第十三話 0からのスタート
ランキング戦まで、ついに残り三日を切っていた。生徒たちの話題はもはや春のランキング戦一色となっていた。ソウジたちがギルドを結成したことはすぐに広まり(あれだけクラリッサが大声で話していたのなら当然なのだが)、そのネーミングにもまた嘲りの的になった。
「うがー! どーしてみんな笑うのよ! かわいいじゃない!」
「気にするなって」
イヌネコ団は毎日放課後、食堂に集まるのが通例となっていた。ポイント上位ギルドはギルドホームが与えられるものの、まだランキング戦に参加すらしたことのないイヌネコ団にそんなものが与えられるはずがない。
「わたしはかわいいと思いますが」
そういって、イヌネコ団の面々のテーブルにデザートのアイスを置いてくれたのはルナである。
「でしょでしょ? ほんっとうに凡人共はこのセンスが理解できないのよね。困ったもんだわ」
「ではみなさん、さっそく自分たちの持ち点を確認しましょうか」
ため息をつくクラリッサと、今日集まった目的のために会を進行させるフェリス。これではどちらがギルドリーダーか分からない状況である。
今日集まったのは他でもなく、残り三日となったランキング戦に参加する一年生の持ち点が発表されたので、その確認をしに来たのである。
ランキング戦は至ってシンプルな条件だ。まず個人戦は生徒たちが専用のバトルフィールドに転移させられ、バトルロイヤル形式で戦闘を行う。生徒の持ち点を結晶化したクリスタルのネックレスを首からさげて、相手のクリスタルを破壊すればその生徒の持ち点のうち半分を手に入れることが出来る。途中でリタイアすることも可能だ。点数を温存しておくというのも戦略の一つである。ただしリタイアした場合、持ち点のうちの半分の点数が削られることになる。ちなみに、魔力測定で得られる持ち点は最大が百となっている。
「せっかくだから、せーのでいきましょう!」
ワクワクした表情で提案するクラリッサ。リーダーの意見を尊重して、全員はそれぞれがあらかじめ書いておいた自分の持ち点の紙を裏返した。
『せーの!』
一斉に、全員の点数が表側になった。
ソウジ・ボーウェン:0点。(※測定不能のため保留中)
フェリス・ソレイユ:百点。
レイド・メギラス:六十七点。
クラリッサ・アップルトン:九十二点。
チェルシー・ベネット:九十点。
『…………………………』
全員の視線がソウジに釘付けになった。
「ちょっと、アンタどうなってんのよ!」
「俺に聞くなよ……」
「……個人戦はともかく、ギルド戦の持ち点はギルドメンバーの点数の合計だから……これは痛いかも。そーじ、がんばろ?」
「これは目も当てられない事態になってますね」
「頼むからこれ以上トドメをさすのはやめてくれない?」
一番がっくりときているのはソウジである。
「あー、もう! そもそも、アンタがぶっ壊したクリスタルを片づけたのもわたしたちなんだからね!」
「え、そうなのか?」
「……クラスメイトに雑用を押し付けられた」
「ご、ごめん……」
「まあ、クリスタルの欠片をいくつかくすねることが出来たから得と言えば得したけどね」
「おい」
クリスタルには魔法や魔力を保存することが出来る機能がある。クリスタルによって保存できる魔法や魔力量も違ってくる。その点、あの魔力測定につかわれたクリスタルはかなり高価なものなので欠片といえども良い物であることには変わりない。
「まあまあ、そう怒んないでよ。そもそもアンタがぶち壊したものなんだから。ほら、一つぐらいならあげるわよ? ていうか持っときなさい」
無理やりクラリッサからクリスタルの欠片を押し付けられたソウジ。クラリッサは確かにソウジの制服のポケットにクリスタルの欠片を押し込んだ。
「これでアンタも共犯者ね」
「お前ってやつは……」
呆れたようにため息をつくソウジだが、しかしこれはこれで便利なモノなので一応もらっておく。
「それで、ランキング戦についてだけど」
クラリッサはすぐにスイッチを切り替えて、真剣な声音でイヌネコ団の面々を見渡した。
「まずはみんな、個人戦を頑張るわよ。ここでガンガンポイントを稼いで、ギルドポイントに繋げるの」
ギルド戦のポイント形式としては、まずギルドメンバー個人のポイントを合計した数が基礎ギルドポイントとなる。そしてギルド戦では個人戦と同じように相手の生徒を倒すとその生徒の半分のポイントが得られる。だがギルド戦終了後に生き残ったギルドや活躍したギルドには更にボーナスポイントが加算される。更に、相手の出場ギルドメンバーを全滅させると相手の試合開始時のギルドポイントの半分を手に入れることが出来るのだ。そしてギルド戦で手に入れたポイントは、ギルドポイントと個人のポイントに加算される仕組みである。
「そんで、個人戦でポイントを稼ぎまくってギルドポイントを増やしたわたしたちを狙ってくる敵をガンガン叩く! 完璧な作戦よ!」
「……かなりアバウトな作戦」
「細かいことは気にしない気にしない。幸いにも、ソウジは自分で売名活動してたみたいだし、それにわたしたちは都合の良いことにAクラスの半獣人よ。この機会に叩き潰したいと思ってくるやつらが向かってきてくれることでしょうよ」
ま、返り討ちだけどね。とクラリッサは人の悪い笑みを浮かべた。なぜかソウジの脳裏に喧嘩上等という言葉が思い浮かんだ。
☆
ランキング戦当日。
その日は全生徒たちが朝から緊張感に包まれていた。授業はなく、生徒たちは全員外の校庭に集められていた。
「それでは、参加生徒は全員校庭に待機していてください。これより、各生徒たちをランダムに対戦用結界の中に転移させます。各自、校庭から一歩も出ないようにしてください」
拡声魔法で教師の声が校庭中に響き渡る。ソウジはほどよい緊張感の中で集中力を高めていく。そうしていると、憎悪の籠った視線が自分を刺し貫いていることに気が付いた。その方向に視線を向けると、オーガスト・フィッシュバーンがソウジを憎悪の籠った眼差しで睨みつけていた。
「それでは、転移します!」
教師がそう宣言した直後。校庭の地面が光り輝き、生徒たちは一斉に各フィールドへと転移しはじめた。
その刹那。
ソウジは、オーガストの憎悪の中に紛れ隠すかのように、自分の事をオーガストよりも深い憎しみを向けている存在に気が付いた。そちらに視線を移す。
「お前は…………!」
思わず、目を見開いた。
ソウジがその少年の姿を見たのは八年ぶりだった。それでも、一目でわかった。
「――――――――エイベル」
エイベル・バウスフィールド。
彼はソウジを憎しみを露わにした瞳で睨みつけると、歪な笑みを浮かべた。
ソウジは咄嗟にエイベルに手を伸ばそうとしたものの、その瞬間にソウジを含めた生徒たちは全員、対戦用結界という名の戦場へと転移されていった。
「……ッ」
ソウジが転移したのは森の中だった。この対戦用結界内は教師が作った空間だ。学園の敷地よりも広い、王都と同じぐらいの広さを誇るこの空間を用意するのに複数人もの教師が魔力を供給している。ソウジはさきほど見たエイベルの姿を思い出していた。
やはり、というべきか。
エイベルはこの学園に入学していた。今まで自分が無意識のうちに避けていた存在。それを、その姿を目の当たりにすると色々と思うところはあるものの、頭を切り替える。
(今はとにかくランキング戦だ)
結界の中は未踏の地。0から構築された場所だ。つまり、行ったことのあるところにしか行けない転移魔法は使えない。目を閉じる。呼吸を整える。そして――――また、目を開ける。
「よし」
ソウジは脚部に魔力を集めて、大地を蹴った。
☆
「ほう、切り替えたようだねぇ」
プルフェリックは観覧席から、結界の中の様子を眺めて満足げに頷いた。いま結界の中では生徒たちがランキング戦による戦いを繰り広げている。その中でも一番の注目を集めているのはやはり……ソウジ・ボーウェンだ。生徒会や風紀委員、トップクラスのギルドの長が黒魔力を持つ一年生に注目している。
ソウジは最初、転移されたと同時に戸惑いの様子を見せた。ランキング戦に対する不安、ではない。もっと別の何かだ。しかし、それをすぐに切り替えた。
そして――――消えた。
観覧席にいた誰もが驚いた。転移魔法を使ったと思った者もいたほどだ。そう見間違えてしまうほどそのスピードで、ソウジは走り出していたからだ。脚力強化は身体能力強化系魔法の中でも基礎中の基礎。だがソウジの見せているアレは明らかに、基礎のレベルを超えている。三年生が同じ脚力強化の魔法を使ったところで、ソウジの半分のスピードも出せないだろう。
規格外。
彼はまさに『最強の星眷使い』、ソフィア・ボーウェンの弟子を名乗るにふさわしい実力を兼ね備えている。
「見つけた」
ソウジは『黒空間』から一振りの剣を取り出した。すると、軽く方向転換を行い、感知した魔力の持ち主のところへと突っ込んでいく。ソウジが突っ込んでいった方向では既に何人かの生徒が戦っていた。二年生が三人、三年生が二人だ。彼らはソウジに気が付くとギクッと肩を強張らせた。それもそのはず。ソウジはまるでそこにいる五人全員を相手どるつもりがあるかのように魔力を解放しようとしていた。
さすがに状況判断が速かったのは三年生の二人だ。すぐに各々の持つ魔法攻撃を発動させようとしていた。それに僅かに遅れて二年生の三人が。だが、それらの魔法は発動することはなかった。
「遅い」
各々が放とうとしていた魔法は、一瞬にして黒く塗りつぶされていた。そして黒い魔力に浸食された上級生たちの魔法はすぐに消滅する。
「なっ……『塗りつぶし』!?」
「バカな、五人の魔法を同時に塗りつぶしただと!?」
戸惑う五人の上級生。だがソウジは、戸惑うことにすらそう時間を与えてはくれなかった。
「『アトフスキー・ブレイヴ』」
ソウジは自身の星眷である『アトフスキー・ブレイヴ』を眷現させる。
漆黒の剣を得たソウジはその魔力を解放させていく。そして、ソウジは加速する。
瞬間。
ヒュカカカカカカカカッ! と、上級生五人のクリスタルが見事に真っ二つになった。すると、ソウジのネックレスのクリスタルが淡く輝き、その分の点数がソウジのクリスタルに加算されていく。
「毎度あり」
ソウジはいたずらが成功した子供のように言うと、自分のクリスタルをつまんで軽く振りながらその場を後にした。またもや一瞬にして、消えるようにその場を去ったソウジに観覧席の誰もが唖然としている。「おいおい……今の、どうなってたんだ?」「おれが知るかよ……」「全然見えなかった」と口々に呟いていた。
そしてプルフェリックは面白いショーでも見せてもらったかのようににこやかに笑っていた。
「はっはっはっ。いやぁ、面白い。本当に面白いよ。ソウジ・ボーウェンくん! こんなにも面白い生徒は、実に久々だ」
ランキング戦がはじまってからまだ五分と経っていないにもかかわらず、既に獲得ポイントではソウジが一位に躍り出ている。かと思ったら、ソウジは次の相手を見つけるや否やそれを瞬殺。更にポイントを伸ばした。五分も経たないうちに、既にソウジ・ボーウェンは観覧席にいる者たちの視線を独り占めしていた。
華麗なる黒き剣の舞に、誰もがその眼を奪われていたのだ。