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第二十七話 クラリッサの不安

 ギルドホームを手に入れてからはソウジたちは魔法の訓練を行うスペースに困ることが無くなった。新しく手に入れたギルドホームの周囲には丁度良いぐらいのスペースがたくさんあったので結界の外に出る必要もなく、集中して訓練に励めた。ソウジはギルドホームでは基本的に訓練をしたり、あとは図書室から借りてきた本を何冊も持ち込んで『星遺物』に関する情報を探って過ごしていた。


「これならいつでも合宿が出来そうよね」


「もしするときになったらお料理は任せてください」


「ええ、勿論お願いするわ。でも、なんだか悪いわね。ここに来てまで働いてもらってるみたいで」


「いえ。わたしが好きでやっているので」


「うー。それでもブリジットさんにも悪い事をしたわね。放課後に働き手が一人減っちゃって……」


「わたし以外にもあそこで働いている人はいるのでだいじょうぶ、とブリジットさんは言ってましたから。気にしないでください。それに、わたしもそのぶん他の時間に頑張ってますし」


 ルナもかなりこのギルドに馴染んできた。もともとソウジたちとはよく話す間柄ではあったものの、ギルドという枠組みに入るのはまた別らしい。食堂で働いているという都合上、どうしても参加は放課後になるがそれはソウジたちも同じなので特に支障はない。

 食堂の時とは違ってギルドホームの中ではややぎこちなかったルナは、今やいつも通り淡々とお菓子を用意してくれたり、みんなと一緒にお喋りに興じるようになっていた。

 そんなある日、ギルドホームでは勉強会が開かれていた。勿論、レイドのための筆記小テスト対策勉強会である。ランキング戦で五十位になったレイドではあったものの、これで成績の方が悪かったら親から大目玉をくらうとみんなに泣きついてきたのだ。


「うぎぎぎぎ……なんで魔法使いに数字の計算が必要なんだよぉ……」


「数字や計算っていうのは生活していくうえでどうしても必要なんだぞ、レイド」


「それは分かってるけどよぉ……実家でもさんざん言われてたけど、どうしても座学は苦手だ」


 レイドの実家はジャンク屋を営んでいる。

 ジャンク屋とは魔道具の修理を行ったり、魔道具を作ったりする商売の事である。普通の魔道具屋と違うのは廃棄された魔道具も回収してパーツだけ抜き取って販売したりすることもあるという点だ。ソウジはこの説明を聞いた時に前世の世界で言うリサイクルショップのようなものだと解釈した(厳密には違うが)。

 実家が商売をしているのだから数字や計算の必要性はレイドもちゃんと頭では理解しているのだ。


「ああ、こうなったら本当にアイン先生の勉強会に参加してもようかなァ……ソウジたちにいつも付きあわせちゃうの本当に悪いしよ」


「俺は別にレイドの勉強を見るのはぜんぜん負担になってないから大丈夫なんだけど、でも、そうだな。たまには違う勉強会に参加してみるのも良い気分転換になるかもしれないな。それに、先生から直接教えてもらうんなら理解しやすいかもしれないし」


 あらためてアイン先生の勉強会についての噂を聞いてみると、確かに生徒たちから分かりやすいともっぱらの評判だった。上の学年でアイン先生の勉強会に参加した生徒は小テストでの点数が格段に上がったときく。そのことを話してみると、レイド以外にもみんな興味を持ちはじめたようだ。


「ふぅん。話には聞いていたけどテストの点数が上がるぐらい効果があるんだ」


「……クラリッサ、きょうみしんしん?」


「まあね。成績が上がるのに越したことはないし。それにこの前、アイン先生がうちのクラスに授業しに来た時も、結構分かりやすい授業だったし」


「アイン先生がAクラスに来たんですか?」


 フェリスの質問にオーガストが頷いた。


「ああ。元々その授業を受け持っていた先生が風邪をひいてな。代わりにアイン先生が授業を行った。確かに分かりやすかったぞ」


 座学の成績も優秀なオーガストがここまで言うことはそれだけアイン先生の教師の腕が確かということだ。ソウジもそんなアイン先生の行う勉強会というものに興味がわいてきた。


「へぇ。なんかオーガストがそこまで言うとなると俺もかなり気になってきたな。俺も勉強会に参加しようかな……」


「アイン先生の勉強会なら、明日の放課後に行われるそうですよ。なんでも、校舎の二階にある会議室を貸し切って行われるそうです」


 勉強会の参加を検討するソウジにルナがその情報を教えてくれる。


「そうなんだ。よくそんな情報知ってたな」


「わたし、明日のアイン先生の勉強会にお手伝いとして参加する予定なので」


「そうだったんだ。よし、じゃあ俺も参加してみようかな。興味あるし」


「わたしも参加してみることにします。ここまで噂になっていると、わたしも気になりますし」


「よし、んじゃあオレも参加だ!」


 ソウジ、フェリスに続きレイドも参加することにしたようだ。


「ふむ。それなら僕も参加してみることにしようかな。アイン先生にまたご教授願いたいし。どうせなら、ギルドみんなで参加するのはどうだ?」


「……わたしはかまわない」


「あ、わたしパス」


 以外にも、不参加の意を示したのはクラリッサであった。


「明日はわたし、用事があるの。だからみんなで行ってきてちょうだい。お土産よろしくね!」


「そんなものが出るとは思えないが……」

 

 オーガストが苦笑いしている中、チェルシーは不安げな瞳でクラリッサのことを見ていた。ソウジはそれでどうやらチェルシーがクラリッサの用事なるものを知らないことに気づく。

 以前、チェルシーとクラリッサに関するあんな話をしたばかりなのでソウジとしてもクラリッサのことを気にかけないわけにはいかなかった。


 翌日の放課後、ソウジたちはさっそくアイン先生の実施するという勉強会に向かった。中に入ると教室より狭い会議室の中にたくさんの生徒が参加していた。入ってきたソウジたちを見て生徒たちの多くがヒソヒソと何やら呟いていたが、それはいつものことなのでスルーする。


「やぁ、ソウジくん。それにみんなも」


 アイン先生はソウジたちを快い笑顔で迎え入れてくれた。そのおかげか周りの多くの生徒のヒソヒソ声もやんだのでソウジとしては雑音を切ってくれたアイン先生に感謝する。


「こんにちは、アイン先生」


「ああ、こんにちは。勉強会に参加してくれるのかい?」


「はい。近いうちに小テストもあるので」


「うれしいよ。でも、確かソウジくんたちは成績が良かったはずだが……次の小テストも、独学で十分じゃないのかい?」


 アイン先生は疑問符を浮かべていたが、そんな中レイドがやや複雑そうな顔でゆっくりと手を挙げた。


「すんません先生……オレ、座学が苦手なんで……」


「ああ、レイドくんか。心配いらないよ。君は努力が出来る子だ。強化魔法の補修試験結果も拝見させてもらったよ。あんな短期間であそこまで上達できるんだ。きっと座学も頑張ればすぐに出来るようになるさ」


「お、オレのこと知ってるんですか?」


「あはは。君だけじゃないよ。この学園の生徒たちの情報は常にチェックして頭に入れてるさ。まずは生徒のことを知らないと、良い授業は出来ないというのが僕の持論だからね」


 アイン先生はそう言ってニコッと微笑んだ。


「先生ー、すみません。ちょっとお願いしていいですか?」


「ああ、わかった。すぐ行くよ。別の生徒が呼んでる。じゃあ、もう少ししたら勉強会がはじまるからそれまでてきとうにくつろいでいてくれ」


 そう言い残すと、アイン先生は別の生徒のところへと行ってしまった。レイドは感心したようにしきりに頷いてアイン先生を見ていた。


「ほー、すっげぇなぁ。アイン先生」


「本当に、努力家なんですね」


「確かに生徒の情報は教師側で資料があるからチェック出来るが……一学年だけでも二百五十人分だぞ」


 さすがのオーガストもその手腕には驚いているようだ。

 ソウジも感心したようにアイン先生を見ていたが、すぐ傍にいたチェルシーが不安そうな顔をしていることにも気が付いた。なぜチェルシーがそんな表情をしていることは分かっている。この場にいないクラリッサのことだ。ソウジはチェルシーにこそっと耳元で囁く。


「チェルシー、俺、ちょっとクラリッサのこと探してくるよ」


「……ソウジ?」


「このままじゃ勉強会に集中できないだろ。クラリッサのことは俺がちゃんと探しておくから。だからそんな表情カオするな」


「……うん。ありがと。ソウジ」


 ソウジはチェルシーの髪をくしゃっと撫でてやる。チェルシーの不安げな顔が和らいだような気がしたソウジは、さりげなく他のメンバーたちにこの場を離れることを伝える。


「ちょっと忘れ物したから、寮まで取りに戻ってくるよ」


 そう言い残して、ソウジは会議室から飛び出した。チェルシーは今、不安定な状態にあるのでその可能性に思い至っていないのだろうが、ソウジにはいまクラリッサがどこでなにをしているのかの見当はついていた。ソウジは駆け足で食堂まで向かう。カウンターの方を覗いてみると、ちょうどブリジットがいて厨房の方を覗き込んでいるソウジに気がついた。


「あれ、ソウジくんどうしたの? 今日って勉強会じゃなかったっけ」


「そうなんですけど、ちょっと確認したいことがあったので抜け出してきました」


「ブリジットさん、こんな感じで良いですか……って…………」


「クラリッサ、やっぱここにいたのか」


「そ、ソウジ!?」


 ソウジは呆れたようにため息をつく。対するクラリッサはイタズラがバレた子供のような顔をしてあわてふためいていた。見てみればクラリッサはいつもの制服でも、前の休日に見せた私服でもなく、なぜかメイド服を着用していた。しかもルナの着ているものよりかなり装飾が派手だ。とにかくフリフリしている。


「な、なんでアンタがここにいるのよ!?」


「……いや、それはそうとしてなんでメイド服?」


「そ、それは……えと……」


 どうやらメイド服が恥ずかしいのか、かぁっと恥ずかしそうに頬を赤く染めるクラリッサ。もじもじとするクラリッサに代わって、ブリジットがソウジの前に出て説明をはじめた。


「はいはいはーい! わたしからのプレゼントですっ! いやぁ、ルナちゃんにも着せたかったんだけど恥ずかしがってぜんぜん着てくれなかったんだよねー」


「わ、わたしだって恥ずかしいですよっ!」


「えー、でもクラリッサちゃん着てくれたじゃない。実は満更でもないんじゃなーい?」


「ううう……だ、だって割とかわいかったし……でも、恥ずかしいのは別だもんっ!」


 よほど恥ずかしいのか、顔をトマトのように真っ赤にして言うクラリッサ。いつの間にかどこか言葉も子供っぽくなっている。


「うんうん。こんなにもかわいい反応を見せてくれるならいつだってバイトは大歓迎だよ!」


「クラリッサ、たしかお前ってチェルシーや院長からバイト禁止されてるんじゃなかったか?」


「うっ。それは……」


 言葉に詰まるクラリッサ。そんな中、ブリジットはあどけない表情をしてちょこんと首を傾ける。


「んー。とりあえず二人とも、お話するなら何か食べてく?」


 ☆


 食堂の一角にあるテーブルについたソウジとクラリッサ。クラリッサは罰が悪そうにしながらブリジットが出してくれたパフェをちょびちょび食べていた。


「で、説明してほしいんだけど」


「あー、もう。さっきブリジットさんが言った通りよ。バイトしてるの。ここで」


「もう一度聞くけど、禁止されてるんじゃなかったのか?」


「そうだけど……でも、ルナが抜けたことでブリジットさんに迷惑かけていることにはかわりないし。それに、ルナ、言ってたでしょ? 放課後に働けない分、他の時間に頑張ってるって。結局、ルナにも負担かけてるし。だから少しでもルナの負担も減らせたらって思って……それで……」


 しょぼんと肩を落とすクラリッサ。


「……ごめんなさい」


「いや、別に責めてるわけじゃないんだけど……」


 悪い事をしているわけじゃないから何とも言えない。とはいえ、チェルシーとのこともあるからどうにも全肯定できないのも確かだ。


「ていうか、せめてみんなにも話してくれたらよかったのに」


「それだと逆にルナが気をつかっちゃうでしょ。最近、やっと馴染んできたところなんだから。ルナには心置きなくみんなと一緒にいて、笑ってほしいの」


 クラリッサもクラリッサなりに一生懸命考えたことなのだろう。だからこそ問い詰めるような形になってしまったことにソウジは罪悪感を覚えた。


「それに、わたし一人で何とかなるって思ってたし……」


「それをチェルシーも心配してたぞ。ここに来る前はいつも一人でいろいろ背負い込んでたんだろ? だからまた一人でなんでもやろうとするクラリッサに戻りそうでこわいって、チェルシーが言ってたぞ」


「チェルシーが……そうなんだ。ソウジにそんなことを話したんだ」


 クラリッサはどこか嬉しさをにじませた表情を見せた。その表情に、ソウジはどこか育ての親としてのソフィアの顔を重ねた。


「いつの間にかチェルシーも、わたし以外の人にそんなことを話せるようになったのね」


 そこからクラリッサはポツポツと語りはじめた。


「わたしがチェルシーと出会った頃ね。あの子、全然笑わなかったの。なんだかいつも無表情で、日々を淡々と過ごしてるだけの子だったわ。だから、わたしチェルシーを笑わせようと毎日必死で……今はちゃんと笑ってくれるから、安心してるんだけどね」

 

 クラリッサはどこか安心したような笑みを浮かべていた。そこにはチェルシーを思いやる心が感じられて、ソウジも思わずつられて笑顔になれるようだった。


「うん。そうだな」


 ソウジはこの前、チェルシーと二人きりで話をした時に彼女が見せた笑みを思い出した。


「ルナを最初に見た時もなんとなく出会ったころのチェルシーを思い出しちゃったのよね。だから意地でもあの子を笑顔にしてあげたかった。ルナが安心して過ごせる居場所をもう一つ、作ってあげたかったの」


「でも、それでお前がまた一人で無理してたら意味ないだろ?」


「う……そうね。そこは反省するわ」


「じゃあ、あとでちゃんとチェルシーにも謝っとけよ? あと、食堂ココで一人でバイトするのはもうだめだ」


「そ、それだとルナに負担がかかったり、ブリジットさんに迷惑かかるじゃない」


「分かってるよ。だから、なにもクラリッサ一人でやることないだろ」


「ほぇ?」


 きょとんとするクラリッサの髪をくしゃくしゃと撫でる。そういえばチェルシーにも同じことをしたな。とソウジは思った。それだけ二人が似た者同士で、互いが互いの事を心配しているから自然とそうさせたのかもしれない。


「ち、ちょっとなによぅ……」


「クラリッサが一人で頑張るんじゃなくて、みんなで頑張ればいいんだよ。クラリッサがギルマスなんだからさ。クラリッサが言えば、みんなも協力してくれる」


 もう一人で頑張る必要はない。

 なぜならクラリッサの周りには、ソウジたち『イヌネコ団』のみんながいるからだ。


「それにさ。ルナもそりゃちょっとは申し訳ないなって思うかもしれないけど、気にしないでいっていえば俺たちの気持ちもちゃんと分かってくれるだろ」


「……なんかちょっと悔しい」


「なにが?」


「……ソウジに一本とられたみたいで」


「俺はただ普通のことを言っただけなんだけどな。これが俺じゃなくてフェリスやオーガスト、レイドでも同じことを言ってたと思うぞ?」


「うるさいわね。悔しいものは悔しいの! それになんだかこれじゃあまるでアンタがギルマスみたいじゃない!」


「ないない。うちのギルマスはクラリッサ姫だけだからさ」


 そういってソウジはぽんぽんとクラリッサの頭をかるくたたく。

 身長の低い小柄なクラリッサはなんとなく丁度良い位置に頭があるのでつい手を置きたくなるのだ。


「うー。小っちゃいからってバカにしてるでしょ!」


「してないしてない」


「ぜったいに嘘よ!」


 ぷんすかと頬を膨らませて怒るクラリッサが微笑ましいと思ったソウジは、またクラリッサの頭を撫でて怒られてしまったのだった。



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