第二十五話 動き出す者たち
ソウジたちが『転移門』をくぐりぬけた先には驚くべき光景が広がっていた。
まず目に入ってくるのは晴れ渡った青空。下は芝生で豊かな緑と近くには湖も見える。近くには森が見えたかと思えば、別の方角には塔を中心としたちょっとした街のようなものも見えた。
「ふわぁ。はじめて来たけど、ここが『天庭園』なのね……」
「……すごい」
「こりゃ圧巻だぜ……」
ついさっきまで学園の校舎の中にいたとはまるで思えないほどの空間。それを構築した高度な魔法結界を、それほどの魔法を維持することのできる『核結晶』の力の凄まじさを思い知らされる。
「驚くのはまだ早いよー。こっちこっち」
ブリジットは勝手知ったるといった様子でぴょこぴょこと歩いていく。ソウジたちは『天庭園』の光景に圧倒されつつも、ブリジットの後をついていった。彼女は森の中へと進んでいく。森は奥へ進んでいく毎に徐々に薄暗くなり、やや荒れているようにも見えるし、道も一人分ぐらいしかないぐらいに細くなっていった。しかし、しばらく歩くと開けた場所に出てきた。
「とうちゃーく!」
どうやらここがブリジットが目指していたところらしい。ソウジたちは思わず感嘆の声を漏らした。
その場所だけぽっかりと木々が避けたかのような広場のようなスペースが出来ており、その中心には三階建のログハウスが建っていた。そして薄暗いはずの森の中にそのログハウスの周辺だけ太陽の光が届いており、周囲の風景のせいもあるのか幻想的な雰囲気を醸し出している。
「こんな場所があったなんて知りませんでした」
「カタログにも載ってなかったわ」
フェリスとクラリッサが感動したように呟いた。
ソウジはどことなくこのログハウスに見覚えがあるような気がした。ちょうど、ソウジがソフィアと一緒に八年間暮らしていた小屋に似ているような気がしたのだ。
「そりゃカタログには載ってないよ~。まだ所有権はわたしたちにあるし」
「わたしたち?」
「うんっ。この場所と家は、わたしたちがまだ学生だった時代にソフィアたちと一緒にみんなで作ったんだ~」
『えええええええええええええっ!?』
まさかまさかの真実をサラリと述べられて驚く七人。目の前のブリジットという幼女とソフィア・ボーウェンは知り合いだったのだ。その中でソウジは、ソフィアの言葉を思い出した。
――――あ、そうそう。あそこは特に食堂がオススメよ。かわいい娘もいるし、料理も特に美味しいわ。
ソウジがレーネシア魔法学園に入学するために王都に向かう日の朝、ソフィアはそう言っていた。
最初、『かわいい娘』というのはルナのことだと思っていた。だけどそれは間違っていて(ルナがかわいいことには変わりないが)、ソフィアが言っていたのは目の前の幼女、ブリジットだったのだ。
「ギルドホームを作るのって結構骨が折れるんだよね~。魔法もたくさんかけなくちゃならないし。でも、はっきり言ってここはわたしたちの自信作だよっ。いろんな魔法をかけてあるからセキュリティーもバッチリ! 超オススメ物件だよ」
「でもこんな凄いもんがよくも今まで残ってたなぁ……」
「だってわたしたちが魔法をかけて許可した人以外は入れないようにしているし。そりゃカタログにも載らないわけだよね」
「そんな高度な魔法をこれだけの期間、維持できるなんて……すごいです」
「ブリジットさん。本当にこんな良いところを譲っていただけるんですか?」
ソウジが確認の意味をこめてたずねると、ブリジットは無邪気な笑顔を見せた。
この笑顔だけ見ると完全にただのかわいい幼女である。
「うんっ! わたしとソフィアの弟子がいるんだし、ちょっとぐらい手助けしてあげたって罰は当たらないでしょ? それにおねーさん、頑張ってる若者をつい応援したくなっちゃうんだよね~」
えへへと笑うブリジット。『若者』というが、見た目的にはこの中で一番若者なのがブリジットというのも変な話だ。
かくして、イヌネコ団は目的のギルドホームの入手に成功したのであった。
☆
『天庭園』には本来、この学園の関係者しか入ることが出来ない。だがなぜかその『天庭園』にマントを纏い、フードをすっぽりと被って顔を隠した怪しげな三人組がじっと森の様子を探っていた。
彼らの瞳には確かに、さきほど森の中に入って突如として姿を消した八人の少年少女を捉えていた。どうして彼らは消えたのか。その答えを、手持ちの情報から構築した結果、彼らがあのソフィア・ボーウェンが立ち上げたとされる伝説のギルド、『七色星団』のギルドホームを手に入れたことを悟る。
ギルド『七色星団』。
それは今から約百年前に設立され、たった一年間だけ活動したとされる伝説のギルドである。活動期間がたった一年だけだったにも関わらず、学園内のありとあらゆる記録を塗り替えたまさに伝説のギルドである。
様々な高度な魔法結界や魔法セキュリティーが幾重にもはりめぐらされており、そのギルドホームはかつては『要塞』とまで言われたほどだ。
彼らはあの森に件の『要塞』があると予測を立て、それをもとに自分たちに命令を出している人間に連絡を取った。その者が彼らに出した指令は、至ってシンプルだった。
――――『要塞』を手に入れろ。
☆
その頃イヌネコ団のギルドホームでは、ギルドホームの大掃除が行われていた。約百年もの間、放置されていたギルドホームである。汚れがたまっているのは当然だ。
幸いにも、中に貯蓄されていた食べ物や飲み物などについては魔法で良好な状態で保存されていた。
大掃除の過程で過去の『七色星団』が残していった貴重な書物や資料、魔道具が見つかって作業はあまり進まなかったが。
「…………」
そんな中、ソウジは一人静かにその場を離れてギルドホームの外へと出た。
(俺たちのあとをつけてきた気配が離れていない。見張られてるな)
自分たちのことを監視していた気配が三つあることは既に気づいていた。ただ、あの場にはルナたちもいた為に戦闘になることは避けたかった。ギルドホームにこれだけの高度な結界があったのは嬉しい誤算だ。ソフィアがはった結界なのだからそう簡単に破れはしない。
これで心置きなく――――監視している者たちに会いに行ける。纏っている雰囲気からして穏やかな話ではなさそうだ。荒事になる可能性が高い。
「また一人で行く気ですか?」
結界の外へと出ようとしたソウジ。だがそんなソウジの行動を見抜いている者たちが二人。
フェリスとオーガストだ。
「今度は僕も行かせてもらうぞ。まだお前には借りがある」
『皇道十二星眷』を持つこの二人も、巧みに隠された気配を察知していた。
「クラリッサたちからの伝言があります」
「『さっさとぶっとばしてきなさい』とのことだ」
どうやら完全にクラリッサたちにも見抜かれていたらしい。
ソウジは思わず苦笑する。
「そっか。それじゃあ、さっさとしなくちゃいけないな」
「ええ。そうですね」
「うちのギルマスの機嫌を損ねるとまた面倒だからな。はやく終わらせるぞ」
ソウジたち三人は頷くと、一気に結界の外へと出た。そのままギルドホームから離れるべく走る。移動するソウジたちにも気配はぴったりとついてきた。明らかに穏やかな雰囲気ではない。それに魔力を放出している時点で手荒な真似をする気しかなさそうだ。
すると、チカッと木々の隙間で何かが光った。それが魔法攻撃の光だということにすぐに気が付いたソウジは右手を前に突き出して魔力を展開する。
「『黒壁』!」
まずは目の前に黒魔力で構築した壁を展開する。魔法攻撃の閃光は三本。それらはすべて『黒壁』に激突し、魔力が拡散する。
(相手の色は『紫』、『緑』、『黄』か)
ソウジは今の魔法攻撃の色から相手の戦力を読み取る。気配は三つ。攻撃も違った色のものが三本。
そして色が紫、緑、黄ということは雷属性、風属性、土属性ということ。
(対するこっちは『黒』、『赤』、『青』)
黒は五大属性の中で相性の良い色は無いが悪い色もない。どの色とも互角に戦える色だ。
こちらの手札は闇属性、火属性、水属性。
となると、火属性を持つフェリスを有利な相性である風属性にぶつけるのが得策であり、オーガストの水属性と相性の悪い雷属性はソウジが相手をするのが得策だろう。
魔法使い同士の戦いでは敵味方双方のの属性という名の手札を把握し、いかにして相性を活かして戦うかが一つの鍵ともなっている。
「ソウジ、僕に紫のやつと戦わせてくれないか」
オーガストの言葉にソウジは少し驚いた。オーガストの魔力の色は青。つまり水属性。水属性は紫の雷属性との相性は悪い。だがオーガストは何も考えがないわけではないらしい。ソウジは頷いた。
「分かった。じゃあ、オーガストは雷属性のやつを、フェリスは風属性のやつの相手を頼む」
「わかりました」
「了解した!」
とはいっても、相手はいきなり襲撃してきた敵。
情報は一切ないしその実力も未知数だ。
バラバラになって戦うのは危険。
「俺が攻撃ルートを作る」
ソウジは魔力を練り、敵の魔力を感知する。さきほどの攻撃ルートからどの属性の敵がどのポジションに位置しているかを予測する。
「『黒壁』!」
そして再び『黒壁』を展開。ただし今度は『盾』にするのではなく、『縦』に展開して上手く敵の人数を分断する。いきなり地面から波のように出現してきた黒い壁によって阻まれた敵の三人組は、その位置を二人と一人にバラけた。二人と一人の相手には黒い壁が立ちはだかっており、ちょっとやそっとの攻撃では砕けない。その隙をフェリスは見逃さない。分断されたのは緑の魔力を持つ者だ。ここでその姿を捉える。相手は三人とも黒いマントに覆われていた。その顔まではよく見えない。
その黒マントに狙いを定め、フェリスは火属性の魔力を集約させる。
「『フレイムアロー』!」
火属性の中級魔法『フレイムアロー』。ファイアー系統の魔法の上位互換である。同じ『アロー』タイプである『ファイアーアロー』よりも射程・威力・弾速が高い。
フェリスはそれを十数本ほどを同時に作り出すと、それを放つ。十数本もの火の矢はまっすぐに空を焼きながら突き進み、黒マントにヒットした。あまりの速さと鮮やかさに相手は完全に反応が遅れている。黒マントはかろうじて防御魔法を展開していたが、フェリスの放った攻撃はそれすらも砕き、貫いた。
まだ完全にダウンしたわけではない。フェリスは追撃を放とうとした。だが、それを許すまいと今度は雷属性の魔法攻撃が飛び出してきた。壁を乗り越えるように、一度上にあがった雷の閃光が何本も放物線を描きながら襲い掛かってくる。
「させるか! 『ウォーターウィップ』!」
水属性の中級魔法、『ウォーターウィップ』。魔力で構築された巨大な水の鞭である。本来はそれをその名の通り鞭のように使い相手を打ちのめすのが本来の使い方だ。このままぶつけても『五大属性の法則』によって不利な相性のオーガストの水属性魔法は相手の雷属性魔法に撃ち負ける可能性が高い。相手の魔法も中級の威力と魔力量を備えている。
しかし、オーガストは敵の攻撃に対して水の鞭の『先端』を激突させる。否、激突ではなかった。
雷の閃光は鞭の中をそのまま流れるように通り、水の線路に導かれるようにしてフェリスの周囲に着弾した。一発たりともフェリスには当たっていない。
「水は全てを受け入れ、そして受け流す……これが僕なりの雷属性魔法対策だ」
オーガストは『五大属性の法則』を逆手に取り、あえて苦手な属性の魔法の攻撃を受けることで水の魔力の『流れ』でその攻撃を誘導し、攻撃を受け流したのだ。敵の攻撃を拒絶するのではなく受け入れる。これこそが『イヌネコ団』に入り、心境の変化を見せたオーガストの掴んだ一つの力。春のランキング戦で自分の判断ミスで雷属性魔法攻撃を通してしまったことが、彼の心の中でずっと悔しい思いを滲ませていたのだろう。そんな彼が掴んだ『答え』からは、もうあんなミスはしないという決意が表れているようだった。
魔力で構成された水の『流れ』を操ることはかなり高度な技術の一つである。この短期間で習得するのはそれこそかなりの努力をしたはずだ。さすがは『十二家』の跡取りだとソウジは感心した。
オーガストに援護されたフェリスはその間にまた『フレイムアロー』を撃ちこんでいたが、壁の向こうの味方の異変を察知したのか残りの土属性の黒マントが土属性魔法による防御壁を発動させていた。
(土属性の黒マントは防御に徹するつもりか?)
しかし、『黒壁』で分断されている限りは視界が封じられたも同然で防御の精度も落ちる。だがそこで壁を飛び越えようとすればその隙を逃さず確実に仕留めきれる。それは相手も理解しているのか、合流の選択は捨てて二方向からの挟み撃ちによる同時攻撃を選択したようだ。壁から離れ、それぞれがソウジたちを中心に一直線上に並び立つ。
どうやらここで一気に勝負に出るらしい。まず背後からは中級風属性魔法攻撃、『ウィンドスクリュー』が。そして前からは中級雷属性魔法攻撃、『サンダースクリュー』と中級土属性魔法攻撃『グランドバーン』。スクリュータイプの魔法攻撃は閃光の矢というのが正しいだろうか。ただしアロータイプの攻撃と比べると威力・弾速ともに高い。どちらかというと『ビーム』というのが正しいかもしれない。
『グランドバーン』は巨大な岩石を放つ魔法攻撃だ。スクリュータイプに比べると弾速も劣るが巨大な岩石はそれだけで盾にもなり、質量が大きいために迎撃には手間がかかる。
が、その二方向からの攻撃はソウジの両手から生み出された『黒壁』によって遮断された。ズドンッ! と黒い魔力に三つの魔法攻撃がぶつかり、そして魔力爆発を起こした。黒マントたちはまた壁を造られたことで舌打ちをしたが、今度は上から攻めようと次の攻撃体制に移行する。
しかし、二人の黒マントは自分たちの背後に魔力の気配を感じた。
「ッ!?」
それはまさに一瞬の出来事だった。
ついさきほどまであの黒い壁を生み出した少年と、水属性の少年――――ソウジとオーガストが一瞬。一瞬にして背後に現れたのだから。
転移魔法によってソウジとオーガストは二人一緒に二人の背後へと転移してきたのだ。
「い、いつの間に……転移魔法かッ!?」
「正解」
ソウジの転移魔法は誰かと接触していれば触れた人も一緒に転移できる。その特性を利用したのだ。
「『黒矢』!」
「『ウォータースクリュー』!」
ソウジは右手に魔力を集約させると、それを一つの閃光の矢にして放つ。
二人の攻撃は相手に防御する暇さえあたえなかった。一撃で二人の黒マントを沈めると、ソウジは次のアクションを起こす。
黒壁を解除。それと同時にフェリスが既に待機状態にしていた魔法を放つ。
「『フレイムアロー』!」
「ッ!」
残りの黒マントの男はどうやら何かしらの魔道具を持っていたらしい。何重にも重ねられた無属性の魔力の壁が、かろうじて黒マントの男をフェリスから放たれたいくつもの火の矢による魔法攻撃から守った。
だが、それで終わるはずがない。
「がはっ!?」
しかし、最後の黒マントの男は真横から来た攻撃に直撃してしまう。おかしいあの小娘の攻撃は真正面からだったはず。それも完璧にガードした。それなのに、という疑問が頭の中でポツポツと浮かび、思考をかき回す。意識を失う間際、かろうじて視線を横に向ける。するとそこにいたのは、ソウジだった。黒マントの男はソウジの『黒矢)』による一撃を受けていた。
そこでようやく気付く。
フェリスの攻撃は自分をこの場に足止めするためのもの。
本命は転移魔法によって転移したソウジによる盾の死角からの攻撃。
最後の黒マントの男はそれに気づいたところで意識を失い、地面に倒れ伏した。