第百四十四話 エピローグ
燃えている。
視界に広がっているすべてが、メラメラと燃えている。
街や人が、炎に包まれている。
地獄のような光景が生まれている。
炎が広がっている中、目の前に人が倒れている。
護衛してくれていたはずの、少年少女達。
レーネシア魔法学園の生徒会のメンバー達。
それが、グリューンの前で倒れている。
原因は分かっている。
「リラ…………!」
この地獄を作り出した張本人。
紫の魔人、リラ。
「招集にも応じず、人間共に交じって、人間ごっこをするのは楽しかったか? グリューン」
「ッ…………!」
リラはすべてを見透かしたように、言葉を紡ぐ。
「気付かないとでも思っていたのか。貴様の感情が人間寄りになっていることに」
「そ、れは……」
「気にすることはない。貴様の感情が人間寄りになることは、私も望んでいたことだ」
「え…………?」
思ってもみなかった言葉がリラから出てきた。
もしかして、という感情が生まれる。
もしかしてリラも、グリューンと同じような『心』が芽生えているのではないかという、期待。
だがそれは、
「予定通りだ」
冷たい言葉で、打ち砕かれる。
「予定通り、ですって?」
「ああ。予定通りだと言った。貴様の感情が人間に近づくことは、すべて魔王様の予定通りだ」
目の前が、頭の中が真っ白になった。
リラが何を言っているのかわけが分からなかった。
だがグリューンはなぜか、リラの言葉を否定できないでいた。
「そもそもおかしいと思わなかったのか。情報を集めるだけなら別に貴様を人間の中に潜り込ませる必要はない。他の者達を使えばいい。ならばなぜあえて貴様を人間共の中に送り込んだのか」
嫌な予感が、想像が頭の中を駆け巡る。
「……やめて…………」
「魔王様は前回、勇者共に敗北した際にお考えになられた。なぜ自分は負けたのかと。そこで至った結論が、人間共が持つ『心』とやらだ。下等生物共が抱く理解不能の『何か』。それが『心』とやらだ。ラヴァルスード様は我ら魔人を作り出す際、ある細工をした」
「やめて、やめて…………!」
「疑似的に作り出した『自我』。それを我ら魔人に埋め込んだ。時間が経つにつれ、我ら魔人は次第に自我を成長させていった。その成長性は、現在他の大陸で任務についているゲルプとロートが特に顕著だった。が、中でも貴様は別格だ」
「それ以上は、言わないで……!」
ズキズキと痛む頭を押さえながら言葉を絞り出すも、リラは口を閉じることはない。
むしろより苦しめてやらんとばかりに言葉の刃を突き立てていく。
「貴様だけは特別に、人間共に共感し、人間になりたいと、人として生きたいと願うように、あらかじめ自我に『命令』が埋め込まれた。人間共の中に身を置けば置くほどその命令が埋め込まれた『自我』を成長させ、データを集める仕組みだ」
「違う! 私は、私は自分で決めたの! 私の心は、私のものよ!」
「それこそ違うな。貴様のその決断こそ、心とやらこそ、魔王様が埋め込んだ『命令』の結果に過ぎん」
動揺し、叫ぶも頭の中と目の前はもう真っ白で、もう自分が何者なのかすら見失いかけていた。
リラは「だが、」と言葉を重ねる。
「貴様の役目は終わった。データを回収し、貴様は破棄する」
目の前から雷と共にリラが消えた。
「ぁ…………」
かと思うと、気がつけば胸をリラの腕が貫いていた。
体の中から何かを抉り出される感覚がし、力が抜けていく。
リラが腕を引き抜くと同時、グリューンは地面に膝をついた。
リラの手には、緑色の光が収まっていた。
「回収完了」
グリューンは地面に倒れ伏した。
体が動かない。ピクリとも動かせない。
「リ……ラ………………」
「獣人族の『巫女』も回収し、他のドワーフ族の大陸でも『巫女』を回収したという報告が入ったところだ。魔王様の完全復活の日も近い。ご苦労だったなグリューン。貴様の『心』という名の情報は魔王様をより強くしてくれることだろう」
目の前が真っ暗になっていく。
無力感に唇をかみしめながら、グリューンの意識は闇の中に沈んでいった。