第十四話 オーガストの異変
各生徒は転移されたと同時に結界内の様々なエリアに到着していた。この結界の中は森エリア、荒野エリア、海エリア、草原エリア、岩石エリアなどが存在する。
ギルド『イヌネコ団』の面々は、転移そうそう既に戦闘を開始していた。
――――荒野エリア。
クラリッサ・アップルトンは周囲を六人の上級生に取り囲まれていた。どれもがAクラス。つまり、クラリッサと同じ寮で過ごしている生徒たちである。半獣人であり、『下位層』に住まう身でありながらもAクラスに在籍しているクラリッサとチェルシーをその者達は以前から不快に思っていた面々だった。そしてクラリッサを見つけるや否や、その者達はクラリッサを包囲したのだ。今現在、クラリッサは孤立無援状態となっている。そして上級生の内の一人が、ニヤリとした笑みでクラリッサを嘲った。
「開始早々、不運だな半獣人」
「あら、そうかしら?」
対するクラリッサはというと、あっけらかんとした顔をしたまま自信たっぷりに仁王立ちしている。
「強がりもほどほどにしておいた方がいいぞ?」
「『下位層』のくせにAクラスに在籍しているだけでも身の程知らずなのに、ギルドまで立ち上げたなんて調子に乗りすぎなんだよ」
「うっさいわね。別に調子のってないわよ。それに、わたしはわたしが不運だなんて思ってないわよ。むしろ……」
クラリッサはニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。
「ここで一気に六人分のポイントをゲットできてラッキーだけど?」
それが開戦の合図だった。
六人の上級生はクラリッサに魔法を放った。一人の少女に放たれる閃光。だがその中心にいるはずの小さな少女は挑発的な笑みを崩さなかった。その刹那、少女から雷が迸った。
眩いばかりの閃光は少女を囲い、渦巻き、響いた。同時に六つの閃光が砕け散った。
光が晴れると、中心にいた少女の手には杖が握られていた。
「さあ、暴れるわよ! 『ケイニス・トルトニス』!」
クラリッサの持つ『こいぬ座』の星眷、『ケイニス・トルトニス』。杖の形状をした星眷を眷現させたクラリッサは、身の丈以上にもあるその杖を振り回す。杖からは荒々しい紫色の雷の魔力が迸り、上級生たちの放ってくる魔法を悉く叩き潰した。そしてクラリッサは杖を振り回してたんっ、と軽く地面に片手で杖の先端を突きたてる。
「痺れなさいっ! 『落雷』!」
クラリッサの放ったその攻撃魔法は落雷。六人の上級生の頭上から瞬く間に一筋の閃光、雷が落ちた。轟音と共に頭上から放たれた強烈な一撃によって、六人は一瞬にしてクリスタルを破壊されると同時に意識を失った。後に残ったのは、クラリッサの得意げな満面の笑みだけだった。
――――岩石エリア。
チェルシーのとばされた岩石エリアは様々な岩が障害物となって立ちはだかるエリアだ。チェルシーは遠距離攻撃が得意であるのでこういった障害物の多い場所は本来ならば不利である。だが、それでも彼女は落ち着いて事態に対処していた。
「……がんばろ。『リンクス・アネモイ』」
光と共に、『やまねこ座』の星眷である『リンクス・アネモイ』が眷現した。『リンクス・アネモイ』は弓の形をした星眷である。そして彼女は魔力の矢を出現させると、弓を構えてしっかりと狙いを定める。
敵はまだこちらに気づいていない。いや、気づけるはずもない。なぜならチェルシーが狙いを定めているのは、隣の岩石エリアにいるのだから。
「……クラリッサ、大変。たすけるね」
チェルシーはその魔力を解放した。緑の風属性の魔力が渦を巻き、クラリッサを狙おうとしている敵に向かって風の矢を放つ。瞬時に隣のエリアへと届いた矢は、的確に敵のクリスタルを撃ちぬいた。
「つぎ」
チェルシーは次の獲物に狙いを定め、放つ。クラリッサの星眷とは違って大きな動きはない。派手さもない。だがその一撃は確実に的確に、敵を排除していた。しかも驚くべきことに、チェルシーは岩石エリアにある大小さまざまな岩石の僅かな隙間をすり抜けてそれを実行しているのだ。
「……ぽいんとうまうま」
視界にいたすべての敵を排除したチェルシーは、ほっこりとした表情をして次の獲物を探しはじめた。その姿はまさに獲物を求めるかわいらしい狩人の姿だった。
――――草原エリア。
そこは、緑が生い茂る草原エリアのはずだった。だが今はそれが嘘のように紅蓮の焔が燃え盛っている。
中心にいるのは一人の少女。
金色の美しい髪を揺らしながら、右手に有している剣から生み出した焔でその場にいた敵を制圧していた。
「『ヴァルゴ・レーヴァテイン』」
フェリス・ソレイユが宿す星眷は『皇道十二星眷』のうちの一つ。『おとめ座』の星眷、『ヴァルゴ・レーヴァテイン』だ。
その力は焔。形状は剣。真紅の剣。
紅い魔力が、敵の生徒を殺さず焼き尽くさず、優しく、しかし確実に制圧している。
「ごめんなさい。あなたたちにも理由はあるのでしょうけど……わたしは、あの人の力になりたいから。今度こそ、あの人の力になってあげたいから」
だから、今自分の出来ることをする。
優しい焔は更に広がり、確実に敵のクリスタルを破壊していった。
――――森エリア。
レイドは森エリアに飛ばされていた。奇しくも、ソウジと同じエリアである。
「いてて……危なかったな」
転移されてそうそう、レイドは別の生徒と出くわした。幸いにも、相手は同級生だった。レイドはソウジとの特訓とひたすら練習した強化魔法を活かして辛くも勝利を収めた。地形が森の中だったこともラッキーだった。身体強化の魔法で体を強化して森の中を駆け回りつつ、相手の魔法は木々を盾にして避ける。そうしてチャンスを窺い、隙を見て一気にクリスタルを破壊した。
だが、これでポイントをゲットだ。せっかく作ったギルドの足を引っ張ってしまわないか緊張していたが、なんとかポイントをもぎ取った。そして体を休めて、今は次の相手を探しに向かっている途中である。
「ソウジに感謝しなきゃなぁ」
実際、ソウジがいなければレイドはここまで戦えなかったと自分でも思っている。魔法の特訓に付き合ってくれたり、ランキング戦のための実戦的な戦闘訓練もつけてくれた。そうでなければ、森の中を駆け回ってチャンスを見出す前にやられていただろう。
ソウジに教えてもらったのは戦闘に関するものだけではなく、あとは索敵魔法や閃光魔法、防御魔法などの戦いに役立つものを中心としたものだ。その中の索敵魔法を使ってレイドは辺りを調べる。強化魔法に比べてどれもまだ熟練度としては低いものの、かろうじてこのランキング戦で使える程度には使える。
「……近くにいるのは三人か……って、なんだ?」
レイドの近くには三人の生徒がいた。だがその中の二人の反応が一瞬にして消えた。残った一人は、現在かなりのスピードでレイドに接近していた。
(なんだこいつ……やべぇ……!)
レイドは強化魔法で身体強化を施し、すぐさまその場を離脱した。否、正確には離脱しようとした、が正しい。なぜならば、レイドが動き出そうとした時には既に『ソレ』がレイドの目の前に出現していたからだ。最初、レイドは『ソレ』が何かが理解できなかった。ただ『ソレ』が、レイドとは比べ物にならないほどの魔力を有していることだけは解った。その吹き荒れた膨大な破壊的な魔力にレイドは思わずのけ反った。だがすぐに立て直し、目の前の存在に視線を向ける。そこにいたのは、
「お、オーガスト!?」
そこにいたのは、オーガスト・フィッシュバーンだった。ただ、レイドの知るオーガストとは様子が違っていた。元々オーガストは鮮やかなブロンドの髪をしていた。だが今やその髪は鮮やかさを失っており、くすんでいる。肌も何かに汚染されたように淀んでおり、目も焦点が合っておらず瞳が黒く染まっている。
その変化は明らかに彼が異常な状態であるということを示していた。
「おい、お前……大丈夫、なのか? リタイアするか先生に言って一度ここから出して休ませてもらった方が……」
オーガストのあまりの変貌ぶりにレイドが心配し、手を伸ばしたその時だった。
「…………ね……」
「え?」
「…………死ね、『下位層』のゴミめ」
次の瞬間。
ドシュッ! と、レイドの体は謎の刃によって切り裂かれた。レイド自身、何が起こったのか分からなかった。ただ、自分は何かの攻撃をくらって、その結果として胸から鮮血が噴き出しているという事だけが解った。
「がッ……あ?」
オーガストは手に何も持っていない。刃になるようなものは何も。となると、魔法攻撃に違いない。だが、なんだ? 自分は何に切り裂かれた? 薄れゆく意識の中、レイドはオーガストの周りに漂う何かを見た。そしてそれを見てようやく、自分を切り裂いた謎の刃の正体を見抜いた。
「水……?」
オーガストの周りには、濁った水が漂っていた。おそらくあれが刃にへと形を変えて、一瞬にしてオーガストの胸を切り裂いたのだろう。水だからどこにでも潜り込ませることが出来る。おそらくさっきは地面からの攻撃をくらったのだ。
「殺す……『下位層』のゴミも、そして、黒魔力を持った化け物も……」
オーガストは焦点の定まらない目で、ブツブツと何かを呟いていた。
ただハッキリと分かるのはこの変貌したオーガストがソウジを狙っているという点だけだ。
(ソウジ、逃げろ……)
レイドは意識を失うその寸前、ソウジの身を案じた。
☆
「なんだ……?」
ソウジはその身に得体のしれない不安を感じとった。今、何か大変なことが起きた気がする。だが、その正体が分からなかった。
不自然な胸騒ぎを感じていたソウジは、今度は自分の内ではなく外にも異変を感じた。バキバキバキと森の木々をまるで押し倒すような音――――。
ソウジは手に持っていた『アトフスキー・ブレイヴ』を構える。そんなソウジの前に、二つの影が飛び出してきた。その内の一つは、ソウジのすぐ目の前にボトリと力なく落ちた。それは人だった。しかし、体が血で赤く染まっている。
「れ、レイド!?」
地面に力なく転がっていたのは、紛れもないレイドだった。しかし体のあちこちが切り裂かれ、既に意識はない。
「大丈夫か! いったい何が……!」
ソウジは『黒空間』から慌てて治癒用の『ホーリーウォーター』を取り出した。これはミネラルアクアと特殊なドラゴンの血を混ぜ合わせて作った治療用の水薬だ。ソウジは『ホーリーウォーター』をレイドに飲ませた。そして傷口にふりかける。これは飲む以外にも傷口に直接水をかけることで治癒を行うことが出来る。レイドの全身の傷口を何とか止血することは成功した。だがかろうじて意識を取り戻したレイドが、ソウジに何かを呟いている。
「……ソウジ…………」
「レイド、まだ喋っちゃだめだ。止血は出来たけど、血が戻るわけじゃないからはやくちゃんと治療してもらわないと……」
「…………にげろ……」
その、直後だった。
「ソウジ・ボーウェンッ!」
まるで悲鳴のような叫び声が、ソウジの鼓膜を揺さぶった。思わずそちらの方に視線を向けると、そこにいたのは濁った水を纏ったオーガストの姿だ。瞳は黒く、肌も汚染されたかのようにくすんでいる。明らかに異常だという事にソウジも気が付いた。
「オーガスト!?」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ズドン! と、オーガストの放った水の魔力が地面を粉砕した。ついさきほどまでソウジとレイドがいた場所だ。だが、既にソウジはレイドを抱えてその場を脱出していた。
「逃げろ、ソウジ……こいつは……やばい……」
レイドは朦朧とする意識の中、ソウジに警告する。レイドは伝えているのだ。
自分でもハッキリと感じることのできるほど、今のオーガストは危険な存在になっているのだと。
そんなことはソウジとて承知している。
「断る」
だが、レイドにとって計算外だったのは、
「お……まえ……」
「俺は友達を置いて逃げれるほど頭は悪くない。それに、こいつの狙いはたぶん俺だ」
ソウジが、ここでレイドを見捨てる選択肢をとらなかったことだ。
しかし問題は、レイドを置いてソウジがオーガストを引き付けても今度はレイドが危険だということだ。レイドは今、重傷を負っている。ソウジがしたのは応急処置に過ぎない。仮にここからオーガストを引き離してもレイドの命が危ない。いつ他の生徒に狙われるか分からないし、何よりレイドを放置してソウジが別のところに誘導したところで本当にソウジ狙いか確信がない。もしくは、レイドを確実に殺してからソウジを……ということもありえる。
となれば。
選択肢は一つ。
「第二ラウンドといこうか、オーガスト」
オーガストを倒すことだけだ。