第百五十五話 消えゆくモノ、金色の輝き
黒白の色に染め上げられた鎧。
背中には六枚の剣翼が息を吹き返したように顕現している。
こうなってみて分かる。
二つの相反する力を同時に極限まで高めたこの姿ならば、今の魔王にも対抗できると。
「決着をつける、か。そもそも勝負になればいいがな」
魔王の姿が消える。
さっきは見えなかった。
でも、今の俺には見える。
「――――ッ」
真正面から突き出された拳を掴む。
「なるほど。どうやらこけおどしではないらしいな」
「ああ。今度は満足させてやれそうだ」
床を蹴り、お互いに距離をとる。
俺は両手を広げ、青槍と黄斧を召喚する。
右手にはオーガストの『ピスケス・リキッド』。
左手にはレイドの『ヘルクレス・アックス』。
これまで変身してきた鎧にはそれぞれ『能力』があった。
たとえば。
黒なら闇。
赤なら炎。
青なら水。
紫なら雷。
緑なら風。
黄なら土。
白なら光。
そしてこの姿の力は、そうして紡いできた力の源。
仲間たちの星眷魔法の召喚能力。
更に、もう一つ。
「――――『混合』」
召喚した星眷魔法を融合させる。
生まれたのは、土属性の力とパワーを得た槍。
「『アックス・リキッド』!」
二つの属性を混ぜ合わせた魔法を射出する。
ラヴァルスードも対抗して魔法を新たに槍の形をした魔法生み出した。
あれが師匠の星眷魔法の力。
魔法を創り出す魔法。
どす黒い槍は、俺の放った槍を迎撃するかのように射出される。が、『アックス・リキッド』は黒槍と激突するとすぐに液状化して目の前から掻き消えると、すぐに実体化して魔王の脚を貫いた。
「ぐ……おっ!?」
魔法の融合。
これが、デュアルモードもう一つの力。
「次だ!」
剣翼を広げて加速する。
脚を片方失った魔王も同じように翼を広げて加速した。
空中でお互いに拳をぶつけ合う。
さきほどまでとは比べ物にならないほどのスピードで、幾重にも攻撃を繰り出していく。
拳が激突し、弾かれる。
翼で体勢を整えつつ、俺は右手にはクラリッサの『ケイニス・トルトニス』を。左手にはチェルシーの『リンクス・アネモイ』を召喚し、
「『混合』――――『トルトニス・アネモイ』!」
雷の力を秘めた弓へと魔法を融合進化させる。
対する魔王も黒く染め上げられた弓の魔法を作り出した。
俺たちは互いに、まったく同時に魔力で構築した矢を解き放つ。
凄まじい嵐のようなエネルギーが激突し、互いを喰らわんとぶつかり合う。
もはや矢とは呼べないそれは、魔王の黒いエネルギーを打ち破った。
雷を伴った紫緑の嵐はラヴァルスードの体を削っていく。
「バカな! オレが……この魔王が使っているのは、ソフィア・ボーウェンの…………世界最強の星眷魔法だぞ! それがなぜ、貴様らのような下等生物の魔法に劣る!」
「そんなの、簡単だ」
飛翔し、右手にはフェリスの『ヴァルゴ・レーヴァテイン』を。左手には俺自身の『アトフスキー・ブレイヴ』を召喚し、『混合』させ――――『レーヴァテイン・ブレイヴ』、焔の力を持った剣を掴む。
「一人で戦っているお前に、みんなと戦っている俺が負けるわけないだろ!」
奇しくも。
進化を果たした俺たちは、戦い方がまったく同じだ。
新しい魔法を生み出し、撃ちだす。
ブレイヴモードになった時と同じように、俺たちはどう進化しても最終的には同じ地点に辿り着く。
「ッ!」
ラヴァルスードは黒剣を生み出した。
二つの刃がぶつかり合う。
焔が燃え上がり、焼き尽くし、ラヴァルスードの剣を溶断した。
影が交錯する。
焔が、魔王の身体を焼き尽くす。
「ぐっ…………!」
記憶にノイズがかかる。
少しずつ、少しずつ。でも確かに、確実に。
大切な思い出が欠けていく。
世界最強の魔法を取り込んだ魔王に対抗するための代償を、記憶で支払っていく。
「まだだ……まだだァッ!」
魔王が翼を広げて立ちはだかる。
おぞましいほどの魔力が膨れ上がり、襲い掛かる。
自身の命を対価として、俺を倒すために、生きるための魔力すらも差し出しているのか。
魔王の身体が膨張し、歪んでいく。
まるで人の形をした獣のような姿に変化していく。
最後の最後まで力を振り絞って。
どうして、ここまで。
「この間違った世界を支配し、正しき世界へと導く! そのために……ここで果てるわけにはいかぬ!」
ラヴァルスードはもはや武器を捨てている。
新しい魔法を生み出す力。
更にそれを超えて進化した魔王は、もはや武器を必要としない。
己の肉体こそが最強最大の力。
それが、ラヴァルスードの到達点。
ならば俺も、進化を果たさねばならない。
今よりも更に先。
魔王と同じ地点まで、たどり着かなければならない。
今という限界を更に超えるとなると、きっと記憶の消去もより激しくなるだろう。
躊躇いがないといえば嘘になる。
でも、前に進まなければならない。
進まなければ、守ることができないから。
勇者と魔王。
相反する二つの力を、更に高めていく。
やがて黒白の光は黄金の輝きに変わり、鎧を染め上げていく。
「ッ……! ああァッ…………!」
記憶が燃えていく。
大切な思い出が焼き尽くされていく。
忘れていく。忘れていく。忘れていく。
それでも。
今、俺が成さねばならないことだけは覚えている。
もはやみんなの魔法を召喚することはできない。
武器は拳。この体。命を差し出して得た金色の輝き。
「ククッ……傑作だな」
「……なにがだ?」
「お前はオレを一人だと言った。一人で戦っているオレに、仲間と戦っているお前は負けはしない。だが、貴様は今、その仲間との繋がりを手放している。結局のところ、貴様はオレと同じだ」
「そうかもしれないな。それでも、俺は何度でも言う。俺はお前とは違う」
「理解に苦しむな」
記憶が欠けていても、焼却されていても、守りたいと思えるものは覚えている。
少しずつ、今の自分とは違う自分になっていても、守りたいと思えるものだけは胸の中で輝いている。
金色の翼を羽ばたかせて加速し、拳を振るう。
ラヴァルスードもまったく同じタイミングで、まったく同じように拳を振るった。
姿を消し、現し、また消える。
限界を超え、また更に限界を超えた俺たちは、転移魔法を使っていると錯覚すらしてしまいそうな速度で戦っている。
その代償も、支払いながら。
拳を振るうたびに記憶が欠ける。
蹴りを叩き込むたびに記憶が燃える。
翼を広げるたびに記憶が消える。
ラヴァルスードもきっと同じだ。
拳を振るい、蹴りを叩き込み、翼を広げるたびに命が消えているはずだ。
どうして、そこまでするのか。
命を対価にしてまで世界を支配しようとするのか。
知りたいと思った。
その願いにこたえるように。
拳が交錯した瞬間、ビジョンが頭の中に流れ込んできた。
かつて、ラヴァルスードという名前の魔族がいた。
彼には愛する者がいた。
だが、それは奪われた。
魔族という、生まれつき高い魔力を持つ種族に嫉妬した人間が、彼の愛する人を奪った。
だから、彼は許すことができない。
愛する者を奪ったこの世界が。
だから、魔人を生み出した。
だから、人の心を知りたかった。
だから、世界を支配すると決めた。
「視るなッ!」
「ッ!」
ビジョンが消える。
魔王から、拒絶されたのだ。
「視たな! 視たな視たな視たなッ! オレの記憶を!」
「お前は……お前も、いたんだな。守りたいと思った人が」
「黙れ!」
轟ッ! と。
憎悪の『黒』が炎のように燃え上がり、集約される。
だから、彼は拒絶する。
この世界を、間違った世界なのだと。
それを俺は否定することができない。
大切な人を守ろうと、必死にあがこうとしたラヴァルスードを視たから。
ああ、それでも。
それでも俺は今のラヴァルスードを。魔王となった彼を否定する。
もうかなり消えてしまったけれど。
俺の記憶に残っている大切な人たちを守りたいと思うから。
拳に、金色の輝きを集める。
みんなの星眷魔法をすべて召喚する。
アトフスキー・ブレイヴ。
スクトゥム・デヴィル。
ヴァルゴ・レーヴァテイン。
ピスケス・リキッド。
ケイニス・トルトニス。
リンクス・アネモイ。
ヘルクレス・アックス。
そのすべての魔法を、混合させる。
魔王が創り出した闇は、世界を憎悪するという意志の塊だ。
あれを撃ち砕けば、きっとこの戦いも終わる。
だけど、その代償も大きいだろう。
それでも、進むと決めた。
拳に集まった金色の光は、やがて巨大な剣へと姿を変える。
もう言葉はいらない。
語るべきこともない。
あとはただ、互いの全力をぶつけ、勝敗を決めるのみ。
「この間違った世界諸共、その愚かな光を喰らってくれる!」
「お前の闇を斬り裂いて、この世界を守ってみせる!」
お互いに動きがシンクロし、互いの力が解放された。
「『光喰らう闇』!」
「『闇斬り裂く七星剣』!」
光を飲む憎悪の闇。
闇を斬る希望の光。
相反する力。
決して交わらぬ力。
どちらが強いのかを決めるのは、魔力というエネルギーの強さのみ。
そんな、単純なぶつかり合い。
力を大きくしていくたびに頭の中のノイズが広がっていく。
――――消えていく。
消えていく。
消えていく。
消えていく。
大切な記憶。
大切な思い出。
大切な、なにかが。
頭の中はもう虫食いのような穴が広がっていて、じわじわと、でも確実に穴が大きくなっていく。
欠けたものがなんなのか、思いだすことすらできない。
でも、目の前の敵を倒さなければならないことは、しっかりと覚えている。
だから、絶対にこの手を離さない。
「ッ…………!」
押されている。
少しずつだが、魔王の憎悪が光を飲み込んでいる。
まだ、足りないのか。
大切な思い出を。
この世界で紡いだ記憶を、犠牲にしても。
俺に残された記憶は、もう、
「…………構わない」
それなら。
「足りないのなら」
前世の記憶すらも。
「全部――――持っていけッ!」
捧げよう。
「ッ! 光が、大きく――――――――!?」
金色の輝きが、更に広がっていく。
闇を浄化し、斬り裂いていく。
「いっけぇええええええええええええええええ!」
金色の光は嵐となり、銀河の輝きとなってラヴァルスードの体を飲み込んでいく。
「師匠の魔法、返してもらうッ!」
「――――――――――――!」
魔王という存在が、消滅していく。
光の粒子となって。
ラヴァルスードの体から、光が溢れた。
光は真っすぐに師匠の下へと還っていく。
魔王は最期に、何かを視たのか……手を伸ばしている。
俺には彼がなにを視たのかは分からない。
もしかしたら、彼の愛する者なのかもしれない。
今、ラヴァルスードという魔族が何を思っているのか知る術はない。
ただ、彼は間違っていなかった。
優しい世界を作りたかった。
愛する者の奪われない世界を作りたかったんだということは、分かる。
俺が何かを考えることができたのは、ここまで。
……………………ああ。
消えていく。
勇者としての記憶も。
ソウジ・ボーウェンとしての記憶も。
出会いも、なにもかもが、すべて。
すべて。
すべて。
すべて。
――――消えていく。
もう自分が何者なのか。
何をしようとしていたのかわからない。
ああ、でも。
俺はきっと、守ることができたんだ。
それが何なのか、もう分からないけれど。




