第二十六話 チェルシーの不安
襲撃者である三人の黒マントたちを倒したソウジたち。襲撃者は決して低いレベルではなかった。だが『世界最強の星眷使い』、ソフィア・ボーウェンの弟子であるソウジと『十二家』のフェリスとオーガストの三人が相手ということを考えると実力不足だった、というだけだ。
しかし、問題はこの襲撃者たちはどうやってこの『天庭園』に入り込んできたということだ。基本的には学園関係者の許可がなければそもそもこの学園にすら入ることが出来ないのだ。不法侵入をしようとすれば学園にはりめぐらされている結界や魔法セキュリティーが発動する。
「とりあえず、こいつらの素顔でもおがませてもらおうか」
ソウジが黒マントの襲撃者たちに近寄ろうとしたその時、また誰かがこちらに近づいてくるのを感じた。
(新手か?)
警戒したその時、ソウジたち三人の前にその何者かが現れた。倒れている黒マントたちの仲間かと思ったが、この学園に制服を着ていたのですっと肩の力を抜く。その生徒たちは腕に『風紀委員会』と書かれた腕章をつけていた。
「うわっ、マジで片付いているぜ。こりゃすげぇや」
「はしゃぐなデリック。本来ならば恥ずべきことだぞ」
一人は、金髪で整った顔立ちの少年。そしてもう一人は、そんな金髪の少年を厳しい目つきで見る、厳格そうな雰囲気の少年だった。二人の共通点は『風紀委員会』の腕章を身に着けていることであり、それが二人の所属を示していた。
『風紀委員会』は学園内の治安と風紀を護るためのギルドである。その役割は王都における騎士団と同じもので、『風紀委員会』に所属している生徒の多くは卒業後に騎士団に入団するケースが多い。
「へいへい。えー、大丈夫? 君たち……って、どうやら自分で撃退しちゃったようだなぁ。大したもんだ、こいつら結構な使い手だったろうに」
デリックと呼ばれた少年は地面にしゃがみこむと、黒マントの襲撃者の頭をちょんちょんとつついた。それを咎めるように隣の少年が厳しく睨みつける。その視線を受けたデリックは肩をすくめた。
「そんな怖い顔してたら後輩から嫌われるぞ? アイザック」
「うるさい。任務中だということを忘れるな、デリック」
「アイザック? それってまさか……」
「風紀委員会……もしかして」
アイザックという名前を聞いて、どうやらオーガストとフェリスは何か思い当たったらしい。
二人とも心当たりがあるかのような反応を見せた。
「おっ。やっぱり有名人だねぇ、アイザック」
ニヤニヤとした顔でデリックがからかうようにアイザックを小突く。アイザックはげんなりとした雰囲気を見せつつため息をついた。
しかしソウジは目の前の二人が一体誰で、なぜ有名人なのかを知らなかった。そんなソウジの反応をくみ取ったのだろう。デリックはニヤリと笑うと自己紹介をはじめる。
「んじゃあ、念のために自己紹介でもしとくか。どうせこういう時は所属とか名乗らなきゃいかんし。オレは風紀委員のデリック・バルモア。二年だ。こう見えて、ランキング十三位なんだぜ?」
「はい、ご存知です。そしてこちらの方が……」
オーガストがデリックと一緒に来たもう一人の少年、アイザックの方に視線を移す。その表情はどこか目上の人を見るような、やや緊張したものだった。
「そうそう。こっちのムッツリがアイザック・シャイルズ。オレと同じ風紀委員でランキング十位。つまり『上位者』様ってわけだ」
デリックの言葉にソウジはこの人が、とアイザックに視線を向ける。
目の前のアイザック・シャイルズこそがランキング上位十名の中の一人。
学園トップクラスの実力者、『上位者』の一角。
「風紀委員のアイザック・シャイルズだ。料理長のブリジット・クエーサーから『天庭園』の内部で不審な者たちを目撃したとの情報があり出動したのだが……こいつらか?」
アイザックの言葉でどうやらブリジットも気づいていたということが分かった。さすがはソフィアの同級生で元『七色星団』のメンバーだ。やはり只者ではないらしい。
「同じかどうかは知りませんが、いきなり攻撃を受けたので対処しました」
「なるほど」
アイザックはじっと黒マントの男たちに視線を注ぐ。そして制服の内側からクリスタルのはめられた手錠を取り出して倒れている黒マントたちにはめていった。デリックも手慣れたてつきでアイザックと同じことを行っている。すると、手錠をはめられた黒マントたちが突如として光と共に消失した。
フェリスとオーガストが驚いたような表情をしているのに気が付いてデリックは笑いながらひらひらと手を振る。
「あー、大丈夫大丈夫。別に死んだわけじゃねーからさ。魔法で作った空間に封じ込めただけだからさ」
そういうと、デリックはいつの間にか手に持っていた三つのクリスタルをふる。さっきの手錠にはめこまれていたクリスタルだ。どうやらあの中に先ほどの黒マントたちが閉じ込められているらしい。
「これ、結構便利なんだよねぇ。問題行動をおこしたやつを簡単にしょっぴけるし。運ぶのにも手間がかからないもん」
最初、ソウジはどこかに転移させたのかと思ったがどうやらただ封じ込めただけだったようだ。冷静に考えれば、風紀委員の生徒それぞれにいくつかの転移魔法アイテムを持たせるのは莫大なコストがかかる。転移能力をもったアイテムは希少でその分、値段も高い。よって、コストも安く作れるように『封じ込める』タイプの魔法アイテムを支給しているのだろう。それにこうやってクリスタルに封じ込めておけば牢屋代わりにもなるしまとまった数も管理しやすい。
「いやー、それにしても噂のソレイユ家の一年生に会えるなんてラッキーだなぁ。どう? 今度、デートでも……」
「デリック。それ以上、無駄口をたたくならお前もクリスタルの中に閉じ込めるぞ」
「怖い事言うねぇ。そんじゃ、そろそろ行きますか」
デリックはソウジたちにウィンクをすると、くるりと背を向けてまたどこかに戻ろうとした。アイザックも同じようにソウジたちに背を向けたが、ふと立ち止まって背を向けたままの状態でポツリと呟いた。
「ソウジ・ボーウェン。お前は図書館の閲覧権限のためにランキング戦に参加したと耳にしたのだが……必要な順位を手に入れた今、もうランキング戦に参加するつもりはないのか?」
アイザックがどういう意図でそのことをたずねたのかは分からなかった。ただソウジは、あらためて問われたそのことを考えようとしたが、答えは自然ともう既に出ていた。
「正直言って、もう順位を上げることにはこだわっていません。必要な順位さえキープできてれば」
「…………」
「……でも、今の俺はギルドに入ってます。だから……自分の為じゃなくて、そこにいる仲間の為に頑張るつもりです」
「……そうか」
背を向けていたのでソウジからはアイザックがどんな表情をしているのかは分からなかった。デリックはソウジとアイザックの会話を耳にしていたのかニヤニヤとした表情をしている。
「つまり、このまま順位が上がっていくといつかはアイザックと戦うかもしれないというわけだ」
「その時は遠慮なくたおしますよ。俺は世界最強の弟子ですから。『上位者』ぐらい倒せないと、あの人の弟子はつとまりません」
ソウジが挑戦的な笑みを浮かべながら放ったその言葉に、デリックは驚いたような表情を見せた。
「おおー、言うねぇ。こりゃ俺たちもウカウカしてられないぜ? アイザック」
「……フン。らしいな」
相変わらずソウジたちに背を向けていたアイザックだったが、ソウジには不思議と笑っているように思えた。そうして風紀委員の二人は強化魔法による脚力強化でその場を一瞬にして去って行った。
またソウジたち三人だけとなった森の中で、オーガストは呆れたようにソウジを見た。
「まったく。『上位者』に宣戦布告とは」
「ソウジくんも大胆なことをしますね」
苦笑するフェリス。だがその表情はどこかソウジらしいと思っているようにも見える。
「そうか? でも、『上位者』か……うん。それぐらい越えないと、師匠の弟子として物足りないかもしれないよな」
ソウジがアッサリと『上位者越え発言』をしてしまった為にオーガストは呆れたようなため息をついた。というか実際呆れていた。『上位者』とはこの学園のトップクラスの実力者たち。まだ一年生のソウジたちにとっては実力は未知数なのだ。
しかし、ソウジはそんな実力者たちと戦ってみるのも面白いかもしれない……などというオーガストが耳にしたらまた呆れられそうなことを考えていたのであった。
☆
「『上位者』ねぇ」
あの後、ソウジたちはギルドホームへと戻っていた。そのあとは淡々と大掃除に勤しみひと段落ついたところで一階にみんなで集まって休憩している。
ソウジたちは自分たちが戦った黒マントたちのことについて話した。その後、風紀委員会の二人と出会ったことも。
「『上位者』になれば『特別支援金』もたくさんもらえるんだろうなー」
「え? クラリッサはちゃんともらっただろ?」
「もらったけど、あれだけじゃ足りないわよ」
「うぇ? オレの場合はあれで何とかなったけどなぁ……」
「わたしたちの場合は孤児院への仕送りだから、あんなもんじゃ足りないのよ。レイドの場合は兄妹含めても四人分でしょ。こっちは倍以上いるもの」
クラリッサとチェルシー二人の『特別支援金』でもまだ足りないらしい。どうやらクラリッサたちはソウジの思っている以上に苦労してきたようだ。
「あーあ、休日は『下位層』に戻ってバイトしたいわねぇ。学園のバイトじゃ、また周りのやつらが何か言ってきそうだし」
「……クラリッサはこれ以上働いちゃ、だめ」
「なんでよチェルシー。ていうか、それ入学する前にもアンタと院長から言われたっけ。そもそもどうしてわたしに働かせてくれないのよ」
「…………(ふるふる)」
無言で首を横に振るチェルシー。それ以降、何も言葉を発しない彼女にクラリッサは首を傾げる。
ソウジはそんな二人のやり取りを見つつ、あれからチェルシーから事情を聞かせてもらっていないしなんだかんだと後回しになってしまっていると思った。
その後、もう時間もかなり経って外は既に夜になっていたので今日はお開きとなった。ソウジは自室に戻るとベッドに沈み込む。
(チェルシー、あの時は何を話そうとしていたんだろう?)
なんだかんだチェルシーと二人で話すタイミングが掴めなくて結局それは聞けずじまい。あの様子だとクラリッサに聞かれたくはないんだろうし、かといってクラリッサ以外のメンバーがいる時も話す様子はない。つまり出来ればソウジだけに相談したいことだ。
(ホント、はやくなんとかしなきゃな……)
目を閉じるとチェルシーの暗い表情を思い出す。あの表情を見ているとどうにも心配になってくる。何とか二人で話せるチャンスがあれば……。
だが奇しくも、そのチャンスは次の日に訪れた。
☆
季節が春から夏に変わる境目の季節。この季節はどのギルドも新しい体制になじみ始めた頃であり、また新入生たちが学内の交友関係や毎日の生活リズムにも慣れてきた頃合となる。そうなってくると春のはじめよりも会話に華が咲き、誰もが話題を求める。そんな学生たちの間で今話題になっているのは、つい最近、王都に現れた謎の黒い騎士の話だ。春のランキング戦にも化け物と戦う黒い騎士が現れたということで王都全体よりも学園内の方がこの黒い騎士に関する話題は盛り上がっていた。
そしてその件の黒い騎士の正体であるソウジはこの噂に頭を悩ませていた。
「あー……ちくしょー。なんでこんなにも噂になってるんだよ……」
ソウジにとって一番最悪なのは噂が変に誇張されているという事だ。最初は化け物となったエイベルと戦い、勝ったという程度だったのだがいつの間にか中身は筋肉ダルマのおっさんだとか中の人は品行方正な完璧超人なイケメン騎士だとか、ソウジ本人が聞いてなんだそりゃと言いたくなる変な噂になっていたのだ。
しかもなぜか必要以上に広まっているし、盛り上がってしまっている。まだたった二回しか、それもほんの少しだけしかその姿を見せていないはずなのに。
放課後になってギルドホームに逃げ込んだソウジは一階にある円卓の上で突っ伏していた(ちなみにギルドホームにはイヌネコ団七人全員が集まっている)。王都での一件である程度、何らかの形で噂になるかもしれないという事は覚悟していたがまさかここまでとは予想外だった。しかも王都での一件にしたって、罪なき人を護る正義の戦士とかいう誇張がされていた。
「別に良いじゃない。悪い噂じゃないんだし」
「気楽に言ってくれるなぁ……」
クラリッサはぱくぱくとルナが作ってきたお菓子を食べて満足そうにしている。
「そういえば、もうすぐ属性魔法の筆記小テストがあったな」
「やめろ、その名を言うな……!」
オーガストが何気なく呟いた言葉に真っ先に反応したのはレイドである。
魔法の実技はソウジをはじめとする『イヌネコ団』のメンバーの協力によって実力を伸ばしてきたものの、筆記試験だけはどうにも苦手なのだ。
「くそぅ……どうしても勉強は苦手なんだよなぁ……」
「勉強ならまた見てやるよ」
ソウジはぽんぽんとレイドの肩を軽くたたきながら慰める。
「それはありがたいんだけど、いつもソウジたちに迷惑かけてるしなぁ……この際、アイン先生の勉強会に参加してみようかなァ」
「『再誕の会』のですか?」
「……そういえば、勉強会もしてるってきいた」
「それはわたしも聞きました。以前、食堂で生徒さんたちが話しているのを耳にしました。かなり解りやすいと評判のようですね」
どうやらアイン先生の噂は食堂で働いているルナにまで広がっているらしい。とはいえ、ルナは様々な生徒の声が耳に入ってくる立場にあるので当然と言えば当然なのかもしれない。
「でも、アンタの場合は勉強する気がないから勉強会に参加しても意味ないんじゃない?」
「ぐおっ! クラリッサめ、これはまた痛いところを……」
その後、ギルドホームでこれからの計画を詰めるために会議(という名の雑談)をした後、時間も遅いという事で解散することになった。
「……ソウジ。ちょっと、いい?」
「チェルシー?」
じっとソウジを見つめるチェルシーの瞳は真剣そのもの。ソウジは無言で頷くと、二人だけでギルドホームに残った。二人っきりになると、さっそくチェルシーは切り出す。
「……クラリッサのことなんだけど」
「クラリッサが、どうかしたのか?」
「どう、というわけじゃないけど……ただ、ちょっと気にかけてあげてほしいの」
「?」
チェルシーの意図がよく分からないソウジは首をひねる。
「……今はそうでもないけど。クラリッサは、昔は一人でなんでも背負い込もうとしてた」
ポツポツと、チェルシーは語り始めた。
「孤児院ではよく下の子たちの遊び相手になってあげてたり、いろんなお仕事を手伝ってた。だから自分のための時間なんて無くて。孤児院の下の子がお誕生日の時、クラリッサは高熱が出てたけど無理をしてがんばって準備をして、ケーキも作ってあげて……次の日に、誰にも心配かけないように自分の部屋でひっそりと倒れてた。それにわたしや院長に黙ってバイトを掛け持ちして倒れるまで働いてた時もある」
「ああ、だからチェルシーたちはクラリッサにバイトを禁止してたんだ」
「……うん。ぜったいにまた無理するから。クラリッサは頑張り屋さんでおせっかい焼きさん。困っている人がいたらつい助けようとしちゃう。ルナの買い出しの件もそうだし、ルナのことも前から気にかけてた。だからギルドに誘った」
「なるほどなぁ。確かに、色々と世話を焼いてくれているようなところはあるよな」
「……それに、みんなのために自分の意思も閉じ込めちゃう」
思えばギルドホームを探している時もそうだった。
みんながそれぞれの希望する条件を述べている時も、
――――……クラリッサは?
――――ほぇ? わたし?
――――……うん。
――――まあ、わたしはみんながそれでいいならそれでいいわよ。
――――…………ホントに?
――――? ええ。ホントよ。ていうか、それがどうしたの?
――――…………なんでもない。
この時、クラリッサは一度も自分の希望を述べなかった。みんなが条件があるなら自分はそれでいい。そういうスタンスだった。カタログを見ている時もなんだかんだでみんなの意見を求めていたし、ギルドホームという重要な事柄については自分だけ意見を持たなかった。
「……ギルドが出来てからクラリッサも変わったと思ってた。でも、最近のクラリッサを見ているとちょっと不安。また前のクラリッサに……一人で体を壊すまで頑張るクラリッサに戻りそうで、こわい。だから、ソウジ……」
チェルシーは懇願するような目でソウジのことを見る。ソウジはその視線から逃げずにじっとチェルシーの目を見つめ返した。
「……クラリッサが無理をしようとしてたら、止めてあげて?」
「ん。わかった。約束するよ」
そういうと、チェルシーは少し安心したような優しい笑みを浮かべた。心なしかネコミミも嬉しそうにピコピコ動いていた。