第百五十二話 ソフィアの魔法
「取り返しに来た、か。進化したこのオレを、今更貴様がどうこうできるとは思えんがな」
「どうこうできるようにするために、今まで準備してきたんじゃない」
「なるほど。魔王城にこれたのもその準備とやらが実を結んだか?」
「まあそんなところよ」
魔王をどうにかするための手段を、ついに七色星団が手に入れたということなのか。
でも今の師匠は力の大半を魔王に奪われている。
ましてや、魔王は巫女の力を取り込んで進化までしてしまった。
ラヴァルスードは今や、神の領域にまで手をかけている。
普通なら師匠がきたところで無謀だと切り捨てるのかもしれない。
だけど、俺は師匠を信じる。
弟子が師を信じなきゃ、いったいなにを信じるっていうんだ。
二人は互いに睨みあう。
「――――、」
先に動いたのは、魔王だった。
俺の時と同じように星遺物を師匠の周囲に次々と生み出し、展開していく。
爆弾の力を持った魔法石。
だが、俺の時よりも数は多い。
倍以上ある。
師匠が杖を振るうと、ラヴァルスードが生み出した星遺物がすべてシャボン玉に包まれる。
直後、星遺物が一斉に爆発を起こすもそのエネルギーはシャボン玉の形をデコボコに変えただけで、師匠を傷つけるには至っていない。
その隙に師匠はラヴァルスードとの距離を一気に詰めていた。
カツン、と杖で床を叩きながら踏み込む。
ラヴァルスードは『星遺物』の剣を創り出し、対する師匠は杖で刃を受け止めた。
強大な力がぶつかりあい、空気が震える。
「やるじゃないか。ここまでとは予想外だったぞ」
「あら。お褒めの言葉ありがとう」
それから二人は幾重にも攻撃を打ち合っていく。
魔法と魔法がぶつかり合う。
やっぱり師匠はすごい。
体の状態は、呪いがあるぶん俺よりもひどいはずなのに進化した魔王と互角に戦っている。
「…………っ」
だが、それも今だけだ。
師匠が弱体化していることに変わりはない。
呪いが体を蝕んでいることも変わりはない。
少しずつだが、魔王が圧し始めている。
「どうした! 世界最強の魔法使いとは、その程度の実力か!?」
「言ってくれるわね」
「言ってやるとも!」
攻防の合間を縫うように、ラヴァルスードの剣が煌めいた。
「っ!」
師匠の手から杖が消えた。
ラヴァルスードの剣に弾き飛ばされたのか。
「もう終わりか。つまらんな」
拮抗していた攻防がついに崩れた。
ラヴァルスードの剣が、師匠に向けて突き立てられる。
だが、師匠は冷静だった。
取り乱してもいない。
「勝手に終わりにしないでくれる?」
「――――!」
今度は魔王の手から剣が弾き飛ばされた。
見てみれば、師匠の杖が突然ラヴァルスードの手元に現れ、叩きつけていた。
杖が弾き飛ばされたように見えたが、師匠は咄嗟に転移魔法を使って杖を転移させていた。タイミングを上手く合わせて弾き飛ばされたように見せかけていたんだ。
「くだらぬ小細工を!」
「パワーの差があるなら、小細工で埋めるしかないじゃない?」
師匠は華麗に杖をキャッチすると、カツン、と床に杖を叩きつけ、即座に魔法を放った。
凄まじいパワーを持った魔力が閃光となって魔王へと襲い掛かる。
「チィッ!」
ラヴァルスードは星遺物の盾を創造。師匠の放った一撃は盾に遮られ、霧散する。
星遺物を突破するだけの魔力を今の師匠は持っていない。
魔王の身体に傷一つつけることはできな――――
「ぐおっ!?」
俺の思考を遮るように、ラヴァルスードのうめき声が響き渡る。
見れば、盾の内側。床から伸びた鎖が、ラヴァルスードの体を貫いていた。
「こ、れは!?」
「言ったでしょう。小細工よ」
杖だ。
床につけた、師匠の杖の先端。
そこから鎖が伸び、床の下を通ることで盾をすり抜け、魔王の身体を貫いていた。
盾が消え、魔王の動きが鈍る。
その隙を見逃す師匠ではなく、一気に距離を詰めて今度は直接杖を魔王の身体に突き立てていた。
「返してもらうわ」
魔王の身体に刺さった杖が光り輝いた。
「ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
すると、魔王の身体から大量の魔力が噴出していく。
これまでラヴァルスードが奪い取ったであろう力が。
「バカな……!? オレが取り込んだモノを、強制的に放出させている!? そんなことが、できるわけが……!」
「かなり苦労したわよ。術式を組むのは」
「術式を、組む、だと!? ふざけるな……! オレがこれまで、どれほどの魔法を、力を取り込んできたと思っている! それを凌駕するほどの魔法の術式など、いったいどうやって――――」
言いかけて、ラヴァルスードは何かに気づいたようにハッとした。
「確かにあなたに奪われたモノを取り返す魔法を創るには、依り代が必要よ。あなたの取り込んできた力すべてに耐えうる依り代が。でも、それは確かに存在する!」
「まさか、貴様…………! この『世界』そのものを依り代に…………!?」
「その通りよ。今、私の友達が世界中の大地に術式を埋め込んで魔法を発動させてくれている。その術式を通してあなたの力を制御し、取り込んできたモノを引っ張り出す!」
ラヴァルスードが支配しようとした世界そのものに、ラヴァルスードがこれまで取り込んできた力を還元する。
これが、七色星団が導き出した魔王を倒すための答えなのか。
「させるものかァッ!」
それでも魔王は叫ぶ。
力が奪われている状態は本人にとってもきついはずだ。
体から力が抜けていく感覚をもねじ伏せ、師匠の胸へと剣を突き刺す。
「っ…………!」
「師匠!」
「だい、じょうぶ…………!」
呪いで蝕まれている体に星遺物の刃が突き刺さる。
それでも師匠は止まらない。
「死にぞこないがッ……!」
ラヴァルスードは突き刺した剣を押し込んでいく。
師匠の口から大量の血が一気に吐き出されるが、それでも止まらない。
「言った、でしょ……返して、もらうって!」
師匠は最後の力を振り絞るように、力を籠める。
すると、ラヴァルスードの体から光が溢れ、空中へと飛び出した。
光は寸分も迷うことなく、俺の胸の中に入り込む。
温かく、力強い感覚。
欠けていた何かが戻ってきたような感覚。
「魔法が、戻った!?」
師匠は、はじめから俺の魔法を取り戻すつもりだったのか。
「う……ぐ…………!」
とうとう師匠が膝をついた。
体力の限界が訪れたのか。
ラヴァルスードは剣で貫いたまま、師匠を蹴り飛ばす。
師匠からはさきほどまでの力はまるで感じられなかった。
なすがままに床に叩きつけられ、転がっていく。
「師匠!」
俺は力尽きた師匠に駆け寄り、体を抱える。
師匠の体からは大量の血が流れていた。口からも、真っ赤な血が流れている。
どんどん体も冷たくなってきて、このまま放っておいたら間違いなく死んでしまうということが嫌でもわかってしまう。
「残念だったな。オレの力すべてを吐き出させるには、今の貴様の体力では足りぬ」
ラヴァルスードは杖を握り潰す。
その瞬間に師匠が仕掛けた魔法は停止し、力の放出もとまった。
「終わりだ、ソフィア・ボーウェン。貴様が敗れた以上、もはやオレを止められる者はいない」
「いるさ」
師匠の体を抱えながら、俺は魔王を睨みつける。
「まだ、俺がいる」
「今更、貴様がオレを止められるとでも?」
「止める。止めてみせる」
師匠は俺に希望を託してくれた。
力を取り戻させてくれた。
師匠から受け取ったバトンを、このまま無駄にするわけにはいかない。
そんなこと弟子失格だ。
「師匠に代わって、俺がお前を止める!」
力が漲ってくる。
みんながここまで送ってくれた。
師匠がここまで繋いでくれた。
だったら次は、俺の番だ。
「…………いいだろう。ここで完全に貴様を殺し、オレは新たな世界の支配者となる」
「させない。みんなが活きるこの世界を、俺は守る! お前に奪われたものも取り返す!」
師匠。
フェリス。
みんな。
ほんの少しでもいい。
俺に力を貸してくれ。
あいつを倒せるだけの力を。
「――――『スクトゥム・デヴィル』!」