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第三十二話 真昼間の狼煙

 王都レーネシアは『王領域レックス』、『太陽街ソル』、『下位層アンダー』の三層に分かれている。上に行けばいく程階級が高いということであり、それだけそこで暮らしている人々も裕福であるということだ。『下位層アンダー』は上の階層に比べると荒れている。ガラクタの山や廃墟だって珍しくはない。だがそれ故に何かを企む者たちにとっては都合の良い隠れ家が山のようにある。

 その中にある、『下位層アンダー』では珍しくないガラクタの山に埋もれた廃墟の一つに、明らかによからぬことを企んでいる者たちが集まっていた。

 全員が黒いマントに身を包み、フードですっぽりと頭を覆っている。まるで何かを崇拝する信者たちの集会場のような雰囲気が漂っていた。

 そんな黒衣に身を包んだ者たちの視線は自分たちのこの場におけるリーダーであろう黒マントの男に注がれていた。彼は祭壇を模したかのような台の上に立つと、両手を大きく広げた。


「同志たちよ、時は充ちました」


 その声に『同志』たちが応える。台の上に立ったリーダーである男は満足げな表情をフードの隙間から覗かせた。彼らはこの日の為に尽くしてくれた。準備もした。そして自分は、やりたくもない茶番をやってきた。その苦労がようやく報われるのだ。


「今日は我らが主の再誕に必要な物をいただきましょう。そして我らが主が再誕された暁には、我々は多大なる名誉と栄光を得るでしょう」


 リーダーである男の言葉に、またもやフードに身を包んだ者たちが応えた。その声は歓喜と興奮に染まっている。リーダーである男はマントの隙間から一つのクリスタルを取り出した。そしてそれをうっとりとした表情で眺めている。

 そのクリスタルはとあるルートから手に入れた情報をもとに男の所属する組織が独自に改造を施したものだった。そして男はそれを『上』から与えられた。それがどれだけ名誉なことか。男が恍惚とした表情で眺めているクリスタルは、赤黒い濁った色をしており、不気味な輝きを発していた。


 ☆


 ギルドホームを抱えているギルドは基本的に昼食は食堂で買ってギルドホームで食べる、というパターンが多い。だが『イヌネコ団』の面々に限っては基本的に昼食は食堂でとっていた。これまでずっと食堂が集まるところだった、というのもあるがルナがいるというのもある。

 そんなルナは今日も忙しい昼休みの時間帯に一生懸命に働いていた。その髪にはソウジに買ってもらったヘアピンが光っている。さすがに仕事中にブレスレットは出来ないのでポケットにしまっているが。

 ポケットの中に入っているだけだというのに、なぜだか安心できる。不思議と心が軽くなっている。心が晴れやかだ。気が付けばあっという間にお昼になっていた。ここからまた忙しくなるけど、大丈夫。


「ルナちゃん、休憩入っていいよー」


「え、でもお昼ですけど……」


「そう。お昼だからだよっ! お昼はお昼ご飯を食べる時間だからねっ」


「今は忙しいですよ。ですから、お昼休みが終わってからわたしは休みます」


「でも、その時間帯だとみんなはいないでしょ?」


 そのみんなというのがルナの所属しているギルドの友達だということが分かった。


「ルナちゃん、ここに来てからいつも朝から晩まで頑張ってくれたでしょ? だからぜんぜんオッケー。むしろこの時間帯は人手は余ってるぐらいだから」


「でも……」


 ここに来てからずっとここで働いてきたルナだからこそ、忙しいお昼休みの時間帯にはあまり休みたくはない。


「だいじょーぶだいじょーぶ。ていうか、わたしもけっこう嬉しいんだ。ルナちゃんに良いお友達が出来て。だから、もっとお友達と一緒に楽しく過ごそう? ルナちゃんぐらいの年頃の女の子はみんなそうだし。ていうか、ルナちゃんが働き過ぎなのっ。もう少し遊ばなきゃ」


 見た目こそただの幼女だが、目の前にいるブリジット・クエーサーという人は紛れもなくルナの『保護者』ではなく『母親』だった。


「……わかりました。じゃあ、お言葉に甘えてお休みさせていただきます。休憩が終わったら、すぐにまた頑張ってお仕事します」


 ぺこりと頭を下げてソウジたちの元へと向かうルナ。律儀に頭を下げたり休憩が終わったら頑張りますという辺り彼女らしい。だが少し前までのルナならば、お昼休みの時間帯に休憩をもらうようなことはなかった。勧められても拒否していただろう。

 ブリジットはルナにおとずれた『良い変化』が、とても嬉しかった。


 ルナはお昼ご飯であるブリジットの作ってくれたお弁当を持ちながら、ソウジたちのテーブルに向かう。その際にふと、ポケットの中にあるブレスレットをつけようと思った。仕事中はつけられないから普段は外に買い出しに行く際にしかつけていない。部屋の中では小物入れに大事にしまっているのでつけられない。


(ソウジさん、気づいてくれるかな……)


 なんとなくそんなことを考えながら、ルナは星の装飾の付いたブレスレットを左手につける。その際に、またもやなんとなくヘアピンがちゃんととめられているかを確認してから、ソウジたちの待つテーブルに向かった。


「あ、あの……」


「ルナじゃない。どうしたの?」


「……もしかしてルナもお昼?」


 チェルシーがかわいらしく首をちょこんと傾けながらピンポイントでその事実をついてきた。


「はい。実は……お昼休憩をもらえたんです。ですから、わたしもご一緒してもよろしいですか?」


「もちろんよっ!」


 クラリッサが向日葵のような満面の笑みを浮かべてルナを歓迎する。


「あ、わたしの隣に来てもいいわよっ!」


「……ごめんね。隣に座ってあげて? これを断ると、クラリッサが拗ねちゃうから」


「す、拗ねないもんっ!」


 相変わらずどちらが保護者が分からないような状況でルナはついクスリを笑ってしまう。

 お言葉に甘えさえてもらってクラリッサの隣に座る。そしてフェリスは、ルナの髪に昨日までは無かったものがあることに気が付いた。


「ルナさん。そのヘアピンとブレスレット、かわいいですね。ルナさんにとっても似合ってます」


「ありがとうです。実は……」


 そこでルナはふと思いとどまる。そういえば昨日は、みんなにこのことを内緒にしてほしいということでソウジにもみんなに秘密で来てもらったのだ。だがここで昨日、ソウジに買ってもらったことを言ってしまえば必然的に昨日のことがバレてしまう。

 でも、もしかすると良い機会なのかもしれない。

 昨日ソウジはみんなに打ち明けてみてはどうかと言っていた。みんなをもっと頼ってくれと言った。

 ならば今が、頼り時なのだろうか?


「……実は、昨日ソウジさんに買ってもらいました」


「ええっ!?」


 驚いた声をあげたのは無論、フェリスである。まさかまさかの相手だったのだ。いや、そういえば昨日、ソウジもルナもギルドホームに来ていなかったことを思い出した。もしかすると……二人で一緒にデートをしていたのかもしれないという想像が過る。


「そ、しょれって、で、ででででででででーと……」


「えと、わたしが相談にのってほしいことがあって、ソウジさんに相談に乗ってもらったんです。その時にソウジさんがわたしを元気づけてくれようとして買ってくれたものです」


「そ、そうなんですかー。あはは……る、ルナさんにとっても似合ってますよ。うう……似合いすぎてかわいさがとてもアップしているぐらいです……」


 フェリスも素直に認めざるを得ない。アクセサリーのせいだけではなく、明らかにルナが昨日よりもかわいくなっている。

 とはいえ、フェリスは知る由もない。


(フェリス、さっきからルナのことチラチラ見てるな。そんなにもアクセサリーが欲しかったのかな? じゃあ、今度また買ってきてあげようかな。そうだ、どうせならみんなの分も……)


 ということをソウジが考えていたことなど。


「そ、それでですね……みなさんにも、ちょっと相談にのってほしいのですが……」


「ふふん。まっかせなさい! このじんせーけーけん豊富なわたしにかかればどんな悩みもちょちょいのちょいよ!」


 相変わらずの自信たっぷりなドヤ顔を披露するクラリッサ。


「まあ、こいつの人生経験が豊富かはさておいて、相談があるというのなら僕も力になろう」


「オーガスト、アンタあとで覚えておきなさいよ」


「……クラリッサの人生経験はともかくとして、わたしもお話ならきくよ?」


「チェルシーぃぃぃぃぃいいいいいいいいい!」


「おうよ! オレも相談に乗れることがあるならどんとこいだ! いっつも美味い飯作ってもらってるしな!」


「わ、わたしも力になりますよ。なんでも言ってくださいっ」


 ルナが相談にのってほしいことがある、と言っただけでみんなが快く受け入れてくれた。こんなにも簡単に、そしてアッサリと受け入れてくれたことにルナは少しきょとんとしてしまった。そしてソウジの方へと視線を向ける。


「ほら、みんなすぐにOKしてくれただろ?」


「はい。そうですね」


 なんだかあれだけ一人で悩んでいたのがばかみたいだ。それにみんなもここ最近はルナが一人で何かを抱え込んでいたことは解っていたのか、出来るだけルナが話しやすいように明るい雰囲気をつくろうとしてくれている。まあ、クラリッサをいじることで、なのだが。しかしクラリッサがぎゃーぎゃー騒ぐのはいつも通りなので周りは特に気にしていない様子である。

 そこでルナは昨日、ソウジに相談したことと同じことをみんなにも打ち明けてみた。突然、胸の中が熱くなったこと。ソウジの星眷が輝いて、それに呼応するかのように胸が更に熱くなったこと。それが不安だったこと。

 話し終えて真っ先に反応を見せたのは『十二家』の出身であるフェリスとオーガストであった。

 

「うーん……聞いたことが無いですね……何かの魔法でしょうか?」


「だがルナはこれまで魔力を持たなかったのだろう? だったらなぜ急に……ソウジの星眷が関係しているのは間違いないようだが」


「やっぱりそう思うか?」


「当然だ。それにお前の星眷はいろいろと謎な点が多いからな。何かあってもおかしくない」


「そうよねぇ。何かヘンなモノが一つや二つあっても不思議じゃなさそう」


「なんか微妙な言い方だなそれ……」


「……つまりソウジが悪い?」


「いやまてチェルシー。なんでいきなりそうなる?」


「ソウジさんは悪くありませんよ」


「……じょうだん」


 チェルシーもルナに負けず劣らず感情がちょっと読みにくいので冗談かそうでないのかの見極めが難しい。とはいえ、様々なことが不明な以上はそういう可能性もなくはない。


「わかんねぇなァ。『下位層アンダー』の方でそういった病が流行ったとかいう話も聞かないし」


「とりあえず、わたしは実家の方に調べてもらうように頼んでみます」


「僕の方も調べてもらうように頼んでみよう」


 と、フェリスとオーガストがそれぞれの実家に調べ物をするように提案する。二人の実家はかなりの権力を持っている『十二家』なので情報収集能力はかなり高い。特にオーガストの実家であるフィッシュバーン家ではオーガストの母の活動のおかげで『下位層アンダー』にもいくらかのコネクションが存在する。オーガストが『下位層嫌い』だった際にそのコネクションのいくつかは既に破綻してしまったものの、彼の事情が事情なのでそういったことを理解してくれている人々が多いおかげでそのコネクションはそのほとんどがまだ健在だ。『下位層アンダー』とのつながりがあれば深いところまで調べられるだろう。

 また、そうでなくともレイドやクラリッサたちも『下位層アンダー』出身だ。彼らの力を合わせればその情報収集範囲は幅広いことになる。

 更にフェリスの実家は『太陽街ソル』の管理を任されている。『太陽街ソル』での情報収集も問題はないだろう。

 

「ありがとうございます。でも、あれから同じことは起きてないのでそんなに大げさにしなくても……」


「いや、どうせならちゃんと調べてもらっとこう。せっかく知り合いに二人も『十二家』がいるんだしさ。俺も師匠に調べてもらうように頼んでみるし、ちょっと図書館でこっちの調べ物のついでに調べとくよ。これは俺の星眷にも関わってくることかもしれないし」


「……はい。そうですね」


 安心したようにソウジに微笑むルナを見て、クラリッサはポツリと言葉を漏らす。


「なんか、ルナとソウジって仲良くなった?」


「!!!??!??!??」


「……フェリス、どうしたの?」


「な、にゃんでもにゃいでしゅ……」


「……フェリスもねこさん? にゃんにゃんする?」


「いえ、遠慮しておきます……」


「まあ、昨日一緒にお買いものしたから、多少は仲良くはなったのかも」


「そうかもしれないです」


 と、ソウジとルナは言うが、そんな二人を見て以外にも納得いかないといったような表情を見せたのはクラリッサであった。


「むー。なんだろうこの気持ち……ちょっともやもやするかも……」


 そんなクラリッサの様子を見てフェリスはまたもや慌てる。今度は内心で、だが。

 まさかまさかの危惧していた通りの展開になってしまうのではなかろうかとフェリスは心配でならなかった。というかほぼそうなりかけているような気さえした。


(そ、そういえばチェルシーさんの時もクラリッサさんの時も……ソウジくん、二人の相談にのってあげてたみたいですし。それに春のランキング戦での一件で……ああ、もうっ。どうしてソウジくんは、ソウジくんはっ)


 手当たり次第に女の子を攻略しているような構図にしか見えない。既に攻略されてしまっている身としてはもやもやすることこの上ない展開である。


(うー! うー! ソウジくんのばか、ソウジくんのばかっ……!)


 心の中でばかばかと言われているなんてこと、ソウジ本人はまったく気が付いていないようだった。

 それが更にフェリスのやきもちを加速させる。


「とりあえず、ご飯食べようか。お昼休みが終わる前に」


 気が付けばすっかり話し込んでしまっていた。あと少しでお昼休みが終わってしまう。

 ソウジたちはその後、雑談も交えながら昼食を食べきると、すぐに授業に向かった。時間がギリギリになっていたからだ。

 その日のお昼からの授業は歴史の授業だった。どうやら前世でも現世でも歴史の授業というものは割と退屈で眠気を誘うものらしい。特にソウジはソフィアと暮らしていた時にこの範囲はとっくに学び終えていたところだから尚更だ。

 歴史の授業を担当していた先生が黒板に書いている内容を淡々と写すだけの時間が過ぎていく。ソウジはふと窓の外を覗いてみると、アイン先生がきょろきょろとしながら歩いていた。大方、またもや迷ってしまっているのだろう。生徒たちから書いてもらった地図を片手にうろついている。どうやら方向音痴というのは本当らしい。ソウジは苦笑しながらもアイン先生が無事に闘技場にたどり着けるかを見守ることにした。その方がまだ授業よりは退屈しなさそうだ……と思っていると、まるで不意打ちのように先生が説明を締めた。


「えー、というわけで、この辺りは特に重要です。メギラスくん。この教科書の一文を呼んで」


「お、オレですか? えーっと……」


 いきなりあてられてレイドは少し焦っているようだ。レイドはあたふたしながら指定された一文を読もうとした。

 だが、レイドの口から教科書の一文が読まれることは無かった。

 なぜならその時、学園中に爆発音と何かをぶち壊すような轟音が響き渡ったからだ。


 そしてそれが開戦の狼煙であるということは、まだその時、誰も分かっていなかった。





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