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第三十一話 プレゼント

 放課後になると、ソウジは『イヌネコ団』のみんなには用事があると言い残してすぐに食堂の裏口に向かった。ソウジがたどり着いた頃にはもうルナは準備が出来ていたようで、ぺこりと頭を下げる。


「ごめん。待たせた?」


「いえ。ぜんぜんです」


「そっか。じゃ、行こうか」


「はいです」


 ソウジはルナと一緒に学園の外に出る。放課後に外に出ることは今までなかったのでちょっとしたワクワク感のようなものがあるが、今日はルナの相談にのる日だ。それも、たぶん重大な。あんまりのんきに構えていられない。


(そういえば、最近誰かの話を聞くことが多いな)


 ふと、そんなことを思う。チェルシー、クラリッサ、そしてルナだ。三人とも共通点と言えばかなりの美少女であるという点と同じギルドの仲間という点だろうか。ルナの表情をチラリと伺ってみると、その表情にはどこか戸惑いのようなものがある。


「どうした?」


「いえ……その、こうしてお仕事に関係なく街に出るのは基本的にブリジットさんと一緒にお買いものする時ぐらいなんです。ですからこうしてお友達と一緒に外におでかけするのは、はじめてで……」


「そっか。女の子友達じゃなくて申し訳ないけど」


「そんなことはありません。ソウジさんと一緒で楽しいですよ?」


「それならいいんだけど」


 苦笑しつつこたえる。でもソウジとしてはきっと女の子同士の方が楽しいのだとは思う。ルナはまだそういう機会がないから分からないだけで。

 とりあえずソウジたちはてきとうな喫茶店に入って出来るだけ話を聞かれないように店内の片隅のテーブルに座る。お互いにジュースを注文してそれがやってくると、ちびちびと飲みながら時間をつぶす。

 ソウジはルナから切り出すタイミングを待つことにした。こちらからたずねるのはどうにもせっついているような気がしてルナも話しにくいと思ったのだ。ルナもそのことが分かっているのか自分なりにタイミングをうかがう。やがて軽く息を整えると、ルナはソウジと視線を合わせた。


「実は、ですね……」


 ルナは話した。以前のソウジとコンラッドとの戦いの際にソウジの星眷が不思議な輝きを帯び、それに呼応するかのように自分の胸の中が熱くなっていたことを。魔力の欠片も持たず魔法も使えないルナが自分の身に起きたこの不思議な現象のことを。


「不安なんです……こういうこと、今までに起きたことなかったので……」


 そう言ってルナは俯いた。

 彼女にとってのはじめての『異変』がもたらしたのは『不安』でしかなく、それを育ての親であるブリジットにすら知らせていないことでそれがどれだけ深刻なのかをうかがわせる。

 だがソウジも、今のルナの話を聞いてなんとこたえていいのか分からなかった。チェルシーやクラリッサのケースとは違う。これはソウジ自身にも関わってくるであろうことで、それなのに答えという答えが出せなかった。あの時に『アトフスキー・ブレイヴ』が発した謎の輝き。あれにルナも関わっているとは夢にも思わなかった。あの胸の中で発した熱。それをルナも感じていたなんて。


「……あの時、俺も胸の中が熱くなったんだ。たぶん、ルナと同じやつだと思う」


「ほんとですか? じゃあ、ソウジさんはあれがなんなのか……」

 

 ルナが何かの希望を見出したような表情でソウジを見た。ソウジはそんなルナの表情を見ながら申し訳ないように首を横に振る。


「ごめん。俺にも分からない。そもそも、『アトフスキー・ブレイヴ』があんな光を発していたのも、俺は初めて見たんだ。だから、俺にも今回の事はちょっと分からない」


「そうですか……」


「本当、ごめん。力になれなくて」


「いえ。わたしが勝手に相談させてもらっただけですから。こちらこそ、ごめんなさいです」


 ぺこりと頭を下げるルナ。次に顔を上げた時、さきほどまでの不安げな表情は一切なかった。これは悩みが解決したというわけではない。ソウジに心配をかけまいと自分の不安な気持ちを隠しているのだ。クラリッサはこういうことを心配していたのだ。自分の感情を押し殺して、笑わなくなる。これが嫌だった。だからギルドに入れて少しでもルナの心を溶かしてあげようとした。

 かといって、今ここでルナに何かを言っても心を閉ざしたまま、自分の不安な心を閉じ込めたままにするだろう。

 しかし、ルナをこのままにしておけない。目の前にいる心を閉ざした女の子。その小さな肩にある重荷を少しでも降ろしてあげることこそが、クラリッサがやりたかったことだ。なら、そんな彼女のギルドのメンバーであるソウジがここで動かなくていつ動く。


「それでは、戻りましょう。ソウジさん。今日はわたしの用事に付き合ってもらって申し訳ありませんでした」


「いや、まだ戻らない」


「え?」


「今度は俺の用事に付き合ってよ、ルナ」


 きょとんとするルナを前に、ソウジはニッと笑みを浮かべていた。


 ☆


「あ、あの……ソウジさん」


「ん。なに?」


「えと……これは、どういう……」


 ルナは困惑していた。あの後、ソウジはルナを連れ出して店を出た。そのままやっぱり学園に変えるのかと思ったがそういうわけではなく、ルナの手を引っ張って街の中を歩き出したのだ。それも、学園とは真反対の方向に。


「俺さ、入学式の日に王都に来たんだけどそのあと観光とかする暇が全然なかったから。今から観光でもしようかと思って。だから、それに付き合ってほしいんだ」


「は、はぁ……。別にかまいませんが」


 まずは露店が立ち並んでいる大通りへと出る。するとたちまち美味しそうな匂いがあたりから漂ってきて食欲を誘った。


「ルナって普段から料理を作ってくれたりしているけど、食堂での仕事でもよく作ってるんだよな?」


「はい。ブリジットさんがわたしにも任せてくれるようになりましたから。あと、今度わたしのオリジナルメニューを出そうって話になっていて……今は研究中です」


「よし、それなら今日は観光がてらオリジナルメニューの研究でもしよう。色んな物を食べたらそれが参考になるかもしれないし」


「でもわたし、あんまりお金が……」


「だいじょうぶ。それなら全部俺が出すから」


「そ、それはだめです」


「俺の観光に付き合ってくれるお礼だよ。そうだ、あれなんかどうかな」


 このまま言い合いをしていてもルナはきっと受け取らないので、無理やり露店の前に連れて行く。ソウジが連れてきた露店で売り出していたのはクレープである。

 かつて異世界より召喚されてきた勇者。その勇者より、異世界の様々な文化がこの世界に知れ渡った。このクレープもその一つである。

 ソウジはクレープをてきとうに二つ買うと、一つをルナに手渡す。さりげなく金貨をさっと支払って、有無を言わさず歩き出した。ルナはどうやら諦めたようで、ぱくっと小さくクレープにかぶりついた。小さな口をもぐもぐと動かすさまは小動物のようで可愛らしい。


「……ありがとです」


「こちらこそ、観光に付き合ってくれてありがとう」


「むぅ。ソウジさんはいじわるです」


「そうかな?」


 まあ、ルナが遠慮しようとしているのに有無を言わさず奢って食べ物を押し付けた形になったのだからそう言われても仕方がない。しかし、今のルナには気分転換が必要だと思ったのも確かだ。あのまま学園に戻っていてもきっとまた暗い表情をしていただろうから。

 食べ物を手にして二人は王都を歩く。時々、ルナがポツポツと近くに見える建物や食べ物についての解説を入れてくれたので、ルナを連れ出す口実だったはずの観光が本当に観光のようになってしまったのはちょっと笑ってしまったが。

 ルナはオリジナルメニューについていろいろ悩んでいるようで、露店でさまざまな食材や料理を買って食べては唸っていた。その真剣な表情からは少なくともソウジが見る限りは先ほどまでの不安げな表情は感じられなかった。

 食べ物の露店を一通りまわると、今度はお腹を休ませるのも兼ねてアクセサリーや小物を売っているお店を見てまわる。さきほどのような露店ではなく有名なお店らしいところに入ってみた。そのお店は若者に人気のアクセサリー店らしく、放課後ということもあってか学生たちの姿や若いカップルなどが多く見える。


「そ、ソウジさん。わたし、あんまりアクセサリーとか、そういうのはつけないので……」


 ルナはどこか居心地が悪そうだ。ソウジはなぜか分からなかったが、ルナは周囲がカップルだらけであることに気付いたのだ。アクセサリーにさほど興味が無いわけではない。だが、こういうカップルだらけの空間にいるのはちょっと居心地が悪くなるのだ。しかし、当のソウジ本人はまったく気づいていない。


「じゃあ、今日からつけてみよう。ほら、これとかルナに似合いそうだけど」


「わたしにこんなかわいいのは似合わないです」


 ソウジが指差したのは三日月の形をしたヘアピンである。キラキラとした三日月の装飾が確かにかわいいと思ったものの、ルナは自分には似合わないと思った。アクセサリーやオシャレに興味が無いわけではないが、どうにもそういったことに積極的になれない。いざアクセサリーやオシャレに手を出そうとすると、客観的に見て自分にこういったものは似合わないというブレーキがかかる。

 だから基本的にはそんなルナをみかねてブリジットがあれやこれやをいろんな服を買ってきてルナをコーディネートするのだ。せっかくブリジットが選んでくれたのだからとその服を着てはいるが、しかし自分に似合っているとは思えない。


「そうかな? 俺は似合ってると思うけど」


「それはソウジさんの思い過ごしです」


「そんなことないと思うんだけど……じゃあ、これとか」


 次にソウジが差し出してきたのはブレスレットだ。かわいらしい星の装飾がルナの心を鷲掴みにしたものの、やはり客観的に見て自分では似合わないと思った。ふるふると首を横に振る。


(ていうかソウジさん、どうしてこんなピンポイントでわたしの好みの物を……)


 そう。さっきからソウジはルナの好みのデザインをしたアクセサリーばかりを薦めてきた。ヘアピンにしてもブレスレットにしてもだ。ソウジはじーっと今度はあれやこれやと真剣にルナに似合いそうなものを見て悩んでいる。ただ、見ているものが女の子向けの物ばかりである。真剣な表情で女の子向けのアクセサリーを吟味するソウジを見ているとなんだかおかしくなってクスッと思わず笑ってしまう。

 しばらくルナは真剣にアクセサリーを吟味するソウジを眺めていた。それだけでじゅうぶん楽しかったし、なんだか心の中が温かくなってくる。

 それから少しして店を出て、二人で近くの公園にあるベンチに休憩がてら腰を下ろす。ソウジは飲み物を買ってくると言ってその場をぬけだして、すぐに戻ってきた。

 公園で休憩を行ったあと、また二人でルナの解説を交えながら街を歩く。そして二人は見晴らしのいい高台にやってきた。ここからなら街の様子が一目で見渡せる。二人がここに来た時にはもう日が沈み始めていて、街全体が真っ赤に燃えているようだった。二人で景色を眺めていると、不意にソウジはルナにあらためて向き直る。


「ルナ、ちょっといい?」


「なんですか?」


「これ、プレゼント」


 そう言ってソウジはポケットの中から一つの紙袋を差し出してきた。


「……開けてもいいですか?」


「いいよ」


「では、失礼します」


 紙袋を開けてみると、そこにはいっていたのは二つの小箱。更にその小箱を開けてみると、その中にはさきほどの店で見かけたあの三日月の装飾が施されたヘアピンと、星の装飾が施されたブレスレットだった。


「これって……」


「さっきジュースを買いに行くついでに買ってきたんだ。口ではああいってたけど、ルナがこれを気に入ってそうだったからさ」


「でも……わたしには、似合いません」


 だって、わたしはかわいくないから。

 思い出してしまうのはかつて、ほんの僅かな期間だけ通った『魔学舎』の時の事だ。魔法が使えないうえに魔力もないルナは周りの生徒たちからバカにされてきたし、虐げられてきた。心無い言葉を何度も受けてきた。それからだ。ルナが自分に自信を失くし、心を閉ざすようになったのは。

 だからソウジを見たときはすごいと思った。周りからどれだけ何を言われても、ソウジは決して折れなかった。ルナは折れてしまった。だからなおさらすごいと思った。そして、応援したくなった。

 ちょっと勇気を振り絞って話しかけてみたら、いつの間にかルナの周りには『友達』が出来ていた。 


「いや、似合う。絶対に似合う」


 そんなソウジが自信たっぷりにそんなことを言うが、その自信はどこから来るのだろうかとルナは思った。しかし、そんなソウジが自信たっぷりに「似合う」という姿はどこか……いつも服を買いにつれて行ってくれるブリジットの姿を重ねてしまう。


「ルナはもうちょっと自分に自信持った方がいいよ。昔、周りに何を言われたのか知らないけどさ。でも客観的に見て、ルナは十分かわいい女の子だと俺は思う」


「……そうでしょうか」


「絶対にそうだって。ブリジットさんもきっと同じことを言うよ」


 実際、ブリジットからも似たようなことを言われたことがある。というかよく言われる。

 でもなぜか、ソウジに言われると胸が温かくなる。あの時の熱い感じとはまた違った感覚だ。


「……あの、ソウジさん。これ、つけてみてもいいですか?」


「もちろんっ」


 ルナはヘアピンを取り出して髪をとめる。彼女の金色の美しい髪が夕焼けに濡れながら、その中で三日月の装飾がキラリと輝いていた。


「……似合いますか?」


「うん。ちゃんと似合ってるよ」


「そうですか……ありがとです」


 ありがとというその言葉は、なぜか自然に口からこぼれ出た。その事実にルナは内心、驚きながらもほっと胸をなでおろす。


「そうそう。ちなみにそのブレスレット、俺も買ってみた」


 じゃーん、と言いながらソウジは右手首にルナにプレゼントしたものと同じブレスレットを身に着けていた。


「なんかそれ、ペアで使う物らしくてさ。ついでに俺もオシャレしてみることにした」


「そ、そうなんですか」


 ペアで使うもの。その言葉に、ついさきほどの店内の……カップルたちのことを思い出してしまう。

 それを考えると不思議と頬が熱くなってきた。なぜだろう?


「ただのブレスレットじゃないぞ? 実はそれ、俺が魔法をかけておいたんだ」


「どんな魔法ですか?」


「大したものじゃないよ。ルナがどうしても不安だったり身の危険を感じた時にそのブレスレットに祈ってくれれば俺が感知できるって程度の魔法」


 そういった複雑な魔法がかなり難しいということはルナにも分かる。だがそれをあの短時間でアッサリとかけてしまうソウジが規格外なだけだろう。


「……俺はさ。まだルナの感じたっていうあの熱い感覚に関しては正直、分からない。だからせめて、いつでも相談にのってあげられたらいいなとは思ってる」


「……ソウジさん」


「それにほら、俺もあの時、ルナと同じものを感じたし。だからルナ一人で抱え込む必要はないよ。言ってしまえば俺もルナも同じ悩みがあるってことだろう? だから相談なら同じ悩みがある俺ものるし。それに、クラリッサたちもいるだろ?」


「でも、これ以上迷惑をかけるわけには……わたしはただえさえ、魔法も使えないお荷物なのに……」


「そんなの関係ないってクラリッサも言ってるだろ。ルナが相談にのってほしいと言えば、きっとみんなすぐにOKしてくれる。この前も、俺たちを頼っていいんだって言ったばかりじゃないか」


「……そういえばそうでした」


「まあ、事が事だから無理にとは言わないけど、他の人にも打ち明けたらきっと何かヒントがつかめるかもしれないぞ? ブリジットさんも色々と知ってそうだし……ていうか、お荷物どころかむしろルナが来てから美味しいものが毎日食べられるようになったからクラリッサたちも喜んでたぞ……っていうか、クラリッサにしてもチェルシーにしてもルナにしてもみんな色々と一人で抱え込みすぎなんだよな。それで暗い表情してたらこっちが気になってくるし……って、ルナ?」


 気が付けば、ルナがクスクスと笑っていたのだ。ソウジはきょとんとして普段あまり笑う事のない少女の微笑みをじっと見つめる。


「ソウジさん、なんだか途中から愚痴みたいになってます」


「うっ、それは悪い……」


「でも、わたしを一生懸命元気づけてあげようとしてくれたのはわかりました。今日も一日、不安になっていた私を元気づけるために色々と連れて行ってくれたんでしょう?」


「……そう言われればイエスと答えるしかないけど、なんか見透かされるとそれはそれで恥ずかしいな……ま、まあとりあえずだな。もっと俺たちを頼ってくれって話だ。うん」


 今日のルナは、自分でも少しおかしいと思った。

 なぜならばごくごく自然に笑うことが出来たし、自分には似合わないと思っていたアクセサリーを身に着けることが出来ている。

 だけど不思議と嫌じゃなかった。ルナは左手に星のブレスレットをつけながら、ソウジと一緒に街を眺めた。

 とくんとくんと胸の奥が温かな鼓動で包まれている。

 嫌じゃない。むしろ、この感覚は好きだ。


「それじゃ、そろそろ帰るか。最近は街も物騒らしいし、あんまり遅いとブリジットさんも心配するだろ?」


 ソウジの言葉にルナは頷き、二人は学園へと戻る道を歩いていった。

 そんな二人の手には、おそろいのブレスレットが輝いていた。



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