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黒の星眷使い ~世界最強の魔法使いの弟子~  作者: 左リュウ
第一章 世界最強の星眷使いの弟子
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第十九話 エイベルの魔法

「エイベル……」


 ソウジが九年ぶりに再会したのは、弟のエイベル・バウスフィールドだった。ソウジはエイベルの傍を浮遊していた小鳥に視線を移す。


「……やっぱり、あの小鳥はお前のだったんだな」


 ソウジが言っているのは、以前ルナからランキング戦についての説明を受けていた時にソウジの目に留まった小鳥のことだ。フェリスたちはたまたまテラスに入り込んできただけだと思っていたようだが、ソウジにはあの小鳥は操られているものだということが一目でわかった。そして小鳥にかけられていた魔法を解いて、また放してやった。もう捕まるなよ、という言葉と共に。あの小鳥を通してエイベルは情報収集を行っていたのだ。だからこそ、ソウジの行動が逐一把握できた。オーガストとの衝突を利用することが出来たのだ。


「お前は、動物を操る魔法が得意だった。昔から」


「ああ、そうだ。ボクはお前と違って天才だからな」


「動物を操って殺し合いをさせたりしていたよな」


「魔法の練習だ。何の問題が?」


「趣味が悪いなって思ってただけだよ、ずっと」


 ソウジは吐き捨てるように言った。実際、あれは見ていて気持ちのいいものではなかった。妹は怖くて隠れていて、ソウジもそれに付き添っていた。だがエイベルはそれを楽しむかのようにわざと動物たちの断末魔の叫び声をソウジたちに聞かせていた。


「……クリスはどうしている?」


 クリスとは、クリス・バウスフィールド。つまり、ソウジとエイベルの妹にあたる。同い年なのだからこの学園に来ていてもおかしくはない。妹もエイベルと同じように才能があったので、エイベルのようにあえて姿を隠さなければ注目されるであろう人物だ。あの家の中で唯一、クリスだけは普通にソウジに接してくれていた。だけど大っぴらにソウジとクリスが一緒にいるところを見かけられるとクリスに迷惑がかかると思ったソウジはクリスを避けて、逃げ出すようにバウスフィールド家の屋敷のあった山の麓の村に来ていた。そこで、フェリスと出会ったのだが。


「そんなことお前に関係ないだろう? お前はもうバウスフィールドの人間じゃないんだ、化け物」


 ソウジはぎゅっと拳を握りしめた。そんなことは分かっている。ただ、クリスがどうしているかだけ聞ければそれでよかった。あの心の優しい子のことさえ聞ければ、残りのバウスフィールド家など、どうでもいいのだ。


「だが、あえて教えてやるとするなら王都にはいない。あいつはお前が消えたあともうるさかったんでね。どこぞの田舎の貴族に養子にしてもらったさ。邪魔だったんでね。今頃農作業でもしてるんじゃないか?」


「お前……ッ!」


「心配せずとも、生きているさ。ただ、あいつの才能は邪魔だった。だからとばした」


 今にもエイベルに斬りかかりそうになるのをぐっと堪える。とりあえずクリスが無事なのなら……それで、いい。自分のように追放と称してまだろくに戦えもしない状態であんなところに転移させられるよりはマシだ。ソウジは自分を抑えて、本題に入ることにした。


「オーガストにあのクリスタルを手渡したのはお前だな?」


「ほう。証拠はどこにある?」


 ソウジはポケットからあのオーガストを暴走させた濁ったクリスタルの欠片を取り出した。


「術式の解析なら済ませた。今の話を聞いて確信した。あれは紛れもなく、お前の魔法の術式だ」


「バカな……解析しただと!? それには何重にもプロテクトがかかっていたはず……!」


「その程度のプロテクトなら大して手間取らなかったぞ。次からはもう少し上手にかけるんだな」


「だ、だが、破壊されたと同時に術式も消滅するはずだ!」


「確かに消滅していたさ。が、魔法の痕跡は残っていた。それさえあれば、復元するのは簡単だ。魔法が痕跡を残すことぐらい、授業でも習ったはずだぜ?」


 証拠を握られた以上、もう言い逃れは出来ない。


「……こうまでペラペラ喋ってるってことは、また外の映像にでも細工をしかけたか」


「当たり、と言っておこうか」


 恐らくまた外部からは内部の様子は知ることのできない状況になっているはずだ。


「ところで、君の汚らわしいお仲間たちはどうしたんだい?」


 ニヤリ、とエイベルが邪悪な笑みを浮かべた。


「やっぱりお前が大手ギルドに情報を流していたのか」


「ああ、そうさ。まさかオーガストが君たちのところにつくとは夢にも思わなかったけどね。この一週間、君たちがあのくだらないギルドのメンバーを集めようとしていたのは知っていた。そして、オーガストに接触し、ギルドメンバーとして登録していたのも確認した」


 そういえばフェリスも、クラリッサたちとあった時にイヌネコ団というギルド名に首を傾げ、ギルドのことについてある程度目を通していたのにイヌネコ団という名前のギルドは知らない、というようなことを言っていた。


「『十二家』の力を使えば、本来は開示されていないはずの各ギルドのギルドメンバーを閲覧することも不可能じゃない。まあ、フェリス・ソレイユはそこまでしなかったようだが……あとは簡単さ。あのマヌケのオーガストに使い魔をつけて、転移と同時に情報を流す……見事にボクの罠にはまってくれたお前らを見て、正直ボクは笑いが止まらなかったよ」


「……なぜオーガストにあのクリスタルを渡した?」


「奴がカモだったからさ。あのクリスタルはああいうバカには効きやすい。ちょっとした実験のつもりだったんだが……上手くいきすぎて腹を抱えて笑ったね。アイツを操るのは楽だった。やつの心の中にある妬みや憎しみを喰らって、クリスタルはどんどん成長していった。ボクの手を汚さずにお前を処分するのにピッタリだと思ったんだが……あのバカにはガッカリだ。手間をかけてやつの心に下準備してやった割に、クリスタルのデータ収集以外、何の役にも立たなかった」


 エイベルはゴミを見るような眼で、オーガストのことを語る。


「しかも、あろうことかお前や薄汚い『半獣人ハーフ』、更に『下位層アンダー』のゴミと一緒になるとは。バカだと思っていたが、相当の物だなアレは。母親と同じように、おめでたい頭をするようになったもんだ。くだらないやつめ」


「それ以上オーガストやみんなのことをバカにしてみろ」


 ソウジの周囲に膨大な黒い魔力が渦を巻いた。それに呼応するかのように『アトフスキー・ブレイヴ』が力を増していく。ソウジは魔力と共に殺気を纏い、射殺すような目つきでエイベルを視る。

 オーガストは確かに過ちを犯した。だが過去の自分を悔いて、簡単に許してもらえないことと知りながら、虫のいい話だと自覚しながら、勝手なことだと自覚しながら、それでもその罪を償おうとしている。

 だがそんなオーガストをエイベルはくだらないと吐き捨てる。


「――――潰す」


「……ッ。はっ、これだから黒魔力の化け物は。暴力的だねぇ」


「なんとでもいえ。……さっき、オーガストの心に下準備をした、と言ったな? まさか、お前……」


「ああそうさ。ボクが誘導してやった。ああなるように。お前を憎むようにな。ボクの魔法は人の心をも操ることが出来る。それは知っているだろう? だがそれだけじゃない。心を操るのではなく、さりげなく誘導してやるんだ。そうすることで操られている人間は自分が操られていることなどとは夢にも思わない。オーガストも、自分が自分で行動した結果だと思っているようだが笑える。ボクに操られているとは知らずに。その心は、ボクにそうなるように誘導されたものだと知らずに。やつはボクの思い通りの人物になった。そもそもおかしいとは思わなかったのか? なぜいきなりあんな教師も見ているかもしれないような面前でレイド・メギラスが絡まれ、魔法を使われかけた? なぜいきなりオーガストがお前に模擬戦を申し込む? なぜいきなりオーガストがお前を嫌う? 逆恨みと分かっていて、なぜお前やレイド・メギラスを憎む? 自分を抑えきれなかった、だいすきなお母さんが死んだのを誰かのせいにしたかっただとかなんだとか思っているようだがバカバカしい。あいつはこの学園に来た時から、はじめからボクの手の平の上で踊っていたんだ。お前を憎むように仕向けるのに、オーガストの過去ほど都合の良いものは無かったからなぁ。だからボクは入試の時点でアイツに目をつけていた。その日から心の誘導をはじめた。ボクの『人心誘導マインドコントロール』で誘導し、やつの憎しみや妬みといった負の感情を増幅させ徐々に正気を失わせていった。そして最後に、あのクリスタルを渡す時にトドメに直接操作してやった。……それなのに、あのゴミは大した役にも立たなかった。まったくもってガッカリだよ」


 オーガストが自分がやったことだと思っていたことは……その心も含めて、エイベルに誘導され、操られた結果だった。それこそがエイベルの魔法、『人心誘導マインドコントロール』。


「エイベル、お前……人の心をなんだと思ってやがるッ!」


「ボクのオモチャさ。お前も含めてな」


「なんだと?」


「おかしいとは思わなかったのか? 黒魔力が発覚し、お前はバウスフィールド家から追放された……だが、追っ手が来るのが早すぎだとは思わなかったのか? まだ追放されて間もないときだったのに。そもそも、父が実の息子をあんなにもすぐに切り捨てると思うか?」


「まさか……」


「そう、ボクだ。バウスフィールド家はみんな、ボクのオモチャさ。哀れなお父上はボクに誘導され、操られているとも知らず、お前を追放した。もともとお前は邪魔だったからな。ボクの理想とするバウスフィールド家には。だから父を使った。そしてあの目障りな女を田舎の貴族の養子にさせた。アイツは既に名が知れていたからな。お前のように消すのは難しかった」


 驚くべきは、まだ魔力の色すらついていなかった子供がそんなことを成し遂げたということだ。

 それほど、エイベルの才能は凄まじかった。エイベルの魔法、『人心誘導マインドコントロール』は凶悪な魔法だった。エイベルは興奮したように魔力を滾らせている。自分の目論見が上手くいって喜んでいるのだ。


「――――だが、お前だけには効かなかった」


「……?」


「ボクの魔法は、『人心誘導マインドコントロール』は、なぜかお前だけには効かなかった。不思議でならなかった。なぜ貴様のような落ちこぼれに天才であるボクの魔法が効かなかったのか? だが『色分けの儀』の日でその謎が解けたよ。お前が黒魔力の化け物だからだ。その力でオーガストをボクの『人心誘導マインドコントロール』から解放した。まったくもって腹立たしい」


 エイベルは冷ややかな目でソウジを見下した。


「それに加え落ちこぼれのお前は、天才で、選ばれし者であるはずのボクよりも魔力量が多い。こんなことが許せるか? 許せるはずないだろう。この天才が、たかが落ちこぼれよりも劣っているなど……それが魔力量だけの差とはいえ、ボクには許せなかった」


「だから俺を処分しようとしたのか?」


「ああ、そうだ」


「へぇ。だったらおかしいな」


 ソウジは挑発的な笑みを浮かべ、エイベルを視た。


「だったらどうして、わざわざ俺をあんな場所に転移させた?」


「なに?」


「あの場で頭を潰すなり心臓を抉り取るなりする方が確実だ。俺を殺したかったのならな。それなのにわざわざあんな場所まで転移させて処分する……もしかしてお前、」


 ソウジはエイベルの眼を見ながら、確信に迫った。




「お前、俺が怖かったのか?」




「――――――――」


 さきほどまで勝ち誇っていたような笑みを浮かべていたエイベルの表情が崩れた。


「俺が怖かったから、わざわざ俺をあんなところに……手の届かないようなところに転移させたんだろ? 黒魔力を持った化け物が暴れだしたら怖いもんな?」


「…………黙れ……」


「天才エイベル様は、どうやらよほどこの落ちこぼれが怖いと見える。『人心誘導マインドコントロール』? 笑わせる。ただ怖かっただけだろう。こうして、俺と向き合うのが」


「……………………黙れ……!」


「さっきからわざわざ自分のやってきたことをペラペラと話しているのも、そうすれば俺がお前を恐れるとでも思ったんじゃないか? 言っとくが、俺はお前の魔法なんか怖くない。実際、お前の魔法は子供の頃、俺に効かなかった。だからお前は俺が怖いんだ。お前が操れないような唯一の人間だから。お前はただの臆病者だ。それこそ、自分の罪から目をそらずに立ち向かおうとしているオーガストの方がよっぽど勇敢だ」


「黙れッッッ!」


 エイベルの体から、暴風のような魔力が吹き荒れた。ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ! と、エイベルの魔力によって周囲が荒れていく。木々や大地は砕け、抉れていく。緑色の……風属性の魔力だ。


「さっきから黙ってきいてりゃいい気になりやがって! 貴様は化け物で! 落ちこぼれなんだぞ! このボクに逆らうとは何様だッ!」


 エイベルはさきほどまでの余裕を持った笑みをかなぐり捨てた。

 そして、叫ぶ。


「さあ、来い! ボクのしもべたち!」


 エイベルが合図すると、周囲からぞろぞろと上級生たちが現れた。そのどれもがうつろな目をしている。エイベルによって自分の意思すら剥奪され、完全に支配下におかれているということがハッキリと分かった。そしてそんな上級生が……ざっと十人はいる。


「現れろ!」


 そしてエイベルは、右手を掲げる。


「――――『タウロス・シュヴェール』ッッッ!」


 光と魔力を纏い、緑色の剣のカタチをした星眷が眷現した。


「見たか化け物、これがボクの力だ! 『皇道十二星眷』! 貴様が手にすることのできなかった、絶対的な力だ!」


「そうかよ。そりゃくだらない力だ」


 ソウジは思わずそんな言葉を吐き捨てる。くだらない。本当にくだらない。

 自分はボーウェンとして……ソフィアの弟子として生まれ変わった。だけど、どうしても頭の片隅でバウスフィールド家のことがひっかかっていた。意識していた。だが蓋を開けてみればなんだこれは。

 こんな、こんな……、


「こんなくだらないやつを意識していたなんてな。本当に、俺はバカだよ」


「強がりもよせ。この状況で、お前ひとりでなんとかできるはずがない。あとはじっくりといたぶって……殺してやる」


 エイベルが再び邪悪な笑みを浮かべると、周囲の上級生たちがそれぞれ星眷を眷現させていく。どうやらエイベルは星眷使いすら操り、自分の手駒としていたらしい。


「星眷使いがこちらはボクを含めて十一人。対するお前は一人……クックック。随分と絶望的な状況になっちゃったじゃないか?」


「そうか? 俺にはそうも思えないんだけどな」


 ソウジはそれでも余裕を崩さない。

 くだらない。

 たかがこの程度の星眷使いが十人いようが百人いようがソフィアの足元にも及ばない。ソフィアの強さはこの程度ではない。


「俺は『世界最強の星眷使い』ソフィア・ボーウェンの弟子、ソウジ・ボーウェンだ。お前ら如きに負けるかよ」


「戯言をほざくなぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 十一人の星眷使いの攻撃が、ソウジに殺到した。森が揺れ、大地が裂けた。森エリアそのものが大爆発を起こし、星眷魔法の爆発的エネルギーがさく裂した。

 エイベルは興奮したように息を切らせ、その爆心地を満足げに眺めていた。


「ハァ、ハァ、ハァ……ふ、ふふふ。やった……これで、あの化け物は……」


「――――終わるとでも思ったか?」


「ッ!?」



 爆心地にたちこめていた煙が、切り裂かれた。


 その中心にいたのは……無傷のソウジである。


「なっ! ば、バカな……そんなバカなッ!」


 半ば悲鳴のような声をあげるエイベル。

 そんなエイベルを睨みつけるようにして、ソウジは星眷を構えていた。ソウジの周りには高密度にして膨大な量の魔力の嵐が吹き荒れていた。エイベルは目を疑った。これは星眷を呼ぶための魔力だと分かったからだ。しかし、ソウジは既に自身の星眷である『アトフスキー・ブレイヴ』を眷現させているのではなかったのか?


「さあ、いくぜ……!」


 ソウジの呼びかけに応えるかのように、星眷から放たれる魔力が加速した。


「――――来いッ! 『スクトゥム・デヴィル』ッ!」





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