に着弾したものの、傷一つついていない。
黒マントの男たちは更にいくつもの攻撃を捻じ込もうとしたものの、全てソウジの作った壁によって阻まれてしまった。そのことに動揺したのか、攻撃の波が一瞬だけ止む。
そこを見逃さず、ソウジはすぐに魔力を放出させた。すぐさま『黒矢』で黒マントの男たちを次々と撃ちぬいていく。次々と地面に倒れ伏していく黒マントの男たちであったが、急所は外しているから死んではいないはずだ。それに魔法で防御策を施していたのだから気を失っているだけで大丈夫だろう。
その瞬間に、風紀委員の生徒がソウジたちのもとに着地した。デリックとコンラッドである。地面に倒れている黒マントの男たちを眺めながら、デリックが申し訳なさそうにソウジに詫びた。
「悪い。どうやらまた間に合わなかったみたいだな」
「いえ。それよりも、こいつら……」
「ああ。明らかに侵攻スピードが早い」
「ここに来るまでにも何回かやりあったんだが、連中、侵攻するにあたってかなり効率の良い進み方してたな。まるで学内の最短ルートを熟知しているみたいだ」
それはまた妙な話だとソウジは思った。確かに仮に何らかの方法で結界を無効化する手段が見つかったとしても、移動ルートまでは瞬時に把握できないはず。
「それに運も悪かったな。やたら風紀委員会に相性の悪い属性ばかりが集まっててよ」
ソウジは不思議に思いながらも、襲撃者たちの目的が『核結晶』なのではないだろうかという話をしてみた。
「先生たちもその方向で意見が纏まってる。けど、今は連中の迎撃に手いっぱいでな」
「何しろ数が多い。それに加えてオレら学生のツートップも今は不在だしな」
「が、『核結晶』は大丈夫だろう。非常警戒モードに入ったから『核結晶』を護る防御結界も何重にも強化されたはずだ。今のモードなら王宮にある『核結晶』よりも厳重な守りで固められている。あとはオレたち生徒ですらもうあの結界の中には入れない。入れるのは、一部の先生ぐらいだろうよ」
どうやら教師たちも敵の狙いを把握したらしい。そしてそれの対策もあるからこそ敵の迎撃に人員を裂ける。だがソウジはどうしても嫌な予感を拭えなかった。星の装飾のあるブレスレットにそっと手をかけて、ソウジは風紀委員の二人に背を向けて走り出す。
「わかりました、ありがとうございます!」
「っておい待て! つーかお前らどこに行く気だ! さっさと避難……」
風紀委員の二人の声を振り切ってソウジは走る。先に先行していたクラリッサたちにすぐに追いついた。食堂まではあと少しだ。
「…………」
「ソウジくん?」
浮かばない顔をして走るソウジに、フェリスは心配になった。だがソウジは頭の中でもやもやとした何かが渦巻いていた。なぜ黒マントたちがいきなり学園を襲ってきたのか。『核結晶』が欲しいのは分かる。だがなぜここに? しかも、わざわざこんな騒ぎを起こしてまで。結界を突破できるならもう少し隠密に動いてもよかった。派手な動きの目的……陽動? だとすれば本命は別にいる? だがそんなものが動いていればこの学園の索敵魔法にひっかかる。いや、逆に考えろ。索敵魔法にひっかからない人間ならば本命となることが可能だ。
「フェリス、この学園の索敵魔法に引っかからない人間ってどんなのだ?」
「え、えっと……わたしたち生徒や、ルナやブリジットさんのようなこの学園で働く関係者……あとは、教師ではないでしょうか」
「――――――――!」
フェリスのその一言で、頭の中のもやもやが一気に晴れた。
「……それだ、教師だ!」
「え?」
「お、おいソウジ、まさか……」
「教師だよ。あの襲撃者たちをこの学園に入れたのはこの学園の教師だ!」
ソウジの言葉に、今度は先ほどの比ではないぐらいにみんなが驚いている。
「いや、待てソウジ。いくらなんでもそれは……!」
「オーガストの言うとおりよソウジ。先生がそんなことするわけ……」
「理由ならある。そもそも、こいつらが攻めてきた時に結界は破られていなかった。なぜなら、関係者が手引きしたからだ。これなら破ることなく結界をスルー出来る。こうして派手に暴れているのも陽動。教師なら索敵魔法に引っかからずに自由に移動できるし、あの黒マントたちが効率的なルートで進行できるのも辻褄が合う。教師が情報を流したからだ。『天庭園』の時もそう。教師があの中に入れたんだ。『天庭園』は学園の関係者しか入れない。ルナもブリジットさんも教師じゃないけど中に入れた。つまり、学園の結界と同じように『関係者』って認識されれば入れるんだ。教師なら隙を突けばそういうことを自由に設定できるだろうし。索敵魔法まで騙せなかったみたいだから陽動作戦にしたんだろうけど。『教師』という条件さえ満たしていればこの学園はもっとも簡単に……警備ランクが落ちる他の街よりも簡単に、『核結晶』が手に入れられる場所だったんだ。それにどれだけ『核結晶』の護りが固められても教師なら難なく近づける」
「……でも、いったい誰が?」
「そ、そうよ。誰がそんなことをするのよ? それに教師なら、何もわざわざ今日に奪う必要はないでしょう? この学園の教師なら、これまでにいくらでも奪うチャンスが……」
「普通なら、今までにいくらでもチャンスがあったはずだ。でも、一人だけ違う教師がいる。今までにこの学園にいなくて、つい最近赴任してきたばかりの新しい教師が」
そんな教師は一人しかいなかった。
「ま、まさか……」
レイドが違っていてほしいと思っているであろう表情をしている。声もやや震えていた。
ソウジは悲しそうな瞳でレイドを見た。
「そう。アイン先生だ」
ソウジの言葉にレイドを含むイヌネコ団の面々がショックを受けた表情を浮かべていた。
「アイン先生は普段から『再誕の会』で生徒たちから雑談を通して色々な情報を集めていた。前も見ただろう? 勉強会に参加していた生徒たちからわざわざ地図まで書いてもらってた。それに普段から道に迷っていたっていうのも嘘なのかもしれない。もしかすると、学園の敷地内の様子を探って、生徒たちからの雑談で得た情報と照らし合わせて襲撃の際の最短ルートを検討していたのかも。だから黒マントたちはここまで侵攻スピードを早めることが出来てるんだ。初見の割には明らかに侵攻スピードが異常だったし」
――――ギルドといっても、ポイントに関係してくるようなものではないらしいです。なんでも、生徒の相談にのってあげたり魔法の練習を見てあげたり、あとはアイン先生を含めた生徒同士で楽しく雑談をして生徒同士の距離を縮めたり……ギルドというよりは、どちらかというと会合かお茶会といった方がいいかもしれませんね。
「方向音痴っていう設定も、『再誕の会』も、生徒たちから学園内の情報を集めるのに都合がよかったんだ。というより、生徒たちからの情報を集めるために『再誕の会』を作ったんだろうな。それに……」
――――あはは。君だけじゃないよ。この学園の生徒たちの情報は常にチェックして頭に入れてるさ。まずは生徒のことを知らないと、良い授業は出来ないというのが僕の持論だからね。
「アイン先生は生徒たち全員のデータをチェックしてた。コンラッドさんたちに相性の悪い属性の使い手をぶつけられたのもそのせいだ」
それに思い返せばあの発言も気になる。
――――そういえば、ギルドホームは見つかったんですか?
――――この前、良い物件は見つけたと思ったんだけどね。先にとられちゃってたよ。うーん。残念。
これはおそらく、イヌネコ団のギルドホームのことを言っていたのだ。あの黒マントたちをソウジたちに差し向けたのも恐らくアイン先生とみて間違いない。
「…………そういえばオレ、さっきの授業中に外でアイン先生が地図を片手に校舎のすぐ外を歩いていたのを見た……」
ソウジの言葉を聞いてレイドも思い当たる節があるのか、がくりと頭を垂れた。アイン先生に励まされたこともあるレイドにとっては辛い事実なのかもしれない。
他のイヌネコ団の面々もソウジの言葉に否定する材料が見当たらなかったのか押し黙っている。だが、そんな彼らはすぐに目の前の現実に引き戻されることになる。
ついに食堂が目の前というところまでやってきた。だが、既に黒マントたちはその侵攻を食堂の周辺にまで広げていた。数としてはざっと五十人ほどはいる。
「どうやら、わたしたちは大歓迎されているみたいね」
「どちらかというと、歓迎されに行ったが正しいな」
「……なんだか無理やり歓迎させたみたいでわるいかも」
「どちらにせよ、倒すまでです!」
フェリスたちはソウジの語った推理を受け入れながらも、すぐに心を切り替えていた。レイドはまだ受けいれられなかったようにも見えたが、すぐにぱぁんと頬を叩くとスイッチを切り替えた。ソウジはそんなレイドの姿を見てふっと微笑む。やはりレイドには将来性があると思った。
フェリスたちが星眷を眷現させていく中、ソウジも続こうとした。
――――ソウジさんっ……!
(ッ!?)
が、不意に手首のブレスレットの魔法によってルナからの『祈り』がソウジに届いた。
このブレスレットの魔法が発動しているという事は、ルナの身に危険が迫っているという事だ。
「――――ルナ……ッ!」
☆
最初、ルナはその轟音や爆発音に気が付かなかった。もともと食堂の地下にある倉庫で作業をしていた。昼休みは休ませてもらったのできっちり働こうとしたからだ。この時間帯は他の人達は殆どお昼休憩に出払っていて、ルナはその間に地下倉庫の整理をしていた。しばらく経ってからようやく上に戻ってきた頃には何やら外が騒がしいと思っていた。
外がどうなっているのかには全然気が付かなかったが、なんだか嫌な予感はするということだけは感じていた。すると、食堂に一人の男性教師が入ってきた。ルナも知っている。アイン・マラス先生だ。
「おや、まだ人がいたんですね」
「アイン先生ですか? えと、外が何か騒がしいようなのですが、何かあった……」
ぞくっ。
と、ルナはその時、得体のしれない悪寒のようなものがした。
アイン先生の事は知っているはずなのに、しらずしらずのうちに後ずさりしてしまっている。
「どうしたのですか? ルナさん」
ニコッと人のよさそうな笑みを浮かべるアイン先生。だがルナにはもう、目の前にいる教師が得体のしれない何かにしか見えなかった。なぜかは分からない。強いて言うならただの直感だ。
ルナの心の奥底が目の前にいるこの人は危ないと警告を発している。
「あなたは、何者ですか……?」
声を震わせて、自然とそんな言葉が出てきた。
その言葉を聞いてアイン先生は……スッと目を冷たく細めた。
「……やれやれ。魔力が無い、魔法も使えないゴミだと思っていたのですがねぇ。意外と勘がいいようだ。もしかして、実は魔法が使えたりします?」
「…………」
「答えませんか。別にかまいませんが。まあ、次の質問には必ず答えていただきますよ?」
アイン・マラスは射殺すような冷たい瞳でルナを視る。
「ここの地下に『核結晶』の保管庫へと続く通路があるはずです。そこに案内しなさい」
「えっ……?」
「とぼけても無駄ですよ。こちらは念入りに情報収集をして、更に魔力の流れも調べることで確認もとってるんですから。あの忌々しいブリジット・クエーサーがいるから迂闊には近づけず、肝心の地下への入口までは分かりませんでしたが、あいつも今頃はうちの精鋭たちに消されている頃でしょう。それにあなただけが残っていたのはラッキーだった。いちいち入口を探す時間が省けましたから」
「ブリジットさんが……? そんな……そんなの……」
「あなたの意見なんてどうでもいいんですよ。さぁ、はやく案内しなさい。命が惜しければ、ですが」
氷のように冷たい眼でルナを脅すアイン。その右手には魔力の輝きが……ルナを簡単に殺してしまいかねない魔力の輝きが帯びていた。
(――――ソウジさんっ……!)
ルナはぎゅっとブレスレットを握りしめ、心の中でソウジに助けを求めた。