第百三十五話 ヘル・パーティ②
とても遅れてしまいましたが、黒の星眷使いの書籍版第2巻、発売中です!
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「…………貴様が……僕の母を……?」
「でなきゃわざわざアンタの前に立ちふさがったりしないでしょう?」
ニタリとした、その笑みが。
「――――――――ッ!」
記憶にある犯人と、重なる。
怒りに身を任せて地面を蹴る。水の魔力を槍にまとわせ、女に叩きつける。
ネルは黒い魔力を迸らせ、剣を振るって槍の一撃を防いだ――――その色は、チリチリと記憶の奥底にある、『あの日』を思い出させる。
間違いない。こいつだ。
こいつが、殺したんだ。
「なぜ殺した! 僕の母は、『下位層』を少しでも良くしようと……『太陽街』との貧富の差や差別を無くそうとしていた!」
「だからこそよ。腹が立つのよね、ああいうの」
「なんだと⁉」
「だってそうじゃない? そういうのって、金持ちの上から目線ってやつよ。哀れみってやつ。だから殺したの」
「お前…………ッ!」
「でも感謝しているわよ。アンタの母親には。あの事件がきっかけで、わたしはロート様と出会えたんだからッ!」
「ぐっ⁉」
ぐんっ、とネルの魔力が重みを増した。強い力に押し出される形でアッサリと弾き出されてしまう。
「オーガスト!」
体勢を崩され、あわや地面に叩きつけられるという寸前でレイドに受け止められる。
「お、おい。大丈夫か?」
「ああ……だい、じょうぶだ!」
「ちょっと休んでろ。フレンダ、オーガストを頼んだ!」
レイドは斧を構えて、ネルに向かって飛びかかる。ネルは楽し気に、歪に笑うと黒と青のカラーリングをした剣で斧を難なく受け止めた。
「ッ! ビクともしねぇ……⁉」
「図体の割に軽いのよ、アンタの攻撃は」
魔力を瞬間的に上昇させたネルはそのままオーガスト同様、レイドをいとも簡単に弾きだす。が、レイドはギリギリのところで踏ん張り、負けじとネルに向かって駆け出した。
そんなレイドの様子を視界に収めつつ――――ネルを睨みつけたまま、よろめく体を再び地に立たせる。心の中で荒ぶる熱い感情を抑えることが出来ない。今すぐにでもあいつを、殺してやりたい。
すぐに体勢を立て直し、再び突っ込もうとするが、フレンダが腕を掴んで止めた。腕を掴んで離さない少女をギッと睨む。
「邪魔だ、どけ!」
「落ち着け。あいつは挑発しているだけだ。無策に突っ込めば、相手の思うつぼだぞ」
彼女の言っていることはもっともだ。この場では、フレンダが正しい。
けれど、今はその正しさに腹が立つ。
「うるさい…………うるさい! お前は黙ってろ! あいつを取り逃がしたのは、お前の父親じゃないか!」
正論をぶつけられても苛立ちが募るだけだった。言われた相手がフレンダであることも関係していた。
幼少の頃の記憶が鮮やかに蘇っていく。
母を殺害した犯人捜査には騎士団長――――つまりはフレンダの父も参加していた。が、結局、『黒魔力』と『下位層の人間』という手掛かりしか掴めなかった。しかもそれだって、オーガストが相手の魔力を見ていたからだし、下位層の人間である痕跡だって意図的に残されていると判断されたもの。
大好きな母親を殺されたばかりのオーガストには、騎士団の人間はどれも大して何の役にも立たない人間に見えた。
理不尽であることは分かっている。
騎士団長だって捜査をするにあたって手を抜いたわけじゃないだろう。
けれど、まだ幼かったオーガストにはそこまで心の整理がつかなかった。
極めつけは、フレンダの存在だ。
同じ十二家にして王都を守るキャボット家の女の子。
騎士団長の父を持ち、同い年でありながら自分よりも才能に溢れるフレンダが、昔から苦手だった。
同い年で十二家で、水の属性であるからと、比べられることも多々あったし、そのたびに劣等感を抱いていた。
自分に『十二家』相応の才能がないことなんて、分かり切っている。
フレンダのことは昔から苦手で、母を殺した犯人をむざむざ取り逃がした騎士団長の父を持つという、複雑な相手。
だからだろうか。感情が荒れ狂う今は、フレンダとまともに接する余裕がない。
「――――ッ……」
一瞬。
その、苦しそうな表情と。
「……ああ。そうだ。そのことを、言い訳するつもりは、ない」
フレンダの、言葉が。
「あ…………」
オーガストの頭を冷やした。
「……すまない」
「いや……私の父が、あいつを捕らえられなかったのは事実だ」
理不尽な八つ当たりをぶつけられたのはフレンダだというのに、彼女は落ち着いている。
「だからこそ、私がここで奴を倒す」
彼女の瞳にメラメラと燃える、青い焔を見て、自分がまだまだ未熟であることを思い知らされる。
僕は何も成長しちゃいない。あの頃から。
深呼吸して、戦うべき相手に目を向ける。怒りが消えたわけじゃない。けれど、がむしゃらに突っ込んでも勝てる相手ではないことも、わかっている。
「だァからァ、軽いってのよ!」
「ぐおっ⁉」
乱雑な音が響き、レイドが地面に叩きつけられた。迫る追撃をギリギリのところでかわして、後ろに下がる。
「あっぶねぇ……ってオーガスト、頭は冷えたのか?」
「……ああ。少しな」
八つ当たりをして頭が冷えた、などとは言いづらい。
「はァ? なにそれ」
ネルは、苛立ちを露わにしたような声を向ける。否、突き刺してくる。
「つまらない。ああ、つまらないわ。ねぇ、どうして私がわざわざこうやって、ご丁寧に名乗り出たか分かる? アンタの親の仇だと、わざわざ立ちふさがってやったか分かる?」
「なに?」
「分からないの? 私はね、見たかったのよ。さっきみたいな、怒りと憎しみにまみれたアンタの表情を。それなのに……なァにソレ。怒りこそあれど、憎しみこそあれど――――頭を冷やすだなんて。そんな冷静な瞳で、奥に怒りを滾らせて私に目を向けるだなんて。つまらなさ過ぎて吐き気がする」
心底呆れ果てたような声と共に、ネルは殺気を全身から迸らせる。
ビリビリと突き刺すような、針のような……いや、針というレベルではない。一つ一つが牙のように鋭い殺気。
「もっともっと怒りと憎しみをぶつけてもらわなくちゃ私は満足出来ないわ。ロート様が好む、楽しい闘いなんてできやしない。それは私にとっては避けたいことなの。ねぇ、どうすればいいのかしら? どうすればさっきみたいな怒りをぶつけてくれるのかしら。ああ、そうね。アンタの目の前で仲間の一人か二人でも殺してやればいいのかしら?」
「悪いが、それは出来ない相談だ」
ざんっ、と。フレンダは一歩、前に出る。
「は?」
「父に代わり、私がお前を倒すからだ」
「あァ……確かアンタ、騎士団長の娘さんだとかそんなんだったっけ。なるほどね。でも残念。私、アンタには興味無いの」
「そちらにはなくとも、私にはある」
凍てつくような氷の魔力。されど、うちに秘められている思いは焔の如く燃え盛っている。
どうやらネルも感じ取ったらしい。楽し気に、残忍に笑う。
「まあ、いいわ。どうせここで全員殺すつもりだったんだし」
「そう簡単にいくとは思うなよ」
「言うわね。なら、それ相応の力を見せてもらおうじゃない」
ネルは手に持っていた剣の刃を、地面に突き立てる。すると、彼女の体から膨大な量の魔力が溢れ、剣に注がれていく。
黒い魔力の嵐が吹き荒れ、近づくことすら許されない。
(こいつ……! 単純な魔力の量だけなら……ソウジにも匹敵するぞ⁉)
目の前に立ちはだかるネルが、自身の親の仇が持つ力の一端を目の当たりにする。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
覚悟を決め、頭を冷やし、心を熱く滾らせる。
既に準備は出来ている。
あとは相手が、どう出るか。
「さあ、視なさい。私の魔眷――――『死者の国にて宴を』の力を!」
ネルが叫んだ直後。
辺りが、邪悪な光に包まれた。