第百五十話 突入、魔王城
「それじゃあ、ゲートを開くわよ」
グリューン曰く。
魔王城には特殊な結界が貼られており、通常の魔法で移動することは不可能なのだそうだ。
自由に行き来できるのは、魔王を除くと特別な転移魔法を組み込まれていた魔神のみ。
「っていうか、疑問だったんだけどそもそも魔王城ってどこにあるの? 魔族の大陸?」
「知らないわ」
「ど、どういうことよ! 案内してくれるんじゃないの!?」
驚くクラリッサに対し、グリューンは肩をすくめる。
「魔王城の中には案内できるわよ。転移魔法で移動するだけだし。でも魔王城そのものがどこにあるかは知らないわ。場所が分からなくても案内はできるってそういうこと」
それに、とグリューンは付け加える。
「魔王城っていうのは常に移動しているのよ。なにしろアレ、言ってしまえば空中要塞ってやつだし」
「空飛ぶ城、ということか」
オーガストの言葉に、グリューンはこくりと頷いた。
「そういうこと。だからどこにある、って言われてもわからないのよ」
前世の時に侵入した魔王城は魔族の大陸にあったが、今回は違うんだな。
「よし、できた」
会話の間にグリューンはゲートを完成させていた。
空間が歪み、魔力で構成された円形のゲートが現れる。
「ここから先は正真正銘の地獄よ。覚悟があるならついてきなさい」
「愚問って言葉、知ってる?」
クラリッサの言葉に、グリューンはニヤッと笑う。
「そりゃァ失礼したわ」
今更逃げ出す気なんかない。
俺たちは魔王城に繋がるゲートを、迷いなくくぐった。
一歩前に進んだだけで、目の前が『黒』で塗りつぶされる。
真っ暗な、どす黒いオーラで包まれた空間。
魔王城に来たのだという感覚が全身を包み込む。
「…………ここが魔王城?」
「そうよ。ここから真っすぐ進んだところに大きな広間があるわ。そこにきっと、魔人達が待っているはずよ」
グリューンの視線の先には、確かに扉のようなものがあった。
その奥から漏れ出てくる禍々しい魔力も感じられる。
「準備万端って感じね」
「ああ」
確認するように頷いたあと、俺たちは無言で扉に向けて歩き始めた。
一歩、また一歩と戦場へと近づいていく。
すぐに扉までたどり着き、手をかける。
みんなと視線で意思確認を行うと、扉を開ける。
扉の向こうに広がっていたのは、またもや黒で塗りつぶされた空間。
その空間の中央にいたのは、二人の魔人。
紫と青。
リラとブラウ。
二人は驚いたように、グリューンを見ていた。
「久しぶりね」
「魔王様は貴様の愚行をあらかじめ予測していた。だが、正直驚いたぞ。まさか本当に生きていたとはな。それに、わざわざ死体となる下等生物共を連れてきたか」
「どうやらアンタの魔王様にしぶとく作られたみたいね。ああ、それと。一つ訂正なさい」
「なに?」
「死体になるのは、」
グリューンはブラウとリラに順番に指を向け、
「二つ、だけでしょう?」
「…………なるほど」
リラは目を伏せ、
「拾った命、よほど捨てたいらしいな」
全身から、殺気と共に溢れんばかりの膨大な魔力を生み出した。
「ソウジ、ここは私に任せてアンタは先に行きなさい」
「グリューン?」
構えをとろうとした俺の体を、グリューンが制止させる。
「いや、でも今のお前がリラを相手にするのは」
「切り札はエリカって子から受け取ってる。心配しなくても大丈夫よ」
「そうだぜ、ソウジ」
レイドがずいっと前に歩み出る。
いや、レイドだけじゃない。
ギルドのみんなが、リラとブラウを相手取るかのように前に進み出た。
「オレたちもここに残って戦うからよ」
相手は魔人リラ。
圧倒的な力を持つ最強の魔人。
ブラウだっている。
俺がエルフ族の大陸で戦ったゲルプだって、一体仕留めるのにかなり手間取った。
そんな魔人が二体。
少なくとも片方はゲルプよりも圧倒的な強さを持っているはずだ。
普通なら死ににくようなものだと止めるべきなのだろう。
だけど、みんなの覚悟はとうに伝わっている。
「わかった」
だから俺が言えるのは、
「任せた」
みんなに背中を託す言葉だけ。
「通すと思うか!」
「いいえ、通してもらいます!」
俺に向けて放たれたリラの雷に、『最輝星』で変身したクリスが飛び込んできた。
全力の魔力を研ぎ澄ませたレイピアが、リラの雷の軌道をそらす。
俺はその隙に二人の魔人の後ろにある扉に向けて走り出した。
「進みなさい、ソウジ!」
「…………ここは任せてっ!」
「ここは僕たちに任せて……先に進めッ!」
「魔王のやつから、さっさと取り戻してこいッ!」
クラリッサ、チェルシー、オーガスト、そして『最輝星』変身したライオネルがリラの攻撃を必死に防いでいる。
俺は振り返らず、振り向かず。
ただひたすら走り続けた。
扉開き、その奥へと身を滑り込ませる。
☆
ソウジが奥の扉に入ったことを見届けた後、グリューンはブラウへと視線を向ける。
「アンタ、どうして邪魔しなかったの?」
「ここで邪魔するのも無粋かと思ってな」
「なるほど」
隣にいるリラはキッとブラウを睨んでいる。
「魔王サマが作り出した『自我』っていうのも考え物ね? リラ」
「黙れ。どの道、貴様らのような有象無象が束になろうと意味はない」
「それはどうかしらね」
確かに、リラにとってはとるにたらない存在なのかもしれない。
だけどグリューンにはそうと思えなかった。
不思議と、最強の魔人を前にして恐怖はなかった。
「見せてあげるわ。人間の意地ってやつを」
戦いが、始まった。