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黒の星眷使い ~世界最強の魔法使いの弟子~  作者: 左リュウ
第一章 世界最強の星眷使いの弟子
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第十五話 暴走のオーガスト

 オーガストの変化は見た目だけではなかった。魔力も爆発的に増大している。

 これは一筋縄ではいかないということがソウジは解った。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 オーガストは自分の周囲に展開していた濁った水を自在に操り、形を変化させる。魔力が濁っているものの、あれは紛れもなくオーガストの星眷、『ピスケス・リキッド』だ。あの星眷は本来、星眷そのものを液体化させて自在に操ることが出来る能力を有していたのだろう。前回はソウジがそれを使わせる前に倒してしまったわけだが。


「ソウジ・ボーウェンッ!」


 ぎゅるんっ! と、液体が次々と現れては槍の形に変化していく。その数はもはや数える事すら馬鹿らしいほどにまで増殖していた。異変の起きたオーガストは明らかに安定していない。魔力も、そして精神も。

 オーガストはソウジを殺気立った眼で睨むと、無数の水の槍がソウジに向かって一斉に放たれた。


「……!」


 しかし、ソウジはそれに対処する。ソウジの星眷である黒い剣。『アトフスキー・ブレイヴ』を振るって次々と水の槍を斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。音速の速さで放たれる水の槍は、ソウジの剣によって次々と切断されていた。まるでソウジの周囲には黒い旋風が吹き荒れているかのようで、常人では剣筋が目視できないほどだ。

 片っ端から切断された水は空を舞い、ソウジとレイドを避けるようにして飛び散った。着弾した水の欠片は辺りを破壊しながらその役目を終えていく。


「ガアッ!」


 どうやら水の槍は効かないと学習したらしいオーガストは、更にまた一段と魔力を放出していく。

 かつて美しい潤いを秘めていたオーガストの星眷は更に濁りを増していくと同時に集約される。球体となった水はそれそのものが破壊エネルギーの塊と化していた。


「シね!」


 水の球体が、一筋の閃光となって放たれた。圧倒的なまでの破壊の力が牙をむく。ソウジの後ろにはレイドがいる。意識はまだ戻っていない。回避は不可能。ならば防ぐしかない。

 防ぐ? 否。防ぐのではない。


「悪いが、俺はまだ死ねない」


 ソウジの持つ剣が破壊の光を斬り裂いた。衝撃波で辺りの大地が破壊されており、木々もなぎ倒されている。それどころかソウジが斬り裂いたはずの閃光の断片は別のエリアまで迸り、エリアの一部を吹き飛ばした。ソウジはその光景を見て、さながら前世で見た怪獣の破壊光線のようだと思った。

 オーガストは破壊光線を放ったあともさらに魔力を増大してゆく。しかし、同時に肌がドス黒くなっていき、魔力の塊であるはずの星眷の水も濁りを増していく。明らかに正気を保っておらず、苦しそうに叫び声をあげていた。

 バチバチとオーガストの体から不自然な魔力の放出が起こったかと思うと、オーガストの魔力が更に膨れ上がっていく。


「ウ、ガアア嗚呼ああああアアああアッ!?」


「……ッ!?」


 傍から見れば一方的に攻撃していたはずのオーガストは明らかに苦しんでいる。フラフラとふらつき、足元もおぼつかない。ただ暴力的な魔力をまき散らしているだけだ。以前のような雰囲気は感じられない。ソウジと戦ったあのオーガストと目の前にいるオーガストが同一人物とはまるで思えない。それほどまでに変貌してしまっている。誰かに操られている? だとすれば、誰に?


(ッ……)


 どくん、と。ソウジはある可能性に思い当たる。オーガストから感じられる魔力には不思議と覚えがあるような気がするのだ。確かにソウジはこの魔力を知っている。そしてその魔力が、誰の物なのかも……本当は、既に心当たりがあるのだ。つい最近も、このオーガストと同じように操られているモノを見た。

 脳裏をよぎる人物を想像するだけで、思わずぎゅっと剣を握る力が強まる。


「お前、やっぱり誰かに操られて――――」


「黙れェエエエエエエエエエエエエエェエエェエエエッ!」


 暴走状態のオーガストはさきほどレイドを倒した水の刃を展開させる。ただ、さきほどのものとは違って数が多い。それこそ数えきれないほど。そしてそれらが一斉にソウジ襲い掛かる。ソウジは剣で水の刃を捌く。この数を『黒壁ブラックウォール』では防ぎきれない。


「ボくハ、操られテなンカ、イナイッ!」


 ソウジと戦い始めてからオーガストの暴走は加速していた。あっという間に正気を失い、狂った獣のように暴れている。


「ぼクハ、自分のイしで……貴様のよウな化ケ物ヲ……! 母を殺シた化ケ物を、殺スんダ!」


 オーガストはこのままだと確実に自滅する。ただの自滅で済めばいいが、恐らく最悪の場合は死に至るだろう。それにレイドも危ない。重傷を負ったレイドをこれ以上、このような暴力的な魔力の渦に晒すわけにはいかない。


(仕方がない)


 ソウジは覚悟を決めた。出来るだけこのような状態となったオーガストを斬るのは気が引けなくもないが、レイドの命を優先する。さっさと斬って、さっさと終わらせる。出来るだけ加減はするが、命までは保障できない。と、ソウジがオーガストに向かって一歩を踏み出そうとしたその時、


「……ソウジ…………」


 レイドが再び意識を取り戻した。


「レイド! お前、意識が……」


「……んなこたぁどうでもいい。ただ、お前、オーガストを……」


 レイドは理解しているのだろう。ソウジが自分のためにオーガストを犠牲にするかもしれないということを。そしてそれは、オーガストの命の保証をしないという事だ。


「緊急事態だ。あいつは恐らく誰かの魔法か何かによって操られて暴走している恐れがある。そうなった場合、正気を取り戻すには大きなダメージを与えるしかない」


「でも、それだとオーガストは……」


 レイドの声が曇る。


「すぐに応急処置はするつもりだ。それよりも、今はレイドの方が重傷なんだぞ? それに……」


 それにソウジは、オーガストがレイドに、レイドの家族に浴びせた罵倒をまだ忘れてはいない。

 確かに誰かに操られているかもしれないオーガストのことで何も思わないわけではない。オーガストを操っているかもしれない人物に心当たりがあり、その心当たりの人物とソウジは決して浅い関係ではないので多少の責任も感じてはいる。だが、だからといってここでレイドに負担をかけてまでオーガストを助けるという決断は果たして正しいのか? できることなら助けてやりたい。あの状態から解き放ってやりたい。だが、それだとレイドが……。


「頼む、ソウジ。オーガストを助けてやってくれ」


 まるでソウジの迷いを断ち切らんとするかのようなその声は、レイドのものだった。

 彼は自分の身など構いもせずに、自分と自分の家族を罵倒したオーガストを助けてやってくれと頼んでいる。


「……いいのか? それだとレイドに負担がかかるぞ?」


「はっ。オレは頑丈だからな。貧乏人なめんなよ。これぐらいじゃ死なねぇよ。それに……」


 レイドはどこか見透かしたような眼で、ソウジを見た。


「心の奥底ではソウジが助けたいって思ってるんだろ。だったら、オレが足を引っ張るわけにはいかねーよ。だってオレらは、友達で、ギルドだろ?」


 レイドは決めたのだ。ギルドの足を引っ張るようなまねはしたくないと。ソウジの決断を鈍らせている要因が自分にあるのなら、レイドは迷わずその要因を断ち切る。それは自分にしかできないから。そして、自分なんかのことでソウジの足を引っ張りたくはなかった。


「思いっきりやれ、ソウジ。オレなんか気にすんな。規格外のお前の魔法を見せてやれ! そんで、オーガストを助けてからオレに一発、心置きなくオーガストをぶん殴らせろ」


 ニカッと笑うレイド。それがやせ我慢だということは解っている。本当は今にも意識が途絶えそうなほどの痛みのはずだ。傷口が開きはじめているのが分かる。だがソウジは、はじめて出来た友達の必死の言葉を無下には出来なかった。ソウジは頷くと、オーガストに向き直る。


「そこで待ってろ。すぐに終わらせる!」


「おうよ!」


 ソウジは魔力を練る。

 轟!! と、ソウジの周囲に夜色の魔力が渦巻いた。

 なんとしてでも突破口を切り開く。そのために冷静になる。考えろ。どうやってオーガストを救うのか。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 オーガストは変わらず破壊発動を続けている。次々とソウジに対して星眷による攻撃を加えつつも、彼は苦しんでいるように叫んでいた。そんな中、ソウジは確かに見た。すっかり変わり果ててしまったオーガストの瞳にキラリと光る雫が。


「オーガスト……お前……」


 ソウジは思わず剣を持つ力を更に強める。痛々しいまでの彼の心が、彼の魔力を通して伝わってくる。


 痛い。苦しい。やめてくれ。違う。こんなことをしたかったんじゃない。こんなことは望んでいない。間違っている。そう。僕は間違っていた。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。本当は、本当は……。


(オーガスト、お前……本当は…………)


 苦しみに囚われる彼の心を救うために、ソウジは思考の海に身を沈めていく。


 考えろ。


 オーガストを救うにはどうすればいいのかを。 


(……オーガストの星眷は『皇道十二星眷』。それにこれだけの魔力を放出しているオーガストを操るとなると魔法で操るにしても魔法を発動させている人の負担がデカい。それに、そうだとしてもここは結界の中。外からの魔法は遮断される。なら、中にいる生徒の誰か? いや、外から教師たちに見られているのに堂々とオーガストを操るなんてことはしないはず。何しろオーガストはレイドを殺しかけた……ランキング戦の規則で殺傷目的の攻撃は禁じられているのに今もオーガストを操り続けているのはおかしい。なら、オーガストは何らかの魔道具か何かで操られている? それなら結界の中でも出来るし、道具に任せて操っていればランキング戦の途中で他の教師に怪しまれずにオーガストを操ることが出来るし、この明らかに人の手では制御しきれない暴走にも説明がつく)


 だとすれば、とソウジは更に考えを巡らせていく。


(仮に魔道具で操られているとしたら、どこかに核があるはずだ)


 ソウジは苦しむオーガストの姿をじっと観察する。

 すると、オーガストの胸の部分にキラリと光る何かが見えた。


(あれは……クリスタル!?)


 オーガストの胸にはクリスタルが埋め込まれていた。ただ、それは通常のクリスタルとは違って濁った色をしている。あのクリスタルがオーガストの魔力を増幅しているということが一目でわかった。


「見つけた!」


 あれさえ破壊してしまえば。だが、あれだけをピンポイントで破壊するのは至難の業と言える。

 思わずソウジは笑みを浮かべた。至難の業程度ならば、自分に出来るはずだ。だって自分は、あの『世界最強の星眷使い』である、ソフィア・ボーウェンの弟子なのだから。


 ソウジは転移魔法を使って一瞬にしてオーガストの懐に潜り込む。行ったことのある場所にしか行けない転移魔法。ここから結界の外ヘはどうやら転移出来ないようだが、結界の中ならば転移出来る。この森の中ならば、さきほどからソウジは駆け回っていた。よって、オーガストの懐に潜りことぐらいは可能となっていたのだ。

 あのクリスタルはかなりの高密度の魔力を有している。生半可な攻撃では砕けない。かといって、あまり強すぎる攻撃ではオーガストの体がもたない。そこで、ソウジはある一つの手を思いついた。オーガストのクリスタル。それを見て閃いたのだ。ソウジはポケットから先日、クラリッサから押し付けられた、ソウジが魔力測定の時に砕いてしまったクリスタルの欠片を取り出し、オーガストの体にそのクリスタルを押し込んだ。


 クリスタルには魔力や魔法を保存することが出来る。そしてソウジはクラリッサからこのクリスタルを押し付けられた日の夜、レイドに頼んでこのクリスタルにある魔法を保存してもらった。ちょっとしたお守りのつもりだったので、まさかこんなところで出すことになるとは思わなかったが。そしてクリスタルに保存されている魔法とは――――、


「『強化魔法プラスフォース』!」


 バチィッ! と、ソウジの呪文と同時にクリスタルに保存されていたレイドの強化魔法が解放された。その効果によってオーガストの体は身体強化の魔法がかかる。これでオーガストの体は耐久力が増した状態になった。それこそ、体力や防御力も含めて。


「オーガストに強化魔法をかけた!? ソウジ、なんであいつが強くなっちまうようなことを……!」


「いや、これでいい!」


 レイドの叫び声に対してソウジはニヤリとした笑みを浮かべた。それはまさに、隠していた切り札を場に出した少年の顔だ。


 ソウジには考えがあった。その考えとは、オーガストの体を強化してソウジの一撃に耐えうるものにすること。ソウジは次の一撃のために魔力を集約させていた。だからこそ、強化魔法を捻じ込む隙間は無い物と思われた。だがここでレイドの得意な強化魔法が保存されているクリスタルを使い、ソウジは魔力消費0でオーガストの体を強化し、耐久力や防御力を上げることが出来た。


「悪いオーガスト、耐えてくれ!」


 あとは、オーガストを苦しめているあのクリスタルを貫くのみ。ただこれを、この技を、オーガストが耐えきれるのか……。ここはオーガストとレイドの魔法を信じるしかない。

 呼吸を整え、ソウジは剣の切っ先をオーガストの胸に埋め込まれたクリスタルに向ける。

 黒き魔力が渦を巻き、刃を形作る。全てを貫く黒刃へと、その姿を変えていく。


「――――『黒刃突ブラックショット』!」


 ソウジの放った攻撃は『斬る』のではなく『突き』の一撃だった。まるで矢の如く放たれた一筋の黒き突きの一撃が、オーガストの胸のクリスタルから展開された魔力と激突する。

 ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリィッ!! と、黒刃とクリスタルの魔力が火花を散らす。

 ソウジはオーガストの思いが魔力と共に流れ込んでくるのを感じた。彼の思いを感じ、受け止め、決意を固め、そして心の中で彼へと手をのばす。

 

 黒刃とクリスタルの魔力の拮抗は僅かな時間だった。


 瞬間。


 ソウジから放たれた黒刃がオーガストの体を蝕んでいたクリスタルを貫き、破壊した。





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