第二十八話 風紀委員からの挑戦状
食堂でクラリッサと別れたソウジは、すぐにアイン先生の勉強会に戻ってきた。クラリッサは引き受けたからには今日だけはちゃんとバイトをやり通すということで食堂にのこった。
時間的にもう勉強会がはじまっているだろうと思ったソウジは駆け足で会議室にまで戻った。最初は転移魔法を使おうかと思ったが、戦闘中ならばともかく何でもないような時に転移魔法を使っているところを他の生徒に見られでもしたらまた何か言われかねないし、なにより『イヌネコ団』のみんなに迷惑がかかるかもしれないので思いとどまった。
何とか戻ってきた会議室の扉を開けると、ちょうどアイン先生がみんなと楽しくおしゃべりしているところだった。ソウジは出来るだけ目立たないようにフェリスの隣に座る。
「悪い。遅れた」
「あ、ソウジくん」
「今は何やってるんだ?」
「休憩に入ったところです」
確かに見た感じは授業をしているという雰囲気ではない。かなり和やかな空気だ。
「へぇ~。校舎に入るのにこんな近道があったんだね。今度、利用させてもらおうかな」
「そうした方がいいですよ、先生」
「先生はいっつもギリギリに来ますから」
「手厳しいなぁ。でも僕、方向音痴だからねぇ。地図でも作っておこうかな」
「そうした方がいいですよ」
「この前も、授業がはじまる五分前にきょろきょろしながら変なところにいたでしょ」
「いやぁ、道に迷ってしまって」
アイン先生は苦笑いして、周囲の生徒たちはクスクスと楽しそうに笑っている。
そんな光景を眺めていると、お手伝いとして駆り出されているルナがソウジの席に紅茶を置いてくれた。
「ソウジさん、どうぞです」
「ありがとう、ルナ。アレってさっきから何を話してるんだ?」
「アイン先生はまだこの学園に不慣れなので、どうやら生徒さんたちが校舎や教室までの近道を教えているようです」
さっきの会話はそういうことだったらしい。アイン先生は懐から羊皮紙を一枚取り出して校内の地図を描いていた。そこに生徒たちが集まってあれやこれやと話している。あっという間に地図に教室や校舎、果ては食堂や学園長室などといった校内のいろんなところの最短ルートや情報が書き込まれていった。
「こらこら。変なことまで書いちゃダメですよ」
「えー、でも知ってると便利ですよ? 『天庭園』までの道」
「それはそうだけどねぇ」
「そういえば、ギルドホームは見つかったんですか?」
「この前、良い物件は見つけたと思ったんだけどね。先にとられちゃってたよ。うーん。残念」
「ふふっ。先生、方向感覚もなければ運も無いんですね」
「こりゃまいったなぁ」
アイン先生が困ったように笑うとまた周囲の生徒たちに穏やかな笑いが巻き起こった。
「へぇ。本当に生徒から仲がいいんだな」
「そうですね。さっきの勉強会の時もとってもわかりやすかったです」
「それは思いました。わたしでも授業が耳に入ってきただけでかなり分かりましたし」
と、ルナが言う。ルナはまだ十四歳であり、今年十五歳になる。本来ならば『魔学舎』に通っている年齢で、この学園の勉強は何もしていないはず。そんなルナでもだいたいが理解できるのはルナ本人の理解力も高いということもあるのだろうが、アイン先生の腕もかなりのものだということが分かる。
その後、休憩が終わり勉強会が再開された。
ソウジも実際に授業を受けてアイン先生の授業はかなり分かりやすいと思った。肝心のレイドもどうやら今日の勉強会でかなり理解したようで、次の小テストもなんとかなりそうだとかなり喜んでいた。
勉強会が終わった後はまたみんなで食堂に向かい、クラリッサも交えてバイトの一件を話す。チェルシーはやや怒っていたようだが、みんなでまた食堂の仕事を手伝うという事で納得してくれた。
「なんだか申し訳ないです……」
「あ、違うのよルナっ。えとえと、あなたは悪くなくてわたしがバカだったのよっ」
あたふたと慌てるクラリッサを見て、ルナは少しだけきょとんとしたもののすぐにクスッと笑う。
「はい。そうですね」
「そうよ、わたしがバカなのよ! だからルナは何も気にしないでいいわっ」
「ああ、バカなのは良いんだな」
「うるさいわよオーガスト!」
また元の空気に戻ってクラリッサの調子もいつも通りに戻った。クラリッサは何気なくソウジに視線を送る。そしてソウジもまた、クラリッサに視線を送った。
(ほら、言った通りだろ。ルナも分かってくれるって)
(……うん)
何気なくアイコンタクトだけでお互いの気持ちを察して、クラリッサは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「まあ、ルナも一人で頑張らなくていいってことだよ。遠慮なく俺たちを頼っていいんだ」
「はい。わかりました」
「……この素直さ。クラリッサ、みならって?」
「なによチェルシーまで!」
むすぅっとまたクラリッサの機嫌が悪くなってきたので、この辺りでブリジットに登場してもらいバイトについてたずねてみた。さしものクラリッサもブリジットの目の前では機嫌を直さざるを得なかったようで、せめてギルマスらしく振舞おうと思ったのか背筋を正している。
「うーん。ていうかねー、バイトって言っても放課後ってお客さんが少なくなるからあんまり人手がいらないんだよね」
一蹴された。とはいえ、確かに人手が足りているのは確かだ。今でもざっと見渡してみるとお客の入りはまばらである。
「夕食時は確かに忙しいけど、その時間帯は逆にみんなに入ってもらってるから人手も足りてるんだよね。逆にちょっと余ってるぐらい」
食堂は基本的にカウンターにメニューを注文してその場で受け取る方式になっている。
ルナも、たいていは普段は料理を作ったり仕込みをしたりしているのだ。ちなみにクラリッサもさっきのバイトは厨房で働いていた。なぜかメイド服着用だったが。
あとは、夕食時や昼食時など生徒の数が多いときには何人かが生徒たちに注文を取りに行ったり料理を運んで行ったりする時がある。
だが人手は足りていると聞いて意気込んでみんなで話し合った後のことだからクラリッサもややテンションが下がり気味である。
「バイト……バイトねぇ。あ、そうだ。それならちょっと頼みたいことがあるんだけど。バイト代も弾んじゃうよ~?」
「なんですかっ!?」
話の内容的にすっかり労働モードになっていたクラリッサはキラキラとした目でブリジットを見る。イヌミミがピコピコと動いており、半獣人であるために尻尾はないものの尻尾があったら完全にふりまくっている状態だっただろう。
「えっとね、風紀委員会さんから注文を頼まれたんだ~。けどそれ、結構量があるからちょうど運んでくれる人を探してたんだよね。ルナちゃん一人だと絶対に無理だし、かといって時間帯的に他の人達は離れられないし」
「任せてくださいっ」
クラリッサは自信百パーセントのドヤ顔でふんぞりかえり、それを見たソウジたちが苦笑いする。これはあくまでもその場だけのバイトであり、クラリッサの望んだ長期的なバイトの話をうやむやにされたことはどうやら本人は気づいていないようだ。
その風紀委員会からの注文というのは夜間警備のための差し入れらしい。どうやらここ最近、王都では何やら事件が頻発しているらしく、学園側でも警備を強化することになったのだ。そこで風紀委員会が警備を強化し、夜間の警備も行うことになった。
夕食の時間帯も警備することになっているので夕食の差し入れがほしいとのこと。
「助かったぁ~。これ、本当に量が多いからどうしようかと思ってたんだよ~」
「ふふふっ。わたしたちにかかれば楽勝ですよこんなのっ!」
その注文の品が入っているのは三つの木箱であり、この中に更にお弁当がたくさん詰まっているらしい。
確かにこれはルナ一人では無理そうだ。魔法で軽くするにしても木箱を持つと視界が塞がって危ない。
その他に、ついでとばかりに風紀委員会のギルドホームに借りていた魔道具などの入った箱や書物を返してくるように木箱をまたいくつか頼まれた。
「じゃ、よろしくね~」
(無邪気に見えるけど、割とちゃっかりしてるなぁ)
見た目は幼女でも中身はソフィアと同級生であることを思い出したソウジであった。
☆
風紀委員会や生徒会も登録上はギルドである。そのため、ギルドホームである『風紀委員室』も『天庭園』の中に存在する。利便性を考え、その位置は入口である『転移門』から近い場所にある。いざという時にすぐに出動できるようにするためだ
風紀委員会のギルドホームはまるで洋館のような外観だった。広いし庭のようなものもあるしでかなり良い物件だという事が分かる。
「ていうかこれ、勝手に入ってもいいのか?」
「たぶん、ブリジットさんから連絡が入ってると思いますので、大丈夫ですよ」
レイドの疑問にルナがこたえる。連絡を送る手段として魔法で作った使い魔を送るケースは珍しくない。おそらくブリジットもそうしたのだろう。
ソウジたちが洋館に近づくと、目の前にある大きな鉄格子の門の扉がゆっくりとひとりでに開いた。
「どうやら、歓迎されているみたいだな」
門をゆっくりとくぐりぬけ、洋館に入る『イヌネコ団』の面々。洋館の中に入ると同時に、金髪の男子生徒が出迎えた。以前、襲撃者を倒した際に遭遇したデリックであった。
「おっ、きたきたきた! まってましたよ夕食ちゃーん」
デリックがほくほくとした表情で木箱を持っているソウジたちに近づいてくる。その声で反応したのか、他の風紀委員会の面々も何人か出てきた。その中にはアイザックも交じっている。
ルナはこの中で唯一の食堂の関係者なので代表して一歩、前に出た。
「ご注文の品をお届けしに来ました。あと、以前お借りしていた魔道具や資料の返却も」
「ありがとうルナちゃん、どうどう? 今度、そこの美少女たちと一緒にお食事でも……」
「デリック。そんなにも夕食を抜きにされたいのか?」
「ちょっ、そりゃ死活問題だぜアイザックぅ!」
どうやらデリックとアイザックのコンビはこれがいつも通りのことらしい。他の風紀委員会のメンバーたちはスルーしていた。その風紀委員会のメンバーたちはというと、物珍しそうにソウジたちをじろじろと見ていた。春のランキング戦ではあれだけド派手に活躍したのだからそれも当然と言えるが。
「ほぅほぅ。これが噂の一年ギルドか」
その中で、風紀委員の生徒たちをかきわけて出てきたのは一人の男子生徒であった。体格や風格からして三年生だろうか、とソウジは思った。髪をオールバックにした、ヤのつく人のような顔をしているなぁとも思ったが。
「あ、コンラッドさん」
「おう、デリック。こいつらが例の?」
「はい。『イヌネコ団』ッスよ。あ、このワイルドなオジサマはコンラッド・アッテンボロー先輩。怖い顔をしている上に老け顔だから分かりにくいけど、オレらの先輩。つまり三年生だ」
「うっせぇ。オジサマと怖いと老けた顔は余計だ」
コンラッドは軽くデリックを小突いた。隣のルナを見てみると、コンラッドを見てちょっと怯えたような様子を見せた。さりげなくソウジの背中に隠れてきゅっとソウジの制服を小さな手でつまむ。
「ほら、コンラッドさん。ルナちゃんに怯えられてますよ」
「うぐっ……な、なんかすまん……」
しょぼんとするコンラッド。さきほどのワイルドな雰囲気とのギャップでちょっとソウジは笑いそうになったがそれだとまた何やらコンラッドがしょげそうなので黙っておいた。
「それはそうと、だ。お前がソウジ・ボーウェンか?」
「はい。そうですけど」
「ほほう。お前があの……」
また黒魔力のことで何か言われるのかな、と思ったが違った。
「……アイザックたちに『上位者越え宣言』をした面白いヤツか! はっはっはっ。いやぁ、会えて嬉しいぜ!」
バシバシとソウジの背中を叩くコンラッド。その声や表情からは特に悪意も何もない。ソウジはちょっと拍子抜けしていたが、そんなソウジの心中を見抜いたかのようにコンラッドはキラリと目を鋭く光らせる。
「お前の魔力の事でいろいろ言うやつがいるかもしれねぇが、オレは気にしないからな。周りのやつらのことは気にするな……とは簡単には言えないが、まあ困ったことがあったら遠慮なく頼りな」
「こう見えて、コンラッドさんは優しい先輩なんだぜ? 見た目のせいで損してるけど」
「うっせぇデリック」
確かに、コンラッドがそう悪い人じゃないことはこのちょっとの時間でソウジでも分かった。
「それはそうと、お前、オレとちょっと決闘しないか? ポイントをかけてよ」
その提案はまさに不意打ちだった。気が緩んだところに一気に捻じ込まれた。
「前々からちょっとお前のことが気になっててよ。一度、真剣勝負をしてみたかったんだよな」
周りの風紀委員会の面々は「またはじまった」とばかりに呆れている。
「まーたはじまったよ。コンラッドさんの決闘症候群。この人、いっつもすぐバトルしたがるんだよ」
「うっせぇぞデリック」
「気にしなくていいぜ。この人いつもこんなんだから。それでアイザックに決闘を挑んで負けて『上位者』から落ちてるから」
「おいこらデリックぅ! そんな恥ずかしい過去話を持ち出すのはやめろぉ! つ、つーかまだ負けてねぇし! ポイントがたまったらまた挑んでやるからな畜生が!」
「そういえばポイントがある程度たまるまでクライヴさんから決闘を禁止されてましたっけねぇ。あ、本当にいいからね。間にうけなくて」
デリックがひらひらと手を振るが、ソウジはこのコンラッドという三年生に興味が出てきた。アイザックに挑んで負けた、ということは目の前の三年生は元『上位者』ということだ。
「いいですよ。俺は」
「……マジ?」
デリックをはじめとした風紀委員の面々、更には『イヌネコ団』のメンバーたちまでもが驚いている。
「はい」
「ソウジさん……?」
「だいじょうぶだよ、ルナ。ていうか俺もこの人と、戦ってみたいし」
「よぅし、良い心がけだ。後悔はするなよ?」
「しませんよ。それに……コンラッドさんを倒せなきゃ、『上位者』を倒す事なんてできはしないでしょう?」
「言うじゃねェか」
ニィッとコンラッドはソウジの言葉をきいて笑みを浮かべる。
対するソウジも、外の世界に出て実力者と戦うという、ソフィアと一緒に過ごしていた頃には味わう事の出来なかった未知の体験にワクワクしていた。
「……分かった。それなら、戦える場所に案内しよう」
「いいのかよアイザック。もうすぐ夜間警備だろう?」
成り行きを見守っていたアイザックは、デリックの質問に『問題ない』と返した。
「警備の時間まではまだ余裕がある。それに、もしコンラッドさんが叩きのめされた時はソウジ・ボーウェンに代わりに警備に出てもらえばいい」
「そうなるつもりはないけどな」
ニヤリとした笑みを浮かべるコンラッド。ソウジたちはアイザックたちに案内されて『戦える場所』へと向かうのだった。