第百三十一話 トリック・オア・トリート①
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今回のサブタイトルですが、こいつらの能力名とか考えてた時期がハロウィンだったんです……。
「それにしても、一体どこにいるのかしら」
クラリッサはチェルシーと共に薄暗いダンジョンの中を探索していた。こういう場所はあまり得意じゃないけれど、みんなが頑張っているのだから逃げるわけにはいかないと自分を奮い立たせる。
「……分からない。もしかしたら遠くに逃げてるのかも」
「あとは結界とか張られて閉じ込められた、とか?」
「……かもしれない。この奥の方、何か変な感じがするから」
「そうね。わたしもちょっと違和感あるし」
視線を先に向けると、ふわりと淡い光が視界に入った。
「ん? 何アレ」
「……どうしたの?」
「いや、あそこが今、光ったような……」
言った傍からまたふわりと薄暗い奥の方が淡く光る。今度は形が見えた。
「子供?」
「……わたしにも見えた」
小さな子供だ。ダンジョンの中で白く光る、小さな子供。
「……どうしてこんなところに」
「明らかに怪しいわよね」
そういえば、元々このダンジョンの爆発が起こった直前も子供が近くにいたという。
「……もしかすると、敵の能力かも」
「可能性は大ね。ほら、前にエイベルってやついたでしょ。あいつの洗脳能力みたいに関係ない子供を操っているってこともありえるわ」
警戒しながら様子を伺っていると、子供がくるりとこっちの方に顔を向けた。かと思ったら、笑いながら小走りで駆け寄ってくる。
洗脳されてない? もしかすると自分達の勘違いだったのではという考えが一瞬脳裏を過るが、
「えっ?」
すぐに間違いであることに気付く。
(顔が……ない⁉)
駆け寄ってくる子供達はあろうことかみんな顔が無い。のっぺらぼうな、不気味な子供。
ぞっとしていると、子供達の輝きが一段と強くなっていく。
「『ケイニス・トルト二ス』ッ!」
咄嗟に詠唱し、星眷魔法を眷現させる。直後、目の前の子供が――――爆発した。ギリギリのタイミングで雷の魔力による防御壁を展開する。チェルシーも同時に同じことをしており、爆炎に飲み込まれながらも何とか雷と風の魔力で構築した防御壁で守り切った。
「ヒヒヒ、反応はいいみたいですねぇ」
「誰⁉」
ゆらり、と。闇の中から一人の小男が現れた。シルクハットを被り、大きな鼻と不気味な笑い声が特徴的な男。ニタニタとこちらを小ばかにしたような表情が不愉快に思える。
「申し遅れました。僕はウリングと申します。まァ、ざっくりといえば貴女達を始末しに来た者ってやつですねぇ」
「へぇ。気味の悪い見た目のわりに随分と礼儀正しいじゃない。わざわざ名乗り出てくれるなんて」
「こう見えても僕は礼儀は重んじますよ。大人は子供の見本ですからねぇ。大人である僕がちゃんとしていないと子供はついてきてくれませんから」
「生憎だけど、アンタみたいな不気味な大人には誰もついていきたかないわよ!」
言葉と共に雷を投げる。薄暗いダンジョンの中に、紫色の輝きをまとった雷がウリングめがけて突き進む。
「いきなりとは礼儀のなってない子供ですねぇ!」
ウリングはヒヒヒと笑うとクラリッサの放った雷を体を捻って避ける。危なげなく行われた回避行動に対し、クラリッサは雷の数を増やしていく。
「悪かったわね! 礼儀がなってなくて!」
「だったら躾てあげましょうか!」
「結構よ!」
今度は一気に六本に増やした雷の矢を同時に撃つ。閃光が次々とウリングに殺到していき、直撃コースだと確信した。
「ヒヒヒ!」
確信は不気味な笑い声によってかき消される。ウリングは手のひらから黒い魔力を放出すると、それを人の形に変えていく。さっきの子供達の姿だ。
「……クラリッサ、あいつ…………」
「まさか黒魔力の持ち主がお出ましとはね!」
「さァ、行きなさい!」
ウリングが淡い光を放つ顔の無い子供を六人、魔力で作り出し、指示を与えると子供達は一斉にクラリッサの放った雷に身を投げ出した。雷が直撃し、子供達が爆ぜて盛大な爆発を起こしていく。
「こ、子供を盾に⁉」
「ヒヒヒ、僕の魔眷『トリック・オア・トリート』で魔力で作った人形ですからねぇ! 盾にぐらいはなってもらわないとぉ!」
「こいつ……えらく性格の歪んだ魔法を使ってくれるじゃない……!」
「……わたし、こいつ嫌い」
「そうね。わたしもよ!」
珍しくチェルシーが直接的な言葉を言っており、ますますクラリッサもウリングに対しての嫌悪感を募らせてく。
さっきの爆発の影響で周囲が揺れ、壁や天井がミシミシと不穏な音を立てるが、地上はともかくダンジョン内部ともなると頑丈さは桁違いらしい。
(これなら遠慮なく暴れられる!)
キッとウリングを睨みつけ、杖を握りしめながら床を蹴る。
(至近距離まで近づけばあいつも簡単に爆発させることができないはず!)
何しろあまりに近い距離で爆発させると自分自身も巻き込まれる。能力を封じたも当然だ。
背後からチェルシーの矢による援護を受けながらクラリッサは確実にウリングとの距離を詰めていく。
雷と風による弾幕で先程の子供を生み出す隙を与えず、一気に懐まで潜り込む。
「おおっとぉ!」
杖で殴りかかろうとした矢先、ウリングが懐から黒い結晶を取り出した。
(『邪結晶』!)
それが何か分かった瞬間、目の前に黒く邪悪な魔力の嵐が吹き荒れる。嫌なことにソウジの変身を彷彿とさせる嵐が切り裂かれ、中から邪人と化したウリングが姿を現した。
頭部は目や口の部分が彫られたカボチャになっており、全身からメラメラと黒い炎が燃え上がる。首から下はマントを身にまとっており、魔力も爆発的に増大している。
「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」
高らかに笑い声をあげるウリングに、
「うるさい!」
「ヒ、うごぉっ⁉」
クラリッサは、手にしていた杖で思い切りぶん殴った。
ウリングは咄嗟に腕でガードしたものの、バキンッという音と共に盾にした腕が砕ける。本来ならば再生が始まるはずが、傷の再生されない。
「チェルシー!」
「……りょーかい」
その場から飛びくと、数十本もの矢が邪人と化したウリングに殺到する。クラリッサからダメージに驚愕していたウリングは避けるタイミングを失ったのか防御壁を展開するが何本かは腕や脚に突き刺さる。これもまた再生が行われない。煙を上げながら溶けている。
「……やっぱり効いたね」
「ええ。ソウジの『星遺物』とリンクしてから何となく効くような気がしてたんだけど、ちゃんと効いてくれてよかったわ」
ソウジが『最輝星』を発動させるようになってから感じ取っていたこと。それがちゃんと効くかどうかは分からなかったが、効いたということは戦う手段があるということ。
自分たちもようやく力になれるということだ。
だから、
「こんなやつさっさと倒してやることやって、ソウジを助けに行くわよ!」
「……うん」
杖を構えてもう一度、前に駆け出していく。チェルシーの援護を受けて再び距離を詰めることに成功したクラリッサは杖を掲げてトドメの一撃を加えようとするが、
「させませんよぉ!」
ウリングは杖が振り下ろされる前にぶわっと目の前に幾つもの子供のゴーストを生み出した。顔が無く、魔力で生み出されたものとはいえ、実家の月影院にいる『子供』たちの顔が過り、杖を振り下ろす手が一瞬止まる。
生じた隙は致命的だ。目の前の子供が輝きを帯びた。
「あっ……⁉」
爆発する。攻撃ではなく、防御を。
頭の中で考えている間に、魔力が炸裂した。爆炎がクラリッサの小さな体を包み込む。辛うじて防御を展開したもののギリギリのタイミングだったせいか防ぎきることが出来なかった。防御を突破してダメージをくらってしまった。
腕を盾にして貫通してきた爆発をガードするが、両腕がビリビリする。
「痛ッ……!」
「……クラリッサっ! 大丈夫⁉」
「大丈夫よこれぐらい。でもやられたわ。まさか自分を巻き込むことを覚悟してあの距離で爆発させるなんて……」
駆け寄ってきてくれたチェルシーに心配されながら、クラリッサは爆炎に包まれた前方に視線を送る。
近距離で爆発させれば術者本人も巻き込まれてしまうとふんだからこそ距離を詰めながら戦っていたが、まさか構わずに自爆するとは思わなかった。不覚だ。
「わたしは不完全でも咄嗟に防御出来たからよかったけど……攻撃に魔力を回していたあいつは防御する暇なんてなかったでしょうね。あれじゃあ木っ端微塵よ」
「……く、クラリッサ。そんなことより手当、しよ? はやくっ……腕、怪我してる」
「だからこれぐらい大丈夫っていってるでしょ。心配性ね」
「……でも……でもっ…………わたし、怖かった。クラリッサが爆発に巻き込まれた時。胸が、ひんやりした」
まあ、かなり心配をかけてしまった部分は自分の落ち度だ。実際、チェルシーが爆発に巻き込まれる光景なんて見たらクラリッサもかなり心配する。
「はいはい。でも、あいつが倒れたのをちゃんと確認してからよ」
「……うん」
涙目になったチェルシーがこくりとかわいらしく頷く。
「いやいや本当にこういうのはちゃぁんと確認した方がいいですよぉ?」
『ッ‼』
炎が切り裂かれ、中からカボチャ頭の邪人が姿を見せた。
「ヒヒヒッ。まさかアナタたちが邪人に対抗できる力をお持ちになっていたのは予想外でした」
「傷口が塞がってる⁉」
先程クラリッサが与えた腕のダメージ。それが、まるで初めから傷もついていなかったかのように回復している。
「さ、再生した⁉ どうして……」
「……爆発の時に自分の傷口を吹き飛ばした?」
「ヒヒヒ、正解ですよ。察しがいいですねぇ」
思い返せば学園祭の時、ショックを受けていたソウジが自分の腕を折り、再生能力をみんなに見せていたことを思い出した。自分で自分の体に傷を与えても再生する。それを利用してウリングは、自分の爆発にあえて巻き込まれることでクラリッサのダメージを吹き飛ばし、再生能力を発動させることに成功したのだ。
「終わった気になるのは、まだ早いということですよォッ!」
ウリングは子供のゴーストを次々と生み出していく。
一つ一つが生半可な防御を突破してくる強力な魔力爆弾だ。
何より子供の形をしているのが気に入らない。ただただ爆ぜ、その身を炸裂させるためだけの存在を、あろうことか小さな子供の形で生み出すなんて。
「上等よ。アンタの顔は一発ぐらいぶん殴らなきゃ気が済まないし、さっきの自爆で終わってなくて逆に安心したわ!」
叫ぶクラリッサだが、再生した相手に対してこちらは両腕のダメージを負ってしまった。
状況的にはこちらが劣勢なのは間違いない。
けれど、それでも。
この相手だけには負けるわけにはいかないと、クラリッサは杖を握りしめた。