第百五十七話 エピローグ
「起きてください」
目を開けると、妻の顔が視界に広がった。
「もう。今日は出かける約束でしょう?」
「あー……もうそんな時間か。ありがとう」
「いえいえ。お寝坊さんを起こすのも妻の役目ですから」
妻は――――フェリスは、にっこりとほほ笑んだ。
十年経っても彼女の笑顔は魅力的で。
結婚してから時間も経つのに、今でも見とれてしまいそうになる。
着替えて下に降りると、既に娘がテーブルについていた。
「おとーさん、おそいっ!」
フェリス譲りの綺麗な金色の髪をぴょこぴょこと揺らしながら、うちのお姫様はぷんすかと怒っている。
「ごめんごめん」
「むぅっ。おとーさん、どうして笑ってるの?」
「エリィがかわいいから笑ってたんですよ」
ぱたぱたと居間に降りてきたフェリスがエプロンを外しながら言う。
エリィ・ボーウェン。
俺とフェリスの間に生まれた、五歳の一人娘だ。
「むうっ。わたし、おこってるのにっ」
「そうですね。お寝坊さんのお父さんが悪いですよね」
『ねー』
妻と娘の仲はたいへんよろしいらしく、俺がこうして孤立無援になるのはいつものこと。
まあ、寝坊しかけた俺が百パーセント悪いので素直にごめんなさいをしておく。
「ごめんなさい」
「よろしいっ」
どうやらうちのお姫様の機嫌はなおったらしい。
むふー、とご満足そうにしている。
ボーウェン家のお姫様の機嫌がなおったところで、三人で朝食をとる。
食事を終え、身支度を整えると、三人揃って、手を繋いで家を出た。
フェリスの手には昼食の入ったバスケット。
散歩をしながら、王都の広場にやってきた。
復興後は緑が植えられた広場には、休日だからかたくさんの家族連れや子供の姿があった。
魔王との戦いから、既に十年の月日が流れていた。
街は復興し、それに伴って様々な種族が流れてきた。
王都の復興は、他種族の力なくしては成立しなかっただろう。
俺はフェリスと再会したことをきっかけに記憶を取り戻した。
消えたはずの記憶がなぜ戻ってきたのか。
後に師匠は、俺の持つ『星遺物』に記憶のバックアップがとられていて、巫女であるフェリスとの接触がきっかけでバックアップが流れ込んだのではないか、と推測した。
俺はフェリスと共に王都へと戻り(ちなみに、俺が倒れていたのは王都からかなり離れたところにある森だったらしい。魔王との戦いのぶつかり合いの果てに飛ばされたのだろう)、体を癒したあと。
フェリスにプロポーズした。
彼女はそのプロポーズに応じ、今はこうして妻になっている。
それと、魔王という脅威がなくなったので、巫女としての封印を解かれたルナは本来の魔力を取り戻した。
もともと才能があったのか、すぐに魔法の方は上達して、星眷魔法まで使えるようになったのは驚いた。
翌年にはユキちゃんやユーフィア様と共に学園に入学している。
それからさらに時は流れ、俺たちは学園を卒業した。
ルナは学園の生徒会長になった。
更に学園を卒業後、今は自分の店を持っている。巷で噂のレストランだ。そこにはグリューンもいて、お店の歌姫として君臨している。
レイドとオーガストは騎士団に入団した。
今ではレイドは騎士団最強部隊の隊長。オーガストは幹部。このコンビは活躍も凄まじく、世界中の犯罪者たちにその名を轟かせている。
クラリッサとチェルシーは冒険者になった。
新人時代から様々なトラブルやら伝説やらを打ち立てて、今ではトップクラスの超一流冒険者だ。実家の孤児院も新しく施設を立て替えて、みんなにお金の不自由をさせないようにとがんばっているらしい。
ライオネルは世界中を旅するようになった。
今では結婚していて、王都で静かに暮らしている。うちのエリィとも、ライオネルのところの子供はよく遊んでいる。
そして俺は学校の先生になった。
妻のフェリスに支えられながら、まだまだ未熟ながらも教師として日々、生徒達に魔法を教えている。
広場につき、シートを広げる。
既にエリィは一人ではしゃぎながら走り回っている。
愛する一人娘の元気な姿を見ていると、大切な人がいる未来を守ることができたのだと実感する。
「元気だなぁ、エリィ」
「ふふっ。元気なところは、お父さんに似たのかもしれませんね」
「かわいいところはフェリスそっくりだ」
「将来はソウジくんよりも強い星眷使いになるのが夢だそうですよ?」
「それは……俺もがんばらないとなぁ。っていうか、お嫁さんとかじゃないんだ」
できれば娘を嫁にはやりたくないという思いはある。
でもまあ、エリィが選んだ人なら……エリィを幸せにできるやつなら考えてやらんこともない。
「ソウジくん、今から結婚の心配はちょっと早すぎですよ?」
どうやら妻には考え事を見抜かれていたらしい。
二人で笑いあいながら、自然と手を重ねていた。
「ソウジくん」
「ん?」
「わたし、とっても幸せです」
フェリスは……妻は、学生時代と変わらぬ笑みを見せてくれる。
俺が一番守りたかったもの。
それが、彼女の笑顔だ。
ああ、そうか。
俺は、フェリスと……好きな人と、こうして、一緒の時間をゆっくり過ごしたくて魔王と戦ったんだな。
「よかった。俺、ちゃんとフェリスを幸せにできてるんだな」
「はい。ソウジくんは……幸せですか?」
彼女の問いに答える前に、彼女の唇と自分の唇を重ね合わせる。
離れたあと、フェリスの顔をじっと見る。
「幸せじゃないように見える?」
「…………いいえ」
照れくさそうにはにかむフェリス。
幸せな気持ちが胸の中に溢れていく。
「おとーさん、おかーさんっ! こっちにきて一緒にあそぼー!」
エリィに呼ばれ、二人で顔を見合わせて、微笑みあう。
「いきましょうか」
「そうだな」
俺たち夫婦は、愛する娘のもとへと歩き出した。
これにて完結です!
ありがとうございました!