第百三十七話 ヘル・パーティ④
黒の星眷使い、第3巻が発売します!
発売日は7月25日となります。
今回は完全書き下しです。新たな展開、新たなキャラクターが登場。更に白いアイツも……?
そしてなんと、ヒロイン達の水着姿もカラーで収録しております!
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活動報告も更新しておりますので、そちらもどうぞ!
動きが鈍る。
思考が鈍る。
虚ろな目をした母が、迷いなく槍を振るってくる。
「くっ、そォ……!」
歯ぎしりをしながら攻撃を受けるしかない。体を液状化させて避けようとするが、集中出来ない。
「オーガスト!」
レイドとフレンダが加勢しにくるが、ネルが立ちはだかる。
「邪魔なんで野暮なマネはよしなさいよ」
「それはこっちのセリフだ!」
蒼の輝きが迸る。フレンダは『最輝星』を発動させて対抗するが……救援は望めそうになかった。
(いや、そんなものは必要ない)
これは自分一人の問題だ。
自分の手でケリをつけなければならない。
ああ、だけど。
だけど、だけど、だけど。
「どうして……どうして!」
どうして、と言わずにはいられない。叫ばずにはいられない。
どうして今あなたが立ちふさがる。
よりにもよって、あなたが。
虚ろな目をした人形となり果てた母は容赦のない攻撃を浴びせてくる。かろうじて受け止め、いなしていくが限界もある。心の中にモヤモヤとした何かが渦を巻き、体を侵食していき、鈍らせる。
今やただの死人。動く屍でしかない存在を見ていると、思い出が蘇る。
幼い頃の思い出が。
母と過ごした思い出が。
「ねぇ、オーガスト。どうして避けるの?」
語りかけてくる死者の声は、生前のものと遜色がなかった。
「…………」
手が、止まる。
「また一緒に暮らしましょう?」
それが叶うなら。
いったい、どれほど幸せなことか。
「迷うことじゃあ、ないでしょう?」
(そうだ。何を、迷う必要がある)
腕がだらりと下がる。
母はオーガストを抱きしめようとゆっくり近づいてくる。
幼い頃、よく抱きしめてもらった。
美しい思い出。
取り戻したいと願ってやまなかった思い出。
「はじめから、迷う必要なんてなかった」
遠くでレイドやフレンダ、ユキが何かを叫んでいるが……ああ、うるさい。
「そう。迷う必要なんて、ないのよ」
母が両手を広げている。胸に飛び込んで来いと。
そうとも。迷う必要なんてない。
「さあ、オーガスッ……」
先の言葉を言う前に。
母の胸を、水の槍が貫いた。
「はじめから、迷う必要なんてなかった。惑わされることすらも、必要なかった」
「…………」
槍に貫かれ、母は既に物言わぬ屍と化している。
それでも言わずにはいられない。
「僕が生きているのは今だ。過去の思い出に浸っている場合じゃない。だから……もう、大丈夫」
かつてのオーガストは過去の復讐に囚われていた。
それが救ってくれたのがソウジとレイドという友達だ。
今は友達の為に戦うと決めている。
もう過去に囚われる時間からは卒業しなければならない。
大切なものは、『今』にあるのだから。
「もう大丈夫だよ、母さん」
「そう、なのね」
にこり、と。
母の屍が笑った。
確かに笑ったのだ。
そのまま母の体は灰と化し、この世から消えていく。
最後に屍が見せた笑顔。
あれが何なのかは分からない。けれど……あの時だけは、きっと。母が戻ったような気がした。
「今の茶番は一体どういうことかしら」
冷たい目を向けてくるのはネルだ。
「誰がそんな薄ら寒い茶番を見せろっつったのよ」
「さあな。なかなかの名作だっただろう?」
「ふざけんじゃねェよ」
これまでとは比にならない殺気をぶつけてくる。が、不思議と今ならばなんでもないことのようにも思える。
「見たかったのはそんなんじゃァねェのよ! もっと、もっともっともォッと怒りと憎しみにまみれたアンタの顔よッッッ!」
「悲しい奴だな、お前は」
「あ?」
「怒りと憎しみ……そんな負の感情でしか、人を見ることが出来ないのか。『今』という時間を楽しむことが、出来ないのか」
今になって見てみると、ああ、なんて。
「なんて哀れな生き物なんだ。お前は」
「その目で…………私を哀れんでんじゃねェッ!」
レイドとフレンダを振り切って、ネルは襲い掛かる。
真正面から受けて立つ。今なら、あの憎悪にも立ち向かえる。
「あの女もそうだったわ! 私を哀れんで! 上から目線で、見下して!」
「母はお前を見下してなんていなかった。あの街を変えたいと心から願っていた!」
「それが見下してるッつってんのよ!」
今分かった。
オーガストにとってのルーツが母であるように、ネルにとってのルーツはきっと、オーガストの母だ。
目の前にいる憎しみの化身の原点はまったく同じものだったのだ。
「来なさい! ゾンビ共!」
ボコボコと周りから死者が生み出される。が、すぐ傍から掻き消された。
レイドとフレンダだ。ユキも白魔力による強化魔法のバックアップをかけてくれている。おかげでネルとも渡り合える。
「周りのゾンビ共は任せろ!」
「頼んだぜ、オーガスト!」
「わたしも、出来る限りのことはします!」
「ああ……頼む!」
目の前にいるネルはかつての自分だ。
憎しみに囚われていた過去のオーガストそのものだ。
(だが……今は違う。今の僕は、違う!)
助けてくれる仲間がいる。
それだけで、ネルとの差を埋めるには十分だ。
「『過去』の憎しみにばかり囚われているお前に、『今』を生きる僕が負ける道理がない!」
彼女の能力がそうだ。ゾンビ。死者。かつて死んだ者を無理やり動かす魔法。
過去にすがっている証拠だ。この魔法こそが、過去に囚われている証拠そのものだ。
幾度も刃を交える。ユキの的確な強化魔法のバックアップ、合間に挟まれるレイドとフレンダの牽制。
仲間の力をここまで借りてようやく、戦えている。
(まあ、それが僕の限界だ)
周りの力に存分に頼らなければ戦えない、二流の魔法使い。
元々、先頭に立って戦えるだけの才能はない。自分の才能は援護に秀でている。だから、自分が周りを助ければいい。それでいい。それでいいと思う。
「表舞台に立つのは僕の性に合わないようだ。よって……そろそろ決めさせてもらうぞ!」
ネルに向かって迷いなく突っ込んでいく。
槍を構え、捨て身の一撃を。ここまでしなければ、自分の攻撃は当たらないと分かり切っているから。
そこを逃さないネルではない。槍を振るうよりも速く、彼女はオーガストの胸を刃で貫く。
あまりにも、速い。
槍を振るうことすらも許されなかった。
この攻撃速度の差は、そのまま相手との才能と実力の差だ。
「防御を捨てて、私に勝てるとでも思ったの?」
「思ってないさ」
勝ち誇ったネルの表情が崩れた。
体を貫かれたまま、オーガストは槍でネルの胸を穿つ。
「あ…………?」
何が起こったのか理解できない、というような表情をするネル。
「忘れていないか、僕の魔法を」
言われて、気づいたようだ。
彼女の剣は確かにオーガストの体を貫いた。
だが、刃で貫いた箇所が揺らめいている。いや、水になっている。
「体の一部分だけを、液状化させた……? ピンポイントで……?」
「器用なことだけが取り柄なものだからな。第一、僕は死ぬつもりはない。捨て身の攻撃など、誰がするものか」
ずるり、と。
ネルの体が崩れ落ちていく。
「本来の実力差を考えれば、いかに周りの助けを得ていようとも……僕がお前に勝てる道理はなかった。だがお前の目は、怒りと憎しみで曇っていた。だから勝てた。なんとかな」
ネルの体が灰と化していく。
さらさらと、粒子になって消えていく。
「いつまでも過去に囚われていなければ、こんな二流の魔法使いには負けなかっただろうな」
オーガストが零した言葉は、灰と化した魔力の残滓と共に、消えてなくなった。




