第百三十二話 トリック・オア・トリート②
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両腕を失ったことは、クラリッサにとって痛手だ。何しろクラリッサの『ケイニス・トルト二ス』は杖の星眷。手が無いと使えない。
星眷魔法と一口に言っても様々で、中には手を使わずとも使用出来るものもあるが、クラリッサの場合は違う。ましてや、学園に入学するために星眷魔法を優先し、特化して習得した。逆に言えば、クラリッサとチェルシーに関しては星眷以外の手段が少ない。それを実質封じられたというのは大きな痛手だ。
「……クラリッサ」
「大丈夫よ、これぐらい」
心配そうな視線を向けるチェルシーに、クラリッサはいつもの強気な態度を見せる。
(腕がびりびりする……ちょっとこれは……まずいかも)
チェルシーに弱音をはくまいと強がるが、正直かなり辛い。
「さぁさぁ、行きますよぉ!」
唇を噛みしめる。相手は余裕そのものだ。どうにか手を打たなければ。
頭の中で考えているうちに子供のゴーストが放たれる。今の状態でまたあのゴーストに直撃すると今度は……、
「させないッ!」
鋭い声で叫んだのはチェルシーだ。拡散する魔力の矢を放ち、クラリッサを襲うゴーストを瞬く間に破壊していく。
「……クラリッサ、こっちに!」
「ち、チェルシー⁉」
いつになく焦ったような、切羽詰まったような、必死の声につられるまま、クラリッサはチェルシーと共に後退する。チェルシーは風の魔法を巧みに操って空中に浮遊しながら移動し、なおかつ背後にいる敵に向かって矢を撃ち続けていた。クラリッサもその風によって浮遊させられ、ダンジョンの中を逃げ回る。
「ちょっと、戻りなさいチェルシー!」
「……絶対にいや」
「逃げてちゃ勝てないでしょうが!」
「……分かってる」
「だったらどうして……!」
「……決まってる。このままだとクラリッサ、もっともっと怪我しちゃう。だから、今は逃げる。逃げて、作戦を考えよう?」
「怪我の一つや二つどうでもいいわよ! それよりも今は早くあいつを倒さなきゃ! 作戦なんて立てている暇は……!」
「どうでもよくないっ‼」
チェルシーが珍しく声を荒げたせいか、びくっと体が震える。驚きで思わず反論の声も止んでしまった。
「……どうでもよくないよ。どうでもいいわけ、ない。だって、クラリッサはわたしの大切な人だから……わたしにとってクラリッサは、とっても大切。さっき、爆発に巻き込まれた時……心臓が止まるかと思った。死んじゃったのかもしれないって、思った」
クラリッサは声を詰まらせる。
どれだけ心配をかけてしまったのか。
チェルシーの目を見て、充分過ぎるほど伝わってきた。
「……わたしたちがやろうとしていることは、今までとは違う。学校にいた頃の戦いとは、全然違う。もっともっと危険な敵が出てくる。これまでのようにはいかない。無茶したからってどうにかなるとは限らない」
「……分かってるわよ。そんなの」
かろうじて言葉を絞り出す。けれどまともにチェルシーの目を見ることが出来ない。
チェルシーは続ける。
「……今までは『邪人』や『魔人』みたいな、下手をすれば殺されるほど強い相手と戦ってきたのは、ソウジやライオネルだけだった。わたしたちは、見ていることしか出来なかった。でも逆言えば、見ていたからこそ、わたしたちはこうして今、生きているともいえる。でも、これからは違う。わたしたちは、ソウジと一緒に、それだけ危険な相手と戦うことになるんだよ?」
そんなことは分かっていた。
「……もしかしたら今日。もしかしたら明日。もしかしたら一週間後。わたしたちの誰かが、死んでいるかもしれない。今、この瞬間にだってそういう危険性は、充分にある」
分かっては、いたことだ。
ソウジを助ける。一緒に戦う。
それはつまり、魔王を倒すということ。あの魔人という強大な敵とも戦うということ。
そんな敵と戦うとなって、全員が生きて帰ることの出来る保証はない。そんなことは、はじめから分かっていた。分かっていたから、
「だからじゃない。だから、わたしがこれぐらいの怪我で立ち止まっているわけにはいかないのよ。だってわたし、嫌だもの。誰かが死ぬなんて。絶対に嫌。みんなが死なないようにするためなら、どんなことだってするわ。腕の一本や二本、どうってことない!」
「……そういうクラリッサだから、わたしは心配してるの! 怪我をしたら不安になるの! 怖いって思うの!」
普段は滅多に見せないチェルシーの剣幕に、また黙り込んでしまう。
「……また無茶をして、もしそれで……死んじゃったら。わたし、どうすればいいの? クラリッサがいない世界なんて、わたしは……いやだよ…………」
今にも泣きだしそうなチェルシーの顔。普段は殆ど無表情で、あまり感情を表に出さないチェルシーがこんなにも……心の中を吐き出している。
「……ずっと一緒にいてくれるって、約束したのに…………」
約束。
思い出すのは、過去の記憶。まだ獣人の大陸にいたころ。半獣人を狙う獣人たちから逃げ回っていた頃。チェルシーと、一つの約束をした。
――――大丈夫よ。わたしがずっと、一緒にいてあげる。
――――……ずっと?
――――そうよ。だからわたしたちは、一人じゃないわ。
――――……ほんとうに? わたしを置いてどこかに、行ったりしない? 一人ぼっちにしない?
――――ほんとうよ。だから、ほら、こうして手を繋いでおけば、もうずっと一緒なんだから。
繋いだチェルシーの手は震えていたけれど、とても暖かくて、ぽかぽかして。安心することが出来た。チェルシーの手も、安心したかのように震えが止まった。
でも、どうだろう。チェルシーの方は安心してくれているのだろうか。いいや、違う。安心していない。むしろ不安がっている。怖がっている。その証拠に手が微かに震えている。
(これじゃあ手を……繋いでやれないわね……)
未だに両腕は殆ど使い物にならない。これでは手を繋いでやれない。
微かに震えているチェルシーの手を見て、冷や水を浴びせられた気分だ。
「ごめんなさい……。ちょっと、焦りすぎたわ」
「……ん。許してあげる」
チェルシーがこくんと頷くと、近くから足音が聞こえてきた。
「ヒッヒッヒッ、どぉこに行ったんでしょうかねぇ? かわいいかわいい子犬ちゃんと、子猫ちゃんは?」
こつん、かつん、こつん、と、まるで楽し気に、相手が恐怖することを楽しんでいるかのような足音。
物陰から様子を伺ってみると、ウリングは例の子供ゴーストを放出して辺りを探索させている。
「こうなったら見つかるのは時間の問題ね……」
さて、どうするか。両腕が使えない以上、杖が持てない。実質的にこちらの戦力がほぼ半減しているようなものだ。
「ここからどうするかが問題だけど……」
「……一応、手は少し考えてみた」
「とりあえず、教えてもらっていい?」
「……ん。分かった」
チェルシーの考えを聞いたクラリッサは頭の中で考えを巡らせる。
「確かにそれなら敵を上手く攪乱できるかも……」
「……でも、それだけ。決め手がない」
「そうね……せめて杖が使えればいいんだけど……」
クラリッサの火力の大半は『ケイニス・トルト二ス』を使った一連の攻撃にある。
加えて、
「もう一つの問題はあいつの魔眷……『トリック・オア・トリート』だったかしら」
「……あのゴーストは厄介。上手くかき乱すことが出来ても、あれが盾になったらどうしようもない」
「そうね。どうにかして爆弾を掻い潜る必要があるわ」
「……それに、中途半端な攻撃だと仮に当たってもまた自分の体を傷口ごと吹き飛ばして再生されちゃう」
「一撃で確実に仕留める必要があるわね。チェルシーはあいつの攪乱に集中して隙を作ってもらう必要があるから、最後の攻撃はわたしがどうにかしないといけないんだけど……」
「……クラリッサ」
「大丈夫よ。さっきみたいに無理に焦ったりはしないから。ちゃんと作戦を立ててから、でしょ?」
どれだけ心配をかけてしまったのかはもう身に染みて分かった。だから、無理に焦りはしない。
「…………! いい作戦を思いついたわ!」
「……嫌な予感がするけど、どんな?」
「えっとね――――」
ごにょごにょごにょ。と、チェルシーにたった今思いついた作戦を話した。
「……クラリッサ、めちゃくちゃがすぎる」
「ど、どーしてよ! ぐっどあいでぃあじゃない!」
「……あまりに強引。力押しにもほどがある。脳筋とはこのこと」
「い、言いたい放題ね」
「……でも、分かった。その作戦でいこ?」
「へっ?」
呆れたような、それでいてちょっと嬉しそうなチェルシーの笑顔に、思わず呆気にとられてしまう。
「……そういうむちゃくちゃなの、クラリッサらしくてわたしは好きだよ?」
「む、むちゃくちゃで悪かったわね!」
チェルシーのくすくすとかわいらしく笑った顔にどこか安心しつつ。
反撃の準備を、整える。
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