第百三十話 ジャック・オー・ランタン③
かなり遅くなってしまいましたが、新年初投稿となります。
また、書籍版を購入してくださった方々、ありがとうございました。
Web版も書籍版もどちらも頑張っていきますので、今年も本作をよろしくお願いします。
魔力の嵐を切り裂き、クリスは地面を駆け出した。
最輝星によって生まれた紫色の霊装を身にまとい、強化されたレイピアを掴んでメラドに向けて渾身の魔力を滾らせる。
「『タウロス・ストリエル・アルデバラン』ッ!」
発動したのは『おうし座』の『最輝星』。一度はソウジという大好きな兄を失った時の悔しさを糧に得たクリスの力。
「フェリスさん!」
最輝星によって強化されたスピードで一気にフェリスをフォローするために駆け抜ける。雷の軌跡を描きながら突き進み、狙うはフェリスと戦っているメラド本体。
「我の『加速魔法』についてこれるか!」
「それはこっちのセリフです!」
先程までは後れをとっていたが、今は違う。
微かな音だけを残し、再びメラドが消える。
(追える……追えている!)
今度は追える。倒すべき敵の姿がはっきり見える。『最輝星』により能力は格段に強化されている。その能力とは、『スピード』や『反応速度』といった点だ。
兄のソウジと同じく『速さ』に関しては秀でた点があるクリスが強化形態に変身した今だからこそ、メラドの動きを追うことが可能となった。
(……右!)
黒炎をまとった拳を強化されたレイピアで受け止める。ミシリという不穏な音が響いたものの、完全にガードに成功した。メラドは驚いたような表情を浮かべている。クリスの反応が予想外だったのだ。
(視える……対応も……できる!)
雷属性の魔力により『速さ』を強化されたこの状態ならば。
だが、視えるようになったとはいえ受け身のままではだめだ。メラドにダメージを与えられるのはここではフェリスだけ。どこかでフェリスが反撃できるようにする必要がある。
「フェリスさん、わたしが敵を抑えます! だからあなたは、隙を見て攻撃を!」
「分かりました!」
赤と紫。二つの最輝星が並び立つ。
子供の頃はまさかこうしてフェリスと共に戦う日が来るなんて思いもしなかった。それも、兄の力になるためだなんて。
考えてみれば不思議なものだと思いつつ、目の前の敵に集中する。
メラドが再度、姿を消す。それに合わせてクリスも最輝星により高められたスピードを発揮し、加速魔法を発動する。
「――――『電光石火』ッ!」
ダンジョン内部の狭い空間を超高速のスピードで駆け抜け、激突する。
激しい魔力の衝突と煌めきが瞬き、周囲には衝撃が伝わってゆく。
この『電光石火』は最輝星による強化変身時にしか使えない加速魔法。
消費魔力と体への負担は大きい為に僅かな時間しか使えない。その短い時間の間に何としてでもメラドを抑え、隙を作ってみせる。
走り出した時の衝撃で地面が抉れ、破片が舞う。周囲に浮いている小石の一つ一つが重力に逆らって落下しているが、『電光石火』を使用したクリスの目からすれば……全てが遅い。世界がスローモーションになっているような気さえする。
「はぁっ!」
「ガアッ!」
さっきまでは視えず、かわせなかった攻撃。
今なら視える。今ならかわせる。反撃さえ――――できる!
メラドが放つ右拳を顔を左に逸らして紙一重でかわし、返しにレイピアで胸を貫く。刃は確かに敵の胸を貫いた。まとった雷の魔力で大砲さながらの威力を叩きだし、当然の結果のようにメラドの体に大きな穴があく。
だが、
「くっ……!」
あけた穴は瞬く間に黒い魔力と共に再生されてしまった。これが邪人の再生能力。魔王の持つ『鎧』と呼ばれる自身の身を守護する能力。ソウジの命を助けてくれた『鎧』の力。それを持っている敵と戦うことになろうとは。
「無駄だ。邪人は魔王様の持つ『鎧』の能力の恩恵を受けている。黒騎士の持つ『星遺物』と魔力をリンクしているソレイユ家の娘ならばともかく、貴様の魔力では我を倒せん」
「それでも!」
諦める理由には、ならない。
駆ける、駆ける、駆ける。限界に限りなく近づきつつあるスピードの世界。ここまで来てしまえばお互いの動きの先読みが必要になってくる。
お互いに超スピードで動いているのだから一瞬の隙が命取りとなる。
天井や壁を地面に使い、立体的に跳ねまわる。拳や脚をかわし続けるが、集中力がいつまでも保つというわけでもない。こちらの最輝星は負担が大きい。このまま続けていれば体が保たなくなる。時間が、足りない。何とかしてフェリスの攻撃を当てられるような隙を作らなくては。
思考を重ねていた刹那、突如としてメラドの背中が爆発した。
(自爆? 違う。なら、一体なに……が⁉)
理解のできない行動が起きたことによる思考のフリーズ。隙にしてみれば一瞬。超スピードの世界にいるクリスの『一瞬』は、常人には認識することすら不可能。だがメラドは認識できる。同じ世界に足を踏み入れているのだから。
故に、そこを見逃すはずもない。
背中が爆発し、放出されたのは無数の触手。ぞぞぞぞぞぞっ! と迫りくる触手をかわし、迎撃するが一瞬の隙を突かれた形となったためかバランスが不安定だ。かわした拍子に地面に膝と手をついてしまう。咄嗟に魔力を込めたあと、このままではまずいと思い後ろに下がるが、
「愚か者めが!」
下がった先の地面が爆ぜ、地中から触手が現れた。
「しまっ……!」
先程の爆発に紛れて地面にも伸ばしていたのか。
迎撃する間もなく、瞬く間にクリスの体が拘束されてしまう。『電光石火』も解け、刹那の攻防は終わりを告げた。
「クリスさん!」
拘束されたクリスを見てフェリスが叫ぶ。彼女にしてみればほんの一瞬の間の出来事だったのだろう。驚きを隠せない表情をしている。
それにしても迂闊だった。ただ爆発させた程度で思考が止まるなんて。相手は再生能力を持っているのに。あれぐらいの爆発は仮に自爆だったとしてもどうということはない。
「お互い『先読み』をしながら戦わねばならないからこそ、予想外の事態が目の前で起きた時に反応が鈍る。特にお前は真面目なタイプのようだからな。不測の事態には弱いと踏んでいた」
拘束したことで余裕が生まれたのか、メラドはニヤリと笑っている。フェリスはクリスを人質に取られてしまい迂闊に手が出せなくなっている。ここでフェリスがやられてしまえば、メラドにダメージを与えられないクリスの敗北は確定だ。
締め付けてくる触手をかろうじて魔力でガードしているが、これもそう長くは保たない。メラドは直接トドメを指そうとしているのかゆっくりと近づいてくる。
「……一つ、訂正があります」
「む?」
「わたしは別に、真面目でもなんでもありませんよ?」
告げると、メラドの足元から雷が迸る。迸った紫色の魔力は鎖の形へと変化し、メラドの体を拘束する。
「こ、これは⁉」
「さっき地面に膝をついた時に仕掛けておいたんです」
先程、メラドの攻撃で地面に膝をついた時、一緒に手もついていた。その時に地面についた手で設置型の罠を仕掛けていたのだ。任意のタイミングで鎖の魔法が出るように。
「バカな、あんな一瞬でこれだけのパワーの拘束魔法を……?」
「『速さ』がわたしの取り柄ですから。フェリスさん!」
「はい!」
直接言葉にしなくてもフェリスは動いてくれた。メラドが仕掛けた罠に嵌っている間に剣でクリスを拘束する触手を切断し、自由の身となる。
「ぐ……! だが、こんなもの、邪人となった我のパワーですぐに抜け出してくれる!」
「させない!」
強化レイピアを掴んだクリスは一直線に突き進み、刃をメラドの体へと勢いよく突き刺す。
「バカめ、貴様の攻撃などすぐに再生する!」
「ええ、知ってます。あなたを倒すのは、わたしじゃありませんからね。けれど、それでも、わたしにも出来ることはあります!」
深く深く刃をめり込ませたクリスはそのまま魔力を解放し、メラドの体ごと壁に突進していく。
「貴様、何を⁉」
「言ったでしょう。わたしは真面目じゃないと。わたしはただの……突撃娘です!」
言葉通り、クリスはメラドを押し出すような形で壁に突撃し、諸共に壁に叩きつける。貫いたレイピアの刃を深く壁に突き刺し、そこからさらに鎖の魔法でガチガチに固めていく。抜け出すには時間がかかるようにと。
「確かにわたしにはあなたを倒すことはできません。わたしの攻撃でダメージを与えても、すぐに再生してしまう……ですが、こうしてあなたをここに縫い付けておくことはできます」
「貴……様ァ――――!」
レイピアを深く突き刺して貫通させ、メラドごとダンジョンに突き刺しておく。傷が再生しようとするが、突き刺さったレイピアを押しのけることはできないようだ。
メラドをダンジョン内部の壁に縫い付けたクリスは一気にその場を飛びのき、フェリスに向かって叫ぶ。
「フェリスさん、今です!」
「はい!」
フェリスは『最輝星』によって爆発的に高められた魔力を一気に解放する。
紅蓮の焔が渦巻き、剣に集まった。
「『紅砲焔』!」
剣を振り下ろし、熱戦が放たれる。メラドは身動きを取ることもできずにただただ真紅の魔力の一撃を受け――――邪悪な魔力と共に跡形もなく蒸発した。