第百五十一話 偽・最輝星
扉の向こう側には玉座があり、ついているのは当然、
「…………ラヴァルスード」
「来たか。ソウジ・ボーウェン」
最初からこうなることを予見していたかのような笑みを浮かべるラヴァルスード。
「来ると思っていたぞ。お前はそういう男だからな」
「随分と信頼してくれているんだな」
「あァ。転生しようとも根の部分は変わっていない。なにしろ貴様は、勇者だからな。魔王を止めようとするのは当然というものだろう?」
「勇者、ね…………」
確かに、前世の俺は勇者だった。
けれど今は違うと言える。
ぎゅっ、とフェリスが俺に残してくれたペンダントを握りしめる。
「前世じゃ確かに勇者だった。でも、今の俺は違う。俺は勇者なんかじゃない」
「では、なんだというのだ」
「決まってる」
残された魔力をペンダントにこめる。
「ギルド『イヌネコ団』のメンバーで、世界最強の魔法使い、ソフィア・ボーウェンの弟子……ソウジ・ボーウェンだ!」
大切な人が俺に残してくれた最後の希望を、輝かせる。
さあ、叫べ!
「――――『偽・最輝星』!」
真紅の輝きが体を包む。
嵐を斬り裂き、希望を己の身に宿らせる。
体にまとったのは、『レーヴァテインモード』の鎧。
通常形態と決定的に違うのは武器を持たないという点だ。
ただの素手であり、右腕にはボロボロの布が巻き付いている。
これは、フェリスが俺に託してくれた『星遺物』に残された巫女の力を増幅させて無理やり鎧を形作ったに過ぎない。
本来の力というにはほど遠い代物。
だが、それでも。
この力なら、白魔力同様に魔王にダメージを与えることができる。
「その鎧は……なるほど。『巫女』が残した力か。だが、見るからに不完全だな」
「不完全でもなんでもいい。お前と戦うことができるのなら」
「戦う、か。そのような無様な姿で、オレと戦えると思っているのか?」
玉座から、魔王の姿が消えた。
いや、違う。
「ッ!」
転移魔法による移動。
気配がした時、既に魔王から鋭い蹴りが放たれていた。
「ぐッ…………!」
ギリギリのところで腕を盾にすることができたものの、魔王の蹴りは重い。
俺の体はあっけなく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。
「がはっ……!」
「どうした。戦うんじゃァなかったのか?」
余裕の笑みを浮かべるラヴァルスードは金色のオーラをまとっている。
巫女をすべて取り込んだことで、やつは以前とは比べ物にならないほどに力を増している。
まさに天と地ほどの戦力差だ。
「このっ!」
床を蹴って魔王に向かって飛び掛かり、拳を振るう。
だが、魔王はいともたやすく拳を受け止めた。が、止まらない。止まるつもりはない。蹴りや拳を重ねて幾重にも攻撃を繰り出していく。
炎を体にまとい、少ない魔力をやりくりして威力を高めていく。
「弱いな」
それでも、魔王には届かない。
拳は真正面から掌で受け止められ、炎は握り潰された。
「これが貴様の希望か。だとしたら、随分と儚いものだな」
ラヴァルスードは俺の腕を掴むと、いともたやすく空中へと放り投げた。
まるで赤子を扱うかのように。
(まずい……! 空中だと、身動きがとれない…………!)
ラヴァルスードはニヤリと顔を歪ませると、手を掲げる。
すると、空中に放り投げられた俺の周囲に金色の光が満ち始めた。
それらは一瞬にして丸い宝石のような形へと変化した。
ただの球体じゃない。それぞれが膨大な魔力を秘めた爆弾だ。
「まさか……これ全部が、星遺物か!?」
「そうだ。これこそが取り込んだ『巫女』の力だ」
ルナがブレスレットを生み出してくれたように。
ユーフィア様とルナが星霊天馬を生み出してくれたように。
フェリスがペンダントを生み出したように。
ラヴァルスードは巫女の力を使い、一瞬で『星遺物』を生み出した。
それも、ルナたちとは違って力を完璧にコントロールしている。
巫女の力を兵器として利用している。
「――――――――!」
すべての球体が同時に爆発した。
凄まじい破壊力を持った魔力の嵐が襲い掛かり、俺はなすすべもなく暴力の渦に曝されることしかできなかった。
「がッ……あああああああああああああああああああああ!」
全身が軋み、体が悲鳴をあげる。
鎧には亀裂が入り、欠け、砕けていく。
床に叩きつけられた俺の体はボールのように跳ね、ボロ雑巾のように転がり落ちた。
「う……ぐっ…………!」
「威勢よく乗り込んできたはいいが、拍子抜けだな。まァ、貴様の力は今やオレの中にある。残りカスのような状態で挑んできたことじたいは褒めてやってもいい」
だが、と。
地面に倒れ伏すだけの俺に一歩ずつ近づきながら、ラヴァルスードは言葉を紡ぐ。
「仮にどれほどの時をかけようとも。今の貴様ではオレに勝つことはできん。諦めろ」
「諦めろ、だって……? 冗談、いうな…………!」
拳を握る。
立ち上がる。
「ああ、確かに……お前は、強いよ。俺には大した力も、残っちゃいない…………」
それは紛れもない事実だ。
現に今こうして魔王は俺を見下し、俺はこうして這いつくばっている。
「でも、だからなんだっていうんだ……そんなこと、どうだっていい…………!」
「なに?」
「そんなこと、俺が諦める理由にはならない! 俺が絶望する理由にはならない! 立ち止まる理由にもならない!」
俺には、守りたい人たちがいる。
最愛の人もいる。
その人を、取り返したいと思う。
だから進むんだ。
前に、前にと。
少しずつでもいい。
手を伸ばし続けるんだ。
「…………くだらぬ」
ラヴァルスードは、苛立ちを顔に滲ませている。
「そんなモノのために戦ったところで意味などない。この世界は間違っているのだからな」
「どういう、意味だ……?」
「貴様が知る必要はない。ここで死ぬ、貴様には」
ラヴァルスードが手を掲げる。
殺意に満ちた魔力が研ぎ澄まされた刃へと変わる。
もう打つ手はない。
だけど、諦めない。
フェリスが待っている。
だから、最後まで、俺は――――――――!
「させないわ」
凛とした声が、空間を支配した。
次の瞬間には、ラヴァルスードの腕に黒い鎖が絡みついていた。
聞き覚えのある声と、覚えのある魔法。
ラヴァルスードは鎖の主に視線を送り、忌々しそうに名を漏らす。
「…………ソフィア・ボーウェン」
「久しぶりね。ラヴァルスード」
「フン。オレに力を奪われた貴様が、なにをしにきた」
「決まってるわ」
カツン、と杖で床を軽くたたきながら、師匠は魔王に向けて言葉を放つ。
「大切なものを、取り返しに来た」
今ここに、世界最強の魔法使いが降臨した。